第9話 幽霊
「わ、どういうことこれ……!」
通りに出て、千歳は思わず声を大きくした。もちろん、その千歳に気づいている生きた人間はおらず、みな忙しそうな顔をしたり、疲れ切った顔をしたりして、早足で道を横切っていく。
マンション前の道路のあちこちに、青白い人間がほやほやと浮いて見えた。
「幽霊ですよ」
「え!? 幽霊!?」
至極当たり前だという口ぶりの死神に対して、千歳はぎょっと目を見開く。
「……やだ、幽霊見えるようになっちゃったの、あたし?」
「大変申し上げにくいのですが、千歳さんも今は同じような感じです」
「あんたねぇ。誰のせいで……」
「ミスしたのは私ではないので、私だけを責めないでくださいね?」
「妙なところで連帯責任ですとか言うわけね。まあいいけど、で、なんでこんなにたっぷりいるわけよ? 生きた人間もいるし、これじゃ、まともに歩けないんだけど!」
では手を繋ぎましょうと言われて、死神が千歳の手のひらをぐいと繋ぐ。意外にも大きな手とそのぬくもりに、千歳は驚いた。
「駅に向かいながら話しましょう。生きている人間はすり抜けて大丈夫ですが、私がいれば避けられますのでしばらく手を繋ぎますね。セクハラじゃないですからね」
マンションから駅までは徒歩十分強。その間、幽霊にびっくりしながら、千歳はよろけつつ、死神の腕につかまって、小さく悲鳴を上げたり息を飲み込んだりしながら歩いた。
いつもの通勤する通りは、青白いもやっとしたものでいっぱいだった。
「先ほどの質問の答えですが、たっぷりいるのはまあ、自殺が増えているからですかね。あとは、この方は交通事故のようです」
横断歩道の前にいた背の高いひょろっとした青白い幽霊を紹介されて、幽霊がお辞儀をしたので、千歳もお辞儀を返した。
「あちらの方は、ええと。やっぱり交通事故のようです。詳細を知りたいなら今資料をお出しできますけど。名前とか生年月日とか生前の職業とか」
「全く必要ない情報なうえに、個人情報保護の観点からもお断りします」
そうですか、と死神は前を向いた。
「幽霊とは、その場から動けない人たちの思念です。もう肉体は滅びましたし、魂はすでに次の輪廻を迎えている人もいるかもしれません。しかし、こうしてこの場にとどまっているのは、その時の強い思念が残ってしまっているからなんですよ」
「思念……」
通り過ぎた横断歩道を振り返ると、そこにはぼんやりとした姿の青白い影が揺らめく。
「神様だって、人間の思念の塊みたいなものです」
「というと?」
死神はメガネのブリッジに手をかけて押し上げた。
「人が願えば、神が生まれます。神は、人々の助けてほしいとか、こうしてほしいと思うプラスのエネルギーの塊にすぎません。それが何千年も何万年も前から寄せられてできて、神というものになるのです」
「神様も幽霊も変わんないってこと?」
人の念という意味では、と言っているうちに、駅前に到着していた。
「生きている者は強いのです。その念で、世界を動かし、神を創れるほどに。ですから、しっかりと生きていただきたいと私たちはいつも思っていますよ」
横断歩道を渡って、駅に到着した。
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