第6話 一ヶ月
しばらくして、死神からまたもや聞きたくもないことを言われた。
「大変言いにくいのですが……」
「言いにくいなら、もう少し言いにくそうな顔をしてよ」
「私たち死神には、感情や表情は乏しく――」
「さっきも、聞いたってば!」
千歳は機械のようなその死神の返事に腹が立って、かぶせ気味に彼の言葉を遮った。
「では、直球で申し上げますが、判定ミスを調べるまで一ヶ月ほどかかるようです」
「え!? 一カ月もかかるの!?」
はい、と死神が眼鏡を指で押さえつけた。
「これでも早い方かと」
「早いって、一ヶ月も……どうして!?」
死神は少し考えるようにしてから、美しい姿勢のまま千歳を見つめた。
「ひと一人、一生分の精査をするわけです。
千歳は唸った。
「それは、そうだけど。あたし、このまま戻れないの?」
死神は、その質問にはお答えできかねます、とでも言いたそうな顔をした。
「戻れるように全力を尽くします。ですから、もうしばらく、このままの状態でいてもらいたいのです」
「いいけど……あたしの身体、どうなっちゃうの?」
死神は何やら空中から書類を取り出した。
「ええと、そうですね。肉体に関しましては我々の管轄外のことになるので、そちらの部署のものが来てからになりますが、いったんお預かりするような形かと思います。ご遺体を決して粗末にするようなことはしませんので」
「当たり前でしょ」
千歳は眉をしかめた。
「私たち死神には、八田千歳さんのように肉体はありませんが、肉体を持っている部署がありますので、そちらの部署の特殊処理班が来てくれる手はずになりそうです」
ぺらぺらと書類をめくりながら、死神がてきぱきと要点をかいつまんで説明する。仕事はできるようだ、と千歳は思った。
「このまま、辛抱して私とお付き合いいただきたいのですが、よろしいでしょうか? 霊魂のまま居なくなられてしまいますと、消滅してしまいかねませんので……」
死神は相変わらず無表情に近いのだが、ちょっとした仕草や顔の傾きがかすかに人間らしさをかもしだしていた。
「霊魂が消えてしまいますと、もはや手の施しようがなくなって」
しかしその乏しい表情でそう怖いことを言われると背筋がぞくりとする。
「……いるわよ、一緒に。仕方ないから」
千歳のその言葉に、死神はほっとしたような表情をした。
こうして、まさかの天国のミスで死んでしまった千歳は、魂魄状態のまま死神といることを余儀なくされた。
***
「これ、私の私物で申し訳ないのですが」
そう言って死神がネクタイを緩める。何をされるのかとたじろぐと、そのネクタイを千歳の首にひょいと巻き付けて、あっという間に結んだ。すると、今まで不安定だった千歳の身体が、一気にしっかりとしてきた。消えかけていたのが、どっしりと重みをもったような感覚だ。
「とりあえず、目印です。これがあれば、なんとなく八田千歳さんの居場所が私でも把握できます」
「なんとなくなんだ、まあいっか。白シャツ着て死んでよかったわ。このコーデならネクタイもまあありだし」
休日だったため、適当に選んだ白い襟付きのシャツにワイドパンツだったのだが、おかげでネクタイとの相性も悪くなかった。次死ぬときは、いつ死んでもおかしくない格好でいようと誓った千歳だった。
そう誓うとともに、今までやり残してきた色々を思い出してしまい、なんとも神妙な面持ちになる。死神が一応心配したのか、顔を覗き込んできた。
「八田千歳さん大丈夫ですか?」
「千歳でいいよ。ちょっと聞きたいんだけど、あたし、そういえばやり残したこといっぱいあったなって」
「……そういった死後カウンセリングは私の専門分野ではありませんが、一応習っていますので、その程度の知識でのアドバイスしかできませんがよろしいでしょうか?」
千歳はその返しに溜息を吐いた。
「いいわよ、その程度で」
「先ほどの死神はそちらの専門も取得していたはずですので、担当を変わりましょうか?」
あのアロハの?と聞くと、死神はうなずく。あのいかにもやる気のなさそうな顔を思い出して、千歳は首を振った。どちらも嫌だが、アロハ死神は適当そうで癇に障りそうなので、願い下げだった。
まだ、表情が乏しくても、いくら機械的な反応だったとしても、真面目に対応をしてくれそうなスーツの死神の方が良かった。
「あんたでいいの、死神。やり残したことを挙げるとキリがないんだけどね、そういえばこっちに来てから一度も実家に帰ってなかったなって思って」
「そうでしたか。あなたが亡くなったと知ったら、さぞ悲しむでしょうね」
「勝手に殺さないでよ。まだ、手違いなんだから生き返る可能性だってあるわけでしょ?」
それもそうだ、と死神はうなずく。
「この際、魂魄だかエーテル体だか分かんない状態だけど、里帰りしようかな」
「……と言いますと?」
死神がほんの少し、怪訝そうな顔をする。
「だから、実家に帰るの! この状態なら、普通の人間には見えないわけでしょ? だったら、親と顔あわせて気まずくなることもない上に、さらに様子を見られるんだから一石二鳥じゃない? それに、こんなところに自分の死体と一緒に一ヶ月も居たらそれこそこのネクタイしてようがしてまいが、頭おかしくなって消えちゃうわよ!」
「ですが」
あまり動くのは得策ではないですと言いかけた死神の胸倉をつかんだ。死神が、メガネの奥から、視線を千歳に向けた。
「いいから、行くったら行くの。あんたたちの手違いなんでしょ? だったら、それ調べている間に、あたしが何していようが咎められた立場じゃないわよね?」
明らかに脅しだった。しかも、死神相手にと後々になって怖くなった千歳だったのだが、今は怒り心頭でそれどころではなかった。
「あたしが消えちゃうって言うなら、あんたもついてきなさいよ。それくらいの面倒は見てもらうからね」
「……確認を取りますのでお待ちください」
空中からまたもや書類を取り出して、何やら記入したり、それを眺めていたりして、しばらくすると死神が顔を上げた。
「私の有休がちっとも使っていないようで、この際、使おうと思ったのですが却下されました」
「はあ?」
「ですが、仕事として付いて行くようにと指示が来ましたので、いったん通常業務を停止して、私だけ特別業務へと変わりました」
「つまり?」
「実家までお付き合いします。よろしくお願いします、千歳さん」
そう言って死神は律儀にぺこりとお辞儀をした。
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