第10話 第四王子、決意する
「──冗談ですわ。はじめまして、ラスティ王子。セルネス皇国、第二皇女のアンリ・ロワール・セルネス、と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「え、きっしょ」
「喧嘩なら買うわよ、言い値で」
──やっべ、あまりに気色悪くてつい本音が出た。
いや、アンリの素の暴力性を知ってる人間からすると、その皇女モードはどうにも鳥肌が立って仕方ない。
……待てよ? 俺、別に正体バレてないのに初手で気色悪い言われるの酷すぎない? 仮にも和平交渉先の王子に向かっての発言ではない。おもしれー女。
こういう部分が気に入って共にいたのだが、さすがにそれを全面に押し出して絡むと正体がバレる。
俺はあくまで第四王子として接しなければいけないのだ。
「冗談ですよ。ふふ、皇女様は随分とユーモアに長けているようで」
「あら、皇国では初手から罵倒するのが礼儀ですのよ。王国にはそういった作法は無いのでしょうかねぇ」
「あはは、生憎と今ここには紅茶がありませんから。王国では知り合った人に熱々の紅茶をぶっかけるのが礼儀なのですが、披露できずに残念です……」
「「うふふふふ」」
──やべぇ、つい楽しくなって会話の選択肢全部ミスった。アンリも笑いながら目が据わっているし、完全にキレている。
互いにナイフを刺し合うような会話だ。問題は、仲の良い者同士であれば内輪ネタで済むが、初対面でこんな会話をしてしまったら印象が最悪ということだ。
俺は色々と頭がおかしいので、何だこのやべぇ会話。面白すぎるぜ、となるが、最初から俺を敵として見てるアンリからすれば「何だコイツ失礼だな、マジで」と思うわけだ。
あれ、おかしいな。
第四王子として惚れさせてみろ、と父上に言われたはずなのにどんどん遠ざかってる気がする。
まあ、婚約者の一人もいない俺に惚れさせるとか無理難題が過ぎると思ってたが、ついついアンリの喧嘩腰に乗ってしまう俺が原因でもあるなコレ。
……表面上の会話を続けたところで埒が明かない。
俺は思い切って切り出すことにした。
「皇女様は──この婚約に乗り気ではありませんよね?」
アンリは歪な笑顔をスッと消し、無表情のままに答える。
「和平には勿論賛成です。皇国が発展するためにも、民が無為に傷つかぬためにも、王国との和平は急務です。今回はまさに渡りに船。なぜアナタの父が有利を手放し、表面上は皇国に服従しているかのような姿勢を見せているのかは分かりませんが……。兎に角、和平には賛成です」
頑なに和平のみの賛成の姿勢を示すアンリ。
その表情には確証を抱けていない思案の様子と、こちらを推し量ろうとする疑心の目が宿っていた。
バカ話と真面目な話との高低差が酷ぇけど……まあ、それが聞きたかったことであり、これからどういった動きをするのか。それを明確にするべく避けては通れない話だ。
同様に俺も笑みを消し、頭を働かせる。
まずは現状確認。
「父上の思惑は私にも推し量れません。兄上の驚きようを見ていただけたならば、あれが予定したものではないことは明白でしょう。しかし、まあ仰る通り、両国には和平が必要不可欠であり、両国における信頼関係を結ぶためにも──悪い言い方をすれば、人柱が必要です。それは貴女も理解していますよね?」
悪い言い方をした。だが会話のインパクトを掴むには、これくらい切り込んだ言葉が必要だった。
……アンリは一瞬、悔しげに顔を歪めた。
あぁ、なるほど。我儘で、先が見えてないのは自覚してるんだな。皇女としてあるまじき、俺への態度と言葉。それこそ和平がおじゃんになっても仕方ない程に、この場におけるアンリは腐っていた。
悔しくて、現状を打破しようとして。それでいて、そんな方法は全く持って思いつかない。人柱として、人の良い笑みを浮かべることしかできない自分に腹を立てているのだろう。
無力な自分。無策な自分。
よりにもよって、それを敵国の王子に叩きつけられるというのも彼女のプライドを嫌に刺激する。
アンリは手のひらを顔に当て、絞り出すように言った。
「義務感や……責任感は、……っ、容易く己の感情を塗り潰す……っ! 我儘だ、って分かってるのよ……。けど、自分の感情に嘘を吐きたくない。第二皇女としてじゃない、己を通したい」
初対面である俺に伝わらないであろう言葉の群。
けれど、ラスティでもありスターティでもある俺には、痛いほどアンリの気持ちが理解できた。
王族には、不自由は無いが自由は無い。
また、矛盾しているだろう。でもそういうことだ。
王族である限り、自分を構成する一番大事な部分に枷が化される。時にそれは、自分の感情よりも国のことを優先しなければいけなくなる。
感情と義務感の板挟み。
苦しんでいるアンリを見て、俺は一瞬正体を明らかにしてしまおうかという欲望が顔を出した。
アンリだけに言うならばバレないだろう、と。
──悪手だ。
それだけはできない。
俺だって国と己とで板挟みにあってんだ。生憎と国の優先度は低いけどな。それでも筋を通さないといけないこともある。
いつ、どこで、誰に見られているのか分からないのがこの世界。
正体を明かす瞬間、皇国の密偵が潜んでいたらどうする。すぐに皇帝に情報が伝わり、和平は中止。というか破談。
俺は二度とアンリに会うことができなくなる。
恋のための和平だ(ヤケクソ)。
俺は正体をバラさずにアンリと結婚するしか道がない。
……でも、当の本人がこれじゃあどうするんだよ。
「……貴女が何を仰っているのかは分かりませんが……大事にしているモノよりも国を優先しなければいけない私達は、常に何かと板挟みになる。家族だったり、友達だったり、恋人だったり。罵られようと、傷つけられようと、私達王族は常にその義務を果たさなければなりません。
さて──これを聞いてどう思いました?」
「…………?」
アンリは、唐突に始めた俺の演説に、涙を流しながら疑問符を浮かべる。が、理解はしているだろう。その表情には、受け入れきれない不条理に憤っているようにも見える。
何が言いたいのか。何を言いたいのか。何がしたいのか。
もう俺にも分からねぇ。けど、どうなったっていい。
無理だって良い。
突き通すか、自分。
──俺はここで、大きく方向転換をした。
開始の狼煙は、俺の笑顔。
「────クソ喰らえって思いましたよ」
「……?」
「やりますか、貴女の無理難題。要は、結婚はしたくない、けれど和平は成功させたい。貴女一人じゃ思い浮かばなかったかもしれませんが、私も手伝えば……まあ、少しはマシな考えが浮かぶでしょう」
ヘッと自嘲げに笑う。
アンリは、何が起こっているのかよく分からないようで、瞬きを繰り返しながら放心していた。
「……どうして。アナタは和平にも婚約にも前向きだったでしょう? それが一番簡単で、一番良いはず……」
まあ、最もだ。俺もそうする気でいた。
というかそれしか思い浮かばなかった。
けど、それは俺の独りよがりな考えだった。
幸せなのは俺だけだ。好きな女の子と結婚できて、和平も上手くいく。なんて素晴らしい。
でも彼女が好きなのはスターティであって、俺じゃない。彼女の立場はいつだって人身御供にされ、敵国に嫁いだ悲しき皇女。
あーあー、分かってたけど俺は本当にクズだ。
それを勝手に妥協して、済ます気でいた。
──好きな女の子が泣いてる。
男が格好つける理由に、それ以外はいらねぇ。
「私も貴女と同じで譲れないものがある。それだけです」
「……アナタの喋り方、見た目と合ってないわよ」
「確かに女性ウケは良くねぇんだ、コレ」
口調を崩すと、アンリは初めて純粋な笑みを浮かべた。
「アナタの喋り方、私の知り合いと少しだけ似てるわ」
「多分生き別れの兄弟かもな」
「バカね、彼はアナタみたいに軽薄じゃないわ」
童貞ゆえに軽薄ではないかもしれねぇな、確かに。
少しの軽口を交わし、俺は右の手のひらを差し出す。
「──良き協力者として」
「ええ、良き協力者として」
握手ではない。
パンッと手のひらを叩き合い、俺たちは協力者となった。
……あれ、難易度上がってるな。
まあいい。
恋のために和平するのは変わんねぇからな!(ヤケクソ)
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序章、終了。
和平難易度はハードモードに突入しました。
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