第17話 四と二、 ピンチに陥る

 ──迷宮49階層。

 そこは、大洞窟の階層だった。

 洞窟の中は真っ暗で何も見えねぇ……が、俺たちは《夜目》という生活魔法の一種の暗視魔法を使っているため問題ない。

 というかこの魔法が使えないと迷宮に挑む権利すらないからな。まあ、生活魔法は子どもでも使えるような魔法だから支障はないが。


「出現する魔物は?」

「分かんねぇ。そもそも攻略者が俺たちのようなSランク冒険者だからな。そういう奴らは往々にして情報は出さねぇよ」

「危険管理とか事前知識とか言うけれど、迷宮の情報って値千金だものね。商売道具を無償で売り渡す聖人が冒険者になるわけないわ」


 冒険者っつー職業は、俺らみたいに道楽とスリルを求めるアホか、その日暮らしが精一杯で、死ぬリスクを抱えつつも食いっぱぐれないようにする者。大体この二択なのだ。当然のように後者に値する者が情報を無償で売り渡すわけなんてねぇし、前者に関しても基本は他人に興味のない奴らばっかだからな。よって渡す奴はいない。


 だから迷宮の死亡率えげつないんだよ。学べよ。

 初見殺しが多いって分かってるくせに挑むやつに初見を強要していくのが酷過ぎる。ギルドの名を謳っておいて組合もクソもねぇぜ……。

 ま、自己責任だから文句を言う筋合いはないが。



「洞窟型ってことは、21階層のように蝙蝠系統、蛇系統の魔物が出てくる可能性が高いかもしれないわね」

「つーことは毒、または感染症持ちか。面倒だな。手持ちの毒消しで賄えるかどうかだな」


 死に関わることは早急に話し合っておくのが吉だ。

 ましてや毒などの、単に強いだけではどうしようもねぇ類のものは、尚更対策を講じないと死ぬ。

 俺らは道楽でわりかし高貴な身分を危険の渦中に置いているアホだが、それでも無策で特攻するようなバカじゃねぇ。そこは間違えないで貰いたいわな。


 なんてことを考えていると、アンリはポンッと手を打って、目を輝かせながら「名案を思いついたわ」と切り出した。


「簡単な話よ。毒も感染症も触らなければ平気。────近づかれる前に全員剣の錆にしてしまえば良いわ!」


 ──俺たちはバカじゃな───


「そりゃ名案だ!! 簡単な話だったな!!」

「そうよね!!」

「よっしゃ行くぞ!!」

「切り刻んでやるわ!!」


 ──冒険者やってる人間がまともな人間性をしていると思うなよ?




☆☆☆


「──フッッ!! 死に晒せェ!! どうしたクソ蝙蝠がァァァ!!!」

「左二歩、罠アリ。前方、岩の陰から発射系統の罠アリ」


 戦闘中はハイになる。

 魔物を切り刻む感覚は、何とも言えぬ高揚感を生み出し、恐怖や悲哀の感情を塗り潰していく。端的に言えば、戦闘に集中するがあまり、周りを見ることができなくなるのだ。

 今だって、俺が戦闘、アンリが罠の看破を行っているお陰で罠に引っ掛ける心配はないが、もしこれが一人だったらと考えると空恐ろしい。

 お互いがお互いを補ってる関係性ではあるが、どっちも戦闘大好きアドレナリンまっしまし戦闘没入タイプだからな……。バランスわっっる。常日頃から思ってるわ。


「そろそろ私にも斬らせなさい。遅漏は嫌われるわよ」

「長いこと戦闘することを遅漏って言うのやめーや」

「堪え性があるのは良いことだと思うけれど、独り占めするのは許さないわ。早い方が色々と楽なのよ」

「戦闘の話だよな??」


 含みを持った話し方すんじゃねぇよ。

 後にどうせ気まずくなって自爆すんだから、自ら地雷原作るような真似をするなよな。


 俺はため息を吐きながら後方に飛び退り、アンリと交代する。意気揚々と駆け出すアンリの横顔は、淑やかな皇女の顔から一転、得物を前にした猛獣のような苛烈な笑みを浮かべて飛び込んでいった。


「やっと私の出番だわ。精々退屈させないでちょうだい」


 細剣を構えるアンリ。

 すると、次の瞬間には魔物──蝙蝠の群れの中心部に移動していて、次々と蝙蝠の体に穴を空けていく。


 ヤツの得物は細剣。とある地方ではレイピアと呼ばれているらしい。

 俺のような肉厚で叩き斬るロングソードとは違い、細剣は途轍もなく軽く剣先が針のように鋭い。

 斬るのではなく刺突。

 上等な鉱石と、巧みな鍛冶師によって制作されたアンリの細剣は、細剣ながら岩をも穿つ性能へとなった。


 ……いつ見ても速ぇな。

 細剣の性能上、振りの速さが全ても言える。中途半端な速度では、穴が空き切らずに体の途中で止まり、その隙に体を啄まれる凄惨な事故が起きる。

 が、アンリはそこまで力が無いはずなのに、初速から見切るのも困難な速度で攻撃を仕掛ける。……何か種があるのは間違いねぇが、種が割れたところで対策できるわけじゃねぇからな。

 負ける気はしねぇが、仲間で良かったとも思う。


「右斜めの床下、罠。真上、毒針照射の気配」


 ザックリした指示でもまあ伝わる。

 現場指示というか、お互いの言いたいことが戦場をともにしているからか何となく分かる。

 それに一々返事を返すこともしねぇし、感謝を述べることもない。俺たちにとっては普通のことだからな。

 だから、たまに他の冒険者に戦闘シーン見られた時にドン引きされんだけど何でだ?


 一々言葉を要する連携なんて無駄だろ。

 とか言うとまたドン引きされんだよな〜!


「あははっ!!! そんな攻撃当たらないわよッ! 良く狙ってみなさい……!!」


 狙ったらダメなんよ。

 周りがドン引きする理由がちょっと分かるけども、俺も気づいてないだけで戦闘中あんな感じ何だろうな。アンリと一括りにされてるってことは。


 次々に魔物を屠るアンリは、さながら鬼神のよう。

 目に見える限りの蝙蝠を倒し終えたアンリは、額にの汗を掻きながら、細剣に付着した血を拭き取って鞘に戻した。


「安全第一だけれど、余裕があるとスッキリしないわね」

「まあ、変態なことに強敵との戦いを求めてるからな、俺たち」

「そんなこと言ったら大体の人が変態よ。強くなりたいからここにいる。強くなるためには強敵と戦う必要がある。それだけのことでしょ?」

「残念なことにな。世の冒険者のほとんどは危険を回避して、安全に金を稼ぐんだとよ」


 それが普通なことは理解している。

 死んだら何もかにも無になる。自分のこれまでの軌跡も、これからの歩みも、全てが無に還り、いずれ誰からも忘れられていく。

 

「自分が生きた証を残したいから強くなりたい。けど、死にたくないから強敵との戦いをできるだけ避ける。矛盾してるようで、死にたくないって意識は共通してんだ」

「今を生きてる私達が何をすべきかが先決じゃないの? 楽しければ良い……なんて刹那主義に傾倒しているつもりはないけれど、死んだ後に残るものなんて自己の意識が介在してないのだから考えるだけ無駄よ」

「お前はお前で思考が偏ってんな……」


 ま、人の考え方次第だろ。雑だがコレ。

 人の生き方は千差万別。それこそ考えるだか無駄。


 アンリもそれを理解しているのか、それ以上何も言うことはない。俺たちは似ている。だから共有はできるが、それでも他人の考えを否定する権利はねぇからな。


「ハァ、なんか哲学っぽくなってんな。やめだやめ。こういうのは答えが無いから良いんだよ」

「そうね。まあ、気を取り直して先に進みましょう」

「だな」


 まだまだ時間はある。腕を磨くために魔物と戦おう……と一歩踏み出した瞬間──突如とてつもない揺れが俺たちを襲った。


「──っ、なにっ!?」

「分からねぇ!! けど崩落したら仲良く生き埋めだな!! ははっ!」

「笑い事じゃないわよ!!!?」


 表面上余裕があるように見せかけているが、実際のところかなり焦っている。

 ……迷宮で地震なんて聞いたことがない。考えられるのは罠を踏んだ……いや、俺たち二人揃って気づいていないのはおかしい。


「一先ず避難しましょう」

「そうだ──危ないッ!!」


 この場を離れようとする俺達。

 すると、アンリの頭上から拳大の岩が降ってくるのを事前に予期した俺は、咄嗟に彼女の体を抱き寄せて回避する。


「……っち、危なかったな。大丈夫か?」

「──っ、ええ、色んな意味でドキドキしてるけれど」

「本人を前にしてそれを言うのかよ、隠せよ」


 赤らめた頬を隠そうともしないで言い放つアンリに、こいつの恥のラインはどこだ……? と考えつつ、今は避難に全力を注ぐ。


「──マズイ。俺達が通ってきた通路は岩で塞がってる。天井が崩落すんのも時間の問題だぜ?」


 ──そんなことを言ったからか。

 ミシっ、ミシッ…、という軋む音を聞いた俺達は、ほぼ同時に上を見上げる。

 

「ヤバいな」

「ヤバいわね」




 ──49階層、崩落。

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