第23話 つらさ加減

 駅について、電車から降りて伸びをする。いつもだったら背中がボキボキ鳴るのに、肉体のない千歳は伸びをしたところで、何の感覚もなかった。


 それどころか、雪が降っているのに寒くもなければ痛くもない。風が吹いても髪もなびかず、現実世界から遮断されていた。自分自身だけが、この世界に取り残されたようで、千歳は寒くもないのに、寒気を覚えた。


 死神がふうと息を吐くも、白い湯気となって口から出ることもない。こんなに雪が降っているのに、それはやはりあり得ない光景でしかなかった。


 自然から切り離されてしまった二人は、この現実世界においてはかなり異質な存在だ。存在していることの方が、不思議に思えてくるくらいに、千歳はいまとても寂しかった。


「どっちですか、千歳さん」


「こっちよ。バスに乗るの。約一時間」


 着いちゃうな、と千歳は思った。あんなに避けてきていた実家に、帰ることになったのに肉体さえなく、感覚さえない魂魄の状態でしか帰れない。そんな自分の弱さに、思わず千歳は笑ってしまった。


「無賃乗車にならないようにしてくれる?」


「もちろんです。経費で落としますから、ご安心ください」


「さすが死神、仕事できるのね」


 褒められて死神は、ほんの少し嬉しそうにした。バスに乗り込み、発車までを待つ。それほど人が多いわけでもなく、死神と並んで、一番後ろの席に腰かけた。


「そういえば、もう一人の千歳さんは、大丈夫なのかな?」


 自分の心配をする方が先なのだが、ふと懐かしい景色を見て余裕が出てきた千歳は、そんなことを思った。


「いえ、大丈夫じゃないですよ。あちらの千歳さんの方も、大変かもしれませんね」


「なんで?」


「生きているからですよ」


 死神がさらりと答えると、バスが発車した。


「彼女は、本来ならカルマをすべて解消して、やるべきことをやって死ぬ予定だったのです。ですが、あなたと入れ替わってしまったせいで、半分しかカルマの解消もできず、死ぬ予定だったのに生きなくてはいけないので」


「そっちの方が、辛い?」


「それは分かりませんが、あなたが今自分の身に起きていることを大変だとか悲しいだとか思っているのだとしたら、同じくらいには思っていると思いますよ」


 死神はただ淡々と窓の外を見ていた。その瞳には、一体世界がどのように映っているのか、千歳には想像もつかない。しかし、美しい世界であってほしいと思っていた。


「誰かと比較して、自分を不幸だと思うのはただの被害妄想です。誰だって、辛いです、生きていれば。しかし、誰だって、その中で幸せを見つけることができます。そういう意味では、世界はみんなにとって平等です」


「心の持ちようで、世界が平等になったり、不平等になったりするわけね」


 そういうことですね、と死神が千歳の頭を撫でた。まるで、よくできましたとでもいうかのように。


「あなたの手、あったかいわ」


「そうですか? 私にはわかりませんが」


「いいの、分からなくて」


 千歳はその死神の温もりを知るものが、自分だけである優越感にしばし浸る。猛烈な寂しさが、死神から伝わってきた熱に溶かされて行くのを感じていた。

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