第13話 鈍行列車
「ところで、切符の代金って、どうなっているの? あたし、無賃乗車とかになっていないよね?」
それに死神はいつにもまして至極真面目な顔をした。
「大丈夫です。ぬかりありません。全て、経費で落とします」
(わ、最強に仕事できる人かもこの死神!)
その返答に、いつにもまして死神が格好良く見えてしまった千歳だった。
「でも経費ってことは、お金かかっているわけだし。時間はたっぷりあるんだから、鈍行列車で行かない? 半額で済むよ」
「しかし、時間はあると言っても、急がなくていいんですか?」
それに千歳は苦笑いをした。
「ここから新幹線で二時間だけどね、そんなに早く着いちゃったら、あたしの気持ちの整理が追い付かないっていうか。まあ、こんなになっても、逃げているだけって思われてもしょうがないんだけど」
ずっと帰っていなかった実家。大学は楽しくて、たまに帰るといつも庭先では尻尾を千切れんばかりに振っていたチビが待っていてくれた。
「心の整理がつかない時って、あるんだよね。時間がかかるっていうか」
ぽん、と頭に何かが触れた。それが、死神の手のひらだと気づくまで、千歳は数秒時間を要した。
「いいですよ。経費削減はこちらとしても助かりますから」
死神が笑ったような気がして、千歳はほっと息を吐いた。
「気持ちが落ち着かない事なんて、いくらでもあります。ゆっくり向き合いましょう。私もいますから」
そういった死神の顔は優しくて、千歳は死神に見られないように顔を隠しながら、思わず微笑んだ。
***
二人は東京から普通列車に乗って高崎へと向かうことにした。それまで約二時間。せわしなく駆け抜けていくスーツの人たちを見ながら、自分もあの中の一人だったなと千歳は思いだした。
味気のない顔にスマホを見つめるうつろな瞳。人にぶつかってもなにも言わずに走り去る人。
苛立たしそうに電車を待つ人、思春期の甘い熱に頬を染める高校生たち。
なぜか、その人たちが、とても輝いて見えた。
「ああ……生きてるんだ、みんな」
千歳はそう呟いて、人混みを抜けると、都内に流れ込んでくる人たちとは逆の方向へと向かう。
ホームのとんでもなく端っこまで歩き、そこでちょうどいい具合に十分後に発車する電車へと乗り込む。
「ねえ死神、こっち来て」
左右に車体と平行に設置された椅子ではなく、四人掛けのボックス席がある。千歳はそこまで死神を引っ張ってくると、進行方向側に座った。
はす向かいに座るように促すと、死神は大人しく腰掛ける。
発車を告げるベルが鳴り、ドアが閉められて圧縮された空気の漏れる音が聞こえた。
「終点まで降りなくていいから、ゆっくりできるね。仕事しててよ、忙しいんでしょ?」
「ですが」
「気にしないで。窓の外見ているから」
都会のビルがゆっくりと遠ざかっていく。キラキラと太陽が注いで、まるでおとぎ話の中のお城みたいに見えた。
ビルの一つ一つの窓から、たまに見える人影。蛍光灯がついているオフィス。多くの人が行きかう道路に、たくさんの車。
それらは生命の躍動に息づいていた。
一人一人に人生がある。それを必死に生きて行く人間たちの姿が目に沁みて、千歳の目が潤んだ。
「千歳さん」
急に声をかけられて、千歳ははっとして死神を見つめた。
「必ず、戻れますから。そうしたら、またすべて感じられますから」
「なにそれ、慰めてくれてるの?」
悪態をついてから、千歳は眉根を寄せた。
「ごめん。……ありがとう」
死神はうっすらと微笑むと、仕事に戻った。
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