第4話 第二皇女、逆ギレをかます
Side アンリ・ロワール・セルネス
「ヤッてしまったわ……」
現在私は、自室にてうつ伏せになりながら叫んでいた。
侍女には聞こえない程度に抑えてるとはいえ、何の枷もなければ山猿のように吠え散らかしていることでしょう。
それも全部相棒──スターティのせいだ。
スターティとは場末の酒場……じゃなくて、冒険者ギルドで会った。
黒髪を短く切り揃え、装備は胸当てに剣一本という軽装な様相。平々凡々、どこにでもいそうな顔立ちだった。
彼は徐ろに私に近づくと、登録したてで、右往左往していた私に「どしたん? 話聞こか?」と声をかけてきたのだ。
最初は怪しいヤツだと思った。というか怪しい。
《変装》の魔道具で髪色と長さ、そして微妙に声をイジっているとはいえ、私の美貌は未だ健在。容姿と体目当てで絡んできたのかと思った。
下品で品性のない野蛮人。
それが私の冒険者のイメージだった。
……まあ、そのイメージは結局ほとんど合っていたのだけれど……。
それはさておき、怪しみながらも迷宮に一人で向かうことに不安を覚えていた私は、いざとなったらこの男をぶち殺せば良いかと考えて付いて行くことにした。
腕に自信はあったし、体目当てでくだを巻いてる冒険者なんて取るに足らないと思ったから。
「…………」
──予想と反して。
男は至極真面目だった。
完璧な事前リサーチ。魔物ごとの対策。攻略ルートの模索と、連携の上での位置取り。
そのどれもが高水準であり、実力に関しては悔しいことに私が一歩劣る、というのを感じてしまった。
そして一番は──戦いやすい……!!
何と言うか、お互いに攻めるタイプのアタッカーではあるのだが、役割分担をせずとも言葉を交わさずとも酷く噛み合いが取れた。
まるで互いが己の手足になったかのような錯覚を感じたのだ。
……帰りは無言だった。
男も仲間が欲しく、お試し程度だったのだろう。
お試しにしては初手から大当たりを引いてしまった……と言った感じかしらね。私も男も何も言い出せずにひたすら無言だった。
「なぁ、悔しいことに俺たちの相性は抜群みてぇだけど」
ギルドに着いて、男は躊躇いがちに切り込んできた。
女慣れしているように感じたけれど、思ったよりも初心なのかしら?
「……そうみたいね。悔しいけれど。本当に。悔しいことに」
「悔しい連呼すな。……まあ良い。丁度俺も仲間が欲しくてな。もし良かったらパーティー組まねぇか?」
私はその言葉に一瞬迷って、決断を下した。
これ以上に連携が取りやすい者はいない。そう確信できたから。
「……ふっ、仕方ないわね。そんなに私の力が欲しいなら貸して上げるわ。ただ不甲斐ない姿を見せたら許さないわよ」
とはいえ、素直にそれを認めるのは癪だった私は、誤魔化すように笑みを深めて言い放つ。
あまり……というかほとんどは良い顔のされない口調と性格の私。だけれど、彼は「へっ」と鼻で笑って言い返す。
「高飛車傲慢女が! お前こそ足引っ張んなよカス」
「あら、本当に冒険者ってのは野蛮人なのね。……あ、私も冒険者だったわ。もう少し野蛮に生きようかしら」
「──っ! はっ、これだから野蛮と野生を履き違えてる猿が粋がると暴力に頼ろうとするんだよな」
私の拳は易易と躱され、そこからは互いに汚い言葉で罵り合う戦いとなった。
……何してるのかしら、と思いつつ、第二皇女としての皮を脱いだ本当の私で接することができている、というのは酷く嬉しいことだった。
「何笑ってんだよ、被虐趣味か?」
「黙りなさい童貞」
「世の中捨てた者が称賛されると思うなよ」
だけどもこいつは許さない。
☆☆☆
私と彼……スターティとの関係性は仲間から死地をともにする相棒へと変わり、お互いに罵り合いつつも信頼を預けるパートナーとして、冒険者としての地位も向上させていった。
Sランク冒険者。
世界に16人しかいない最高峰の地位にまで辿り着き、私達は絶頂の最中にいたと言っても過言ではない。
現に私達を知らない冒険者はいない。
スターティは【冴えない最強】。
私は【金色の夜叉姫】。
と通り名がついた。
「誰が冴えないじゃゴラ蹴り殺すぞクソがァ!」と一時期荒れていたスターティに関しては今でも笑える。まあ冴えないのは事実だから仕方ないわね。
私としても最強の称号を取られたのは悔しいけれど。
そんなある日、いつものように迷宮に潜った帰りに、スターティから飲みの誘いを受けた。
悪いわね、無理よ……という言葉が喉元まで出かかって、少しの間思案する。
当然理由は、皇国を長いこと空けれないから。
今まで泊まりで迷宮攻略などもしたことはないし、長時間空けるのは、黙認してくれているお父様からの雷が落ちる。
けれど……今日お父様は国にはいない。
重鎮たちも軒並み国を出ているため、口うるさく文句を言ってくる面倒臭いバカどもはいない。
今日くらいは、相棒と仲を深めるのも悪くないわね。
夜、飲みの誘いと言えばアッチのお誘いも兼ねている……なんて噂を聞くけれど、この童貞にそんな勇気は無いし、意外なことに純粋なスターティのことだから、普通に仲を深めたいだけだろう。
「そうね……。今日くらいは良いかしら。行きましょう」
「え、マジ? っしゃぁ! 語り明かそうぜェ! ハッハー!!」
「そんな喜ぶことでもないでしょうに」
「いやいや、昼飯くらいは行くけど夜になって飲むのは初だろ? 酒が入った会話はまた違うもんだぜ」
「そうなの?」
お酒の経験はあまりない。
社交の場で少しだけ飲む……程度だったから、酒の入った会話というのも、堅苦しいものしか経験がなかった。
だから今一ピンと来なかったけれど……まあ、そこまで嬉しそうにされたら、私とても満更ではない。
酔っ払った童貞をからかってやろう、なんて悪どい笑みを浮かべつつ、私は夜の街へ繰り出し────
「ヤッてしまったわ……」
──冒頭へと戻る。
「うぅぅぅぐぐぐっ……なぜ私はこんな第二皇女としての責任を忘れてしまったのかしら……。あ、あんなはしたないの私じゃないわ!」
あああああああ!! と叫んで再びベッドに顔を埋める。どうかしていたと言っても良い! たちの悪いことにしっかり記憶まで残っているせいで色々とチラつくのよ!
「そ、そうよ、全部あいつのせいよ。なんか私から誘ったような気がするけどきっと気のせいよ、気のせい。全部お酒とあいつが悪いの。悪いのは私じゃないのよ。……ふぅ、落ち着いた」
責任を全部スターティのせいにして、私は深呼吸をして落ち着いた。これで良し。
──ただ。
「こうなったって、身分が違うのよ……」
この先、何かを望むことを私は許されない。
私はセルネス皇国、第二皇女、アンリ・ロワール・セルネス。
いずれは政略結婚の道具として他国へ嫁ぐ、もしくは婿養子と結婚する定めにある。
どれだけ体を……心を許してしまっても意味がない。
「でも……絆されてるのよ……!」
チョロいと言って頂戴。
けれど、相棒と思っていたスターティ。
彼のことが頭から離れない。
「一体私はどうすれば良いの……教えてよ、スターティ」
返事は返ってこない。
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