第10歩 夕方のおつかい
体験者が子供時代の話が好きで積極的に聞き出そうとしますが、はたして必ずしも子供の頃の不思議・恐怖体験が皆にあるわけではありません。
逆に強烈な体験があった場合、大人になった体験者が冷静に自己分析して、あれは夢だったかもしれない勘違いだったかもと記憶の修正をしてしまう方も、いらっしゃるようです。
ところが、修正したくとも出来ない体験も多く存在し、是非、聞いてもらいたい、
そして「あれは一体なんだったのか」と答えを求められることもあります。
そんな皆さんの子供時代の体験を少し並べてみましょう。
A子さんは幼い頃よく酒屋に、おつかいに行かされました。
その時期、父は失業しており母がパートで外に働きに出ていて酔っ払った父が家に居るのが嫌だった。
なぜなら「気に入らない」と言っては何かと八つ当たりしてくるからだ。
酔った父は本当に怖かった。
母との言い争いを見せられるのも幼いA子さんには何よりも悲しい事だった。
そんな、ある日の夕方、父に
「酒を買ってこい」
おつかいを命ぜられA子さんは長屋の玄関から出て、とぼとぼと酒屋に向かって歩き出した。
小道から大通りに出て、しばらく歩くと神社の鳥居を横切り、その先に小さな商店街がある。そこの酒屋が、なじみの店だった。
A子さんが嫌だったのは買ってこいとは言われたものの、つけ払いで買うのが嫌だったのだ。
酒屋の店主は、いつも、ぶつぶつと幼いA子さんに文句を言ってくる。
『つけてもいいけどよ自分で来いって父ちゃんに言ってくれ!』
「いやだなぁ」と思いながら、うつむいて歩き神社の前に差し掛かった。
ふと見ると鳥居柱の横に誰かが立っている。
天笠を被り手ぬぐいで、ほおかむりをして着物を着た人が立っている。
「だれだろう・・・」
そう思ったA子さんは夕闇に立つ者に近づくと
その人は左手には紐で縛った
そして顔を見た。
「えっ!」
その顔は、どう見ても狐だった。
長い口元から歯や舌が見える。
狐は
「ギョロリ」こちらを見た。
「うひゃぁーっ!」びっくりして飛び上がったA子さんは酒屋まで一目散に走った。
息を切らしながら着いた酒屋のおじさんに今、見たものを話したかったが、おじさんは、ぶつぶつと文句を言っていて話そびれてしまった。
幼いA子さんは酒瓶を落とさないように大事に抱え、とぼとぼと今来た道を戻りだした。
やがて神社の鳥居が近づいてきた。
「もういないと、いいな・・・」
しかし、笠を被った狐は、まだそこに立っていた。
幼いA子さんは恐怖で愕然とした。
どうしようかと思って立ち止まると声がした。
「酒を、よこせえ」
その声は直接、頭に響くような声だった。
狐が、こちらを向いて、また言ってくる。
「酒を、よこせえー!」
A子さんは半泣きになり後ずさりした。
目から自然に涙がポロポロ
誰か周囲に助けを求めようとキョロキョロしたが通りには誰もいない。
ただ、ポツリ、ポツリと街頭の灯る薄暗い道があるだけ・・・
怖くて怖くて地だんだを踏みながら
「うわぁーーーん」酒瓶を抱えて泣き出してしまった。
すると遠くからA子さんを呼ぶ声がする。
父の声だった。
「A子っー」サンダル履きで父が、こっちに走ってくる。
―ダッダッダッダー
余程、慌てたらしく父の目は血走っていた。
「大丈夫かあ、すまんなあ、すまんなあ」
大声をあげて泣いていたA子さんを父は、おんぶして家に帰った。
狐は、どうなったのか、その後の記憶も曖昧になっている。
大人になったA子さんは言う。
「あの後、父はピタッと酒をやめて働きに出るようになりました。
只、不思議だったのは家に居たはずの父が、なぜ慌てた様子で私を迎えに来たのかが解らないのです。
私が大人になってから父に聞いても、あの時は悪いことしたと謝るばかりで詳しくは話してくれませんでした」
家で酒を待っていたはずの父に一体何があったのか、もう永遠の謎になってしまった。
その狐は、よく見かける狸の置物にそっくりだったが顔は間違いなく
『狐だった』という。
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