第36話 名前
「素直じゃないんだよね、いつもあたしって」
星空を見ながら千歳は先輩と、仲の良かった友人を思い出す。もうとっくに、顔の詳細を忘れてしまっていた。それくらいの過去なのかもしれない。
「千歳さんは素直ですよ」
「……死神、大丈夫? 具合悪いんじゃ…」
千歳があまりにも驚いた顔をするので、死神が苦笑いをした。
「悪くありません。千歳さんは、ものすごく素直です。本人が、気がついていないだけで」
「……それは、死神の前だからだよ。あたし、恋だって奥手で何も言えないような人間だけどね、この数日間…いや、死んでしまった時から、もうどうでもいいや、どうにでもなれって思ったんだよね」
死神は千歳の話にゆっくりと耳を傾けて聞いていた。波の音が合間に聞こえてきては、言葉を流していくようだった。
「どうにでもなれ、どうにかなるって思ったら、死神相手でも何も怖くなくて。全部、あたしのままでいられたんだよね」
臆病な気持ちを隠すために口をついてでる強い言葉や態度。それをしなくても、死神とは何もなくいられたのが、千歳にとっては気分がよかった。
悪意や負の感情がない死神だからこそ、のびのびとできた。
普段から自分で作り上げてめいっぱい強固にしていた自分を守るガードが、いつの間にか取り払われていた。そして、崩れて今初めて、自分が勝手に他人と線引きをして、ぐずぐずと文句を言っていただけだとも気がつく。
千歳にきつく当たってくる他人は、全部千歳のまいた種なだけだった。
「死神がいてくれて、良かった。いてくれたから、失いかけてたあたしっていう自我が、やっとほんのちょっと顔出したかも。きついことを言いたいんじゃなくて、正当に評価されたかっただけ。それがされないことにイラついていたのを、なんだかんだ隠していただけなんだろうね」
死んでからやっと素直になるとは、と千歳は自虐的に笑った。しかし、星空を見上げて、気を取り直した。
「――ねえ。そういえば、名前つけてあげるって約束覚えている?」
それに死神は「ああ、そういえばそんなことをおっしゃっていましたね」と眼鏡のブリッジを押し上げた。
「昴は? いい名前じゃない?」
「すばる?」
それに千歳はうなずいて瞳を輝かせた。
「プレアデス星団の和名が昴だよ。格好いいし、清少納言が美しい星として取り上げているし。死神はほら、心がきれいだからさ」
千歳はにこりと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます