第3話 レーサー

 孝太郎は、今年全日本のJP250に参戦している。昨年まで地方のロードレースに参加して、3位の成績を収めたので、全日本に昇格できたのだ。チームは、地元のバイク販売店でエース竹本はST600に参戦している。

 SUGOは地元のサーキットで何度も走ったコースだ。だが、マシンの調子はいまひとつというか、まだ全日本のレベルのライディングではないと竹本に言われている。

 残り2戦。15位以内に入ったことがないので、まだポイントはない。まあ、今年は修行の年だと思っている。

 フリー走行でもよくて15位のタイムで、予選は20台中18位だった。ストレートは決して遅くないが、「コーナーリングがまだまだだ」と竹本に言われている。マシンの倒し込みが少ないし、ブレーキングポイントが早いと言われている。

 今日は速いライダーについていき、そのペースにのれればいいと思っていた。ところが、前のレースであるJSB1000で、オイルをまき散らしたマシンが出て、レースが中断し、その後、終了となった。JP250のスタート時間である4時になってもオイル処理は終わっていない。そこで、コントロールタワー前に、ライダーが集められた。レース競技長が、

「オイルもれが広範囲におよび、オイル処理に時間がかかっています。4時半までにオイル処理が終わらなければ、レースを中止したいと思います」

と言い出した。ライダーからはブーイングが噴き出た。

「そんなー、せっかくSUGOまで来たんだから、周回数を少なくしてもやらせてくれよー!」

という声が聞こえている。

「レースをしたいのは我々も同じです。しかし、日没が5時40分ということで、最悪暗いところでのレースになりかねません」

それを受けて、ランキングトップの長澤が口を開いた。

「我々はレースをするために、ここに集まっています。自分たちのミスでレースが中断・終了するならば納得できますが、他のクラスのせいで中止になるのは不満が残ります。たとえ、暗くなったとしてもレースはやりたい。日没になったら、そこでレース中断になってもいい。たとえ、それが1周目であっても我々はレースをやりたい」

その言葉にライダーたちが、「そうだ。そうだ」と言い出した。孝太郎も同じ気持ちだった。

「わかりました。主催者側と相談して決めます。決定まで少しお待ちください」

と競技長はコントロールタワーにもどっていったが、ライダーたちはそこから離れなかった。

 4時45分、競技長がもどってきて

「先ほどオイル処理が終わりました。そこで、周回数を10周に減らして、5時にピットレーンオープンとします。5時10分ウォームアップランで5時13分スタートとします。終了予定時刻は5時30分です。オイル処理が終わっているとはいえ、まだ滑るかもしれません。皆さんレインボーコーナーと馬の背コーナーでは気をつけてください」

と話した。ライダーたちは、歓声をあげて一斉にチームのテントに走り出した。あと15分でピットアウトしなければならない。余裕はなかった。

 孝太郎はレースができるだけで嬉しかった。胸がワクワクしているというか、ドキドキしている。

 レッドシグナル点灯、アクセルをふかす。シグナル消灯。スタート! 孝太郎のスタートはうまくいった。第1コーナーで順位を上げることができた。縦1列でS字を抜けていく。ここが序盤のポイントだ。前のマシンのペースについていくことができた。オイル処理がされたレインボーコーナーと馬の背コーナーではいつものラインより大き目にまわる。無理な倒し込みをすると転倒につながる可能性があるからだ。

 3周目、メインストレートでサインボードを見ることができた。「P17」とでている。スタートで1台抜いたということだ。

 5周目、馬の背コーナーの立ち上がりで前のマシンが膨らんだのでインから抜くことができた。これで16位。自己最高位にあがった。そしてファイナルラップ。ずっと前のマシンの走りを見ていて、シケインの手前でインをさすクセを見破った。そこでアウトからかぶせて、シケインに突入。サイドバイサイドになった。後は、10%の立ち上がり勝負だ。おもいっきりアクセルをあけ、姿勢をできるかぎり低くする。マシン半分リードしてフィニッシュできた。結果15位。初のポイント獲得だ。

 孝太郎は嬉しくてたまらなかった。ハイポイントコーナーやレインボーコーナーまでくると、コースオフィシャルが迎えてくれていた。この人たちが一生懸命オイル処理をしてくれたから、今日のレースができ、自分もポイントをとることができた。自然にスピードをゆるめ、手をふってあいさつをした。裏ストレートでも8ポストのオフィシャルがコースサイドで祝福してくれている。手を振ったらハイタッチできそうなくらい近づけた。後続のマシンは皆抜いていった。

 そして馬の背コーナー、ここで1台抜けた思いの強いコーナーだ。思わず立ち上がって、手を合わせ、頭を下げた。コースオフィシャルから

「危ないよー!」

と言われたので、すぐに座ったが、感謝の気持ちは伝えることができた。続くSPコーナーでも立ち上がってあいさつすることができた。さすがにシケインではできなかった。

 ピットにもどると、皆から祝福を受けた。

「もどってくるのが遅いから、こけたんじゃないかと心配したぞ」

と竹本さんから言われ、スタンディングで感謝に気持ちを表していたことを言うと、

「そんなことするのは孝太郎ぐらいなもんだ」

と言われた。

 その夜は、チームで竹本さんの祝勝会だった。孝太郎も初ポイントでビールがうまかった。本日の任務終了。

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