第14話 第四王子、気まずい想いをする
調印式は無事に交わされた。
見届け人である中立国アルネバの代表の下で書類に捺印し、握手を交わす。
これだけで和平が成される。こんな簡単な儀式で200年の確執が終わると考えたら、少々味気が無いように思えるが手間は少ない方が良いか。
ちなみに俺は眠気を堪えながらの出席だった。
あの坊っちゃん皇太子のせいで夜通し議論祭りだったんだよ……。若さってすげぇな、疲れを知らないのか。なんておっさんみたいな感想が飛び出すほど疲れた。
なんか嫌ーな目線を皇太子から感じるんだけど、まさかあれだけで懐かれたりは……しないよな?
皇国の皇太子ともあろうヤツがそんなチョロいわけない……よな? 信じるぞ? なんで俺は婚約破棄を目論んでる側なのに、皇国の家族と繋がりを得るんだよ。……いや、本当に。
ちゃうねん。腐ってた皇太子を見過ごせない……というか俺がムカついてついつい口を出してしまったのに過ぎないし、なんか放って置くと嫌な予感がしたのも事実。
俺は悪くない。ヨシッ。
ちなみに(part2)、調印式前の和平交渉の段階で、俺とアンリの婚約が密約に加えられ、繋がりを強固にする話し合いが行われた。
その条件等は、俺とアンリを抜きに話が進められたせいで何も分からない。まあ、本人を目の前に人身御供としての役割を突きつけるのも酷だと思ったのだろうが……。
「すまないな。君のとこに愚息が押しかけたのは知っている。しかし、一晩であれだけ顔つきが変わるとは……まるで魔法のようだ。何をしたか聞かせて貰っても良いかい?」
連日の和平の疲れもあるのだろうが、やけに優しげな視線で俺を見るレニエル殿は帰り際そんなことを聞いてきた。
「何をしたと言われましても……話を聞いた、としか言いようがありません。立場柄、本音をさらけ出すことが難しいでしょう。歳も近く、私が忌憚のない言葉で接したのもあると思います。失礼を承知で──見限るのは、早いかと」
「ふっ、ふははっ、それを君に言われるとは思っていなかった。そうだな……ユレイの影を追うのはもうやめよう。少しはマシな顔つきになった愚息を一から育て上げるのも良いかもしれぬ」
ユレイ……セルネス皇国の先王。レニエル殿の長兄のことだろう。
偉大な王であったと聞く。情に厚く、民の安全を第一に願い、それでいて、自国の民を守るためならば非情になることを厭わない、と。
だが、歴史に偉大な王と記されるはずだった彼は、若くして病に伏してしまった。きっと、レニエル殿は彼の意志を継ぐ者が現れることを願っていたのだと思う。
それ故に、皇太子の不甲斐なさをユレイ殿と重ねて憤り──見限った。皇太子が歪んでしまったのも、それが原因……とは言えないかもしれないが、原因の一つであることは間違いない。
「……優しくしてあげてくださいね?」
「はははっ! 無理な相談だ。そうと決めたら厳しく行くしかあるまい。国の統治に甘えは不要だ」
「……それもそうですね」
──実質的にこの発言は、皇太子を次期皇帝候補として見ることにした、と捉えても間違いない。
あくまで候補なのは、皇太子の見極めだろう。性格は一朝一夕に変わんねぇ……と前にも言ったがその通り。また前のように戻る可能性だって幾らでもある。そんな不安定な状態で皇帝の跡継ぎとして育てれば、いらぬ軋轢やトラブルを生み出す可能性が高い。
それでも彼の人生が前に進んだのは間違いない。
一緒に夜更かししたんだ。頑張ってくれよな。
なんて激励を柄にもなく心の中で送り、カラカラと笑うレニエル殿を見た。
ふう、やはり俺は優しいのかもしれないな!
「──しかし、君は案外情に厚い性格なのだな。驚いた」
「だから俺の評価どないなってん────むぐっ」
「愚弟が失礼いたしましたァ!!」
レニエル殿の発言を看過できず、ついついいつものように口が滑った瞬間、いつの間に現れたリスティル兄上が、普段出さないような大声で俺の口を塞ぎながら、俺の体を引きずっていった。
……ごめんて。
「はっはっは!! アンリを頼んだよ、若僧」
「若僧…………」
ずりずりと引きずられながら、俺はレニエル殿と確かな繋がりが生まれたことを感じた────
────いや、感じちゃダメなんよ。
「バカ愚弟が」
「すみあせぇん」
にしても、なんでリスティル兄上は嬉しそうなんだか。
☆☆☆
それから王国に帰り、数日が経った。
俺とアンリの婚約発表はまだ伏せ、時期を見て公表することになった。
そして俺とアンリの婚約破棄計画は一旦持ち帰り、手紙で擦り合わせることにした……暗号文で。
なんかやけにワクワクしてそうだな、と思ったらコイツ暗号に憧れてるとか前言ってたのを思い出した。俺で実践するんじゃないよ。
「時間も空いたし、久しぶりに迷宮にでも潜るか……」
本当はリスクヘッジもあって、あまり外に出歩くのはおよろしくないんだけど、積もり積もったストレスを発散するために許して欲しい。
アンリは和平のドタバタで忙しいだろうし、会うことも無いだろう、ということもある。なんかね、うん、気まずいし。
まあ、そんなわけで翌日、俺は迷宮のあるレイザード地方へと向かった。
レイザード地方は王国の右上にある湿地帯で、肥沃な土地を利用した農業が盛んだ。ここも中立国としての役割を果たしており、王国にも皇国にも多くの野菜を出荷している。
王国からも皇国からもそれなりに近く、よく取り合いにならなかったな、とも思うが、まあそこを取ると皇国以外の他国も巻き込んだ全面戦争になるからな。メリットよりデメリットが多いと判断したまでだろう。
王国からは馬車で三時間ほど。
陽も上がらぬ早朝に出れば、十分に迷宮に潜る時間を確保することができるだろう。
「ふわぁ……。鍛錬も休んでねぇし、腕は落ちてねぇだろ。多分」
まあ、場所を選んで鍛錬しなきゃ野生のヨトゥン兄上が現れて無理やりハードトレーニングに付き合わせられるから大変なんだがな。騎士団長、仕事しろよ。
そんなことを考えながら居眠りし、馬車は冒険者ギルドの前へと止まった。
「着いたか」
実に二ヶ月振りに冒険者ギルドへと入る。
まあ、ゴタゴタがあったから……な────
「「アッ」」
なんでいんだよお前ェ!!
──そこには、何処となく視線を彷徨わせ、頬を赤らめて俺を見るアンリの姿があった。
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次回、兄上たちの閑話を入れてから、気まずい迷宮冒険譚となります。
婚約破棄を画策してるのに皇太子と皇帝からの好感度上げちゃってどないすんねん、ラスティ。
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