第13話 第四王子、皇太子の面倒(事)を見る
──和平成立の調印はまた後日とし、一先ずは国交樹立にあたっての条件や細部を詰める会議へとシフトチェンジを果たした。
それは事実上、王国側が交渉に勝ったということにもなり、皇国は皇国で莫大な利益を得る。交渉に明確な勝った負けたも然程ありはしないが、ここまで条件の良い和平も他にはないだろう。
細部の詰め作業は、ここぞとばかりにリスティル兄上や、交易にあたっての護衛管理などを騎士団長のヨトゥン兄上が参加をし、完全に皇国の皇太子は置いてけぼりになった。
……心なしか不貞腐れてるのが救えねぇな。
気持ちは分からねぇけど、置いてけぼりになってんのは俺とアンリも一緒だからな。……というか口出したら殺されるわ。権限が無い。
「交易拠点に開拓村を置くとして、人件費や魔物の被害などがネックになるかと思います!!!!!!!!!」
「人件費はこちらで持とう。魔物被害に関しては冒険者ギルドの支部を置くように申請すれば良い。にしても、開拓村の住民は鉱夫が主になるだろうが……随分とムサ苦しい光景になりそうだな、ははっ!」
「……鉱夫が主、ですか。少々下世話な話になりますが、鉱夫のモチベーションを上げるためにも、一定区画に花街……いえ、娼館を置くのは如何でしょうか?」
「ふむ、良い案だ。採用しようか」
「村の人員は王国側からも出しましょう。不足分があれば、随時」
「有り難く受け取ろう。その代わりとしてだが、幾つか別種の鉱石も交易の品に出そう。金も不足しているだろう?」
「ええ、感謝いたします」
話は朗らかな雰囲気でどんどん進んでいく。
ヨトゥン兄のデカい声も響き、しっかりと会議に参加できているし、リスティル兄上は、レニエル殿からも一目置かれていることが分かる。
互いの利と助け合い(建前)を主として、不透明だった和平と、交易が形作られていった。
全てが順調だ。
何事も無ければ翌日に調印が為され、正式に国民に和平調印の通達が報じられる。
☆☆☆
──そう、何事も無ければ。
「おい、おい貴様! 私を誰だと思っている!」
「はぁ。皇太子様でしょうか?」
「ああ、そうだ。私はセルネス皇国の皇太子だ!」
……急に部屋に詰めかけてきたと思ったら何が言いたいんだろ、この人。
二日目が終了し、成功の予感に安堵してたと思ったらコレだよ。眠てぇんだけど。
とは言っても一応皇太子だから無碍にはできない。伴も連れずに一人で来たということは、それ相応の話があるのだろう。
俺は嫌嫌ながらも皇太子を室内に招き入れた。
「ハッ、第四ともなると部屋の質は下がったものだな。貴様の扱いが透けて見えるわ」
「ういっす」
「妾の息子だと聞いたが、諸に影響が出ているようだな!」
「そっすね、はい」
嫌味言いに来たんか? 催眠魔法ぶっかけて放り出したらダメかな? ダメか。さすがに伴がいないとはいえ、護衛はどこかに隠れてるだろうし、ぞんざいな態度を取り続けるわけにもいかない。
俺は皇太子に訪問理由を尋ねる。
「それで、私に何の御用で?」
黒髪の短髪の青年。皇国ではごくありふれた容姿の皇太子は、俺の言葉にふんっ、と鼻を鳴らすと、不機嫌を隠そうともせずに話し始めた。
「貴様の兄たちのせいで私は恥をかいた! 和平に対する考えだってあったのだ! だが、貴様の兄が遮っていつまでも話す! お祖父様は私を見てくれない! お陰で私が道化のようではないか。私は皇国の皇太子。次期皇帝だ。その私の意見が尊重されないというのはおかしい! 貴様もそう思うだろ!? 和平の最中、貴様も発言できていなかったのは知っている。同じく貴様の兄上にしてやられた口だろう!」
「はぁ」
自信満々に語る皇太子に、俺はそういうことかとため息を吐いた。
要はコイツ、愚痴を聞いてくれる体の良いヤツと、自分が惨めにならないために、同じ立場かつ自分より地位が低い者にマウント取りたかったのね。んで、俺に白羽の矢が立った、と。
よりにもよって和平が為されるとはいえ、敵国の王子に「どしたん話聞けよ(強制)」を仕掛けるかね。どこまで底が浅いんだから知らねぇけど巻き込むなよな。
俺が置物になっていたのは、口出しが許される立場ではなかったこと。その道のスペシャリストである兄上たちに任せるのが一番円滑に進むから。
自分のことではなく、国のために動いているから。
……仕方ねぇか。
それに歳下に言いようにされたかねぇ。
先王の息子であり皇太子とは些か数奇な運命を辿っていることに同情はするが、そこから腐ったのは紛れもなく皇太子の責任だ。
王族の先輩として面倒なことをしますか。
「分かりませんね」
「なに……?」
「なぜ貴方は考えを考えのままにした。発言すれば良かったではないですか。自信が無かったからですか?」
「そ、そうだ。お祖父様に認められるかは分からないからな」
「そうですか。貴方は国と国との交渉事において、自信の無い考えを語る気でいたのですか。それもお祖父様に認められるか分からない、などと国を優先に考えない理由で」
「……貴様っ、何が言いたい!」
顔を真っ赤にして怒る皇太子は、まるで何も見えていなかった。怒りに判断力が狂い、思考を放棄している。
「──覚悟がなってない、ってんですよ。王族としての。和平に対する向き合い方も」
「……なっ! 不敬だぞ貴様!」
「ガタガタ騒ぐんじゃねーよ、もうガキじゃねぇだろ」
俺、22歳。コイツ、19歳。とっくに成人してる大人だ。
判断力や先見の明が養えてないとしても、何がダメで何が良いのかを判断する力くらいあるだろう。
俺は思わず口調を崩しながら距離を詰める。……あー、ミスった。俺も悪手を踏んだ。
ガキじゃねぇだろと言っておきながら対応がまるでガキだ。まあ、仕方ねぇし続ける。
「何を優先にしている。王族たるもの、国を優先に考えろ。自分は二の次だ。お前にあるのは変に凝り固まったプライドで、それは不要だ。王に必要なものは国の威信を守り抜く姿勢。決して己のプライドのために自己保身に走ることじゃない。それを理解せずに人を見下し、冷静に振り返りもしない」
「……っっ」
……ま、恋のために和平しようとしたり、婚約が嫌だから和平は続けさせつつ破棄しよう! とか頭のネジが何本も外れている災厄の自己中野郎に言われたくねぇだろうが……まあ、建前で生きてるだけあって、建前はしっかりしろよ、という意思表示でもある。
「何を思おうが自由だ。こいつ嫌いとかムカつくとか、んなことはどうでも良い。表に出すな。お前という個を消せ。皇太子として生きろ。折角すぐ側に見本がいるんだ。観察から始めてみろよ。見えてくるものがあるはずだぜ」
「…………」
皇太子は沈黙を選んだ。
喚くこともなく、怒るわけでもなく。ひたすらに沈黙。
少なくとも、何かが皇太子の琴線を刺激したのは間違いないようだが、一朝一夕で変わる性格ならこうはなっていない。
……沈黙し、蹲る皇太子の姿は、まるで叱られた子どものようだった。……案外早々に見限られたせいか、叱られるという経験をせずに育ったのかもしれない。
ならば納得できることも多くある。事実であったならば、それはレニエル殿の教育の方針にも問題はある。
……めんどくせぇ。
心の中でうへぇと呟きながら、俺は言った。
「言ってみろよ。お前が考えてきたことを。全部真正面から弾いて、推敲してやる。それくらいはできんだろ? 皇太子サマ」
「──ッ、あ、当たり前だ!」
ニヤリと笑えば、皇太子は目を吊り上げて反論をしてきた。表情からは余裕と笑みは消えているが、諦め切れないという泥臭さが宿っていた。
嫌いではない。
「私が考えたのはまず、浄水施設の設営について──」
「それは──だから、あの課題が──」
俺は夜通し、皇太子の面倒を見る羽目になった。
……なんでだよっ!! 俺自身の目的がサッパリ進まねぇよ!!!!
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やっと主人公が動き出します。
活躍するとは言ってません。
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