第9話 第四王子、完璧な置物と化す

 なんかめっちゃ睨まれてんだけど。

 初っ端から好感度最悪すぎて打開策がない。


 父上たちの傍ら置物に徹する俺は、じっと俺を見つめては視線で殺してやる、と言わんばかりに睨んでくるアンリに冷や汗を流す。

 なにかしたっけ俺。いや、俺が何したというよりは、この状況そのものが憎む対象になっても仕方ないか。……そう考えると、アンリは存外冒険者稼業を心の拠り所にしていたのかもしれないな。

 ストレス発散にもなるし、純粋に自分の実力が評価される世界ってのも、人によっては気持ちいいもんだ。自国じゃ皇女という立場が邪魔をして、変におべっかを使って取り入ろうとする輩だったり、思ってもいないことを滔々と語るデマカセ野郎が己の評価を曇らせる。


 正しい評価を得るには、正しい評価を下してくれる人物が必要だ。


 当たり前だ。当たり前だが、俺たち王族にとっては当たり前ではない。

 虚飾入り交じる世界に、何が真実かと問おうが意味がない。信じられるのはいつだって自分しかいない。そんな孤独な世界で生きている。



 まあ、アンリはさておき。

 今は和平交渉だ。

 前置きとなる話も終わり、いざ内容に入る段階になっている。自ずと兄上にも緊張が走る。


「細部に関しては後ほど詰めよう。キリがない。問題は──分かっているだろう?」


 皇帝、レニエル殿が、重圧の籠もった言葉で父上を睥睨する。好好爺然とした雰囲気は消え去り、思わず平伏してしまいそうになる程の威圧感で、場が緊張に包まれた。

 

 ……この皇帝、さては若い頃に冒険者かそれに類することしてただろ。ただの皇帝の威圧じゃない。腕っぷしも含めた威圧を感じる。

 修羅場を潜った経験も多いだろうし不思議ではないが。


「そうですね、ダイン地方についてでしょう」


 ──父上はレニエル殿の威圧に全く怯むことなく、堂々とした口調で発言する。その表情には、一切の怯えも恐れも浮かんでいない。ただ王としての姿があった。

 レニエル殿は、一瞬眉を上げてニヤリと笑みを浮かべるが、すぐに顔を引き締め重々しく頷いた。


 

「我々が長いこと争ってきた要因だ。未だあの土地には多くの鉱脈と、貴重な資源が眠っている」 

「ええ、分かっています」


 ダイン地方。

 かつてダイン王国と呼ばれた小国は、度重なるウェルディス王国とセルネス皇国との争いによって滅び、互いの不可侵領域となっている。

 今回の和平交渉の肝となるのが、その扱いについてだ。無論、レニエル殿が言ったように、多くの鉱脈と資源は王国としても喉から出るほどに欲しいはず。

 でなければ200年も同じ土地を争って戦争を起こしやしない。互いに譲ることのできない点だ。妥協点を探るのも困難なんだけどな……。


 父上の出方を窺う。

 俺は置物だが立派な耳がついてるもんでな。気になっちまうのも仕方ない。アンリの方見るの怖ぇーし。


「私の提案として──ダイン地方を二分割し、割譲。西側を皇国が。東側を王国が。そして、交易の起点とするのは如何でしょうか」

「「んなっ」」


 思わず、といった様子でリスティル兄上と、相手方の皇太子が立ち上がり、驚きを顕にする。

 対してレニエル殿は、目をすっと細める。

 かく言う俺も表情に出そうになったが、何とか抑えることに成功した。冒険者をしていた故の精神力が今作用したんだろう。

 迷宮とかいきなりトラップ発動するからな……。驚愕耐性はある方だぜ。


 ──にしてもマジか。

 何をそんなに驚いているのか。


 ……まず前提として、地理の話になるが、西側にあるのが王国。東側にあるのが皇国。ちょうどその中間に位置しているのがダイン地方だ。

 驚いていることは、互いのごく近くに自国の領土を置く……ということではない。いや、それも純粋に驚くことではあるんだけどな。

 言っちゃえば互いに杖を構えているようなもんだからな。


 問題なのは、西ということ。

 和平の議題も、ダイン地方(西側)についてどうするか、というニュアンスが含まれている。東側に利がないわけでもないのだが、圧倒的に西側の方が利がある。


 譲歩にしても破格が過ぎる。

 父上は一体何を考えている!? こんな意味のないことをするような人でも、皇国に媚を売ろうと考える愚王でもない。

 それを看破してか、レニエル殿も父上の一挙手一投足を観察して、真意を探ろうとしている。


「譲歩……という表情でもないな。いや……ふんっ、ダイン地方にすでに興味がないのか」

「皇国との和平において、重要な拠点になり得ると考えています」

「ウェルディスの王は随分口が達者なようだ」

「口先だけで交渉が上手くいくとは思っていませんが」

「それはそうだ。このまま条件が良い……ならば……と頷ける程背負っているものは軽くない」


 一体父上はその瞳に何を写しているんだ。

 最早割って入る隙間もないほどに、議論は天上の戦いへと化している。しかしリスティル兄上は、歯噛みしつつもこの経験を糧にしようと思案している表情だが──あぁ、皇国の皇太子はダメだな。すでに思考放棄をしている。

 確かにこれじゃ自分で玉座に戻って来るのも分かるわ。


「楽しくなってきたな、ウェルディスの王よ」

「ええ、そうですね」


 ……うわぁ、バチバチだぁ……。怖い。

 試しにチラッとアンリの方を見ると、彼女は顎に手を当てて悩ましげな様子だ。しかし、その目線は父上とレニエル殿、リスティル兄上……など忙しない。

 皇太子よりよっぽど皇帝の器だなこりゃ。


「……頃合いか。今日はこれくらいにしておこうか。まだまだ長くなりそうだ」


 これから……という時に、レニエル殿は外をチラリと見て改めた。確かにそろそろ日も沈む頃だ。だが、終わりにするには早い。


 あー、熱くなってしまった故に一旦リセットか。

 どこまで冷静なんだ、この皇帝は。

 

 正しい判断を下すための思考判断が出来すぎている。


「少しの交流会としよう」


 チラリと父上の目線が俺に向けられた。

 やっべ、これアンリと話さんといけんやつだ。




☆☆☆


「やあ、はじめまして。第四王子のラスティです。よろしくお願いします」

「──きっしょ」

「あれ和平する気ある?」


 初っ端からの罵倒にワクワクしてきたぞ俺は。

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