第6話 第四王子、妹に挑発される

 俺の精神的ダメージを他所に、和平交渉はリスティル兄上の許にどんどん進められていった。

 これまでの確執が何だったのか、と言わんばかりに進む和平の動きに複雑化した気持ちを抱えている兄弟もいるんだろうな、と考える。


 戦争は憎しみを残す。悲しみを残す。やり場のない怒りを残す。


 俺たち王族は、これ以上民が傷つかぬために、和平交渉をするのだ。ちなみにこれは本音3割、建前7割な。

 国際問題を解決するために動いてる、って言えば王族らしいだろ。多分。その国際問題起こしたのは俺ですけどね!


 すでに和平交渉は、互いがテーブルに着く領域にまで突入している。

 使者が頑張ってくれたのか、皇国からの返事も色良いものだった。相手方も同じ気持ちだったのか……いや、皇国は嫌な程に実力主義だからな。何らかの思惑だとか試練みたいなものは用意してくるだろう。


 何せ皇女が婚約する際は、婿(予定)と皇国の騎士が一対一で戦う試練みたいのが化され、それに勝利することができなければ婚約することができないのだ。できないというか普通に殺される。物騒すぎるわ。

 

 まあ、さすがに和平交渉のための婚約でそんなことをするとは思えないから安心している俺がいるが……。


「王族間では和平が周知され、動きもそろそろ新聞社が掴める頃か……。まあ事が事なだけに情報操作はしないといけねぇか」


 和平に反発する民も当然いるだろう。

 だからこそ、いきなり発表するのではなく、噂程度の情報をジワジワ流して、『和平がもしかしたらあるかも……?』みたいな展開にし、世の風潮を和平にシフトする。

 汚い話だが、和平賛成が多数派になれば、反対派は抑えられる。数の利というやつだが、あながち馬鹿にできないものだ。


「和平実現までもう少し、といったところか……」


 ふぅ、と息を吐く。

 

 その時──バンッと扉が勢い良く開く音が聞こえた。

 駆け寄ってきたのは、金髪サイドテールに、金のティアラを身に着けた少女…………第7王女のリーナだ。


「お兄様! 聞きましたわ!」

「落ち着けリーナ。はしたないぞ」

「私がはしたないのは今更ですわ!」

「じゃあ直せよな!」


 王女らしからぬ発言にツッコミを入れつつ、興奮した面持ちのリーナに俺は疑問符を浮かべる。


「聞いたって何をだ?」

「和平ですわ、和平。お兄様が人身御供になって王国のために盛大に命を散らすとか!」

「死なねぇよ! 誰だそんなホラ吹き込んだやつ!」

「冗談ですわ! お兄様に自分を犠牲に国を救うとかそんな崇高な志しありませんものね」

「兄妹喧嘩がしてみたいらしいな?」

「憧れはありますわ!」

「憧れのままにしとけ」


 しゅっしゅっ、と拳を宙に放つアクティブな妹に、俺は深々とため息を吐いた。

 リーナは俺の6つ下の14歳で、ご覧の通り仲が良い。まあ、うちの家族仲は王族にしては全体的に良い方なのだが……その中でも俺とリーナはというのもあって、人一倍絆が強かった。


 ということはリーナも妾の娘であり、扱いはそれなりに酷かったはずだが、俺がそれなりに実力を示してからはマシになった。

 というかリーナがいたからこそ実力を示したのだが。

 それからは良く笑うようになったが、よくよく俺をおちょくってくる生意気な妹だ。



「まあ、冗談はさておき。和平のために皇女と婚約するとはお聞きしましたわ」

「王女間でまだ周知されていないと思ったが」

「実妹の特権ですわね。直接お父様から言われたのですけれど、兄が婚約するだけで暴れる妹だと思われてるのが不可解ですわ!」

「昔は俺にべったりだったからな。近づく奴ら全員威嚇してたし仕方ねぇんじゃねぇか」

「あら、恥ずかしい。うふふ」


 でもこの妹、たまに目のハイライトが無くなるから怖いんだよな……。

 何と言うか家族愛がクソ重というか……。実際、婚約だって、俺が幸せなら良いが不幸せなら何かしらの策を練ろうとするに違いない。


 俺はリーナの頭にぽん、と手を乗せて笑いかける。

 きょとんとした妹に、俺は安心させるように言った。


「ま、安心しろよ。今回の婚約は俺から言ったことだし、別に犠牲になろうなんざ考えはない。俺はいつだって俺のために動いてんだ。知ってるだろ?」

「……何を勘違いしているか知りませんけれども、わたくしは……うぅぅっ、建前で生きている自分本位なお兄様がこんな立派になって……っ、って思ってるだけですわよ?」

「だから俺の印象どないなってんねんって」


 わざわざ嘘泣きまでして俺を挑発しにかかる妹の髪を乱雑に撫でて崩す。「なにするんですのー!」と唇を尖らせつつ満更でもないリーナに、お前なりの心配なんだろうな……と思い……いや、願いつつ、部屋を追い出す。


 去り際にリーナは、


「無理はしないでね、お兄ちゃん」


 との口調で無邪気に笑った。

 ──妹には敵いそうにないな。

 

 そして、こうまで言われたらお兄ちゃんとして気合いが入るってもんだ。




「────和平交渉は四日後。ライディバン地方で行う。向かうのは余とリスティル、ヨトゥン、そしてラスティ、お前だ。大凡で、お前を人身御供として差し出すことは決まっている。顔合わせ、といったところか」


 人身御供て単語好きなん?

 物騒じゃない?

 

 

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