第5話 第四王子、第二王子と肉体言語を交わす

 父上に嫌な言質を取らされ、全てがバレ、無理難題を押し付けられた翌日。

 俺はボーッとした頭で、「あっ、夢じゃない、これ現実だったわ」と苦い記憶を蓋から取り出して起きる。

 人間どうしようもなくなると現実逃避をする生き物だが、俺の場合四方八方に様々な責任とか焦りとかが付随するせいでおちおち逃避もできない。


「さて、和平交渉は父上とか兄上が進めてくれるだろうけど、俺にできることをしないとな」


 昨日の父上の発言。

 上の兄たちは全員、和平に賛成であったようだが……それに些か疑問を覚える。

 幾ら何でもそんなことがあり得るか?

 特に第二王子のヨトゥン兄なんて、苛烈で有名な猛将だ。

 騎士団長でもあり、他国との戦争や小競り合いなんかでは我先にと飛び出し、敵を蹴散らす一騎当千の強者だ。

 彼は停戦前の皇国との戦争も経験がある。

 憎しみだって、多く抱えているはずだ。


 そんな兄上が皇国との和平に賛成とは、少々言い難い。

 何か裏があるのか。次第によっては、敵になる可能性だってあるのだ。

 事の真偽もハッキリし、これからの動きを明確にしておこう。

 

 では早速兄上の下へ……と立ち上がった瞬間、ノックの音が響いた。


「入れ」

「──お休みのところ申し訳ございません。ヨトゥン様が、ラスティ様に用があると」

「やけにタイムリーだな……」

 

 まるで俺の胸の内が見透かされているようだ。

 このタイミングでの呼び出し。十中八九和平のことだろう。


「第四訓練場でお待ちとのことです」

「分かった。下がっていいぞ」

「では、失礼いたします」


 侍女が下がったのを見計らって、俺はサッと顔が青くなったのが分かった。

 訓練場でお待ち……嫌な思い出が蘇る……っ!!

 ヨトゥン兄に訓練と称してボコボコにされた記憶が!


 あの兄上、肉体言語で語ろうぜとか脳まで筋肉で侵されたやべぇことを言い出すんだよ。急に。

 話し合いに暴力は不要だろ……あんた仮にも王子でしょうが。

 とは言いつつもストレス発散で魔物をぶちのめしてる俺も同類っちゃ同類かもしれんけど。


「はぁ……気が重い」



☆☆☆


「なっはっは!! 久方振りだな我が弟よ。では死ね!」

「久方振りに会った弟への言葉遣いじゃないでしょうがァ!」


 挨拶とばかりに斬り掛かってきた兄上に文句を言いつつも、俺も剣で対抗する。……やっぱり武装してきて良かったわ……。


「お前とヤリ合うのは数年振りか! 腕を上げたな!」

「そりゃガキだって成長しますからねっ!」


 受ける、払う、受け流す。

 兄上の剣は剛の剣だ。力で押し切るタイプ。

 対する俺は柔の剣……というわけでもない自己流タイプ。ただ受け流しからのカウンターが、俺の中での一種のセオリーになっている。

 

 ……くっそ、重い!

 受け損なった瞬間に骨がパーだ! 


「成長と言えばだがな! 和平の件は聞いたぞ!」

「……っ! 兄上も賛成しているようでっ! ちょっと信じ難い話ではありますが!」

  

 考える暇もない俺はド直球に答える。

 剣を交わす兄上の表情は終始笑顔で、感情が全く読み取れない。


「あの戦争では多くの血が流れた! 散っていた同胞たちの無念は晴らさねばならん! だが! 同胞たちが真に願っていたのは、故郷で暮らす家族の平和なのだ! 戦という手段では、それを成すことはできぬ! ゆえに! 和平という第三の道を辿ることを決意した! 例え裏切り者と罵られようと! 平和の礎になれるのであれば結構!」

「マジですか!」

「マジだ!」


 兄上の言葉には嘘が見当たらない。元々終始笑顔で表情が読みづらいのがデフォルトではあるものの、その言葉には膨大な熱が籠もっていた。

 憎しみではここまで綺麗な輝きを放つことはない。純なる想いが、兄上の剣に乗せられていると感じた。


「お前は! 何故に! 和平を望む!」

「民を救うためです!!」

「嘘を付くな痴れ者がァァァ!!!」

「家族からの俺の評価どないなってんねん」


 さすがに泣くぞ、おい。

 俺って自分のためにしか動かないド自己中人間だと思われてる?? 事実だがな! ははっ!

 建前で生き永らえてる人間だから、こうも真っ向から否定されてしまえば言訳する術はない。


「まあ良い! 目的が同じであれば良いのだ! 辿る道の選択肢が幾らあれど、最終的な目的地を共にすれば、人は協力することができる! 手伝って貰うぞ! ラスティ!」

「……勿論です。……ちなみに性欲に負けた男ってどう思います?」

「? 自制心のないゴミだと思うが!」


 ですよね!!!

 いや別に肯定が欲しかったわけじゃないけど、思いっ切り精神にダメージ受けましたわ!

 

 と、同時に、俺の剣が兄上によって跳ね上げられる。 

 互いに本気を出していないとはいえ、真剣でここまでやるかねぇ……。


「俺の勝ちだな! まあ、お前の気持ちは剣を通して理解することができた!! 戻って良いぞ! じゃあな!」

「へーい……」


 こうして俺は疲れ果てる肉体言語を終え、第二王子、ヨトゥンの真意を探ることに成功した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る