第15話 兄たちの追憶

Side リスティル・レイロア・ウェルディス


 昔から弟は優秀だった。私などよりもずっと才覚があった。……今でこそ別のベクトルで才覚があることが分かったため、気負うことも無くなったが……それでも弟──ラスティは優秀な弟だった。


 私がラスティと初めて会ったのは、社交会でのこと。第三王子の御披露目も兼ねていた会で、ラスティは妾の息子だと陰口を叩かれ会場の隅っこにいた。

 元々立場が弱かった弟とは、第一王子という地位もあって別々に暮らしていたために会うことは無かった。それ故に興味があった。

 日頃から王子たれと厳しく教わってきた私ではあるが、きっと家族の温もりとやらが欲しかったのだと思う。

 

 その頃の私は酷く傲慢で、弱い立場にあるラスティという弟をと、下に見た態度で接してしまった。

 弟の、周りを俯瞰する冷めた瞳に気がつくこともなく。


 ペラペラといらないことを口にし、弟の心情など一切の考慮もしないまま、私は話し続けた。救ってやる、という気持ちが透けて見えていた行動だったと思う。


 

「──あなたが欲しいのは家族の絆ですか? それとも言うことを何でも聞く、従順な子犬ですか? 今のあなたに、前者は不可能だと思います。僕も、望んでいないので」


 ……笑ってしまうな。

 帰り際言われたセリフだ。一字一句思い出せる。

 弟はまだ7歳だ。7歳の弟に、そんなセリフを言わせてしまった。私の浅ましくも醜い押し付けを看破されてしまった。

 血の気が引くような想いだった。周りに味方がいない。そんな経験は私には無かった。無かったから分からない……など言い訳がましいことを口にする訳ではない。端から私は分かろうとしなかったのだ。

 弱者の気持ちでない、の気持ちを。


 寄り添うような言葉をかけてあげれば、きっと弟の心に届いたかもしれない。本音で語りかければ、胸襟を開いてくれたのかもしれない。

 けれど私は間違えたのだ。

 その事実は、酷く私の心にのしかかった。


 ……今のあいつにそんな話をしても「あの頃は捻くれてたんですよ」なんて事しか言わないだろう。

 昔と比べて底抜けに明るくなり、バカになったが……それでも内なる心には、周りを俯瞰する冷徹な瞳と感情が眠っている。

 

 私を慕ってくれているのは本当のことだろう。

 何せ、あの社交会から私は、誠心誠意謝り、全力で関わりを持ちに行ったからだ。最初は避けていた弟も、私の本音の心に少しずつ触れてくれて、今に至る。


「弟は優秀だ」


 それは今も変わらない。

 バカではあるが。まあ、あれは道化の一種だろう。バカにはバカだが頭はキレるし、実力も申し分ない。バカだが。


 流石に皇帝相手にあの言葉遣いが飛び出すとは思ってもいなかった!!! バカだが分別はある。終始穏やかな会話で安心した矢先にアレだ!!

 さしもの私もあれ程肝が冷えたことはない……。

 

 ……本当に冷徹な瞳と感情あるか……?

 冷徹な瞳(笑)と氷のような(笑)冷たい(爆笑)心、ではないだろうな……?

 確かに自分本位のバカであるのは事実なため、冷徹と言えば冷徹なのだろうが、ベクトルが違う気がする……。

 

「私自身が認められるよりも喜ばしいとは、これも成長の一種だろうか」


 昔の私から成長できているのだろうか。

 若干のトラウマであるあの社交会。のしかかった重い鎖は、今も外れることなく私を縛り付けている。けれどそれは決して不快なものではなく、大事な感情を思い出せてくれる。

 ……いや、すでに鎖は外されているのかもしれない。私が都合の良い解釈をしているだけなのかもしれない。

 だがそれで良い。

 大事なのは民が平和な世を過ごせること。

 私の家族が笑っていられること。


「それだけで良い。それだけで」





☆☆☆



Side ヨトゥン・レイロア・ウェルディス


 優秀な弟がいる!!!!!

 二つ下の弟、ラスティは、頼ろうとしない人間だ。いや、誰かに頼る、という選択肢が無かったような人間だ。


 くだらんと思うが、妾の息子という立ち位置は不憫で、どこに行っても爪弾きにされる。うむ、実に下らんな!

 王国にとっての利を生み出す者が貴族だ。その貴族ともあろう者が、何の価値も見出だせない嫌がらせに精を出しているとは如何なものか!!


 その場の貴族を全員叩き潰してやろうかと思った。

 ラスティに嫌がらせを図った人間を白日に晒してやろうと思った。

 

 だが……


「お前が行くと話が拗れる。それに、力で解決しないことは往々にしてある。そういう時は、私に任せておけ」


 兄上がそう言うなら間違いないな!!

 政治的手腕が優れている兄上が、さっと俺を諌めて事態を鎮圧させる。

 この時の俺は、殴るか聞くかの二択だった。力で解決したことは、いずれ力となって返ってくる。

 今なら兄上の言っていた言葉の意味を理解できる。

 言葉とは、コミュニケーションとは、相手を知り、己を知ることにおいては必須だ。


 しかしッッッ!

 俺は特に交渉が得意なわけでもない上に、愚直に力でしか解決してこなかった人間だ。

 どうすることもできない。だが、戦うことはできる。


 俺は視点を変えることにした。

 暴力ではない。力と力の対話によってコミュニケーションを計る。

 これを兄上に言った時は「こいつ何言ってんだ頭まで筋肉に侵されたか?」という目線で見られたがな!! ガハハッ!!


 というわけで、早速弟の下へ向かい、模擬戦を開始する。懐疑的な視線を向けてきた弟だが、存外素直に模擬戦を受けてくれた。

 

 剣を交わして理解した。

 強い。だがそれ以上に、孤独だと感じた。

 その剣は、誰かと歩んできた軌跡が無い。抜け落ちてしまった感情を力で埋める。そんな悲しい剣だった。

 剣に想いが乗っていなかったのだ。

 

「甘いわっ!!」

「……っ」

「迷いある剣に。孤独な剣に断ち切れる者は無し」

「もう一度、お願いします」


 俺の剣によって倒れ伏したラスティは、静かな瞳に熱を宿し、再戦を要求した。

 そこには確たる信念も理想もない。けれども……。


「我が弟よ。その静かな心に眠る熱き感情は何だ。曝け出せ、全てを」

「──勝ちたい。ただそれだけです」

「──十分だ」


 そうして、俺とラスティは肉体言語を交わすことで、絆を獲得した。言葉じゃ伝わらないことも剣なら伝わる。


 お前を一人にはしないさ。弟よ。






☆☆☆


「え? 兄上たちについて? そうだな……リスティル兄上はツッコミ役だな。わりとキレが良い。そしてノリも良い。後は、父上に信頼されている程にその政治的手腕は光るものがある。ヨトゥン兄上は、脳筋。いつか肉体の先に会話というものはあるのだ、とか言い出しそうで怖ぇ。でも強い。コネ無しの実力で騎士団長まで登り詰めた人が強くないわけないんだが……。……まあ、二人とも恩人だよ」

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