第四章 帰郷

第28話 帰宅

「行くわよ……」


 そう実家の扉の前で意気込み、千歳はずっとそこに立ち止まったまま動けない。永遠とそこで時を止めてしまいかねない勢いに、死神が小さく息を吐いた。


「千歳さん、行かないんですか?」


「行こうとしているの、だけど……」


 足が動かない。どんな顔をして帰ればいいのか。今の千歳の姿は見えないのだから、単なる杞憂なのだが、それでも千歳としては帰りにくかった。


「夜中にこっそり忍び込むくらいでしたら、今入っておいた方がいいですよ?」


「うん……」


「手伝いましょうか?」


 後ろに立っていた死神がそう言うので、思わず千歳は心がくじけて「うん」と振り返らずにうなずいた。


「分かりました」


 死神はそう言って、眼鏡のおブリッジを押し上げた後、至極真面目な顔をして、千歳を思い切り突き飛ばした。


「―――!」


 玄関の扉をするりと身体が突き抜ける。そして、限界の内側に尻餅をついた。


「なっ……」


 千歳が口をあんぐりと開けていると、死神はいつもと変わらぬ顔をしたまま、すう、と玄関を通り抜けてくる。尻餅をついたままの千歳を見下ろすと、首をかしげた。


「こうでもしないと、あなたは入らなかったでしょう?」


「だからって突き飛ばさなくったっていいでしょう!」


「手を繋いで引っ張ろうかと思ったんですが、荒療治の方が吹っ切れるかと思いました」


 千歳が起き上がって怒っていると、奥から人の話し声が聞こえた。


「お父さん、玄関で物音がした気がしたんだけど、見てきてくれる?」


「ん……音? 風じゃないのか?」


 千歳はその声を聞くと、慌てて死神の後ろに隠れて、スーツをぎゅっと掴んだ。


「……千歳さん、私たちの姿は見えませんよ」


「しっ! 黙って……うわ、こっち来た!」


 廊下の先の引き戸がガラガラと開き、そこから腰を伸ばしながら千歳の父がやってくる。のしのしと、足を少し痛そうにしながら千歳のいる玄関へと向かってくると、玄関の段差を「よっと」と言いながら一歩下がり、そして扉へと手を伸ばす。


「わわわ……!」


「……千歳さん」


 死神はあきれた声を出したのだが、それにかまわず千歳は死神にぴったりとくっついたまま、父の手が玄関の鍵がきちんとかかっているのかを確認している姿を凝視した。


「大丈夫そうだな。風かなんかじゃないのか」


 そう呟くと、父はまたもや来た廊下を戻る。千歳の心臓が早鐘の如く、どくどくしていた。


「……千歳さん、もうお父上は行きましたよ。今夜は玄関にずっといるつもりですか?」


「い、いないけど…」


「千歳さん。まったくもう。しっかりしているように見えて、そうでもないんですから。行きましょう」


 怖くなってしまって、死神の背から離れられなくなった千歳を引っ張ると、死神は優しく抱きしめた。


「落ち着いたら、行きましょう」


 千歳は死神の温もりに今は甘えてしまおうと思って、すっぽりと抱きしめられて、しばらくはそうしてくっついたまま、目をつぶっていた。


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