第7話 未来の悪役令嬢との出会い

 成り行きで作ることになったコスモオーラ商会があっという間に出来て、更に、私と母、妹のために作ったコルセット不要のドレスの反響が良く、あっという間に売り上げが右肩上がりで、ちょっと怖いなと思っている今日この頃。

 何故か私は、兄と妹に呼び出された。

 今日は男性の教養の日なので、私は男性の服を着ている。


「あの、セルレ兄上。ご用件はなんでしょうか?」


 目の前で、紅茶をゆっくり飲む兄と妹を無表情で見つめ、問い掛ける。


「由々しき事態だよ、ラピス」


「どういうことでしょう?」


「ラピスお兄様が裏のオーナーの、コスモオーラ商会が先日、出来ましたわよね?」


「そうだね。何故か、私が裏のオーナーになってしまったけど……」


「その商会のデザイナー兼、幹部のチャロアイト卿を引き抜こうと考えているところがあるみたいなんだ」


 それは確かに私にとっては由々しき事態だ。

 打てば響くという言葉のように、私が色々と案を出すと、チャロアイトはすぐ試作品を作って、そこからシルバーと共に一緒に改良してくれる、出来る人だ。

 多分、チャロアイトでないと、私の要望には応えられない。

 コスモオーラ商会になくてはならない存在だ。

 だが、チャロアイトが引き抜き先を選ぶのなら、私は快く送り出したい。

 引き抜き先に行ったとしても、時々、私の案の服を作ってくれるなら、尚良い。

 もちろん、コスモオーラ商会に居てくれるのが一番嬉しいけれど。


「それは私にとっては由々しき事態ですが、チャロアイト卿が望むことをしたいと思っています」


 私がそう言うと、意外だったのか兄と妹が固まった。

 どうやら氷の貴公子は、言葉で人を固まらせるスキルを覚えたようだ。てってれー。


「え? そこは普通、止めるんじゃあ……」


「気持ちがこちらにないのに引き止めても、良い仕事は出来ないと思います」


 むしろ、引き止めることでやる気が下がり、パフォーマンスは落ちる。

 それは意味がない。


「確かにそうだけど……」


「それはそれで、チャロアイト卿本人がどう思っているかを聞いてから動くのが良いかと思います」


「ラピスお兄様、大人ですわ……」


 まぁ、中身は社会人になって、数十年なので大人ではある。身体は子供、中身は……ゲフンゲフン。


「それで、引き抜こうとしているところは何処なのでしょうか?」


「ああ、うん。ガーネット公爵家の当主だよ。コスモオーラ商会が最近、右肩上がりの売り上げで、その功績がチャロアイト卿だと思って、彼に打診しているようだよ」


 父の執事のアイアンから教わったことだけど、ガーネット公爵家は我が家でもあるアウイナイト公爵家と並ぶ、トワイライト王国の四大公爵家の一つだ。

 ガーネット公爵家の当主夫妻と、私達兄妹の両親は友人同士で幼馴染みだと聞いている。

 その幼馴染みの中には国王、アイアンも入る。そう聞くと、権力万歳な幼馴染みグループだ。

 そんなガーネット公爵家の当主が何故、友人である父が支援しているコスモオーラ商会のデザイナー兼幹部のチャロアイトを引き抜こうとしているのだろうか。

 父に聞いたら分かることなのだろうか。

 どの貴族とも交友関係がなく、公爵家から一度も出たことがない私からするとどうにもならないことだけど。


「チャロアイト卿の確かに功績ですけれど、ラピスお兄様の提案がなければ商品化にはならないですし、売るのもシルバー商会長がいないと捌くこともできないでしょうに、ガーネット公爵家は何を思って、チャロアイト卿だけですの!」


 アメジストがチャロアイトだけ、引き抜こうとしていることに憤慨している。

 言われて気付いたけど、私とシルバー、チャロアイトの三人で、コスモオーラ商会は成り立っている。誰かがいなくなると立ち行かなくなる、三位一体というやつだ。

 そういうことでも、チャロアイトはなくてはならない存在だし、年上だけど、何故か気の合う、相談事も聞いてくれる頼りになるオネエさんだ。

 でも、こちらの都合だけで、進めるのもいけないし、やはりチャロアイト本人に意思を確認するのが重要だ。


「怒ってくれてありがとう、アメリ。とりあえず、これからどうするのかも含めて、シルバー商会長とチャロアイト卿に聞いてみます」


 心配する兄と妹に言うと、ニート中の表情筋が珍しく微笑みに動いた。

 微笑んだ私を見て、兄と妹の顔が赤らめる。


「セルレお兄様、ラピスお兄様からご褒美を頂きましたわ」


「一ヶ月振りだな、アメリ」


 兄と妹が、私の侍女と護衛のようなことを言い始める。

 そっか、笑ったの一ヶ月振りなのね。

 それはそれでどうなんだ、氷の貴公子。

 セルフでツッコミしつつ、表情筋を動かすマッサージとかした方がいいのだろうか。

 学園で攻略対象からドロップアウトしたいから、無表情のままの方がメリットがあると考え、マッサージをしなかったけど、アウイナイト公爵家ではせめて表情筋は動かした方がいい気がしてくる。

 そういう相談事にも乗ってくれるオネエさんは、本当に頼りになるのだ。









「……成程ね、確かに笑うのは良いことよ? ラピス様の顔は特に綺麗なんだから、笑った方が周りも笑顔が絶えないはずよ」


「まぁ、ラピス様は四大公爵家の一つで貴族筆頭のアウイナイト公爵家。しかも、父君は宰相閣下となるとこれから学園に入学すると言い寄ってくる連中も増えてくる上に、ずっと笑っていると下に見始めるヤツも出て来るからな。そういう意味では、無表情も良い防御策ではあるよな」


 公爵邸に来てくれたシルバーとチャロアイトが私の話を聞きながら、答えてくれる。

 二人共、私の事情を理解してくれた上に、頼りになるお兄さんとオネエさんだ。


「特に、私は戸籍上は男性で、実際は女性なので、婚約者を作る訳にもいきませんから、無表情で防ぐしかありません。学園に行かずに、このまま公爵領にいた方が良いと思うのですが、貴族筆頭の公爵家の息子の我儘と思われると、家族に迷惑が掛かりますからね。学園には行かないといけないと思っています」


 攻略対象から外れたいんだけどね。学園に行かなければ、あっさり外れるのに。


「私としては恋するラピス様も見たいのだけど、難しい問題だわね。戸籍上は男性なので、男性と恋となると相手方も噂になるし、じゃあ、女性となると実際は女性だから、ラピス様の性格からすると後継ぎの面も含めて申し訳ないと思うだろうし。無表情のままがいいのか、笑った方がいいのか、答えが難しいわ」


 チャロアイトがうーんと唸る。

 何故、こんな話になっているかというと、表情筋のマッサージを軽くしようとしていたところを、商会の売り上げ報告等をしに来てくれたシルバーとチャロアイトに目撃されたからだ。

 本当はチャロアイトの引き抜きの話をしようと思っていたのに、恋や婚約云々の話になってしまった。

 私の中では恋だの、婚約だのしないという結論に至っているのだが、他の人達、特に家族やチャロアイトは私も恋をすると思っているようだ。

 残念ながら、前世の氷の女王は推しの氷の貴公子に恋しているので、他はノーサンキューだ。

 そこでふと思うけど、この考えだと、傍から見ると自分大好きな人になっている。

 推しが痛い人になってしまう。

 それは困る。


「すぐには結論が出ないことは分かっていますので、追々考えていきます。それはそれで話は変わりますが、アイちゃん、引き抜きのお話が出ているそうですが、大丈夫ですか? 困っていませんか?」


 チャロアイトを相変わらずの無表情で見ると、驚いた表情をしている。


「……もう、その話がラピス様にまで来ているのね。安心して、ラピス様。私はコスモオーラ商会から離れるつもりもないし、何処にも行かないわ。私の方からラピス様の専属デザイナーになりたいってお願いしておいて、他のところにホイホイ行くなんてそんな薄情ではないわ」


 チャロアイトの言葉に、シルバーも緊張していたのか、ホッと息を吐いている。

 かくいう私もホッとしている。無表情だけど。


「良かった。安心しました。アイちゃんとシルバーさん以外には、私が考えた服の案を教えたくなかったので」


 他のデザイナーに教えてもきっと私の意図を汲んではくれない。

 チャロアイトだから、意図を汲んで作ってくれる。むしろ、意図を汲んだ上で、アレンジ等を加えてそれ以上のものを作ってくれる。


「ラピス様、もう、何て健気なの?! 私とシルバー、あとアウイナイト公爵家の皆様と一緒にラピス様はお守りするわ! 何処の馬の骨とも知らない野郎共に、ラピス様を奪わせないわっ!」


 ぎゅっとチャロアイトは私を抱き締め、隣ではシルバーがうんうんと頷いている。

 引き抜きの話から、何でそんな話になっているんだろう。

 というか、話が何故戻ったのだろうか。

 もう一度、引き抜きの話に戻すべく、抱き締められながら、チャロアイトに私は聞いてみた。


「アイちゃん、何故、ガーネット公爵家はアイちゃんを引き抜こうとしているのでしょうか?」


「私も詳しくは教えてもらえなかったけど、聞けた話によると、ガーネット公爵家のご令嬢が私を希望して、ご当主が代表して引き抜きの話を打診して来たのよ。ラピス様の専属だからというのもあるけど、ちゃんと理由を言わなかったから元々、断るつもりだったの。まさか、断る前にラピス様のところまで話が行っているとは思わなかったけど」


「兄と妹から聞きました。私は公爵家から出たことがないので、外の話は家族や公爵家の使用人達、アイちゃん、シルバーさんくらいしか聞けないので」


 自分で言いつつ、自分が不憫に思われるのではと感じる。

 性別が逆転して五年経っているとはいえ、ボロが出る訳にもいかないので、自分で公爵邸に引き籠もっているだけだ。

 それに、うっかり外へ出たら、第一王子に出会し兼ねない。


「学園に入学するまでは、自主的に公爵邸からは出ないつもりです。ボロが出て、うっかり女性とバレそうなので」


 バレてもいいのだろうけど、それはそれで面倒臭そうだし。


「ラピス様の気持ちも分かるが、外を知るのもいいと思うぞ。意外と商会で出す商品の案が浮かんだりとかさ」


「シルバーさんもそうなのですか?」


「俺? そうだな。俺は侯爵家の次男だった時も家からよく抜け出して、流行りとかを調べたりしてたな」


 そういう意味では確かに、商品の案が浮かんだり、前世で使っていた物とかを思い出すきっかけにはなる。

 でも、何よりもリスクだ。

 こういう、今まで引き籠もっていた氷の貴公子が街に出たら、何かのトラブルに巻き込まれたり、それこそ第一王子にエンカウント……ということが起きそうだ。所謂、フラグだ。


「ラピス様、そんなに心配なら、せめて公爵領の領都にあるウチの商会まで出掛ける、から始めたらいいんじゃない? 不安なら私もシルバーも一緒に行くわよ? それにラピス様の侍女のルチルちゃんと護衛のジャスパー君もついて来るだろうし、安心だと思うけど」


 チャロアイトがにこやかに提案すると、私の近くに立つ、ルチルとジャスパーがうんうんと何度も頷いている。


「皆さんが来るのは確かに安心なのですが、両親が許可を下さるかどうか……」


「……ラピス様、実は、閣下からもう許可を頂いているんだ」


 シルバーが言いにくそうに、私を見る。

 え、いつの間に?!

 驚いて、と言っても、相変わらずの無表情でシルバーを見る。


「ラピス様があまりにも外に出たがらないから、心配されていたみたいよ。サファイア様からも領都にある商会まででもいいから、連れて行って欲しいってね」


 チャロアイトがウインクしながら、私に言う。

 公爵邸、とっても居心地が良くて、書庫の本も豊富でまだ読み切れていないし、自分の欲求が完結出来る場所だから困らないと言いますか。しかも、商会の仕事もチャロアイトとシルバーが来てくれるから、とにかく引き籠もりにはとても良い家だ。

 ……そう考えると、駄目人間な考え方じゃん。

 よし、引き籠もりをやめて、プチ引き籠もりくらいに留めよう。


「……そうですか。許可を頂けているなら、行きましょう。コスモオーラ商会がどんなところなのか見てみたいです」


「じゃあ、早速、今から行きましょ、ラピス様」


 にっこり笑って、チャロアイトは立ち上がった。









 公爵邸から出て、私とチャロアイト、シルバー、ルチル、ジャスパーの五人で、アウイナイト公爵領の領都にあるコスモオーラ商会へ馬車で向かうことになった。のだが、何故か兄と妹が、同じく馬車でコスモオーラ商会で待っていると公爵邸を出る前に連絡が入った。所謂、現地集合。

 ……色んな意味で、意味が分からない。


「恐らく、お二人共、ラピス様との初お出掛けをしたかったのではないかと……」


 無表情で考えていると、ジャスパーが私の疑問に答えた。

 無表情の中から、思考を読み取るのを怖いからやめてくれないかな。

 そう思ったけど、彼等なりの私の意思の汲み取ろうとする方法なのだとも思うので、あまり言及出来ない。

 慣れるしかないのか。

 とにかく、兄と妹はどうやら私の初めてのお出掛けをしたかったようだ。それも現地集合で。

 デートか!


「そ、そうなんだ……。家族や友人とお出掛けが楽しいのは分かるけどね」


 そう言って、馬車の窓から外を覗く。

 アウイナイト公爵領の領都の中央には、噴水がある。ちなみに、王都の中央にも噴水があるそうだ。

 どの都にも噴水があるのだろうか……。

 その領都の中央の噴水の周囲には露店が並び、噴水を中心に六つの道が伸びている。

 六つの道の先は、公爵領を支える貴族達が住まう家、領都に住む領民、商店や飲食店等の商業関係、役所や図書館等の公共施設、神様を祀る教会、騎士や憲兵と冒険者ギルドがそれぞれの道にある。

 今回、私達が向かう場所は、領都で一番賑わうという商業関係がある道だ。

 賑わうというのもあり、道路は広く、馬車数台が通れる。

 馬車が何台も毎日通るので、砂塵が舞わないように、平らな敷石を敷き詰めた石畳でしっかり道路は整備されている。

 他の領や街は整備されていないところもあるという。

 今後、もし行くことがあるかもしれないので、馬車の座るところの改良とかしたらどうだろうかと考える。

 ……だって、家から出て十分そこらで、腰とお尻が痛いんですけど!

 公爵家の馬車でそれなら、領民が乗る馬車はそれ以下だ。

 男も女……いや老若男女問わず、腰とお尻は大事だよ?!

 サスペンションか!? クッションか?! それとも、馬車の材質か?!

 その辺りを改良すれば、私の腰とお尻は守られる、のか……?

 よし。今度、魔改造しよう、うん。

 前世の記憶、総動員だ。

 こっちに来い、前世の記憶、集合だよ! 来たるべき時が来た!

 来たるべき時って、何だ、それ。

 心の中でセルフツッコミをしながら、無表情で外を見つめていた私に、ルチルが不安げに声を掛けてきた。


「ラピス様、初めてのお出掛けで、ご不安ではありませんか?」


「いや、大丈夫だよ、ルチル」


「でも、少し、不安……いえ、鬼気迫る気配を感じました。無理なさっていませんか?」


「無理はしてないよ。鬼気迫る気配……というのは、うん、馬車の改良が出来ないかなと思って」


「え、馬車の改良? どういう風に」


 一緒に公爵家の馬車に乗っているシルバーが少し身を乗り出して聞いた。

 商品になると思ったのか、少し目が輝いている。


「初めて、馬車に乗って思いましたが、腰とか痛くありませんか? それを改良すれば、長旅も楽かなと」


 どのみち、三年後の十三歳になると、王都の学園に行くことになる。

 しかも、公爵領と王都は近いので、馬車で通いだ。来年、通うことになる兄も馬車通いになる。

 たった十分でこの痛みなら、王都までの距離だと、いくら鍛えているとはいえ、私は馬車から降りられない。

 慣れろと言われるかもしれないけど、無理。いつかどころか、一日で私の腰とお尻が悲鳴を上げる。

 そうならないために、魔改造する。


「その話、詳しくお伺いしても?」


 シルバーの目が変わった。微妙に口調も変わっている。


「その話は後にしなさい、シルバー。貴方、本当に商品になると思ったら、目の色を変えるわよね。ラピス様がびっくりなさるわよ。それに、もう商会に着くわよ」


 溜め息を吐きながら、チャロアイトがシルバーを止めてくれた。

 残念そうな顔をシルバーがしている。

 後で、話すから待って欲しい。それまでに前世の商品や馬車関係の記憶、カモン。

 チャロアイトが言う通り、アウイナイト公爵領の領都に構えるコスモオーラ商会の前に着いた。

 ……意外と、いや、思っているより大きかった。

 それが、店構えを見た、私の感想だった。

 こう、こじんまりとしたお店のイメージだったのが、実際は結構広い。何というか、前世の昔ながらの駄菓子屋さんくらいのイメージが、大手のスーパーくらいの広さだった。

 ……そうだよね。貴族筆頭のアウイナイト公爵家が支援している商会だから、広いし大きいよね。

 スペースも貴族用と一般人用と分けているから、広さは十分みたいだ。今後も他の商品を売る予定だし。

 店内ではコルセットなしのドレスやレインコート、お弁当箱、ついでに料理を販売している。

 料理はレシピではない。そのままの料理だ。

 売っているのは、サンドイッチ、ハンバーガー、ホットドッグ、焼き鳥……等、その場で歩きながらでも食べられる物だ。

 お弁当箱はその場で食べられる物を持ち帰る時用だ。

 そのお弁当箱をまた持って来てくれたら、お弁当箱代を引いた料金で売っている。

 ちなみに、ハンバーグは国王にレシピを献上したので、出すのはもう少し後になる。

 ハンバーガーの中に、ハンバーグがあるが、献上している手前、大きさはかなりの小さめにしている。

 商会でハンバーグを出す時に、ハンバーガーの中のハンバーグもしれっと大きくしようと思っている。

 それに、ハンバーグとハンバーガーは違う料理だ、と心のなかで言い張る。

 商会の料理を作っているのは、アウイナイト公爵家の料理人と、商業関係の中でも飲食店を営んでいる人達だ。

 既にある飲食店の売り上げが下がるのも申し訳ないので、一緒に作り、お互いの店で売り、お互いの店で使える割引券を渡すというのを提案すると、シルバーが話を取り付けてくれたことで、今のところは飲食店の人達との関係は良好らしい。

 そんな商会の前に、兄と妹が堂々とした佇まいで立っていた。

 人々が通り過ぎる度に、貴族が何故、そこにと言いたげな、不思議そうな顔をしている。

 あまりにも堂々としているし、そんな視線の中を通って兄と妹のところに行かないといけないと思うと、何故か私は他人の振りをしたくなった。

 そういう訳にもいかないので、仕方なく私は兄と妹の方へ向かう。後ろを侍女、護衛、商会長、デザイナーが続く。


「セルレ兄上、アメリ。お待たせしました。遅くなってごめんなさい」


 無表情は相変わらずなので、嬉しそうな声音で兄と妹に声を掛ける。


「ラピス! 家ではなく、外にいるラピス、新鮮だ……」


 何故か、感慨深げに私を見つめ、兄が両手で顔を覆った。


「ラピスお兄様、気にしないで下さいな。待つのも醍醐味ですもの!」


 兄とは裏腹に、妹は気遣いの言葉を告げて、微笑む。可愛いし、この子は将来、モテる気がする。


「ラピス、コスモオーラ商会、初めてだよね? 私とアメリで案内するよ」


 さぁ、こちらだよと兄の先導で、コスモオーラ商会の中に入ろうとした時に、背後から悲鳴が響いた。

 振り返ると、私やアメジストくらいの年頃の貴族の令嬢が大人の男三人に囲まれ、手を引っ張られているところだった。

 男三人は如何にもならず者な格好で、貴族の令嬢を誘拐する気のようだ。護衛、何処に行った。

 アウイナイト公爵領の領都で、貴族の令嬢が誘拐だなんて、宰相の父の名に傷が付くし、何もせずにむざむざ誘拐されるのを見ていたというのも、アウイナイト公爵家の沽券に関わる。

 というか、私が許せない。

 なので、護衛のジャスパーや兄、シルバーが動く前に、素早く動いて、貴族の令嬢の手を掴んでいる男の手を捻った。

 十歳の私でも、常時、身体強化魔法を掛けているおかげで、ひょいっと軽く捻ることが出来た。身体強化魔法、万歳だ。

 捻ったことで、掴んでいる男の手が外れ、貴族の令嬢を私の後ろへ回す。


「いててて……っ! 誰だ?!」


 手を捻られ、声を上げて、男が私を見る。


「……誰だと聞く前に、自分が名乗るのが礼儀でしょう」


 相変わらずの無表情で、思ったよりも低い声で返す。誰だって聞くのって、テンプレだよねー。

 私の返答があまりない答え方だったのか、貴族の令嬢の手を掴んでいた男が言葉に詰まり、他の男が吠えた。


「よく見たら、お前も見目の良い貴族のガキじゃないか。お前くらいの年頃だと、男でも女でも良いっていうヤツもいるから、後ろの嬢ちゃんと一緒に連れて行こうか」


 男達の中では、私も一緒に連れて行くこと決定のようで、剣や短剣を構えて私の方ににじり寄ってくる。


「……子供だからと甘く見るのは分かりますけど、大の大人が女子供に手を出すのはどうかと思いますけどね。子供に対して、模範となるべき大人の姿ではありませんよね」


 初外出で起きるのも含めて、よくあるテンプレだよねと思いつつ、私は溜め息を吐きながら氷の魔法で作った剣を構える。

 氷の貴公子なので、氷の魔法を使ってみると、相手は早速怯んだ。早い早い。

 怯むのならちょうど良いので、そのまま速攻で氷の剣で、相手の剣を一人ずつ弾き飛ばす。ついでに、氷の魔法で首から下を氷漬けにして拘束した。

 ……あっさりだったかな。


「ラピス、大丈夫……だね。強いね」


 兄が呆然と私を見る。


「……相手が弱すぎです。私はそんなに強くありません。子供だからと侮っても、もう少し相手を見て動いて欲しいですね」


 無表情で呟き、氷の剣を消す。

 そして、貴族の令嬢に顔を向ける。


「怪我はありませんか? 大丈夫でしたか?」


 蜂蜜色の髪、花緑青色の目の、私やアメジストくらいの年頃の貴族の令嬢に、無表情だが、心配そうに声を掛ける。


「あっ、少し、手首が痛いですが、大丈夫ですわ。助けて頂き、ありがとうございました」


 カーテシーをして、貴族の令嬢は私に微笑む。

 その笑顔に、何故か既視感を覚える。


「先程、手首を掴まれてましたよね?」


 ちらりとシルバーに目を向けると、彼も頷いてこちらに来た。


「ご令嬢、もし宜しければ、中で確認しても宜しいでしょうか?」


 シルバーが貴族の令嬢に声を掛けると、彼女は小首を傾げる。


「中? 中とは何処でしょうか?」


「私はこのコスモオーラ商会の商会長のシルバー・マラカイト・クリソコーラと申します。中でご令嬢にお怪我がないか確認しても宜しいでしょうか?」


 恭しく、シルバーが貴族の令嬢に声を掛ける。完全に商会の商会長仕様だ。

 シルバーの変わり身に、心の中で拍手を送っていると、貴族の令嬢が不安げに私を見て来た。


「……ご不安なら、私と手を繋ぎますか?」


 右手を差し出すと、貴族の令嬢はホッとした表情で、男に掴まれなかった方の手を私の右手に乗せた。


「ジャスパー、この男の人達を憲兵に突き出しておいてもらえる?」


「分かりました! お任せ下さい」


 ジャスパーがいい笑顔を浮かべ、氷漬けの男達を足で転がしながら、憲兵の屯所に向かった。

 そして、私がエスコートする形で、コスモオーラ商会に入る。

 中に入ると、ドレスやレインコートのコーナー、料理やお弁当箱のコーナーでそれぞれ分かれており、お客さんも結構いる。

 ドレスやレインコートは色別に並んであり、私の要望で入れてもらったフィッティングルームも備え付けてある。

 料理は外からも見えるように窓際に並べてあり、その隣に無地や柄別にお弁当箱が並んでいる。

 商品の数は少ないが、一般の人々にもそれなりに売れているようで、ホッとした。

 特に料理は時間もお昼時ということもあり、ほとんど売れている。ハンバーガーはもうなかった。

 シルバーの先導で、店内の奥へと進み、商談の時に使うような部屋に着いた。

 部屋の中のソファに、貴族の令嬢を連れて行き、座ってもらう。


「手を拝見してもいいですか?」


 私が声を掛けると、安心した笑みを浮かべ、頷いて、貴族の令嬢は男に掴まれた右手首を見せてくれた。

 見ると、男の手の形で跡が残っている。

 隣で、兄が眉を寄せ、妹が痛ましい表情を浮かべている。

 貴族の、恐らく、公爵や侯爵等の高位の令嬢と思われる少女の手に、数日とはいえ最低な男の手形を残すのは嫌だと思うし、家族も心配だと思うので、提案する。


「今から、回復魔法を掛けても宜しいですか?」


 ソファに座る貴族の令嬢の前に膝をつき、彼女を見上げる形で問い掛ける。表情は相変わらず仕事はしないけど。

 貴族の令嬢は申し訳なさそうに頷く。


「では、掛けますね」


 そう断ってから、無詠唱で回復魔法を掛けると、すぐ手の跡が消える。

 しっかり消えたのを確認して、貴族の令嬢を見上げる。


「痛みはありますか?」


「ないですわ。ありがとうございます」


「良かったです。あ、申し遅れました。私はアウイナイト公爵家の次男、ラピスラズリ・シトリン・アウイナイトと申します」


 そういえば、自己紹介していなかったなと思い、挨拶すると、貴族の令嬢がギョッとした表情で私を見た。


「えっ、貴方がアウイナイト公爵家の次男のラピスラズリ卿なんですの? 申し訳ありません、てっきり女性の方かと……」


 まぁ、女性で合ってるんだけどね。

 戸籍上は男性なだけで。

 推しの顔は元々、女顔なので男性の服を着ていても、男装の麗人になるんだよね。

 というか、女性であることを隠しきれていないのだろうか。

 学園までには、無表情でどうにか男性と思わせることは出来ないだろうか。それか、牛乳を飲みまくって、身長を伸ばすしかないか。


「ほとんど、パーティー等には出ていないので、仕方のないことです」


 何せ、今日が初めてのお出掛けなので。


「わたくしの方こそ、申し遅れました。わたくしはガーネット公爵家の次女、ダイアモンド・プラチナ・ガーネットと申します。先程は助けて下さり、今も回復魔法で癒やして下さり、ありがとうございます」


 ソファから立ち上がり、カーテシーをして貴族の令嬢――ダイアモンドが微笑んだ。

 ダイアモンドでプラチナでガーネット。豪華なお名前だなぁ。

 そこで、私は思い出した。

 この子、乙女ゲームの悪役令嬢の一人じゃん。

 ヒロインには申し訳ないけど、乙女ゲームのヒロインより可愛いなと思っていた子だ。

 悪役令嬢ではあるけど、王太子の婚約者ではなく、私の兄、セルレアイトの婚約者で、私と同い年だ。

 実は悪役令嬢は二人いる。

 一人は王太子の婚約者になる人。もう一人は私の兄の婚約者になる人だ。

 推しの氷の貴公子ルートしか、じっくりプレイしていないから、よく分からないが、何処で悪役令嬢なことをしたのだろうかというくらい、兄の婚約者になる人は悪いことをしてない。

 というか、推しのルートでは、兄の婚約者で義姉になるので、推しとプレイヤーでもあるヒロインには友好的な関係だった。

 兄のルートになると、悪役になるみたいだけど。

 では、推しの氷の貴公子のルートの悪役令嬢は誰かというと、いない。

 推しのルートが難しすぎて、悪役令嬢がいても恋愛ルートのエンディングにならないことが多いし、初見どころか何周目でも恋愛にならないので、いなくてもよくなったと、設定資料集で読んだ。

 推しの好感度ってどうなってるんだ。

 私も推しのことは言えないけど。

 それはさておき、目の前のご令嬢がチャロアイトの引き抜きをしようとしているのだろうか。


「ガーネット公爵家のご令嬢でしたか。いつも、父と母がお世話になっています」


 ガーネット公爵家の当主夫妻と私達の両親は友人同士なので、一応、そう返してみる。


「こちらこそ、両親がお世話になっていますわ。あの、ちょうどアウイナイト公爵令息やコスモオーラ商会の商会長様、チャロアイト卿もいらっしゃるのでお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」


 ダイアモンドが兄とシルバー、チャロアイトを順に見ながら、問い掛ける。


「何でしょうか? ガーネット公爵令嬢」


 笑みを浮かべて、兄がダイアモンドに聞き返す。


「チャロアイト卿を貸して頂けませんか?!」


 ……ん? 何故、その話を兄に?

 ダイアモンドと兄を交互に見つつ、チャロアイトにも目を向ける。

 チャロアイトは目が点になっている。


「父から聞きました。コスモオーラ商会はアウイナイト公爵家が支援している商会で、裏のオーナーがアウイナイト公爵令息だと」


 惜しい! 確かにコスモオーラ商会は公爵令息が裏のオーナーだけど、兄ではない。

 それは私だ。

 返答に困った兄が、ちらりと私とシルバー、チャロアイトを見る。

 私は小さく頷くと、兄は困ったように息を吐いた。


「コスモオーラ商会の裏のオーナーは私ではなく、弟のラピスラズリです」


「えっ、そうなんですの?!」


 驚いた表情で、ダイアモンドが私を凝視する。


「そうですね。一応、私が裏のオーナーです。出来れば、内密にして頂けると助かります。ところで、チャロアイト卿を貸すというのはどういうことでしょうか?」


「助けて下さったご恩もありますし、内密に致しますわ。チャロアイト卿を貸して頂きたいという理由は、その、ある服を作って頂きたくて……」


「服、ですか?」


「はい。わたくしの母が今、妊娠中なのですが、お腹があまり目立たない、けれど、あまり締め付けることのないようなドレスを作って頂きたくて……。他のデザイナーの方はいい顔をされなくて……。チャロアイト卿なら、コルセットのないドレスとかを作っていらっしゃるから、作って頂けるかと思って」


「すみませんが、ガーネット公爵令嬢。あのドレスの元々の案はラピスラズリ様が出されたもので、私はその案を元に、作りました」


 チャロアイトがそう答えると、ダイアモンドは目を見開いた。


「え、では、ラピスラズリ卿が考えたものなんですの? では、どうすれば……」


 溜め息混じりにダイアモンドが答えるのを見ていると、兄、シルバー、チャロアイトが私の方に目を向けてくる。妹も目を向けてくる。


「……ガーネット公爵令嬢。母君の出産予定はいつですか?」


 複数の視線に、だんだん居た堪れなくなり、問い掛けた。


「半年後の秋を予定していますわ」


 ダイアモンドが不思議そうに答えて、私を見る。

 ということは、彼女の母親は今が春なので妊娠して大体、五ヶ月から六ヶ月。確かにお腹が徐々に大きくなる。

 前世の、妊娠した友人のことを思い出しながら、服装を考える。

 ゆったりとした、けれどもお腹に負担があまりかからないようなドレス。あと、腹帯とかあるとお腹にも腰にも少し楽だよね。

 そのドレスも妊娠後期まで使えるといいよね。

 何となく、案は出来た。

 チャロアイトに相談してみよう。


「チャロアイト卿、紙と書くものはありますか?」


「もちろん、ありますよ」


「……少し貸して頂けますか」


 余所行き仕様のチャロアイトに、相変わらずの無表情のままだが、内心驚きつつ言うと、笑顔で渡してくれた。

 その笑顔は、「どんなものを描くのよ、ラピス様」と言いたげだ。

 渡された紙とペンでさらさらと迷いなく描いていく。デザイナーではないので、下描きだけ描いてあとは、チャロアイトに任せようと思う。

 前世でたまたま服の通信販売の雑誌で見た、大人っぽいイメージの、所謂マタニティドレスを描いて、チャロアイトに見せる。


「……このようなドレス、作れますか? チャロアイト卿」


 チャロアイトに渡すと、周りに兄、妹、ルチル、シルバー、ダイアモンドが覗く。


「――ラピス様。後で、詳しくお聞きしても?」


 余所行き仕様のチャロアイトの目がぎらりと光った。作れるようだ。


「構いませんよ」


「ラピス様、着られるのは公爵夫人ですが、生地はどんな感じのものがいいです?」


 シルバーが懐からメモを取り出し、私に聞く。


「艶のあるものだと、高級感があっていいですね。かつ、伸びる素材がいいかと思います。絹とかでありますか?」


「探してみましょう」


 ニヤリとシルバーが笑った。見つかりそうだ。


「えっ、あの、お待ち下さい。あの、ラピスラズリ卿、作って下さるのですか?」


 ダイアモンドがぽかんとした表情で、私に聞く。


「あっ、すみません。ついいつも商会でしている流れで進めてしまいました。ガーネット公爵令嬢、コスモオーラ商会に注文、という形でいいですか? 

あと、色とかドレスのことで何か、ご希望はありますか?」


 さくさくいつものように製作する時と同じに進めてしまい、発注希望のダイアモンドを放置してしまったことに気付き、無表情だが慌てて、尋ねる。


「作って下さるのですか?!」


「断る理由がありません。ガーネット公爵夫人は私達の両親と友人です。困った時はお互い様です。それに、妊娠中の女性は心身共に大変だと聞いたことがあります。少しでもお力になれたらと思います」


 前世の友人も妊娠中は大変そうだった。お腹が大きくなると動きにくそうだったし、ちょっとした段差も恐る恐る歩いていたし、悪阻やお腹の張りとか、食べ物も食べられないものとかもあるらしく、見ていてこちらが心配だった。その友人も無事に出産したし、ダイアモンドの母親も無事に出産して欲しい。

 前世もそうだったけど、今世でも予定はないので、私は出産する女性の少しでも力になりたい。

 そして、出来れば、赤ちゃんの頬を触らせて欲しい。

 赤ちゃんの頬、柔らかくて、ぷにぷにしてて触りたいんだよ!

 何よりも、赤ちゃんは可愛いし。

 ……はっ。思考が逸れた。


「ラピスラズリ卿、ありがとうございます」


「いえ。それで、どうでしょうか? チャロアイト卿を引き抜きではなく、注文という形でいいですか?」


「はい。わたくし、分かりましたわ。ラピスラズリ卿、チャロアイト卿、シルバー卿の三人で商会が回っていると。どなたを引き抜いても、きっと良い物は出来ないと先程の動きを見て、分かりましたわ。ガーネット公爵家当主の代理として、注文させて下さい。宜しくお願い致します」


 にっこり微笑んで、ダイアモンドは了承した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る