第16話 第四王子、地獄みたいな空気に泣く

 突然だが少し聞いて欲しい。

 一夜を共にした男女が、凡そ二ヶ月ぶりに再会。しかも、変装バレ……という重大機密事項を片方が明かした後である。


 くっそ、気まずいんだけど。

 いや別に嫌いになったわけではないし、むしろ逆。なまじお互いの好意を感じ取れてしまうが故の気恥ずかしさ。何でも言い合える関係性を築いていただけに、沈黙が気まずい。

 どうしろってんだよ。というか、まず何でいるんだよ。


 婚約関係が明確になった今、公表はまだとしても冒険者に戻るのはリスクしかない。

 もし何らかの怪我が原因で婚約が破談になってしまえば? それは両国の信頼を損なう行為として、深く溝が深まってしまうだろう。

 まあ、同じようなことが俺に言えるわけで、我が事ながら何馬鹿なことしてんねん、とは思うけど。


 あの皇帝のことだ。まずもって冒険者をしていることはバレているし、動向は観察されていることだろう。ってことは見逃されてる……? いや、この状態で見逃すメリットはねぇだろ。


 迷宮に挑む冒険者のほとんどが死ぬ。

 生き残った奴が栄誉を得るのが冒険者というロマンだが、栄誉を手にした翌日に死亡とかザラにあるからひでぇ話だ。ロマンと危険は紙一重。

 ロマンで死んじゃあ栄誉もクソもねぇわ。


 ……つまりは、アンリが何らかの方法で出し抜いたことになるが、わりと切り刻むしか能が無い戦闘能力で出し抜くことできるのかこいつ。

 魔法はある程度使えるらしいけど……。

 考えてもキリがないか。

 一先ずはこの気まずい状態を打破せねばならない。


「……久しぶりだな相棒。何辛気臭え顔してんだよ」

「久しぶりね、相棒。あなたほどじゃないわよ」

 

 ────止まる会話。

 あ、やっべ、気まずい。


「い、行くか!」

「どこに……?」

「迷宮に決まってんだろ、朝っぱらだぞ。痴女かお前」

「そういう意味で言ったんじゃないわよっ! ……はぁ、これだから童貞のお猿さんは……」

「もう童貞じゃねぇよ!!」

「そ、そうよね……私が奪ったし……」

「「…………」」


 じ、地獄すぎる……!!

 俺も含めて最悪な会話チョイスだった……。鉄板ネタだった童貞イジリが、よりにもよって奪った本人から展開されるという恥ずかしさ二倍の構図。

 良い感じにヒートアップした空気は一瞬にして霧散し、二人して顔を俯かせることになった。


 ……ダメだな。

 こんな浮ついた空気で迷宮に挑んだら死ぬ。恥ずかしさは一旦心の中(狭い)にしまい込んで、建設的な話し合いはせねばなるまい


「うしっ」


 俺はパンッと両頬を叩いて、意識を切り替える。


「この空気は一旦止めだ。意識を切り替えろ」

「──分かったわ。もう良いわよ」


 同じようにアンリは、目を閉じると一瞬にして戦いを前にした戦士の表情へと変えた。

 これができなきゃ死ぬ奴が多い。

 それはそれ、これはこれだよな……と意識を切り替える。いつまでも感情を持ち込んだまま挑むと、いざとなった時の思考の余裕と、取れる選択肢の数が激減する。

 手数とは多彩な技ではない。取れる選択肢の数だ。

 迷宮はいつだって俺たち冒険者を死に誘う。死にたくねぇなら考えろ、ってことだな。



「前回は48階層、ミノタウロスが犇めく階層だったな。基本は雑魚。大した苦労もしてねぇな」

「とはいえ罠の精度は目を見張るものがあったわ。戦いに集中する余り罠を見過ごすのは危険よ」

「……ってなると、一人が戦闘。もう一人は罠の確認だな。発見後は適宜共有。んで良いだろ」

「異論は無いわ」


 冒険者ギルド併設の酒場へと移動した俺たちは、早速作戦を立てる。

 基本的に必要なことは、迷宮階層の到達目標。そこに至るための手段と注意事項。これだけ話し合っておけば、不測の事態に陥ったとしても臨機応変な行動を取ることができる。

 逆に言えば話とかんと詰むってこったな。


「おい、冴えないと夜叉姫がいるぞ……。しばらく見ないから死んだと思ったが」

「あいつら死んだら誰も迷宮攻略できないだろ……」

「おお……いつ見ても冴えないな……」


 誰だ冴えない言ったやつぶち殺すぞ。

 冴えないをまるで褒め言葉みたいに言うなよ、人は傷つくんだぞクソボケ。

 青筋立つ俺。

 そんな俺に向かって、アンリが馬鹿にした笑みを披露しながら言う。


「良いじゃない。最強の称号を持ってるんだもの」

「その前に付く蔑称が無けりゃ誇れたかもな! お前みたいな夜叉姫とか格好良い通り名欲しかったわクソ」

「事実を事実として受け止める心の広さを持っておいた方が良いんじゃないかしら。冴えないさん?」

「迷宮に挑む前に喧嘩がしてぇようだな? 金色(笑)の人?」

「誰が笑よ笑。金は美しさの象徴なのよ」

「黙れ成金」

「「ハァ〜?」」


 俺たちは椅子から立ち上がって睨み合う。

 ……そうだいつも通りだ。

 これが相棒。冒険者スターティと、ただのアンリだ。

 この関係性は、誰も文句を言う筋合いはない。


 変わってしまったことはあるかもしれない。

 だが、変わらないこともある。それが分かった。


「行くぞ」

「ええ」


 向かう先は勿論、迷宮。


 しかし俺はこの時、迷宮でが起きてしまうとは、思いもしなかった。


 


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一夜を共にした男女が久しぶりに会った時のえげつない気まずさが好きです。

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