第11話 四と二、擦り合わせる

「──改めて状況確認をしましょう。この際、婚約に関しては受け入れるしかないわ。婚約関係、というものを上手く使いながら計画を立てましょう」

「そうだな。一先ず、今回の和平交渉に関しては円滑に進めて成功させよう。何事も無ければ順当に運ぶだろうし。問題はその先」


 ダイン地方の割譲問題が未だ残ってはいるが、恐らくは話し合いの末に和平は順当に合意されるだろう。元からどっちも乗り気だしな。和平をする大義名分があれば飛びつくのは自明だわな。

 ただ、和平が為されたとしても、問題はその後。

 その和平関係を、恒久的なものにしなければならない。はい、和平できました。めでたし、めでたし、これでずっと安心だね! とはいかないのが普通。

 互いの信頼関係を壊さないよう、慎重に取り計らわなければいけない。


 今回に限っては、それが俺たちの婚約。将来的な結婚。

 信頼するには、互いに人質を取るのが一番簡単であり、家族という枷に縛り付けるのがオーソドックスだ。

 和平のために二人の人生を利用する。あぁ、これは王族にとっては当たり前なんだよな。平和のためになるならば、自らだって道具だ。国の歯車になって、錆びるまで永遠に回り続けるのが関の山。

 

「……事を起こすには早すぎる。情報収集と支持を集め、やるからには強力な後ろ盾……パトロンが必要だ」

「ただ、結婚したくない、っていち感情で協力してくれるパトロンなんていないのが現実よ」

「ましてや戦争にまで発展しかねん問題だからな。おいそれと面倒事に関わるような輩はいねぇ」


 二人揃って頭を抱える。

 まあ、そんな簡単に解決するような出来事なら、すぐに行動に起こしている。だからこそ俺たちが協力することになったんだが。


「……まずは私達の地位向上から始めた方が良さそうね。注目度が高まれば当然、信用度や、信頼してくれる仲間も増えるでしょう」

「友達いなさそうだけど大丈夫そ?」

「ぶん殴っても良いのよ。整った鼻がへし折れるくらい」

「いやいやいや、客観的な事実とそれに即した心配事だろ。お世辞にも孤高を気取った孤独の香りがする」

「…………くっ」

「ほら」


 思い当たる節があったのか、アンリは俺を睨みながら悔しげに顔を歪めた。敵を作りやすい性格のせいで、慕ってくれる者もいないだろう。

 求心力という点においては、アンリほど向いてない人物はいない。悲しい話、実際そうだからな。

 皇女とは思うねぇほど喧嘩っ早いし。なまじ実力行使で解決できる権力と、物理的な力がある。


 対等に会話できるやつは……まあ、冒険者としての俺、スターティだったわけだが、たまたま俺がアンリの口調とか行動に「おもしれー女」と思える変態なだっただけであって、普通に良識のある人間なら何だコイツ嫌な奴だな、で終わる。


「そ、そういうアナタはどうなのよ」

「俺か? まあ、顔良いし取り繕えば特に何事もなく会話を進行できるからな。王国内でも求心力はある方だと思うぜ」


 淡々と有るべき事実を語る俺に嘘ではないと論じたアンリは、「負けた……」と言わんばかりにテンションを下げる。

 こればっかりは世渡りしねぇと立場が危なかった、って特殊な事情も絡むが。

 妾の息子ってのも厄介なもんだよ。


「ってことは、目下の課題はこうだ。一、影響力。二、信用。三、婚約破棄せざるを得ない状況の構築」

「一と二は分かるけれども、三はどういうこと?」

「そうだな……。一と二を成功させて一定の成果を上げたとしても、婚約破棄の理由にはならねぇんだ。へぇ、良く頑張ってね、じゃあ結婚だぁ! ってなるだけ。感情論で結婚したくない──これだけ成果上げたなら良いでしょ! とはならないだろ? つまりは、婚約破棄を納得させるだけの理由が無くちゃならない」

「確かにそれもそうね……」


 アンリは深刻な表情で頷いた。

 どんな成果を上げたとて、結婚することが決まっているなら、その成果は俺たち夫婦のものとしてカウントされるだろう。それじゃあ何も意味がない。

 だからこそ、婚約破棄をするために理由が必要になる。

 当然生半可な理由じゃ、許可どころか怪しまれて実行に移すことができなくなる可能性が高い。


「それなら理由作りは後でも良さそうね。兎にも角にも影響力と信用。それを構築しなければならないわ。それも目に見える形で成果を上げなきゃいけない……」


 言葉に出すのは簡単だが、存外に難しい。

 人の心というのは不安定で移ろうものだ。何が人の琴線に触れるかなんて分かるわけ無いし、人それぞれで受け取り方は異なる。

 だからこそアンリが言ったように、目に見える形かつ誰もが納得できるものにしないといけない。


 うぅん、と悩んでいると、アンリはふと呟く。


「……実力主義」

「ん?」

「そうよ! 皇国では何よりも武が重んじられているわ。文官だって一定の戦闘能力が無いと登用されないし、騎士団の序列決め、一対一の決闘。一先ず皇国に関しては、実力を見せつける。それが出来れば目標にぐっと近づけるんじゃないかしら?」

「なるほどな……。実力主義、悪くない。脳筋みたいだけど、実際実力で分からせるのが一番簡単だからな」

「皇国の民はチョロいから、強ければ手のひら返す尻軽よ」

「自国の民に何たる言い草だよ、皇女」


 んなことばっかり言ってるから求心力が身につかないんだよ。……こいつの性格矯正はできないし、したくないにしろ、何とか外面を取り繕うためのメソッドくらいは教えないと詰むな。


「実力を見せられて、誰もが納得、というと……だな」

「そうね、ね?」


 俺たちはニヤリと笑って共に叫んだ。



「────冒険者」



 再び戻る。

 スターティではなく、今度はラスティとして。



 

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