第42話 冬の海

 海沿いの寒い町で、夜に星空が見えることなんて珍しいのだけれども、その日は雪が降っていなくて、珍しく星空が見えた。


 海の匂いに、波の音。


 揺らめく白い波を見つめてから、ふと顔を上げると、プレアデス星団が見えた。オリオン座から視線をそらした先、青い星の集団は、千歳の心をなぜか強く締め付けた。


「何だろう、この感覚」


 千歳はプレアデス星団を見つめて、息を吐いた。苦しいほどに何かが込みあがってくる。


 大事なことを、忘れてしまっていないだろうか。そんな気がして、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。


 しかし、ちっともその胸の高鳴りも苦しさも分からないまま、寒空の下で一人でゆっくりと海を眺めた。


 何か思い出しそうで思い出せない。そんなぼんやりした気持ちと、葬儀やら何やらで張っていた疲れや気持ちが、ゆるゆると夜の海に溶け出していくようだった。


「昴…」


 青い星たちの名前を呟くと、胸にきーんと痛みが走った。肉体的な痛みではなく、もっと内側から押し開いてきそうな、そんな痛み。


「昴…何だろう、昴…」


 ——千歳さん。


 懐かしい声が聞こえたような気がした。誰の声だか分からないのだが、ひどく懐かしくて、千歳は涙がぽろぽろと出た。


「何だろ、なんかすごく…」


 千歳は熱くなってくる目頭を押さえながら、しばらく体中が冷めるまで、ずっとそこでじっとしていた。

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