第12話 第四王子、見届ける
俺とアンリの和平交渉(意味深)が成され、翌日、今度は王国と皇国の和平交渉を見届ける機会になった。
皇帝、レニエル殿はすっかり頭を冷やせたようで、泰然とした様子のまま座している。
皇太子は少し浮ついているかのような姿勢を示している……が、比べてリスティル兄上は冷静さを取り戻している。……皇帝は勉強を積ませるために皇太子を連れてきたのかもしれないが、普通に失敗だったんじゃねぇかな。
醜態とまではいかないが、失望されるレベルの姿勢で和平の場を迎えている。
「さて、聞かせて貰おうか。西側を皇国に譲歩する理由を」
「譲歩、とは随分と直球ですね」
「そうとしか言いようがないな。何かがあるのは分かっているが、客観的に見れば譲歩は譲歩。お互いにダイン地方の資源の保有量は調べ尽くしているだろう?」
二日目の和平交渉は、席に座した瞬間から始まった。
再び置物モードと化した俺は、父上とレニエル殿の会話に注視しつつ思考を深める。
ダイン地方は、何度も争われ、王国の領地だったことも皇国の領地だったこともある。それ故に、資源の保有量、何がどこにあるかなどは丸裸になっている。
それが意味することは、最早東側に大した資源やメリットが残されていないことを指すのだ。だからこその疑問。当然だ。俺だって未だに困惑している。
父上は飄々としていて、何を考えているのかサッパリと読みづらい。交渉事においてこれ程やりづらい存在はいないだろう。
……ポーカーフェイスとか得意な方ではあるけど、父上のそれはまるで別モンだな。一体何枚仮面を被ってるのやら……。
「ええ、その上で私は提案をしているのですよ、レニエル殿」
「……ますます分からないな。これでは争っていた理由が分からぬ。理由。恐らくそれは王国の秘密なのだろう。停戦中に何を視た。その瞳で。秘密を明かせとは言わない。が、その堅い胸襟を少し開けて貰えないだろうか? これでは長年の溜飲が下がらん」
王国側が西を譲るなら、そもそも戦争をしていた理由がない。勿論、それ以外にも複雑な要因が絡まっていたことには間違いないが、西側の資源を巡って長年争っていた事実があるのだ。
説明もなく譲られるのは、流した民の血が浮かばれない。せめて、理由を教えてくれまいか、と皇帝レニエル殿は語りかけた。
常套句な交渉の手口ではあるものの、レニエル殿の口調からは微かな困惑が透けて見えた。溜飲が下がらない。その言葉は本当なのだろう。
そして裏を返せば、知りさえすれば納得をする、という意味でもある。この時点で和平の合意は約束されたようなものだ。
……ペースは父上が握ってんな。
だが、王国の利となる話を持ち帰ることができるかが、勝負の分かれ目だ。これじゃ王国がただ損をし、譲歩を経て和平を結ぶ、という明らかに皇国に平伏した内容になってしまう。
和平を結ぶことには成功したが、多大な損益を生み出してしまった愚王として歴史書に記されるだろう。
「勿論、理由はお話しますが、昨日の時点でそれをお話しなかったのは、理由が和平の先の話であるからです」
「……となると、交易に関連することか。そうだな、割譲の情報のインパクトが強すぎるあまり、そのことを失念していた。……ふむ、見えてきたな」
──全然見えない、暗闇だよこっちは。
どの次元での会話なのか皆目検討もつかんよ俺は。こりゃ置物になるしかないのも納得。実質リスティル兄上だって半ば置物と化してるからな。まあ、自動で勉強して経験を積むタイプの置物だからマシだけど。
俺はバカじゃない。……ホントダヨ?
けど、先を見通す力を養うには経験と知識、生きる年数が足りねぇ。こればっかりは仕方ねぇ話ではある。
先見の明が一朝一夕で身についたら、今頃世の中は占い師だらけだろうし。
「レニエル殿は、資源の内容物については把握していますか?」
「当たり前だ。金鉱石、魔鉱石、白々石、瑠璃光石の四つだろう。ここまで他種類の鉱石が混同することは珍しく、貴重だ。それ故に誰もが欲しがるんだ」
その言葉に父上は頷くことで肯定を示す。
金鉱石は字面の通り金の原石であり、当然高く売れる。金は富の象徴だ。武器や道具に使用するのは、硬度や耐久性状不可能だが、貴族用の細工や自国の金貨作成時に使われる。
高級素材としては、とりあえず金を使えば大丈夫だろ! 的な万能素材である。何で貴族って金ピカなもん好きなんだろうな。俺には良く分んねぇ。
続いて魔鉱石は、空気中の魔力を吸収して進化した鉱石のことで、魔法の力を込められた道具……魔道具の作成や、魔法使いの外付け魔力器官として使われたりする。
が、同じく産出量そのものが少なく、市場にはほとんど出回らず、貴重だ。
つまり、めっちゃ高く売れる。以上。
白々石。
めっちゃ白くて硬い石。
硬すぎるがあまり加工が不可能で、価値はない。ただなぜか全然取れないことから、一応希少鉱石扱いされている。売れない。
瑠璃光石。
仄かに赤く光るという特徴を持った鉱石で、加工してもなお光が残るという性質を持っているため、金と同じく細工等で使用されている。勿論貴重だな。
これらがダイン地方の西側で取れる主な鉱石だな。
当然の如くレニエル殿にとっては既知の情報だろう。
今更確認するようなことでもないが……、と疑問符を浮かべていると、父上が話を続ける。
「まず、東側を交易の拠点に置く。皇国側に連絡が取りやすいことが一つのメリットです。……さて、ここからが本題ですが、西側で産出される鉱石。金鉱石、魔鉱石、瑠璃光石。それは王国に売るよりも他国に売った方が利益が出ることでしょう」
……父上はなんてことないように言うけど、これは結構由々しきことで、王国は金はあるが、それでも他国の方が多く金を出すのだ。
それは純粋に需要の問題。
金鉱石と瑠璃光石は美しい金細工を作成することで有名な、ベリエル公国に。魔鉱石は、魔法国家、イリシエイトに。
それぞれ輸出先は決まっているようなものだ。そこに王国は入る隙がないのだ。金を出して買ったとしても、それを商品化する技術者がいない。
いるにしろ、他国よりも劣る。
──レニエル殿はそれに頷くことなく、父上に話の先を促した。
そこで俺たちは再び驚愕することになる。
「──我々王国は、白々石の加工技術を確立しました」
「「「……ッ!?」」」
「……っ! ほう……ッ! 武器に使用すれば神器すら誕生し得ると言われている、神に見捨てられた石をか!」
マジで……!? あのクズ石を!?
白々石は前述の通り死ぬほど硬いだけの性質を持つ、利益的には何もない石ころだ。ただ、その硬さ故に何人もの技術者が加工しようとして失敗してきた。
武器に硬さを乗せることができれば、それは
ブラフであるわけがない。あってたまるわけがない。
父上がそれを口にしたならば、紛れもなく事実だ。
……恐らく情報を掴ませないために、俺たち王子にすら教えずに個人で動いていたことなのだろうが、それにしても驚いた。
確かに……!!
白々石を交易の土台に立たせるならまるで話は変わる。
皇国側は、何の価値のない石ころを金貨に変え、王国は加工し商品化して他国に売る。それだけで互いに莫大な利益を生み出すことができる。
──これが父上の切り札。
その効果の程は────レニエル殿の、驚きつつも冷静に利益換算をし、笑みを深めた表情を見れば一発で分かる。
まだ詰めることはある。
だが和平は成った。対等に。
それが明確に分かった瞬間だった。
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