第19話 皇帝、レニエルは冷徹である
「ある程度自由にさせていた代償か……。よもや他国の冒険者に体を許していたとはな……」
セルネス皇国の皇帝レニエルは、執務室の椅子に深く腰掛けため息を吐く。大きな大きなため息だ。
そうはならないだろう、と予測していたことを平気で飛び越えていくアンリに暗澹たる想いをしている。
「はぁ……。しかし、その程度のことではもう止まれない領域にある。ラスティ王子には悪いが、そのまま結婚してもらう他あるまい」
普通は嫁いできた他国の嫁が処女でないなど、場合によっては国際問題にまで発展する。たかがそれしき、と思うだろうが、まだお手付きになっていない、という証拠には計り知れない価値があるのだ。
齢20を超えても婚約話が無く、冒険者に明け暮れるアンリに思うことが無かったわけではないが、それでも大した問題ではないだろうと、簡易的な監視と護衛を置いて放置をしていた。
それはある種の信頼である。誰にでも冷徹で辛辣なアンリに限って、他所で男を作ることなどないだろう、と本人が聞けば「失礼すぎないかしら?」とツッコミを入れるまである思考で、レニエルは行動していた。
だがその信頼は思わぬ形で裏切られた。
アンリが再び迷宮に潜ろうとしていることを知ったレニエルは、魔法師団長のストカに命令し、盗聴魔法と位置情報魔法をアンリに仕込んだ。
どうせあのバカは止めても行くだろうと踏んでの行動。
流石に婚約が決まったアンリを野放しにはできないと、ここいらで周りの人間関係を洗っていく心積もりだ。
──とんでもない情報が現れた。
アンリの仲間であるスターティのことは把握していた。
【冴えない最強】。
平凡な顔立ちだが、その実力は一線級。アンリと組み始めてから、たった二人で迷宮を怒涛の勢いで攻略。今や冒険者の間で知らない者はいないと言われている程である。
当然、レニエルは監視からその存在は聞き及んでいた。
だが、迷宮攻略が終われば解散する程度の、深くまで踏み込んだ関係性でないことも知っていた。お互いに実力以外興味がないのだろうと、どこまでもストイックなアンリに少々の感心すら覚えていた。
──蓋を開けてみればコレだ。
アンリはスターティといつの間にかベッドインしていたのだ。
運が悪いことに、事に及んであろうその日は、重要な会議で監視と護衛を戻していた。何も起こることはないだろうという慢心だ。
しかしその日のうちにしっぽりしていた二人。まるで見計らったかのようなタイミングは、ずっと前から狙っていたとも捉えることができた。
「スターティという者は何者だ」
「……それが、分かりません」
「なに……?」
スターティの調査を命じていた密偵を呼び戻し成果を聞くレニエルであったが、何も分からなかったという言葉に怒りを覚えることはなく、厳しい表情で虚空を睨んだ。
「足取りも何も、一定の場所を超えると煙に包まれたように消えていきます。顔立ちすらも、平凡であったという情報だけが分かっているのみで、詳細な顔は思い出すことができないのです。他の冒険者に聞き込みをしても同じでした」
「お前ほどの者が分からないとなると、只者ではないな。恐らくは何らかの技術……または魔法が絡んでいることだろう。王国民とのことだが、今更王国の者がアンリを拐かす理由もない。それも偽装なのか……」
「調査は続けますが……」
レニエルは思案する。
何か裏があることは確実だが、情報が出てこないとなると、どうしても後手に回ってしまうことになる。和平がため、スターティという男をアンリに近づかせるのはデメリットしかないだろう。
「いや──足取りを掴み次第、殺せ。皇国にとっても王国にとっても百害あって一利なしだ。だが相手は仮にもSランク冒険者。少数精鋭で戦力を揃え、確実に殺害することのできるタイミングを見計らえ。こちらの動きを気取らせるな」
「はっ。了解致しました」
跪いた密偵がその場から姿を消すと、レニエルは再び深々とため息を吐く。
「すまないな、アンリよ。こうするしか方法がないのだ」
しかしその表情はどこまでも冷たい。
謝罪の気持ちが一片もないことは明白だった。
「お前たちが婚約に前向きでないのも、足掻こうとしていることも知っている。だがどうにかできる問題でもない。足掻くこと、抗うことは許そうか。ラスティ王子は優秀だ。もしも、もしも婚約を経ずとも莫大な利益を皇国に齎してくれるのならば……ふっ、詮無きことか」
そこで始めてレニエルは笑みを現す。
レニエルにとって、第四王子ラスティの印象は、お節介かつ生真面目で、何かを捨てることができないアホ。ただし腕っぷしが強く、頭も回る。大凡、国のために、というよりは自己のために動くタイプであろうが、上手くコントロールすることができた暁には、多くの利益を齎してくれるだろうという予想があった。
故にレニエルはラスティのことを高く評価している。
それこそ婚約破棄を計画していることを見逃す程に。
ただレニエルは、それが同一人物であることは知らない。
いや、知ることができない。
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