ツッコミがするどい先輩《カクヨムコン9版》

桃もちみいか(天音葵葉)

憧れの北斗先輩

「俺のこと好きなの?」

「はっ?」


 信じられない。


 私の横に、北斗先輩が立っていらっしゃる。


 しかも私っ! 憧れの北斗先輩に話しかけられちゃってる〜!?



 北斗先輩は我が高校の生徒会長であり美術部の部長でもあって、私は入部をしようかどうしようかずっと迷っていた。


 美術部に入ろうと思ったのは、すっごく不純な動機からだったから。


 北斗先輩の描いた絵に見惚れて、私は放課後に一人でずっと廊下に立ち尽くしていた。


「もしかして俺のこと好き?」

「いっ! いえっ! 絵、絵が好きです! この絵が素敵だなーって思って」

「そう? でも描いたの俺だから。作者の俺のことも好きっしょ?」


 ツッコミが的確で、困ります。

 だって、そうなんだもの。


 北斗先輩の絵を見て、先輩を好きになったのか。

 私は北斗先輩のことが好きだから、先輩の描いた絵が好きなのか。


 もはや、どっちだったのだろうかと思う。

 分かんない。


「ランチの時、食堂でいっつもぼっちで同じ席座って。君さ、俺のこと見てるよね?」

「うはぁっ! …………バレてましたか」

「気づくよ。あんなに見られてちゃ」

「すいません」

「いや、謝んなくっていいよ。最初はガン見してくるから、俺と喧嘩でもしたいのかと思った」

「ま、ままっ、まさかっ!」


 恥ずかしすぎて、逃げ出したい。

 北斗先輩がくすくすと笑う。


「名前、教えてよ」

「ど、どうしてですか?」

「どうしてってそんなの」


 スッと北斗先輩が私に近づいてきて、耳元で囁いた。


「俺も君のこと好きになったから。名前が知りたくなった」


 ええ――っ!?


 好きになったって!

 

 私のことですか?


 驚きすぎて、私は二の句が告げなかった。


「名前は?」

「えっと、……心愛ここあです。雪宮心愛ゆきみやここあ……です」

「へえ、可愛い名前。君にぴったりだね」


 ボンッと私の頭が爆発した。


 刺激が強すぎです。



「ココア。美術部、入れば? 俺と放課後一緒にいられるよ?」

「私! ……私、絵を描くのが致命的に下手くそなんですぅ!」


 あはははっと、北斗先輩は笑った。


「俺だってすっごい下手くそだったよ。いや、今だって下手くそだよ。上手いやつなんていっぱいいるもん。自分だけの絵をさ、けたら最高。えがきたかったものが想像した仕上がりどおりになった時ほど嬉しいことはないな。……あと、ココアが俺の絵にそんなに見惚れてくれてるし」

「素敵です! 下手くそではありませんっ! 好きです、私。この絵が好きです」


 北斗先輩が飾られた自分の絵にゆっくりと触れた。

 コンテストの金賞の札がついている。


「あげるよ」

「えっ?」


 北斗先輩はおもむろに絵を剥がしだして、私に差し出した。


「そんなっ! いただけません。こんな大切な絵を」


 断る私に、北斗先輩はくるくるっと丸めて絵を握らせて。


「ココアにあげる。君にもらって欲しいんだ。俺の絵のファンなんでしょ?」

「……えっ、はい」


 ちょっと北斗先輩の横顔が寂しげに笑った気がした。


「家じゃ誰も、俺の絵なんかちっとも褒めてくれないからね」


 私は先輩の瞳の奥に悲しい光を見て、切なくなりました。


 周りの子たちから聞いた噂によると、たしか北斗先輩のご両親は映画を作ったりしてる有名なイラストレーターさんで、お兄さんは名の知られた漫画家さんなのです。


「両親は俺が絵の道に進むより、堅実な公務員とか医者になって欲しいみたいだしね」


 私は北斗先輩の話を聞いたら泣いてしまった。

 そっと、先輩がハンカチで涙を拭いてくれる。


「ごめん、泣かせるつもりはなかった」

「ふえっ……ん。……い、え。……ふえっ、勝手に泣いてしまってすいません。……ひっく」


 私は涙と嗚咽で変な声が出てしまいますが、すぐには止まりません。

 先輩は私の頭をぽんぽんとしてくれました。


 ちょっと落ち着きました。


「ありがとう。俺のために泣いてくれて」

「……北斗先輩……」


 誰もいない放課後の廊下はとっても静かです。

 今日は期末テスト最終日だったので、やっと試験の緊張から解き放たれましたから、みんな早く帰ってしまっているのでしょう。


 北斗先輩は、もうすぐ行われる体育祭用の応援ボードの原案を一人で書いていたんですって。


「お一人で、ですか?」

「みんな早く帰りたいだろうから、今日は部活なしにしたんだ」

「……そうですか。北斗先輩は責任感の塊なんですね。私、やっぱり神聖な美術部には入れません」

「きっかけが俺だから?」


 ツッコミが鋭すぎます。

 私はなんて返したらいいのか悩んでしまいました。


「違います。……ううん、違わないです。そうですっ、入部したいのは不純な動機なんです。北斗先輩、恥ずかしいです。私の気持ち、先輩にはバレバレなんですか?」

「そうだなあ。それは俺がココアのこと、大好きだからじゃないかなぁ」

「だっ、大好き?」

「うん、大好きになった」


 まだ北斗先輩とはそんなに話したことないし、親しくないけど。

 もっともっとお近づきになって仲良くしたいです。


「……私の絵、下手すぎたら笑いませんか?」

「俺、ぜったいに笑わないよ。絵の世界にはヘタウマとかあるし。芸術って人それぞれじゃない?」


 北斗先輩は笑った。

 ぱあっとそこだけ、先輩の周りだけ明るい花が咲いたみたいに華やかで輝いてる。


「美術部、……入ります、私」

「オッケー。それでさ、君は俺のことが好きでしょ?」


 ここで嘘をついてもしかたがありません。

 もう、北斗先輩には私の気持ちはバレバレなのですから。


「……はい」

「俺もココア、君のことがますます大好きになったわけ。だってココア、可愛すぎるもん。さっき俺のために泣いてくれる君にはめちゃくちゃキュンッてした」

「北斗先輩。私だって先輩のこと! ……どんどん好きになってます」

「フハッ、照れるな。――じゃあ、今日から俺とココアは恋人同士。良い?」

「ええっ! 北斗先輩と私が……? 私たちがお付き合いするってことですか?」

「めっちゃ赤い顔して嬉しそうに笑ってんじゃん。その顔、オッケーってこと?」


 こくんと頷いたら、私は北斗先輩に手を握られていました。


「ほんとは今すぐにでもココアにキスしたいけど。……もうちょっと仲良くなってからのほうが良いよな」

「べ、別に大丈夫ですけど……」

「キスしたら、もっともっと好きになっちゃうよ?」


 どきどきどき……。

 私は目をつむって。


 北斗先輩の唇は、私の頬に触れました。


「フフッ、おあずけ。やっぱがっつくのはよくないよね」

「……えっ、そうですね」

「そうでもない?」


 ツッコミが的確、鋭すぎます、北斗先輩。


「そうでもない……です」


 ほんとは唇にキスしてほしかった。

 北斗先輩とキス……。


 私のファーストキスは北斗先輩とが良いな。


「ココアとのファーストキスは、もっとロマンチックにしたいとか。俺、今思った。一生の思い出じゃん。ちょっと考えさせて。……これからデートしよっか」

「したいです! 北斗先輩とデートしたいです!」


 北斗先輩は「じゃあついて来て」と言った。


 私を北斗先輩はとっておきの場所に連れて行ってくれた。


 そこは、先輩がコンテストで金賞をとった絵と同じ、とっても美しい夕焼け空と町の景色が広がっていました。


「ここから見る夕陽、俺は好きなんだ」

「綺麗……」


 キスのことなんか忘れてた。

 それぐらい、心を奪われる美しさだった。


 ――私の見ている景色に、北斗先輩が映っている。


 先輩と一緒に私は、先輩の好きなこの景色を見ているんだ。


 私は、北斗先輩の横顔に見惚れていた。

 先輩が夕焼けの景色の一部になって。


 私は放課後に見た夕陽と先輩の姿が目に焼き付いてしまった。


 きっと、この幸せな日を一生忘れることなんてないと思った。



     おしまい♪

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