第8話 第二皇女、吹っ切れる

「お前には王国の第四王子と結婚してもらう」

「────え」


 思考停止。

 何を言われているのか、理解していても、脳が言葉の咀嚼を拒む。聞きたくないと願っていても、無駄に回る脳が理解してしまう。


 ──王国との和平交渉。

 それだけでも驚きだったけれど、それは嬉しいことだった。

 彼……スターティもまた王国の民だ。

 停戦してから年月が経っているとはいえ、憎しみの種はそこら中に転がっている。和平をしたことで、スターティとの確執が消えるかもしれないと、素直に喜べた。

 が、喜ぶことができたのはそこまでだった。


「お、お父様……今なんと」

「王国の第四王子と結婚してもらう、と言ったんだよ。アンリ。お前の行動は黙認していた。けど、それは王族としての役割を果たすまでのこと。もう、子どもじゃいられないんだ、アンリ。分かるかい?」

「────」


 お父様はあくまで冷静でゆったりとした口調だったけれども、その言葉には有無を言わさぬ圧を感じた。……そう、実際断る術が私にはない。

 王族として産まれたからには果たさなければいけない宿命だわ。それは私も理解している。


 けれど──今じゃなくたって良いじゃないっ!

 幸せ絶頂……とまでは行かずとも、Sランク冒険者という地位を手に入れ、長年連れ添ってきた相棒ともこれから……という時期。

 迷宮だってまだ攻略できていない。いずれ完全攻略をしてやろうと誓ったばかりなのに。


 なぜ、どうして私が。嫌だ。 

 そんな子供じみた思いが過っては消える。

 そもそもお父様が黙認してくれていたからこそ享受できていた幸せ。けれど、知ってしまった幸せというのは手放したくない。ずっっと後ろ髪を引かれるに決まっている。


「分か、りました。私は第二皇女ですから……」

「ありがとう。なに、第四王子は男前で優秀だと聞く。性格も穏やかでユーモアが利く青年だと。安心すると良いよ」


 スターティとまるで逆ね。

 と、自嘲するように笑って、私は曖昧に答える。

 お父様とて、私を愛していないわけではない。ただ、皇帝として正しい行動選択を、父としてではなく国の主として行っているだけだ。

 そこに私の意思や感情は介在しない。


「和平交渉の会談は一週間後にある。恐らく第四王子も来ることだろう。しっかりと見定めて来ると良い」

「……はい、かしこまりました」


 どんよりと曇った瞳で、私は肯定を下す。

 何も出来ない。何も為せない。

 スターティにも、別れの言葉すら交わすことができない。これから先は冒険者をする暇などないのだ。


 辿り着いた地位も名誉も、全て捨て去らねばならない。どことも知らない敵国の王子と結婚するのだ。

 平和のための礎となるのだ。

 そこに反論の余地も反抗の気概も……ない。


 この国が好きなの。

 この国で育ったの。私の生まれ故郷なの。

 お父様が好きなの。



 だから私は────諦める……とでも言うと思ったかしら?

 ──ふふ、悲劇のヒロイン振るのはやっぱり嫌よ。性に合わない。

 何も出来ないけれど、足掻くことくらいはしたい。


 に操を立てることくらいはしたいじゃない。


 前言撤回。

 私は決めたわ。


 何とかして良い感じに平和的に和平も成功しつつ、婚約破棄してやるわ。現実は見えてない。ええ、良いでしょう、見えてなくても。

 いつまでも子どもでいたいのが娘の本心なのよ。

 

 待ってなさい、第四王子。

 貴方も気の毒だけれど、私も気の毒なのよ。



☆☆☆


 ──アテが外れた。

 私は、第四王子の如何にも女受けしそうな気に食わない顔面を見ながら軽く絶望した。

 第四王子とて、立場は人身御供。

 私との婚約には後ろ向きなのかと思っていた。けれど、実際はそんなことはなく、前向きですらある。

 味方にはなり得ない。間違いなく敵になる。


「……顔がムカつくわね……」


 私はどんな状況になっても諦めない。


 待ってなさい、スターティ。

 貴方が童貞を捨てた女は、建前があるからって軽々しく他人に体を許すような尻軽じゃないのよ。


 ──和平を成功させつつ、絶対に婚約破棄してやるわ!



 こうして、吹っ切れた私による密かな逆襲が始まった。






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次回、遂にラスティとアンリの対面です。

ちょっと複雑化してきたので、相関図を少し。


ラスティ→アンリと結婚したい。父の命令で、正体をバラさないように惚れさせなければいけないという無理ゲーをやっている。ちなみに彼女いない歴=年齢の男が恋愛頭脳戦をできると思うか。無理だ。


アンリ→婚約破棄したい。和平を成功させつつとか言っているが、互いの信頼をするための婚約と理解しているのか不明。恋は盲目とは言ったものだ。


王国→隠してることはあるものの、和平は成功させたい。ラスティくんには是非とも人身御供になってもろて。


皇国→こちらに利が多い。戦争は物資の消費も多い。色々と物入りだし、いっちょここらで和平だ。アンリくんには是非とも第四王子と結婚してもらって、という一番分かりやすくて効果的な手法を使いたいと思っている。

 



 

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