第3話 第四王子、王に直談判する

「──誰だ」

「ラスティです」

「入れ」


 夜も更けてきた頃、父上の執務室をノックすると、重々しい声が響く。

 ちなみに俺の名前はラスティだったりする。古代語で終わり、という意味らしいが、この国を終焉に導くかもしれないってことなら合ってるな! ハハッ!

 

「珍しいな。お前が余に用事とは」

「……ええ、少々込み入った事情がありまして」

「そうか。余は忙しい。率直に話せ」


 未だ若々しさを保つ父上は、よく兄上……リスティル王太子に似ている。それでいて、底冷えするような威厳と王としての格の違いを感じる。

 大国のトップ。王という存在において、これほど頼もしい者はいない、と身内贔屓ではなくそう思える。


 ──皇国との和平。

 もしも父上が大反対の立場であれば、不興を買って幽閉からのさよならコースも全然あり得る。いや、仮にも王子だからそこまではないと思うが……何かしらの処罰が下されることは間違いない。

 やべぇ。普通に有り得て怖ぇーわ。

 それもあって俺は非常に緊張していた。

 しかし、自分の仕出かしたことだ。やらねばいけない時は今。



「──セルネス皇国との和平、それについて具申いたします」

「……ほう」


 すぅっと父上の目が細められ、凄まじい重圧が跪く俺の背中にのしかかった。

 ……絶対怒ってるやつじゃねぇか! 終わったわ! 人生も国もな! クソが!

 ……ああもう冷や汗ダラダラだよ。今すぐにでも逃げ出したい。けど、ここで放り投げたら何もかもおしまいだ。

 国のため(建前)、やるしかない(使命感ではなく物理的に)。


「戦争で民は疲弊しております(本当)。未だ戦争の火種が残っているということもあり、皆不安に思っています(多分)。資源も限りがございます(多分)。停戦状態といえど、いつまた何かが起こるのではないかと! 民は嘆いております!(多分) 私の身なら幾らでも捧げます!(嘘) どうか私の愚考を、ご一考願えないでしょうか……!!」


 精一杯の建前と兄上からの受け売りを使用した、全力のお願いである。

 正直民のことはそれなりに想ってはいるため、何とかしたいという気持ちはあるにはある。それを抜きにしても、とりあえず俺が起こした不祥事を何とか有耶無耶にしたい!!(クズ)


 これには父上も心を動かすだろう、とチラッと表情を盗み見──うっわ、全然冷え冷えじゃん。人の心無さそう。

 しかも何かジト目のような……?


「──嘘だな。余の知ってるお前は、人のために動くような器ではない。このような事象を引き起こす時は、大抵自分自身の欲望が起因している。さては何かやらかしたな?」

「なんで分かるんだよこっわ……」

「ふっ、放っておいてるようで放っておいてないからな。お前が冒険者をコソコソしているのも知っている。まあ……大方共に活動している冒険者が皇国の者だった、とかそのようなところだろう」


 ─────あっっっっぶねぇぇぇ!!!!

 肝心なとこはバレてねぇわ! ラッキー!

 にしても洞察力どうなってんだよ、マジで。

 

 ……放っておいてるようで放っておいてない、か。

 何だかんだ都合の良い手助けが入ることがあったが、それは恐らく父上の取り計らいなのだろう。……これだから王位継承戦とかにも興味が湧かないんだよな。

 今の王である父上。次期王である兄上。

 どちらも人が良く、俺よりも遥かに優秀だ。


 ──国際問題引き起こす俺よりもなァ!!


「……その顔は図星か……。まあ良い。和平についてはリスティル、ヨトゥンからも直談判があった。お前に言われずとも直に王命を下す」


 そうか、兄上のあの含み笑いはそういう意味だったのか。もうすでに動いていたから、軽く俺を送り出せた。ただ和平という機密事項を言うことができなかったから、俺を納得させるためにも王への直談判を勧めたのだろう。

 俺はホッと一息を吐いて退出しようとする。


「そう、だったのですね。では、私が関われることは何もありませんよね──」

「まあ待て」


 ──父上がニヤリと笑う。

 とてつもなく嫌な予感がする。


「私の身なら幾らでも捧げます……か。随分見上げた忠誠心だ。余としても忠義心厚い息子を持って光栄だ。……さて、二言はないな?」


 しまったァ……っ!

 建前のために吐いた嘘が今となって仇になった。

 まずい……まずい、これは絶対に断れない。常識的にも立場的にも無理だ。


「……ハイ、ソノトーリデス。ハイ」

「それは重畳。和平ともなれば、迂遠なやり取りを経た上で必要なのは信用。つまりは人質だ。お前以外の兄は婚約者がいる。その意味が分かるな?」

「私と皇国の皇女と婚約関係を結ぶ、と」

「そうだ。恐らくは第二皇女との婚約になるだろうが……」

「……っしゃ!」


 あ、しまった。

 俺は思わず取ってしまった喜びのポーズを後悔した。

 父上が訝しげな目で俺を見て、なるほど、と納得した。してしまった。つまりはバレた。


「お前とパーティーを組んでいたのが第二皇女か。……厄介だな。繋がりがあることは、両国にとっても不都合だ。最悪謀反と捉えられても仕方がない」

「え……?」

「考えてもみろ。互いに変装していただろうが、他はそうとは思わん。第四王子が第二皇女と密会、冒険者はそのためのカモフラージュ。何かを計画しているに違いない……とな。まあ、お前に伝わるように馬鹿らしく話したが、大方はこうなるだろう」


 ……確かにそれもそうか。

 繋がりがあるとバレれば、その先は勘繰りだ。俺が何と言おうと信じることはない。客観的に見ても怪しすぎる。

 

「ふむ、第二皇女はお前の正体を知っているのか?」

「いえ、あちらは気づいていません」


 父上は執務室の机に肘をついて思案する。

 少しの間沈黙が場を包み──父上は俺に無理難題を突きつけたのだった。


「ならば好都合だ。お前は第四王子として第二皇女を落とせ。それをもって、和平は成されるだろう」

「うせやろおい」


 思わず本音が口からまろび出た。


 



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