第5話 レース管制

 治郎はレース管制官である。コントロールタワーの3階にいて、周りにはサーキット全体を見ることができるモニターが並んでいる。基本的には各ポストから報告があがってから、無線や有線で指示を出すのが管制の仕事である。自分一人で判断しているように思われているが、実際には同室に管制長や競技長、主催者がおり、その人たちからせかされて指示をしていることが多い。結構、心労がある職務である。

 全日本ロードレース選手権の決勝。J-GP3、ST600、ST1000は何とか無難に終わった。問題は3時スタート予定のJSBである。メインのレースなので、神経を使う。台数も25台と多い。

 2時30分からコースイン。10分以内にピットを出なければならない。そこからレースアナウンサーがライダー紹介をする。5分前からカウントダウンボードを出さなければいけないので、担当の井口さんに無線で指示をだす。井口さんはレースクィーンをうながしてボードを出す。

 各ポストに

「2周を終えるまでは緊急体制でお願いします」

とアナウンスをする。二輪の事故の半数は最初の2周で起きる。集団で走っているので、接触が起きやすいのだ。各ポストは緊急時に備えて、SC(セーフティカー)ボードやレース中断時のレッドフラッグをすぐに出せるようにしている。朝一番にその練習はすませてある。

 3時にウォームアップラン開始。マシンが1周してきて、グリッドに並ぶ。進行係がグリッドの後方でグリーンフラッグをふる。スタートシグナルの点灯だ。そしてレッドシグナル消灯。一斉にマシンがスタート。

 競技長が

「クリーンスタート」

と後ろで言う。主催者・管制長もうなずく。そこで無線のスイッチを入れて

「ただいまのはクリーンスタートです」

とアナウンスをする。ジャンプスタートだと8ポストでオレンジボールボードとゼッケンを表示しなければならない。ライダーが無視する、もしくは気づかない場合があるので、ペナルティの指示を出す時は緊張する。

 2周が無事終了し、緊急体制を解除する。トップの中嶋が独走態勢だ。この分でいくと周回遅れがでるかもしれない。担当の守さんに指示をだす。守さんは、各ポストにブルーフラッグの指示をだす。後ろから速いマシンが来てくることを知らせ、接触を防ぐとともに、速いマシンの進路をじゃまさせないようにするのだ。

 20周目、トップの中嶋が遅いマシンに追いついた。ブルーフラッグ担当の守さんが、

「8ポスト、9ポストブルー」

と無線で指示を出している。モニターで中嶋が馬の背コーナーで遅いマシンを抜いたのを確認した時、別のコーナーでトラブルが起きた。

 ハイポイントコーナーで2台が接触して、1台がグラベルで転倒したのだ。6ポストから

「6.5で転倒。ゼッケン49番」

という報告があがってきた。モニターを見るとレスキューや飛び出し係のオフィシャルがかけつけ、マシンを起こし、安全地帯に移動させている。そこまでは順調だった。だが、その後がまずかった。競技長が

「あれはまずいぞ。マシンのチェックをしないで再スタートさせてしまったぞ」

後で担当のポスト員が言うには、ライダーが早くコースに復帰したいということでポスト員の制止をきかずに再スタートさせたということだ。案の定、次のレインボーコーナーで白煙を噴いた。

「こちら7ポスト。白煙をだしています。ゼッケン49番」

と報告があがってくる。

「ブラックをだせ」

と後ろから指示がでる。それで、

「8ポスト以降、ゼッケン49番にブラックを出してください。緊急体制です」

そこで、9ポスト・10ポストでマシンを止めろという合図のブラックを振る。49番はマシンの不調を感じたこともあり、馬の背コーナーを過ぎたところで、コースサイドにマシンを止めた。

「レッドをだせ」

と後ろでどなっている。

「全ポスト、レッド。全ポスト、レッド!」

と指示をだす。モニターに一斉にレッドフラッグがたなびく。

 レースは19周終了時で中断だ。オイル処理が長引けば規定の75%をクリアしているので、レース成立となる。コース長と競技長・主催者はオフィシャルカーで現場に向かった。

 次のレースのJP250のコースインタイムの4時になった。JSBのレースは中断のままレース成立となり、仮表彰式の準備が始まった。でも、オイル処理は終わっていない。進行にディレイ(遅れ)の指示を出す。日没を考えると4時半が最終の目安だ。そこに競技長がもどってきた。

「だめだ。オイルラインが長すぎる。次のレースは中止だ。ライダーに説明するのでコントロールタワー前に集めてくれ」

と言われ、サーキットアナウンサーに連絡し、集めてもらった。

 タワーの下で、ライダーたちが集まっている。なかなか解散しない。目安の4時半になってもオイル処理終了の報告はこない。それでもライダーたちは解散しない。そこに競技長がもどってきた。

「ライダーたちが、どうしてもやりたいと言っている。多少暗くてもやりたいということだ。まいったな」

そこに、現場にいたコース長から連絡がはいった。

「オイル処理終了」

そこで、競技長が主催者と相談し、5時コースインを決定した。15分後だ。競技長がタワー前に走る。有線、無線でサーキット内にそのことを連絡した。タワー下では「ワォー」という歓声が起きている。

 5時コースイン。5時10分ウォームアップラン。13分スタート。予定の13周の75%である10周でレース成立だ。

「6ポストから10ポストまではオイルフラッグを提示してください。2周提示願います」

と指示を出す。オイル処理が終わったとはいえ、まだ残っているかもしれないからだ。

 レースは無難に終わった。あたりは夕闇がせまっている。クルマのスモールライトをつけているクルマもある。

「オフィシャルの皆さまお疲れさまでした。これからオフィシャルバスを出しますので、もどってきてください。終了ミーティングは3ポスト前のテント内で行います」

と言ったところで、管制の仕事は任務終了。いすから一歩も動いていないが、疲れる1日であった。


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