第29話 自分の部屋

 両親の顔をまだ見ることができなくて、千歳は死神から離れると、二階にある元自分の部屋へと死神を引っ張った。


 そこまで来て、やっと落ち着く。部屋に入って、明かりをつけると、自分の部屋は昔のまま、時が止まっていた。


 そのままのベッドに勉強机、本棚には本も残っている。押入れを開ければ、小さいときに使っていたおもちゃやぬいぐるみが、きれいに入れられていた。


 死神が、千歳が触れるであろう物たちに、そっと触れて行く。


「千歳さん、これでベッドで眠れますよ」


「ありがとう。死神は、寝ないの?」


「私は………大丈夫です」


「疲れない?」


 それに死神は大丈夫ですとうなずいたのだが、千歳には言うほど大丈夫なようには見えなかった。ほんのちょっとの時間しか一緒にいないのだが、千歳は死神のことを昔からずっと知っているかのような感覚がしていた。


「疲れているよね? さっきも言っていたけど、どこかでパワーチャージみたいなのした方がいいんじゃない?」


「………よく、気がつきましたね。私はあまり消費しないんですが、少し忙しすぎまして。ですが、先ほど海でだいぶぼうっとできましたから、少し休めば大丈夫です」


「………寝たらなおる?」


「はい、もちろん」


「じゃあ、ベッド使って。あたし、しばらく起きてるから」


 それに死神は目をぱちくりとさせた。


「私が寝ている間、千歳さんは?」


「ちょっと散歩でも行こうかな……」


 いけませんよ、と死神が千歳の腕を掴んだ。その瞳は真剣そのものだった。


「私から離れてはいけません。海沿いは霊や魂魄も多いです。連れて行かれてしまったら、二度と戻れなくなります。先ほどは私がいたので近寄ってきませんでしたが、千歳さん一人では危ないです」


「いや、ちょと…そんな顔されたらほんとに怖いんだけど。じゃあ、読書でもしているから、寝てて」


 そこまで言って、そして千歳は思った。


「まさか、あたしを霊から守ってくれていて、消費したんじゃ…?」


 それに死神はほんのちょっとだけ微笑んだだけだった。


「明日、近くの神社行こ。あたしのせいだもんね」


「千歳さんのせいじゃないですよ。私が勝手にやったことですから、気にしないでください」


 千歳はそれでは納得できない顔をしたのだが、息を吐くと死神を引っ張って布団に寝かせた。そして死神のネクタイを外す。


「ネクタイを解いたら仕事はおしまいって約束。早く寝て。早く回復して…ごめんね」


 死神はそのまましっかりと目をつぶった。しばらくして、ピクリとも動かなくなった死神の顔から、そっと眼鏡を外す。


「淡白だけどきれいな顔してるのね」


 千歳はしばらく、ベッドの横に座って死神の寝顔を見ていた。ここまで、どれくらい頑張ってくれたのかは分からないが、千歳のわがままを聞き、一緒について来てくれたことに感謝をした。


 その寝顔を見ていると、千歳も眠くなってきてしまった。


「……疲れたな。実家までこうして帰ってきたけど…」


 気がつくと、千歳は死神の横に突っ伏して、寝てしまった。


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