第9話 兄の学園入学
色々あった十歳が終わり、私は十一歳になった。
何だか、濃い一年だったなと思いつつ、私達は今、厨房にいる。
「あ、ああの、ラピス。こちらはどのようにしたらよろしいの?」
ぷるぷると手を震わせ、ダイアモンドが私を見上げる。
「ああ、これはこのパンとパンの間にレタスを乗せて、チーズとハム、トマトを挟めばいいよ。マヨネーズも忘れずにかけてね」
ダイアモンドに教えつつ、私は目の前でパン粉で包んだ肉を油で揚げている。
「ラピスお兄様、卵が上手く割れませんっ」
「初めて割るのに、片手で割るからだよ。力まないで、両手で優しく割ってみて。私のをお手本に見ていて」
アメジストに卵の割り方を伝える。
私が普段、片手で卵を割っていたのを見ていたアメジストは自分でも出来ると思っていたようだ。
私とダイアモンド、アメジストは厨房で料理を作っている。
兄が今年から学園に入学した。
それからはお弁当を持って行くようになり、兄との約束通り、私もお弁当を月に二、三回作っている。兄にお弁当を作っているのが父にもバレて、王城へ行く時に同じ回数作る羽目にもなったけど。
約束の時は月に一、二回と言ったが、一回おまけすると二人はとても喜んでいた。
私が作る時以外は二人共、料理長に作ってもらっている。肉が固い料理には戻れないのだろうな。
そんな兄は、今日、うっかり私が作ったお弁当を忘れてしまい、絶望していると専属の護衛から伝言がアウイナイト公爵邸に届いた。
それをたまたま遊びに来てくれたダイアモンドが知り、兄に作って学園まで渡しに行きたいとなり、アメジストも参加してのお弁当作りが始まった。
二人共、どちらも初心者なので野菜やチーズ等を挟むだけの簡単な方のサンドイッチやオムレツを教えて、作っているところだ。
私はカツサンドに使うカツレツを作っている。
兄も十三歳の男の子だ。育ち盛りなので、ボリュームのあるお肉料理は大好きだと思う。
そんな偏見から始まったカツサンド作りを物欲しそうに、十六歳になった護衛のジャスパーが見ている。
「……ジャスパー、どうしたの?」
「ラピス様、その料理は初めて見たのですが、絶対美味しいと思うので、味見がしたいです」
きらきらと若竹色の目を輝かせて、ジャスパーが私を見つめる。
私が料理を作り始めて、約一年。ジャスパーの胃袋を掴んでしまったのか、私が料理を作る度に味見をしたがる。
「よく分かったね。育ち盛りの男性なら絶対喜ぶ料理だと思うよ。下味もしっかり付けたし、そのままでも美味しいけど、ウスターソースをかけると更に美味しいと思うよ」
揚げ終わったカツレツを深鍋から取り出し、余分な油を取り除くために料理用にコスモオーラ商会で作った紙を敷いたお皿に置いていく。
味見用にカツレツを二つ別のお皿に置いて、包丁で味見する人数分、切る。
そして、ウスターソースをたらりとかける。
マヨネーズとトマトケチャップ、ウスターソース……大量に作りました。
前世で色々な調味料があったこともあり、味に飢えていたのが今世でよく分かった。
というのも、前世で流しっ放しにしていた動画の中にウスターソースの作り方があったのを偶然、思い出し、本当に家族達に私が言った通りに夢でそれを見たことで、作ることが出来た。
嘘から出た実だ。
マヨネーズに関しては、作り方は知ってたが、一年前に第一王子の相談でお菓子を作った際に、泡立て器がこの世界にはないという事実を知り、風魔法を応用して作った。
そのおかげで、大量に作った。作りまくった。
トマトケチャップも作り、トマトを大量消費したことで、アウイナイト公爵領のトマト農家さん達にとっても喜ばれた。どうやら、うちの領のトマトは酸味が強いらしく、料理に合わないとかで余ることが多かったそうな。
コスモオーラ商会でもマヨネーズを販売することになったが、風魔法を使えない従業員もいるので、泡立て器を現在、製作中だ。
泡立て器があれば、クリームとかも作れる。
メニューの幅が広がる。
そういえば、コスモオーラ商会も従業員を数人雇うことになった。
とっても私に甘くなってしまった父と兄主導の下、立ち居振る舞いや人となり、犯罪歴等、厳選な審査をし、更には私のことや商会に関する情報を漏らさないこと、貴族と平民で仲良く仕事が出来る等など細かいことを挙げて守れること、制約魔法を掛けても問題ないというかなり厳しい条件でも働きたいという奇特な人が数名いた。
一人もいないと思っていたのに、数名……。
お給金、良いのかな……。
今度、シルバーに聞いてみよう。
思考の海から出て、ウスターソースをかけた味見用のカツレツをアメジスト、ダイアモンド、ジャスパーに渡す。
目を輝かせて、三人は口に運んだ。
「ラ、ラピス様っ! これは、確かに育ち盛りの男性に大人気間違いありませんっ! 固い肉のはずなのに、何でこんなに柔らかく?!」
「ああ、下拵えで玉葱と一緒に昨日の夜から漬けておいたものだよ。玉葱や果物、きのこと一緒に漬けるとお肉が柔らかくなるんだよ」
まぁ、これ、前世のインターネットで知ったのだけど。
前世で料理するまで、私も知らなかったけど。
「そんな技、いや秘技が……」
厨房で味見用のカツレツを食べた料理長が呟いた。技? 秘技?
戦いにでも行くのだろうか。
「ちなみに、これ、何という料理名ですか?」
ジャスパーがキラキラした目で、私に問う。
「カツレツだよ。パンに挟むとカツサンド」
「成程……。ラピス様、俺、頑張って良いお肉を毎日買えるようにお金を稼ぎますので、毎日作って下さい」
「結婚する相手に作ってもらったらいいんじゃない?」
「……俺の告白、何で伝わらないんですか……」
ガクリと床に膝をついて、ジャスパーは項垂れた。
そんな彼を、不憫そうにアメジストとダイアモンド、料理長が見つめていた。
お弁当が出来上がり、私とアメジスト、ダイアモンド、ルチルが馬車に乗った。
馬車の周囲にはジャスパー、アメジストの護衛騎士のカメオ、ダイアモンドの護衛騎士のカッパーがそれぞれ守りを固めている。二人の侍女はアウイナイト公爵家でお留守番だ。
そして、何気に気付いたけど、王都に行くのは実は初めてだ。と言っても、学園までだし、安全上という名目で、馬車のカーテンも閉められており、外が見られない。安全上と言われたが、きっとこれ、両親が閉めるように言ったのだろうなと思う。
王都というか、初めて王城に私が行く時は両親が一緒に行きたい、案内したいようなので、それまで外を見せたくないのだろうと思う。
困った両親だな。
ちなみに馬車はこの一年で、シルバーと共に魔改造した。
結局、色々と追及しまくった結果、馬車の座る部分のクッション、サスペンション、車輪、材質等ありとあらゆるものを改良した。
魔改造した馬車のおかげで、私の腰とお尻は守られた。
出来上がった馬車は振動もほとんどなく、それはもう快適になり、王城や学園へ行く父と兄は大変喜んだ。
一応、国王にも献上という形で一台渡し、将来、義姉になるダイアモンドがいるガーネット公爵家にも渡した。生まれたばかりの赤ちゃんもいるし。
ダイアモンドの下に生まれた赤ちゃんは男の子で、家族全員から可愛がられているそうだ。
時折、ダイアモンドから赤ちゃんの話を聞き、私の癒やしになっている。
一度、赤ちゃんに会い、抱っこさせてもらった。やっぱり赤ちゃんは可愛い。
赤ちゃんにも懐かれ、ダイアモンドに戻すと泣かれるくらい懐いてくれて、個人的には嬉しかった。
無表情の氷の貴公子なので、懐かれない可能性が高かったので。
「そういえば、セルレ様はわたくし達が行くことはご存知なの?」
「お弁当を忘れたという伝言をもらってすぐに、お弁当を持って行くと伝えたから大丈夫だと思うよ」
「あのセルレお兄様が、ラピスお兄様が作ったお弁当を忘れるなんて珍しいですわ。いつもなら忘れませんのに」
「第一王子殿下から至急の伝令が来て、慌てて出ないといけなくて忘れてしまったようだよ」
私がそう告げると、アメジストとダイアモンドが同時に溜め息を吐いた。
「……つまり、第一王子殿下のせいということですわね。ラピスお兄様を困らせているのに、セルレお兄様にまで……!」
「セルレ様は第一王子殿下のモノではないのに。いいように扱わないで欲しいわ」
ダイアモンドの言葉を聞いて、私とアメジスト、ルチルと目が合い、お互いに頷いた。
「成程、セルレ兄上は婚約者のダイアのモノという訳だね」
「ダイアお義姉様、流石ですわ」
「ちょっ、ラピス、アメリ! 誂わないで。た、確かにそう思っちゃったけど……」
思ったんかい。流石、相思相愛。
個人的には、どういうエピソードで相思相愛になったのか知りたい。
私は恋愛、結婚はしないけど、人の恋バナは好きだ。
「ダイアお義姉様、可愛いですわ」
「じゃあ、しっかりセルレ兄上を捕まえておかないとだね。ダイア、良かったら、今後も料理をやってみない?」
「え? どういうこと?」
「セルレ兄上の胃袋を掴めば、他の女性にはそう簡単には靡かないよ。他家の肉料理って、まだ固いし、アウイナイト公爵家で出してない料理がまだまだあるから、それを覚えて、作れるようにして、兄上に出したら喜ぶと思うよ」
そう提案すると、ダイアモンドの目が輝いた。
これ、実はヒロイン対策だ。
折角、二人は相思相愛なのに、ぽっと出のヒロインに兄を奪われるのは弟の私から見ても面白くない。
義理の姉になるダイアモンドが最悪な性格ならこんなことをしないけど、彼女は家族、友人想いの良い子だ。この子が後々、婚約破棄や処刑されるというのを見たくない。
なので、兄とダイアモンドの間に入る隙間のない状態にして、ヒロインには第一王子――王太子の方に是非とも行って欲しい。
あまり覚えていないけど、あちらの悪役令嬢は苛烈だったはずなので、バチバチやってて欲しい。
それを遠くから見たい。野次馬だ。
兄とダイアモンドのルートに行くなら、私が阻止する。
何せ、氷の貴公子の好感度は分かりにくい上に、乙女ゲームなのに恋愛ルートに入らないことが多い、難易度高めの攻略対象キャラクターなので。
「ラピス、わたくしに是非とも教えて! やっぱり、セルレ様も男性だから、お肉料理がお好きよね?!」
「兄上はお肉も好きだけど、程良い甘さのお菓子も好きだよ。お菓子も良かったら、教えるよ」
いつもの無表情ではなく、小さく微笑んで伝えると、アメジストとダイアモンド、ルチルが赤くなった。
私と表情筋との関係性が微妙なので、いつも不意討ちで本当に申し訳ない。
「……ラピスの微笑みは稀だから、まだ耐性がないわ。学園に入学した時には、わたくし以外にも誰か同学年の人のフォローが欲しいところね」
「ラピスお兄様の微笑みはわたくしのご褒美です。これで明日の課題も頑張れそうですわ……!」
「ラピス様、ありがとうございます! 一ヶ月の疲れが飛んで、また一ヶ月はお仕事頑張れます。また一ヶ月以内に微笑みをお願い致しますっ」
馬車に乗る、女性陣の反応は三者三様だった。
一番、まともなのがダイアモンドな気がする。
そして、一番ヤバイのはルチルのような気がする。私の微笑みはドーピングか何かか。
何だかんだで、兄が通う王都の学園に着いた。
そういえば、学園の名前はパイロープ学園というらしい。
実はアメジストとダイアモンドの会話で知った。
事前に話を通していたことで、パイロープ学園の正門に立つ門番の人に門を開けてもらい、馬車で通る。
馬車を停める場所まで行き、馬車から降りる。
一応、ラピスラズリは男性なので、先に降りて、アメジストとダイアモンドの手を順に取って、降りてもらう。
私はもちろん、アメジスト、ダイアモンドも学園は初めて来たので、兄が何処にいるのか分からない。
ジャスパー、カメオ、カッパーはそれぞれ学園を卒業しているので、兄が待っているらしい食堂へと道案内をお願いする。
「ジャスパー、十三歳からパイロープ学園に入学するのは知ってるけど、何歳まで通うの?」
食堂に向かいながら、ふと疑問になったことをジャスパーに聞く。
「専攻する科によって違いますが、通常は十三歳から十八歳までですよ。俺やカメオ、カッパーは護衛騎士や騎士団志望の人達が入る騎士科に入りました。特に俺達は子供の頃から公爵家の騎士達に鍛えてもらっているので、学園では座学中心でした。早くラピス様の護衛に戻りたかったので、速攻で半年で卒業しましたよ。カメオ達もそうですね。そういう人もいれば、一から騎士として学びたい人はじっくり学んだり、鍛えたいということで、十八歳で卒業する等、様々です」
ジャスパーが説明すると、カメオとカッパーも大きく頷いている。
「そうなんだ。騎士科以外には何があるの?」
「えっと、確か、貴族科、騎士科、侍女科、魔術科、商業科、魔導具科、芸術科、薬師科、料理科だったはずです」
「結構、多いんだね」
侍女科っていうのがあるんだ。まぁ、王族や貴族がいる訳だし、あっても問題ないか。
というか、ざっくりだな。特に商業科と芸術科。
商業科は商業だけなのかどうなのか気になるところだ。芸術科は音楽なのか、美術なのか、それとも他にもあるのかどうか気になる。
一番気になるのは魔導具科。私の将来のスローライフのために学びたい。
「貴族以外の平民も通いますからね。平民が貴族科に、というのは流石に出来ませんが、それ以外の科で学ぶことで国が良くなることに繋がりますし」
ルチルが私にそう言うと、カメオとカッパーが頷いている。二人は喋らないのだろうか。
「ラピスはどの科にするの? ラピスは料理はもう余裕だし、商業も問題無さそうだし、やっぱり公爵家だし、貴族科?」
「私は……」
中庭と思われるところに到着し、その先に見える食堂らしき建物に向かいながら、答えようとした時に気配を感じ、振り返る。
振り返ると、学園の男子生徒三人が立っていた。
学園の制服を着ているが、少し着崩れしてだらしない格好をしている。典型的な素行の悪そうな生徒達だ。恐らくというか、明らかに貴族だ。
父の執事のアイアンや家庭教師から教わる教養の中に、肖像画付きの貴族名鑑があり、あの分厚い本の中に見た顔だ。ちなみに、私やアメジスト、ダイアモンドの顔は社交界デビュー前なので、非公開になっている。
必死に覚えた貴族名鑑の中にあった、目の前の男子生徒三人はそれぞれ伯爵家だ。
まだ社交界デビュー前だけど、パーティーには私は出ていないけど、アメジストもダイアモンドも出ているから顔を知られているし、こちらはどちらも公爵家。
この素行の悪そうな伯爵家の坊っちゃん達は何をする気かな。やっぱりテンプレかな。
「お前達、ここが何処なのか知ってて来たのか?」
「パイロープ学園でしょう。それ以外に何かあるのですか?」
アメジストとダイアモンドを後ろに隠しつつ、いつもの無表情で告げると、ジャスパーが小さく吹いた。緊張感がまるでない。
「その学園に、授業をしているこの時間に歩き回っているお前達は遊んでいる最中なんだろ? それなら俺達と遊ぼうぜ。綺麗なお嬢さん達」
伯爵家の坊っちゃん達はアメジストとダイアモンドを見て、ニヤニヤと嫌らしい顔で笑っている。
私達の服装で、制服を着ていないのだから生徒ではないと気付かないのだろうか。
それに、素朴な疑問だけど、綺麗なお嬢さん達の中に私は入るのだろうか。
「……入っているのではないですかね、ラピス様も。あちらは三人な訳ですし。一人は確実にラピス様の方を見てます。不快ですね」
私の無表情から考えていることが分かったのか、ジャスパーが小声で言ってきた。嫌そうな声だ。
小さく溜め息を吐きつつ、周囲を見る。
誰もいない。
授業中とはいえ、警備はどうなっているのだろう。
事前に二つの公爵家の子息子女がやって来る訳なのだから、それなりに警備を配しておくのが良いと思うのだけど。私が学園長なら面倒事回避のためにそうする。
それとも、目の前の伯爵家の息子達に警備が買収されたか。そうなら大問題だけど。
「……そちらの三人のお名前を伺っても?」
トワイライト王国の貴族のルールで、爵位が上の貴族が名は? と問うたら下の貴族は名乗るというルールがある。ついでにいうと、下の爵位の貴族が上の爵位の貴族に声を掛けるのはアウト。
爵位が上か下か同位かどうか分からない時は、自分が先に名乗り、相手が同位か下の場合、相手が謝れば不問にするというのもある。謝らない場合、ちょっとしたペナルティがあるらしく、名前に傷が付くそうだ。ちなみに、ペナルティは王家主催のパーティーが一回お休みだ。パーティーで得られるはずの商談等などが流れ、損失に繋がる。
まぁ、謝っても謝らなくても貴族の顔や名前を覚えていないんだとなり、恥を掻くのだけど。
「あ? そっちが名乗れよ。ここは学園で、平民もいるんだ。そういう貴族のルールは通用しない」
リーダー格らしい坊っちゃんが私に下卑た笑みを向ける。
初耳だ。学園だからこそ、学園のルールはもちろん貴族のルールは必要なのに。貴族科もある訳だし、それを彼等は知らないのだろうか。
貴族のルールがないと、王家や高位の貴族が命も含めて色々狙われる。
ルール等によって、学園の秩序は保たれる。じゃないと無法地帯になる。
学園のルールもそうだ。まだちゃんと確認していないけど、平民も貴族も無闇に近付かないというのがあるし、婚約者同士や恋人以外は腕を組んだりとかしてはいけないとか色々ある。
坊っちゃん達、分かってるかな。学園だから、貴族の色々なしがらみから解放されたと思って、頭のネジが何個か飛んだのだろうか。
逆だよ、それ。
「成程。では、私達が名乗った後、そちらも名乗られるのですね? その際に、こちらからご実家に抗議しても問題ありませんね?」
無表情で伯爵家の坊っちゃん達を見ると、頷いている。
後悔しても知らないよ。
「私はアウイナイト公爵家の次男のラピスラズリです。こちらは私の妹のアメジスト。ガーネット公爵家の令嬢のダイアモンド嬢です」
無表情で名乗ると、伯爵家の坊っちゃん達の顔が青ざめていく。
追い撃ちを掛けよう。
「私達、公爵家を名乗らせたということは、皆様方は公爵家より上の方々ということで宜しいでしょうか? 公爵家より上となると王家の方々なのですが、貴族名鑑で名前も顔も含めて全員覚えていますが王家の方々に皆様方はいらっしゃいませんでしたが……。他国の王家の方々でしょうか。他国の王家の方がパイロープ学園に留学されたというお話は耳にしていませんが」
追い撃ちを掛けたら、伯爵家の坊っちゃん達は真っ青になった。
すると、更に追い撃ちが掛かった。
「ラピス! アメリ! ダイアナ!」
セルレアイトがこちらに走ってやって来た。その隣にはアレキサンドライトと知らない人が一人走って来る。
兄はダイアモンドをダイアナという愛称で呼んでるんだなと思っていると、アメジストもにんまりとダイアモンドを見ている。ダイアモンドの顔は真っ赤だ。
「ラピス、アメリ、ダイアナ、遅くなってごめん。大丈夫?」
「私達は大丈夫です。あちらの方々がこちらに声を掛けて来たくらいです」
「あちらの方々?」
ちらりと、兄が伯爵家の坊っちゃん達を冷たい目で見る。つられるようにアレキサンドライト達も見ると、坊っちゃん達はビクリと肩を震わせる。
「はい。お名前を伺ったら、先に私達に名乗れと仰ったので、こちらから名乗った後に、あちらの方々も名乗ること、こちらからご実家に抗議しても問題ないというので、名乗りました。まだ名前を伺ってませんが、伯爵家はいつの間にか二つの公爵家より高位で王家に等しいようですね。初耳でしたし、勉強になりました。それとアメリとダイアを不快な目で見ていました」
「ラピス様を見ていた者もいました、セルレアイト様」
しれっとジャスパーがセルレアイトに言うと、兄と第一王子の周りの空気が冷たくなった。
「ほう、我がトワイライト王家に等しい伯爵家か。俺も初耳だな。宰相として尽力してくれるアウイナイト公爵家と、魔法で王家を含めて民達を守るガーネット公爵家より上か。王家と二つの公爵家を侮辱するにも程があるな。しかも、自分達より年下の令息と令嬢に手を出すつもりだったのか?」
アレキサンドライトが腕を組んで、威圧的に伯爵家の坊っちゃん達に言う。
こういうところを見ると、アレキサンドライトも王家の王子だなと感心する。
十三歳のまだ少年だが、王子としての威厳がある。
「あ、いえ、その……」
坊っちゃん達もまさかの公爵家の子息子女と思わなかったのだろうと思うが、身から出た錆だ。
「後で、しっかり抗議するので、覚悟しておいて下さいね、先輩方?」
にっこりと冷たい笑顔で兄が言うと、伯爵家の坊っちゃん達は項垂れた。
「ラピス達も学園に来て早々、災難だったね」
「いえ、私は問題ありません」
よくあるテンプレだと思ったので。
「少し怖かったですけど、ラピスお兄様が格好良かったので大丈夫です。セルレお兄様」
「わたくしもラピスラズリ卿に守って頂いたので、大丈夫ですわ、セルレ様」
守る程のことをしてはないが、それを言うのは野暮だよね。
と思ったら、今度は以前、魔法の家庭教師から教えてもらった索敵魔法に反応がある。身体強化魔法と一緒に常時掛けている上に、悪意に引っ掛かるようにしているので、すぐセルレアイトとアメジスト、ルチル、ダイアモンド、アレキサンドライト、兄達と一緒に来た知らない人の周りに物理と魔法防御の結界を張る。
伯爵家の坊っちゃん達の悪意に引っ掛からなかったのは、取るに足らないと私の索敵魔法は判断したのだろうか。
「殿下、兄上。襲撃者がいます。結界から出ないで下さい。私とジャスパーで迎撃します」
「分かった。ラピス、無理しないで」
「大丈夫です。ジャスパー、前方に三人、その右側に四人だけど、どっちを取る?」
「四人の方に行かせて下さい。その後、三人の方に行きます」
「援護はいる?」
「しなくていいですと言いたいところですけど、お願いします」
「分かった。じゃあ、行こうか」
先制攻撃で、中庭の木々に隠れている前方の三人に氷の塊を勢い良く放った。同時に鞘から剣を抜いたジャスパーが動き、右側にいる襲撃者四人をあっという間に倒した。
そのまま、ジャスパーは三人に走って向かうが、私の方に三人が来るのが早かったので、帯剣していた剣を抜く。
あまりアメジストやダイアモンドに血を見せたくないので、こちらに来たと同時に氷の玉を作り、それを蹴って三人にぶつけた後、一人は顔を蹴り、一人は首に手刀、最後の一人は踵落としを浴びせ、倒した。
前世で格闘ゲームをした時に、やってみたかった連撃が出来て、たくさん動いても息切れもしない氷の貴公子の身体に感動する。
倒したので、三人が動けないように首から下を氷の魔法で拘束する。
ジャスパーも私が動いたのを見て、出番はないと感じたのか、倒した襲撃者四人を縄でぐるぐる巻きにした状態で引き摺ってこちらにやって来る。
その一部始終を見ていた伯爵家の坊っちゃん達が更に青ざめている。
ちょっかいを出す相手は、よく見た方がいいよと言いたい。
「ラピス様、申し訳ありません。結局、手伝って頂いてしまいました」
「ジャスパーだけにさせるつもりは元々なかったから、気にしないで。怪我はないよね?」
「ある訳ないじゃないですか。こんな三下相手に」
「誰を狙ったんだろうね」
「第一王子殿下じゃないですか? アウイナイト公爵家もガーネット公爵家も善良な公爵家ですし」
何かの恨みがあるのか、ジャスパーが嫌味ったらしく呟く。
善良な公爵家って何だ。アウイナイト公爵家の当主は宰相なのだから、清濁併せ呑んだりはしてると思うけど。
「そのあたりは大人達に任せようか。私はあまり面倒事に関わりたくないし」
「そうですね。俺もラピス様が巻き込まれるのは嫌です。こいつらのこと誰に伝えますか? 学園長ですか?」
氷で拘束され気絶している襲撃者を蹴り、ジャスパーが問う。
「兄上と殿下に聞こうか。正直、学園長は私の中で今のところ信用出来ない」
「珍しいですね。何かお考えが?」
「……事前に学園長には私達が来ることを伝えていたのに、警備がいない。私達と兄上達が揃ったところをタイミング良く襲撃者が襲撃となると、学園長を全て信用して襲撃者を引き渡すのは危険だと思う。あと、あちらの伯爵家の子息達の引き渡しもね」
「確かにそうですね。閣下をお呼びした方が良さそうですね」
「とりあえず、兄上達の判断を仰ごう」
そう言って、安全かどうか索敵魔法で確認した後、結界を解き、兄達に気になることを伝えると、同じことを考えていたようで、既に事情を説明して、父を呼んだ後だった。流石、兄。仕事が早い。
父が将軍と騎士と共に学園に来るまでの間に、この場所に待機することになった。
待っている間に、今回の目的を思い出し、兄に声を掛けた。
「あ、セルレ兄上。お弁当、持って来ました」
そう言って、空間収納魔法からお弁当を取り出し、ダイアモンドに渡す。
「セルレ様、こちらを。わ、わたくしとラピス、アメリで作りました。ど、どうぞ、こちらを。た、食べて下さると嬉しいです」
顔を赤くして、ダイアモンドがセルレアイトにお弁当を渡した。それをニヤニヤとアメジストとルチルが見ている。帰りの馬車で誂われるな。私はダイアモンドに味方しよう。
「ありがとう、ダイアナ。後で、食べるよ。ラピスとアメリもありがとう」
すごく嬉しそうに微笑み、兄は受け取った。
それを物欲しそうに、アレキサンドライトが見ている。
「ラピスラズリ卿、俺にはないのか……?」
何故、第一王子にもあると思うのか。
ただ、読み通りだったので、無表情のまま溜め息と共に、空間収納魔法からもう一つお弁当を出した。
「……そう仰ると思ったので、仕方なくご用意しました。毒味が必要なら、毒味なさってからお召し上がり下さい」
「い、いや、ラピスラズリ卿のことは信じているから、毒味は必要ない。ちなみに、こ、これは誰が作ったんだ?」
受け取りながら、アレキサンドライトは私を見る。
「私ですが。婚約者がいるダイアモンド嬢や婚約者が決まっていないアメジストが、殿下のを作る訳にはいきませんよね? 私は男ですので、問題ないかと思い、作りましたが……。ご不快なら、私の護衛騎士にあげます」
「い、いや、不快ではない。これは俺がラピスラズリ卿からもらった物だ。ちゃんと責任持って俺が全て食べる。ありがとう、ラピスラズリ卿。出来れば、セルレのお弁当を作る時に俺のも作ってもらえると嬉しいのだが……」
「専属の料理人や婚約者の方に、作って頂いたらいいかと思いますが?」
理解不能といった声音で告げると、アレキサンドライトが項垂れた。
「婚約者に作ってもらうというが、俺にはまだ婚約者はいないぞ、ラピスラズリ卿」
そうなのか。知らなかった。
お茶会から半年も経っているのだがら、もう決まっていると思っていた。
すると、もう一人、兄達と共に来た知らない人が私に近付いた。
「あの、俺にもあるだろうか?」
誰?! ずっと思ってたけど、まず名乗ってよ!
いや、貴族名鑑で見たから知ってるけど、それと自己紹介は違う。
「……どちら様でしょうか?」
「えっ、あっ、失礼した。俺はゴールド・ショール・ロードナイト。ブルナイト・デマントイド・ロードナイト将軍の長男だ。宜しく」
杏色の髪、浅緑色の目をしたゴールドがペコリとお辞儀をした。
あ、この人も乙女ゲームの攻略対象キャラだ。
将軍の息子で、強過ぎる将軍で父親に劣等感があり、選択肢によってはヤンデレするキャラ……だった気がする。推ししか興味がなかったから、ちゃんとプレイしてないんだよ、将軍の息子。何より、私がヤンデレが苦手なので。
余談だが、将軍の爵位は侯爵だ。
「初めまして。アウイナイト公爵家の次男のラピスラズリ・シトリン・アウイナイトです。兄がいつもお世話になっています」
ゴールドがフルネームで名乗っちゃったので、私もフルネームで挨拶した。
「それで、俺にも、お弁当はあるのだろうか」
両手の人差し指をちょんちょんしながら、年下の私にゴールドは言ってくる。
いや、初対面でお弁当もらえると思ってるのってどうなの?
「……申し訳ありませんが、兄の交友関係を全て把握をしておりませんので、殿下の分しか用意をしておりません。そもそも、ロードナイト侯爵令息にお会いしたのが初めてなので、準備のしようがありません」
ショックを受けた顔をゴールドがした。
何だろう。前世の接客業をしてる気分になるのは何でだろう。ちなみに、私は前世では接客業をしたことはない。
というか、兄妹がお互いの交友関係を把握しているのは怖いと思うのは私だけなのだろうか。
「そ、そうだよな。すまない。いつも、美味しそうだったから、こちらに来ると聞いて、勝手に期待してしまった……」
酷い言い方だな。この言い方だと、私が持って来ないのが悪いような言い方だ。
ゴールドの言葉を聞いたルチルとジャスパーから不穏な気配を感じ、ちらりと見ると兄のような冷たい笑みを浮かべている。
更に、アメジストとダイアモンドの顔が笑っていないし、兄と第一王子は溜め息を吐いている。
この二人の反応から、ゴールドはいつもこうなんだろうなと分かった。
ゴールドの婚約者になる人は大変だなと思いながら、空間収納魔法に手を突っ込む。
そして、溜め息を吐きながら、取り出したお弁当をゴールドに渡す。
「あの、これは……?」
「私の護衛騎士に渡す予定だったものです。護衛騎士ので申し訳ありませんが、それでも良いというのでしたらどうぞ」
「あ、ありがとう……」
ゴールドが素直にお弁当を受け取り、お礼を述べた。
「ラピス様、あれって俺にあげると仰ってたお弁当ですよね……? 俺、あのお弁当のために頑張ったのに、あんまりです……」
泣きそうな勢いで、ジャスパーが私に訴えかける。
「ごめん。だから、帰った後で、ジャスパーだけに特別肉料理を三品作るよ。うちでまだ出したことがない料理の味見係をしてくれないかな? ジャスパーが美味しいと言ってくれた時は、明日の公爵家の食事に出すよ。どうかな?」
本当に申し訳なかったので、小声でジャスパーに囁いた。
「その話で手を打ちましょう。その味見係は俺独占ですよね?」
無表情で頷くと、ジャスパーがとても嬉しそうに微笑んだ。
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