第2話 真っ白な部屋

目が覚める。

ここがどこか確認する。

ここは一体どこなのか。

何も知らない。

私は知らない。

こんな何もない、真っ白な部屋何て。

正方形の、真四角な部屋。

何もないどころか、誰もいない。

私だけ。

物音も聞こえない。

それどころか、出入り口もない。

仰向けの姿勢で死んだからか、硬い床に寝そべった体勢でいる。

起き上がる。

あれ?

起き上がれるんだ。

死ぬ前は起き上がることすら自力でできなかったのに。

では、立ってみよう。

立てる。

歩いてみる。

歩ける。

生前、奪われてしまった身体機能を全て取り返したような感覚。

立ち上がる時に、どこか懐かしい色が見えた。

それは私が身に着けている服の色。

この服は若い頃、結婚したばかりで東京の狭苦しい空気間に馴染めなかった私に、円治さんが買ってきてくれた大切なワンピース。

今の時代にはない、マスタード色の鮮やかなワンピース。

ああ、だから身体の調子がいいのだ。

若い頃に戻ったのだ。

円治さん、大好きな人。

会いたいな。

心でも尚、思うことが出来る相手なんて中々いない。

円治さんも、死んだ時この部屋に来たのかな?


何時間経っただろう。

もう、何もかも分からなくなっている。

何で、私はここにいて。

ここは一体どこで、そのうちに自分が誰だったのかも分からなくなりそうな。

そうだ、私はミカエル。

でも何でミカエル?

私は何でミカエルなんだ?

ああ、そうだ、また思い出した。

ここに手紙があるからだ。

床に落ちていた、その紙切れには『拝啓 ミカエル殿』と書いてある。

内容は知らない。

まだ読んでいないから。

でもどうせろくなことは書いてないだろう。

こんなもの、読む価値なんてない。

読まなくてもいいでしょう。

でも、何でそんな風に思うのかな?

私ってそういう人間だったっけ?


ただ、真っ白な部屋で一人で、物憂げに呆然と座っていると唐突に何かが見えだした。

どこから入ってきたのかは見えなかった。

でも気付いた時には既にそこにいたのだ。

それは色男。

清潔感のある白いシャツに白いズボン。

白いジャケットに、白い革靴。

仕舞には髪の毛まで白髪。

でも老いたから白くなったのではなく、意図的に白くしたかのような白さ。

長身細身のその男はじっとこちらを見ている。

そんなに見られても、私は何も持っていないから、何も渡すことなどできない。

男の口が開く。

何て美しい口。


「君がミカエル?」

「え?」


男の声は想像と違い、かなり落ち着いた声だった。

そして自分自身から出てきた声は心よりも遥かに、若かった。

男には、私に、年上へ敬うの心など微塵もなさそうだった。

しかし、なぜ自分がこの男よりも遥か上の年齢だと思ったのかはよく分からない。

でも少しだけ、嫌な気持ちになったのだ。


「あなたは誰?」


自分の柔らかい話し方が嫌になった。

本当は、こんな話し方をしようとは思っていなかった。

この調子に乗っている若僧に、年寄りの威厳を見せてやろうと思ったのに…。


「俺は神から雇われた転生案内人」

「…?」

「何だかよく分からないと顔に書いてあるな。君は見事寿命を迎えて死んだ。そして次のステージへ移るためにここへ来た。今から次の世界へ案内する。これでお分かりかな?」

「は、はぁ…」

「まぁ良い。付いてくるが良い。」


案内人は何か腕を大きく円を描くように回すと「じゃんぴいでぴい」と言った。

すると案内人だけがすっと消えていった。

え?

一体何だったの?

さっぱり分からない。


そろそろここを出たくなってきたな。

ここから出る方法でも考えるか…。

と、その時またもやあの変な色男が出てきた。


「ミカエル殿、君はなぜ俺についてこなかった?」

「いや、ついてこなかったと言われてもな。よく分からないし…」

「…?」

「…?」

「あーーーーーっ!失敬失敬。お主は廃人の世界から来たのか。そうだそうだあそこの世界ではこういうの無いんだったな。あはははっ。」


何かとても失礼なことを言われているような気がするが、それは一旦置いておいてこいつは何を言っているのだ?

『廃人の世界』?

『こういうの』?

何のことを言っているのだ?


「仕方がない、君のような無知で哀れな奴にはこの俺が、直々に優しく詳しく教えてやろう。」

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