第16話 正体
「高橋くん……」
心春が名を呼ぶと、私服の高橋くんは心春の方を向き、しまったという風に、顔をゆがめた。
「高橋くんがイリスを助けたの? どうしてここにいるの?」
「どうしてって別に、たまたま……」
口ごもる高橋くんの様子を見て、心春は全てがつながった気がした。
「あの偽ROSE BUDって高橋くんだったの? だからここにいるの?」
「なんだよ、偽ROSE BUDって。意味わかんないこと言うな」
高橋くんの語気が急に強まった。絶対、怪しい。
普段から口の悪い高橋くんが大きな声を出すとますます怖かったけど、心春は勇気を振り絞って言い返した。
「偶然こんな所にいて、タイミングよくイリスを助けるなんてあり得ない。乗っ取りの正体は高橋くんで、ずっと前から陰でイリスの様子を見てたんじゃないの」
「知るかよ。偶然は偶然だよ」
心春は高橋くんの態度に怒りを覚えてきた。イリスは、あやうく線路に飛び込むところだったのだ。
「じゃあ、先生に報告する。イリスがネットの書きこみのせいで危ない目にあった、犯人は高橋くんかもしれないから調べてくださいって、今から電話する」
「こんな時間に誰もいねーよ」
心春は無視して、ショルダーバッグからスマホを取り出した。
「お前、やめろよっ」
高橋くんが詰め寄って心春のスマホを奪おうとしたけど、心春はひょいとかわして、ひるまずに高橋くんを睨みつけた。
「正直に言えば、学校には連絡しない」
高橋くんは苦々しい顔で唇をかんでから、ぼそっと言った。
「……わかったよ。お前の言う通り、俺があのアカウント乗っ取って、田沼とやり取りしたんだ」
ずっと固まったように動かなかったイリスが、顔をあげて高橋くんを見つめる。
「どうやって?」
「そもそも、あのROSE BUDって吉田美羽だろ。IDにあいつのパソコンのメールアドレス入力して、パスワード幾つか試したらヒットして乗っ取った」
「正体は美羽ちゃんだって何でわかったの? ていうか、どうしてメアド知ってるの?」
高橋くんの答えを聞いて、心春は余計に混乱した。
「あいつと俺の姉ちゃん、同じ道場で剣道習ってたんだ。あのブラックローズってアニメをあいつに教えたのも姉貴。ROSE BUDって、英語で『ばらのつぼみ』って意味だろ。あのアニメのファンは、自分たちのこと『つぼみーず』って、キモイあだ名付けて呼んでるんだ。それで吉田だろうなってピンときた。あんな古いアニメ見てる奴、そうそういないし。アドレスは、姉ちゃんのパソコン盗み見したらわかった」
「でも、パスワードはどうしたの?」
「あのアニメのキャラの名前と誕生日かけ合わせていくつか入れていったら当たった。あいつ、パソコンのログインパスワードも同じにしてたから、二段階認証もすんなりいった」
まさか美羽ちゃんと高橋くんのお姉さんが知り合いだなんて、心春には思いもよらなかった。
入学してすぐの頃、美羽ちゃんは高橋くんと同じ小学校出身だと教えてくれたけど、「高橋のこと大嫌いだから話題にしたくない」と言われて、それ以降、心春は何も聞かなかったのだった。
やり方はわかったけど、わざわざそんな面倒くさいことまでして、なぜイリスを騙したりしたのか、心春にはちっともわからない。
「どうして、こんなことしたの?」
高橋くんが、ひときわ嫌そうな顔をする。
「理由なんてねーよ。ただ、からかってやろうと思っただけだよ。コイツ、まんまと引っかかって馬鹿じゃねーの。マジできもかったよ。信じ切っていろいろ語ってきちゃってさ」
心春は、あまりの高橋くんの言いように言葉を失った。
「ああーーーーっ」
突然、今までほとんど動きもしなかったイリスが大声をあげた。
びっくりしてイリスの方を向くと、よつんばいになって身体を震わせながら、何度も何度も、地面を叩いている。
「あーーーーっ」
イリスが一瞬上を向き、その顔を見て、心春はやっと気がついた。
――叫んでいるんじゃない、泣いているんだ。
ぼんやりした街灯の光が照らすイリスのほほが、濡れている。
今までに聞いたこともない、空気を切り裂くみたいな、悲鳴みたいな泣き声。耳にするだけで、胸が張り裂けそうになる。
高橋くんも、イリスを見ながら棒立ちになっていた。
イリスの泣き声は、内にこもっていくように低いうなり声となっていき、しばらく心春も高橋くんも何もできずに、ただイリスを見ていた。
「ごめん……」
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