第8話 第一王子のお悩み相談

「ねぇ、ラズリ。このプリンというデザート、商会の商品として販売すれば、売れに売れると思うのだけど、売りませんの?」


 アウイナイト公爵邸に遊びに来た、ダイアモンドが呟いた。

 今日の私は女性の教養の日なので、ドレスだ。


「……売ろうにも、需要と供給というものがあって、需要があっても、供給が間に合わないんだよ、ダイア」


 主に、卵とプリンの製作者、それとプリンを容れる器が。

 なので、現在はアウイナイト公爵家のみで食べられる。

 私が初めて作った時にも、シルバーとチャロアイトが色々案を出したが、卵とプリンの製作者、容れ物がどう頑張っても足らなくなることが分かった。

 前世のように製作する機械やプラスチック容器があれば違うが、ここはそうではない。

 この乙女ゲームの世界でも、プリンは正義だった。

 プリンを食べた全員がハマってしまった。

 おかげで、私と料理長、料理人はほぼ毎日作らされた。が、食べ過ぎると身体に良くないこと、女性陣は特に太る可能性を伝えると、週に一、ニ回程度になったけど。

 そして、ダイアモンドも彼女の母のマタニティドレスを機に仲良くなり、その一週間後には兄の婚約者にさらりとなっていた。

 どうやら、出会った時に、お互い、思うことがあったようで、親同士も友人なので、とんとんと婚約者に決まった。

 その際に、私の性別のこともあっさり見破られたというか、将来家族になるのだし、騙すのも嫌なので半ば私が伝える形になり、同情され、兄と一緒に私を守ると宣言してくれた。

 だから、何に対して守るというのか。

 そんなこともあり、ダイアモンドとは将来の義理の姉妹兼友人となり、お互い愛称で呼び合っている。


「でも、このプリン、美味しいし、販売すればわたくしの家族にも食べさせてあげられるわ」


 自分だけ食べて、家族にあげられないのが申し訳ないといった表情をダイアモンドは浮かべている。

 この子は、マタニティドレスのこともそうだけど、家族想いの良い子だなと思う。

 アウイナイト公爵家とガーネット公爵家に対しては特に優しく、それ以外は容赦のない、ヒロインのルートによっては将来、悪役令嬢になるのだけど。


「もし、良ければ、今日持って帰る? ダイアの家族分ならすぐ出せるよ」


「本当?! ラズリっ」


 驚いた様子で、ダイアモンドは立ち上がった。嬉しそうに目が輝いている。


「最近、空間収納魔法を覚えたから、非常時用に食糧とかを入れるようにしているんだ。それでプリンを作り置きしておいたから、すぐ渡せるよ」


 魔法の先生から空間収納魔法を教わったおかげで、私の空間収納魔法の中には一ヶ月分の食糧に、もしものためのデザート、服、武器、お金、料理が出来るように鍋、フライパン、包丁、まな板、食器類、最近作り始めたポーション等などサバイバルでも生きていけるぜ的な物が魔力量が多いので、ぎっしり入っている。

 その空間収納魔法に入れておくと、食糧やポーションの時間が止まり、品質が落ちない。つまり、腐らない。とっても助かる。


「いいのっ?! ラズリ」


「もちろん。食べ過ぎは、妊娠中のダイアのお母様には良くないけど、一個なら大丈夫だと思うよ。妊娠中は何かと大変だから、少しでも精神的な疲れとかも取れたら、赤ちゃんにも良いと思うし」


 生まれたばかりの赤ちゃんには宜しくないはちみつや、妊婦に宜しくない洋酒はプリンに入れていないし、妊娠中でもたくさん食べなければプリンは大丈夫だったはず。目の前で食べられないのはストレスにも繋がるし。そういった話をしてくれた妊娠、出産をした前世の友人に感謝だ。


「ありがとう! お母様もきっと喜ぶわ」


 嬉しそうににっこり微笑んで、ダイアモンドは私の手を握る。


「帰る時に渡せるように用意しておくよ」


 私も微笑みたいところだけど、相変わらず無表情のまま伝えると、ダイアモンドは気にせずお礼を言ってくれた。


「……ラズリ様、ガーネット公爵令嬢。ご歓談のところ、申し訳ございません。少々、宜しいでしょうか」


 ルチルが扉をノックして入ってきた。

 珍しく、少し焦った様子だ。


「どうしたの、ルチル」


「突然ですが、アレキサンドライト第一王子殿下が来てしまいました。ラピスラズリ様にお会いしたいそうなので、早急にラピス様のお姿に……」


 ルチルがすっごく嫌そうに報告してくれた。

 私も含め、ルチルもジャスパーも第一王子が苦手だ。

 あの、とんでもない出会いからまだ三ヶ月。

 困った第一王子は私宛に定期的にサイズぴったりのドレスを送ってくる。届く度に返品しているが。

 あれから会うことがなかったのだが、定期的に送られてくるドレスもあり、私もルチルもジャスパーも第一王子が余計に苦手になった。

 ルチルはともかく、ジャスパーが何故苦手なのかは知らないけど。


「それは困ったわね。セルレ様から第一王子殿下のことは、わたくしも聞いているから一緒に行くわ。セルレ様と一緒にラピスを守ると決めたもの。だから、早く着替えていらっしゃいな、ラズリ」


 ダイアモンドが眉を寄せながら、私に言う。

 私を守るというのは、第一王子に対してか。

 有り難いけど、私の代わりに目の敵にされるかもしれないと思うと、彼女にも兄にも申し訳ない。


「嬉しいけど、私が二人を守るよ。二人は大事な将来の兄夫婦だからね。あの困った第一王子殿下には指一本触れさせないよ」


 本当は微笑みたいところだけど、私の表情筋は仕事を放棄中なので、無表情で言ってしまった。締まりがない。


「ラズリ。貴女、チャロアイト卿に言われたかもしれないけど、無意識に口説くのはおやめなさいな」


 ダイアモンドの言葉に、無表情のまま、目をぱちくりしてしまった。

 その言葉はチャロアイトから言われたことはない。


「チャロアイト卿からは言われたことはないよ。無意識に口説いたつもりもないけど」


「……ルチル。どうにかしてラズリに分かってもらう術はないかしら?」


「……アメジスト様にも相談してみます」


 信じてもらえなかった。納得いかない。








 とりあえず、男性の格好に着替えた。

 コルセットがないドレス、最高。

 着替えが本当に楽だ。

 そして、髪もたまたま下ろしていたおかげで、さっと一つに束ねて結ぶ。

 念の為、腰には剣を佩いている。

 ないとは思いたいけど、やれ、決闘だ! とか、侵入者が現れたとなった時に対応出来るように、だ。

 まぁ、うちの公爵家の騎士達は強いから、侵入者の場合は私が出る幕はないはず。

 兄とダイアモンド、不本意だけど第一王子が無事ならいいと思う。

 私と一緒にダイアモンドも付いて来てくれて、第一王子と接待させられている兄が待つ、応接室に着いた。

 応接室の扉を叩くと、中から応答する兄の声が聞こえた。


「……お待たせ致しました。王国の太陽であらせられる、アレキサンドライト第一王子殿下にご挨拶を申し上げます」


 左胸に右手を当て、一礼する。隣で、ダイアモンドも同じように挨拶をして、カーテシーをする。

 思うけど、この挨拶の下り、面倒臭い。

 貴族だし、相手は王族だから仕方がないけども。


「あ、ああ。ラピスラズリ卿、三ヶ月と二日振りだな。ガーネット公爵令嬢も久し振りだな」


 アレキサンドライトが顔を赤くしながら、私とダイアモンドに挨拶する。

 私と会ってない間の正確な日数を数えるなよ、何処の几帳面だよ。

 乙女ゲームでもそんなキャラじゃなかっただろ。

 ダイアモンドに対しては雑だな。

 私の将来の義理の姉に対して、その言い方は何だ。

 相変わらずの無表情で、不敬なことを考えると、兄が私の顔を見て頷いた。

 同じことを考えているようだ。


「そ、その、今日も綺麗だな」


 誰が? とは言わずに、私はさらりと流そうとダイアモンドを見る。


「……そうですね。ガーネット公爵令嬢はとても綺麗で、美しく、いつも楽しく色々とお話をさせて頂いてます。流石、私の将来の義理の姉になる方ですよね」


 無表情で言うと、セルレアイト、ダイアモンド、アレキサンドライトが固まった。

 こういう時は、ちゃんと名前を言わないと、このように返されたりするんだよ、第一王子。

 もう少し上手い返し方が他にもあるだろうけど、すぐ思い付かなかった。


「ところで、第一王子殿下。本日はどのようなご用件で、私を呼んだのでしょうか」


 また綺麗だなとか言われると面倒臭いので、本題に入る。

 不敬かもしれないけど、目の前の第一王子は雑に対応すると決めたので。将来の義理の姉に対して失礼なことをしたのはあちらが先だ。


「あ、ああ。その、ラピスラズリ卿に少し、相談に乗って欲しくて、こちらに寄らせてもらったんだ」


「相談、ですか?」


 真面目な表情で、アレキサンドライトが無表情の私を見る。

 そこで、ようやく私とダイアモンドにソファに座るようにアレキサンドライトが促した。

 第一王子のエスコートはまだまだだな、と、兄と私は頷き合った。ここに母がいたら、お説教に発展する。

 兄が座るソファに、兄の隣にダイアモンド、その隣に私が座る。


「宰相から聞いた。ラピスラズリ卿が最近、耳にするコスモオーラ商会の裏のオーナーだと」


 何で漏らすんだ、父……!

 それも厄介な奴に! まぁ、父からしたら第一王子は甥っ子と言えば、そうだけど!

 国王ならともかく、第一王子に言うなら、先に当人でもある子供の私に相談してよ。

 ちらりと見ると、兄が怖い顔してるって。


「そうですね。私が一応、裏のオーナーですね」


 父があっさり伝えたこともあり否定出来なくて、無表情で私は頷く。

 父が帰ってきたら、兄と共に追及だ。


「相談したい内容は、一ヶ月後にあるお茶会に出すお菓子についてなんだ」


 ……お茶会……。目の前の第一王子が真顔でお茶会のことで悩んでる。

 個人的には肩透かしを食らった気分だ。


「……お茶会、ですか? 何故、第一王子殿下が悩まれていらっしゃるのでしょうか」


「今度、俺の婚約者を決めるためのお茶会をすることになり、俺が取り仕切ることになった。大体は骨子は出来たのだが、お菓子がどうにも決まらなくて困っている。女性に流行りのお菓子を知らなくて、悩んでいたところを宰相に相談したら、ラピスラズリ卿に頼ってみたらどうかと」


「そうですか……」


 何で、第一王子がお茶会を取り仕切るのだろうと思いつつ、私に相談する理由がちゃんとした理由だったので、アレキサンドライトが真面目に考えていることに内心、驚く。顔には出ないけど。


「どうか、力を貸してもらえないだろうか?」


 とっても真面目な表情で、アレキサンドライトが私を見る。

 父から私の話をアレキサンドライトにしたということなら、こちらに拒否権はない。

 家長に従うしかない。


「分かりました。ご相談に乗らせて頂きますが、どうされるのかの最終決定は第一王子殿下がなさって下さい。私はあくまで提案だけさせて頂きます」


「有り難い! 感謝する、ラピスラズリ卿」


 嬉しそうに微笑んで、アレキサンドライトが頭を下げた。

 流石、乙女ゲームのメイン攻略対象キャラ。

 まだ十二歳で、学園入学前だが、笑顔の攻撃力が高い。

 残念ながら、私には効かないけど。

 私に効くのは、推しの氷の貴公子の滅多に見られない微笑みだ。

 なので、今世では私に笑顔の攻撃は効かない。

 ちなみに、隣でダイアモンドがぷるぷる震えている。耐えられなかったのかな。


「本題に入りますが、第一王子殿下はお茶会のイメージはどのようにお考えですか?」


 全く赤くならず、私は無表情でアレキサンドライトに問う。


「アレクだ」


「……はい?」


「アレクと呼んで欲しい。セルレにもそう呼ぶことを許している。ラピスラズリ卿にも、俺のことはそう呼んで欲しい」


 え、二回しか会ってない公爵家の次男坊にそれを言う?

 既に兄が第一王子の側近に決まったのだから、更にその弟もとなると、他の貴族が何を言うか。

 王家のパワーバランスが崩れる。


「いえ、殿下。既に兄が第一王子殿下の側近です。更に弟の私にも愛称を許すのは避けられた方がいいかと思います」


 隣で、兄とダイアモンドが大きく頷いている。

 兄の場合、単純に私に愛称を呼ばせたくない気がする。シスコンだし。


「え……駄目なのか?」


 捨てられた子犬のような目でアレキサンドライトが私を見つめる。

 私が普通の女性なら落ちていただろうなぁ。


「駄目と言いますか、あまり愛称の安売りをなさらないことをお勧め致します。何処で、誰が聞いているか分かりませんので」


「分かった。助言、感謝するよ。これでも駄目なのか……」


 最後だけ、アレキサンドライトはぼそりと小さく呟いたが、聞こえてしまった。誰かにアドバイスされたな、これ。

 話が逸れるのは面倒臭いので、さっさと本題に戻そう。


「本題に戻りますが、第一王子殿下はお茶会のイメージはどのようにお考えですか?」


「ああ、初めての俺のお茶会だから、色合いも含めて落ち着いた感じのものにしたい。お菓子もそのようにしたいと考えている」


「成程……。お茶はどのようなものを?」


「紅茶しかないと思うが……」


 きょとんとした顔で、アレキサンドライトは言った。

 うん、誰だ。第一王子にお茶会を任せたヤツは。

 落ち着いた色合いって、何色だ。

 お茶も紅茶しかないって……。

 まぁ、そういったものに興味がなければ、こうだよね。

 恐らく、父もお手上げになって、私に投げたんだろうな。


「分かりました。とりあえず、殿下のイメージかどうか分かりませんが、緑色や青色といった色合いで落ち着いたお茶会を考えていらっしゃいますか?」


「そうだな。あまり豪華なものは避けたい。王家の威厳はある程度保たないといけないが、同年代の令嬢が落ち着けるようなお茶会にしたい」


 あ、そういう気遣いはあるんだ。まぁ、メイン攻略対象キャラだし、王族だし。他国から来賓とかもあるだろうし。

 とりあえず、思い付いたデザートや案があるので、厨房に行こう。


「そうですか。あの、少し、お待ち頂いても宜しいでしょうか?」


「え? ラピス、どうかした?」


 兄が目をぱちくりして、私を見る。アレキサンドライトやダイアモンドも同じようにこちらを見ている。


「お茶会に出すお菓子を考えたので、試作品を少し作ってみようかと」


「えっ、ラピスラズリ卿の手作り?!」


 アレキサンドライトが驚いたように私を見つめる。


「あ、王族の方なので、手作りは難しいですよね。毒味も必要でしょうし。ですので、作った後、レシピを専属の料理人の方にお渡ししま……」


「いや、俺も食べる。いくらでも待つ。毒味もいらない。ラピスラズリ卿を信用しているから、問題ない。遠慮なく作って欲しい」


 食い気味にアレキサンドライトは私に力強く言う。


「そうですか。分かりました。では、作って参りますので、少々、お待ち下さい」


 立ち上がり、応接室から出て、私は厨房に向かった。







 それから、しばらくして、私はお菓子の試作品を乗せたワゴンと共に応接室に戻った。


「お待たせ致しました。お菓子の試作品をいくつか作って参りました」


 そう言って、ルチルと一緒にテーブルにお菓子を乗せたお皿を置いていく。

 今回作ったのは、アップルパイ、フルーツタルト、フルーツポンチ、クッキー、パウンドケーキ、ポテトチップスだ。ちなみにクッキーは甘いのと甘さ控えめの二種類だ。

 念の為、それぞれこの場にいない両親と妹、ジャスパー、公爵家の使用人の分も既に取っている。シルバーやチャロアイト、ガーネット公爵家の分も空間収納魔法に収納している。魔法って便利。


「お菓子は甘さのあるものと、塩味のあるものにしています。紅茶も少し手を加えました」


 紅茶はストレート、レモン、ミルクの三種類だ。

 ちょうど昼下りなので、これって、午後の……ごほん。


「これは……凄いな」


 並べられたお菓子を眺め、呆然とした顔でアレキサンドライトが呟く。


「殿下の婚約者を探すためのお茶会ですので、お菓子も数種類あった方が良いかと思い、作ってみました。どうぞ、お召し上がり下さい。お茶会に使えるかどうかの感想も後程頂けると助かります」


 私がそう言うと、上品に、けれども素早い手付きで、セルレアイト、ダイアモンド、アレキサンドライトが口に運び始めた。

 その間に、ルチルやセルレアイト、ダイアモンド、アレキサンドライトに付いて来ている護衛の人達にも同じものを渡す。

 皆、食い入るように見ていたので。

 護衛の人達も一斉に食べると、有事の際に守れないので、交代で、こちらも丁寧に、けれども素早い動きで食べ始める。

 私はとりあえず味見をしたし、空間収納魔法に自分用に収納しているので、兄達の表情を観察する。

 セルレアイトとアレキサンドライトは目を輝かせて食べている。

 ダイアモンドが一番分かりやすく、それぞれのお菓子を一口食べる毎に美味しそうに頬に手を当て、「ラピスラズリ卿、美味しいですわっ」と声を上げている。

 アレキサンドライトの手前、愛称で呼ぶのは憚れたのかな。

 それぞれ、食べ終わり、満足した顔で私を見た。


「……如何でしたでしょうか?」


 無表情だけど、恐る恐るといった声音で、私は三人に尋ねる。


「ラピスラズリ卿、とても美味しかった。ありがとう」


 アレキサンドライトが満面の笑みを浮かべて、私に言う。

 うん、私が聞きたいのはそうじゃない。


「あ、はい。お茶会のお菓子として、如何でしたでしょうか?」


「……さらりと流された……。どれも良いと思う。ただ、甘いお菓子と塩味のあるお菓子の両方を作った理由は何故だ?」


「女性も男性も、甘いお菓子が好きな方もいらっしゃれば、そうでない方もいらっしゃいます。特に、今回は殿下が取り仕切られ、殿下の婚約者を探すためのお茶会です。恐らくですが、今後も何度も婚約者を決められるためにお会いしたりすると思います。このご令嬢は甘いお菓子が好き、あのご令嬢は塩味のあるお菓子が好きと分かれば、会話の糸口にもなるかと思い、このようにしました」


「成程。だから、このようにしたのか」


 考えるような顔をしながら、じっと食べた後のお皿を見つめる。


「ラピスラズリ卿、この紅茶も同じ意図があるのか?」


「そうですね。通常の紅茶のより、変わった紅茶もあれば、話題性もあると思いますし、評価に繋がるかと思いました」


「俺のために……っ!」


 いや、第一王子のためじゃないからね。

 うちの商会の評価に、だからね。

 私の意図に気付いたのか、兄が話題を変えるために、ダイアモンドに問い掛ける。


「ガーネット公爵令嬢はこのお菓子、お茶会に出すとしたら、どう思います?」


「とても良いと思いますわ。お茶会で食べるお菓子に少々飽きる部分もあり、見たことがない、食べたことがない様々な種類のお菓子があるだけで、話題性はもちろん、王妃様やご令嬢方の殿下に対する評価にも繋がりますわ。それに、こちらを手掛けたのがコスモオーラ商会だと分かれば、アウイナイト公爵家の評価も上がるかと」


 扇を広げて、にっこりとダイアモンドは私を見つめる。

 将来の義理の姉は、私より商魂逞しいようだ。


「あ、私やコスモオーラ商会が手掛けたことについては敢えて秘密でお願い致します。ここでいきなり名前が広まるとこちらも販売が大変ですし、他の貴族の方々の目に留まれば、嫉妬や野心等で商会の従業員の身の危険もあり、非常に面倒なので。ですので、今回お出ししたお菓子のレシピは殿下に献上致します。ただ、我が公爵家で食べることはご了承下さい」


「それは構わないが、本当にいいのか? ラピスラズリ卿が考えたものだぞ?」


 心配そうにアレキサンドライトが私を見つめる。


「はい。構いません。ただ、時期を見て、販売させて頂けると有り難いです。私を含めて、コスモオーラ商会の従業員の身の安全が守られることを確認した後に、専売させて頂ければ構いません」


 専売、という言葉を聞いて、兄と第一王子は同時にニヤリと笑った。

 まだうちの商会はセキュリティの面で、万全ではない。売上金や機密情報を商会内に置くような馬鹿なことはしないけど、それでも盗みに入ろうとしている連中はしょっちゅう捕まっている。

 その度に、警邏隊の人達にお礼の料理やポーションの差し入れをしている。


「成程。そういう条件なら、俺も気兼ねなくお茶会のお菓子として出せるな。レシピに関しては、俺の専属の料理人以外には渡らないように、且つ、口外したら罪に問うように制約魔法を掛けよう」


「ついでにアウイナイト公爵家の料理長が敬愛している、アウイナイト公爵家の子息が考えたものと、殿下の専属料理人の方にお伝え頂けると尚良いかと思いますよ」


 アレキサンドライトの言葉に、セルレアイトが付け加えると、第一王子は同意するように大きく頷いた。

 何だろう……第一王子の専属料理人とうちの公爵家に関係があるのだろうか。


「ラピスに言ってなかったね。うちの料理長、殿下の専属料理人の師匠だよ」


 成程。それは第一王子の専属料理人にとっては恐い。私もその専属料理人だったら、震えていたに違いない。無表情だけど。


「ラピスラズリ卿。このお菓子全て、採用させてもらう。本当にありがとう。あと、この紅茶、とても美味しい。個人的に作り方を教えてもらえないだろうか」


 ミルクティーが気に入ったのか、私の方に真顔でずいっと寄せてきたアレキサンドライトに、セルレアイトがすかさず間に入ってきた。


「殿下。それは承諾出来ません」


 にっこりと冷たい笑顔で兄が、第一王子を牽制する。殺気を放っているが、それぞれの護衛達はいつものことなのか、微動だにしない。


「君には言っていないぞ、セルレ。俺はラピスラズリ卿に聞いている」


「そうやって凄んで、王子の権力を使ってラピスを王城に連れて帰ろうという魂胆でしょう? ラピスのお菓子、美味しかったので、専属にしたいとお思いでしょ、殿下」


 冷めた目で、兄は第一王子を見る。本当にシスコンだな、うちの兄。


「な、何を……! 俺はそこまで考えてはない。ゆ、友人にはなって欲しいと思ってはいるが……」


 友人って、兄と既に友人だろうに。


「成程。あわよくばを考えていらっしゃるのですね。最低です、殿下。私の弟は確かに可愛い顔をしてますが、男です。男色等、人の趣味嗜好を否定はしませんが、弟にも選ぶ権利があります」


「そんなことは言ってないだろっ!」


 何故か公爵家の子息に言い負かされそうになる第一王子の図を見せられながら、私はこの微妙な空気を打開すべく、声を出した。


「あ、こちらもレシピがありますので、一緒にお渡しします」


 一触即発になりそうだったので、私がそう伝えると、第一王子は脱力してしまった。


「……俺の言葉、貴女には響いていないのか……」


 ぼそりとアレキサンドライトは呟いた。

 それを何とも哀れな目で、セルレアイトとダイアモンドが見ていた。








 それから一ヶ月後、第一王子からお茶会の成功のお礼の手紙とドレス一式が届いた。

 手紙は当たり障りのない返事を書き、ドレス一式は丁重に返品した。

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