第21話 信仰心

 県をいくつまたいだだろうか。気がつけば遠くに見えていた山々が近くになってきていて、山頂を白く化粧した山肌が差し迫ってきていた。


 外に出れば、凍える寒さが待っているに違いない。肉体があればの話だが。


 景色もすっかり雪に覆われ、寒々しくも幻想的で、まるでどこかおとぎ話の世界に舞い込んでしまったかのように感じる。それは、魂魄の状態だからかもしれないと千歳は思った。雪が美しく、目に染みるように飛び込んできた。


 感傷的になりそうな気持を押し殺すのに、隣で行儀よく座ったままの死神に問いかけた。


「ねえ死神。さっきも言っていたように、福の神がいるなら、祟り神とか貧乏神もいるわけ?」


 それに死神は目を瞬かせて、「もちろんです」と答えた。


「たくさん、いるの?」


「ええ。日本は八百万の神々の住む島です。それこそ、大事に使われた物に魂が宿りますし、そういった付喪神などを含めたら、きりがないくらいに多くの神々がいますよ」


 千歳はふーんとうなずく。そんなにいるのだったら、なんでもっと早くに違う神が現れて自分を救ってくれなかったのか。そう思っているのがもろに表情に出ていたようで、死神が助け船を出した。


「千歳さん、信仰心ってお持ちですか?」


「信仰心? あたし無宗教だけど?」


「ええ。ですから、他の神も千歳さんを助けにくいです。困っている人がいても、その人が困っていなさそうだったら、手は出せません」


「でも、初詣行ったり、除夜の鐘とか見に行くけど」


 それに死神はそうじゃなくて、と付け加える。


「それはイベント的なものだから参加していますよね? そこに、信仰心があるかないかが大事です。信仰心があれば、神様だって少しは気にかけてくれますけど」


 千歳が訳が分からないと首をかしげると、死神は少し悩んだ後に、ぽつりと唇を開けた。


「千歳さんは、いつも不愛想で声をかけても無視されている人が、困ったときだけ助けを求めてきたら手を差し伸べますか?」


 それに千歳は言葉を詰まらせた。


「差し伸べにくいですよね? 神だって同じですよ」


「ずいぶん感情的なのね、神様も」


 そうです、と死神がうなずいた。


「前にも申し上げましたが、我々は人々の信仰心や祈りによって生まれます。人間からできているわけですから、人間っぽくて当たり前です」


「なるほどね、日本の神様って個性的なわけね」


「ええ。全知全能じゃないところが、日本の神たちの特出すべきポイントでしょうね。だからこそ、役割分担があるわけで、得手不得手があります。縁結びが得意な神に疫病退散を願ったところで叶えられません」


 なるほど、と千歳はつぶやいた。


「それ、生きている時に知りたかったな。そしたら、縁結びがめっちゃ得意な神様に、かっこいい彼氏とかお願いしていたのに」


「信仰心です、信仰心。そっちが先ですよ、千歳さん」


「……だいぶ人っぽくなったわね、死神」


 そうですか、としれっと死神は眉毛を上げた。それを見て、千歳は口の端を持ち上げる。死神といるのも、意外と楽しいと感じていた。

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