第18話 四と二、脱出を図る

「──危なかったな……」

「危なかったわね」


 どうも、生き埋め'sです。

 ダンジョンの崩落という類に見ない災害のせいで結構なピンチ中でございます……なんて冗談はさておき、間一髪、降り落ちてきた岩類に当たる間際、アンリが咄嗟に結界を張ってくれたために助かった。


「……にしても使えたんだな、魔法」

「……ええ、まあ。今までは使う程の苦労はしてなかったもの。こんな状況で、出し惜しみするメリットも無いでしょう」

「いや、隠してたことを責めてるわけじゃねぇよ。素直に助かった」


 誰にだって隠し事はあるからな……という言葉を噤んで、俺はアンリに感謝を述べた。その言葉を発するのは、まるで俺が俺に免罪符を与えるような形になってしまう。互いに隠し事をしている身として、些かそれは自傷が過ぎる。


 ただなぁ……その結界魔法、セルネス皇国の相伝魔法だろ、多分。そもそも結界魔法って言葉で濁したけど、物理的な落石を完璧に凌ぎつつ、長時間維持できる結界魔法なんて聞いたことがない。

 そういうのは術者の力量に左右される部分はあるが、それにしても異質だ。従来の結界魔法でないのは確か。


 となると考えられるのは相伝魔法……一族で代々継承される魔法がその結界なんだろうが……それがバレた相手がよりにもよって俺なのがな。

 必殺技みたいなもんだし。

 

 俺にも使える必殺技みたいなのはあるにはあるが、戦闘向けじゃないし地味だしなぁ。


「空気の通り道もあるみたいだし、窒息して死ぬことは無いでしょうけど、どうやって脱出するのかしら?」

「強行突破しかねぇだろ。助けが来るわけねぇしな」

「強行突破ってどうやって?」

「ま、俺も切れるカードがあるってわけだ」


 疑問符を浮かべるアンリを手で制して、俺は目を瞑って集中し始めた。魔法とは内なる魔力にイメージを与えて、実現する力のことだ。とはいえ、そんな使い勝手が良いものじゃあない。

 イメージするスケールが多ければ多いほど使用する魔力の量は膨大になるし、イメージが甘ければ魔力だけが吸われてそもそも発動しない。

 扱いが難しいからこそ、戦闘ができる魔法使いの数は途轍もなく少ない。有能な魔法使いのほとんどが貴族出身なのは……まあ、そういうことだろう。


 ──イメージするのは、純粋な力。

 魔力を具象化し、撃ち出す。

 単純明快だが、破壊力という意味ならば今の状況に一番適しているだろう。


「結界の維持、頼むぜ? ──【魔力波】」

「何を──ッ!?」


 重ねた両の手のひらから膨大なエネルギーが放たれる。白色に輝く魔力の奔流は、目の前の岩壁を容易く貫いた。

 かなり広範囲を消し飛ばしたし、アンリの結界のお陰で岩壁が崩落する恐れは無い。


「な、にこれ。魔法? いえ、魔法というには嫌に暴力的で原始的ね……」

「おう、ボロクソ言うじゃねぇか。お行儀の良い魔法なんて迷宮に通用しねぇからな。お飾り捨てて破壊力に全振りした魔法だな。原理は簡単なんだが、実用化するのは結構時間がかかった」


 信じられないような目で俺を見るアンリに、鼻を明かした気分になって得意げになる俺。……まあ、かなり練習したからな。

 魔力を撃ち出す。この工程は酷く簡単なんだが、ただ魔力を放つだけでは具象化せずに魔力が霧散してしまう。

 だからこそ俺は、魔力をぎゅっと濃縮して押し固めるイメージを持つことで威力あるものとした。とはいえ、魔力なんて目に見えない不確定要素の高いもんを押し固めるイメージを持つのは大変だった。その結果できあがったのが、アンリの言ったように原始的で暴力的なコイツだった。


「魔力の具象化……? 原理は理解できる……けれど、やろうと思っても上手くいかないわね、これ。だとしても発想次第では他の魔法に転用できる……ううん、違うわね」

「おーい、戻ってこいアホ。考察は結構だが、生き埋められてること忘れんなよ」


 ぶつくさと考察を始めるアンリに呆れつつ、肩を揺すって現実に引き戻される。はっ、とした顔でアンリは貫いた先の空間を見る。


「分かってるわよ。結界であなたの作った道を維持しながら先に進むわ。けれど多分あと二、三発はあの魔法を撃つ必要があるわね」

「マジか。結構威力あったと思うけど流石に脱出できるレベルじゃなかったか。休憩して魔力を回復しつつ、って感じなら大丈夫じゃねぇかな」

「分かったわ。先に進みましょう」


 つーことは崩落は49階層全域に及んでるってことか。原因究明は今じゃねぇとしても、脱出には今しばらく時間がかかりそうだな……。

 半ばゲンナリしつつ、俺達は先へと進む。

 何が起こるか分からないと警戒しながら先へと進み、道の終わりで一先ず休憩することにした。


「ふぅー、水と食料持ち込んだお陰で何とかなるな」

「普通は持ち込むのよ。何も食べずに戦闘に明け暮れる私達がおかしいだけで」

「頭おかしいって自覚あったんかい」

「言っておくけど筆頭はあなたよ」

「ははっ、それはない」

「あ?」

「そんなに怒るなよ。仲間だろ?」

「嫌な言葉の使い方ね……!」


 こんな状況に陥っても、俺達はいつも通りだった。……いやぁ、お互いに罵倒し合うのをいつも通りにするのは如何なもんかと思うけどな……。健全ではないが、これが俺達にとっての日常だ。

 

 ──しかし打って変わって、アンリは急に口を閉ざす。

 何かを躊躇っているようなもどかしい表情で、アンリは切り出した。


「……あなたに途轍もない隠し事をしてる、って言ったらどう思う?」

「どうとも思わないな」

「あなたね……! 私は真面目に……」


 平坦な表情で言い放つ俺に、ふざけていると捉えたのかアンリは怒りを露わにする。

 

「真面目だよ。酷く真面目だ」

「…………」


 いつになく平坦な物言いに、アンリは思わずといった様子で口を閉ざし、先を促した。


「清廉潔白で、嘘のねぇ人間なんていないんだ。綺麗事でどうにかなるような世界じゃねぇだろ。俺も、お前も。何を言いたいのか、俺には分からねぇ。でも、隠し事を明かさないといけない関係性なんて、それこそ歪だ。お前のモットーが誰にでも正直あれ、とか身の毛がよだつことを掲げてんのなら話は別だけどな? そんなタマじゃねぇだろ」

「なんか、馬鹿にされている気がするわ」

「してるよ。意外に繊細で生真面目なおバカさんにな」


 そう言って笑いかけると、アンリはふいっと顔を背けた。おうおう、怒りで声も出ねぇみたいだな……なんて鈍感なことは言わんぜ。普通に恥ずかしがってるだけだろ。可愛いなコイツ。


「はぁ、何だか馬鹿らしくなってきたわ」

「おう、バカだもんな」

「今すぐにこの結界を解除して心中しても良いのよ?」

「生憎と死んだら悲しむやつが複数人いるからな。まだまだ死ねねぇよ」

「残念ね、私もよ」


 和平は終わってない。これからやることだって色々あるだろうし、面倒事は幾らでも降って湧いて来るだろう。やらないでする後悔より、やってする後悔の方が良い。いや、後悔したくねぇから全力を注ぐんだけども。


「こんな薄暗い場所、さっさと脱出するぞ」

「早く魔力回復しなさいよ、遅漏」

「その伏線回収は悪辣すぎんだろ」





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物語をここから動かしていきます。

ですが頑張ります。

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