第6話 商会長と商品

 私は現在、耐えないといけないことに直面している。


「ラズリ様、いきますよっ、と!」


 ルチルから気合の入った声と共に、力を入れられる。


 ぐえっ!


 危うく、口から蛙が潰れたような声が漏れるところだった。

 顔はいつもの無表情だ。

 無表情なのに、蛙が潰れたような声だと、聞く者によっては多分怖がられる。多分。

 私は現在、ルチルに手伝ってもらってドレスに着替える最中で、コルセットの紐を彼女に後ろから引っ張ってもらっている。

 コルセットって、滅茶苦茶、引っ張らないといけないのね……。

 なかなか慣れない。

 前世でも、結婚式ではウェディングドレスを着る時に場合によってはコルセットをすることがあると、後輩の女の子が話していたが、私には縁がなかった。

 今世でも縁がないはずだった。男から女に性別が逆転しなければ。

 今日は女性の教養を学ぶ日だ。

 なので、朝からドレスを着て、ダンスや音楽、刺繍、女主人になった時のための勉強等を学ぶ。

 両親の提案で、週に二日女性の教養の日を設けているけど、どちらかというと私には男性の教養の方が性に合っていると思う。

 前世は女性だったが、女性らしいことをした記憶がほとんどない。

 唯一していたのは、仕事の事務員の制服でスカートを穿いていたくらいだ。

 それ以外はジャージかパジャマでしたが?

 ほとんどが仕事だったし、滅多にない休日は疲れて寝ているか、ベッドの上で乙女ゲームをしているかどちらかの破綻した生活だった。仕事がブラック過ぎて、自由な時間がなかったので!

 そんなドハマりしていた乙女ゲームの世界の推しに転生するとは思わなかったけど。

 その推しも何故か、男性から女性に性別が逆転するとは思わなかったけど。

 前世の私と今世のラピスラズリの記憶と感情もほとんど混ざり、お互いこれが自分だと思えるようになった。

 根本的なところも似ているようで、人の話を全く聞かない、通じない人が男性であろうが、女性であろうが大嫌いということ、理不尽な要求をしたり、押し付けてくる人を受け付けられないこと。

 例えるなら第一王子。

 乙女ゲームではメイン攻略対象キャラクターだった気がするけど、あんなに残念だったのか。知らなかった。

 あんな残念王子より、前世の推しのラピスラズリの方が比べようもないけど、紳士じゃん。イケメンじゃん。

 顔が母似の女顔ですが!

 おかげで、今着ているドレス姿でも似合ってますよ!

 流石、私の推し。女性のドレスも着こなしている。辛い。十歳の推しが女装してる……。仕方ないけど!

 瑠璃色の髪も腰まであるので、ルチルが綺麗に結ってくれる。

 髪型は太めに両サイドを編み込みし、後ろで一本の編み込みになるような形で纏めてくれた。

 ドレスは母と兄の髪と同じ紺碧色のスレンダーラインで、上はハイネック、袖はロングスリーブ、下はギャザースカートだ。

 首元と腕を隠しているのは、一応、剣を習っているし、身体強化魔法を使っているとはいえ、剣を振っているため、筋肉が女性と違うところに付いている。顔と腕の筋肉のギャップが酷いので誤魔化すためだ。

 そして、十歳でもコルセットっているのか?

 まだ成長途中で、身体も出来ていないのにコルセットはあまり宜しくないと思う。そういう専門な知識はないけど。

 コルセットが不要なドレス、ないの……?


「…………」


「ラズリ様、どうしました? 何か髪型で気になるところがありましたか?」


 無表情で鏡を見つめ、考えていると、ルチルが不安げに聞いてきた。


「いや、ないよ。ルチルの仕事はいつも完璧だよ。いつもありがとう」


「そ、そんな、ラズリ様。いきなり仰られると照れるじゃないですか! 私こそありがとうございます」


 真っ赤な顔で照れながら、ルチルは笑った。


「では、どうして考え込んでいらっしゃったのですか?」


「……コルセットが不要で、今着ているドレスと変わらないのを作れないかと思って……」


「えっ、そのようなドレスがあるのですか……?」


 まぁ、前世でもあったし、いけるんじゃないだろうか。凄腕デザイナーがいれば。うん。


「も、もしそのようなドレスが出来れば、お着替えがとても楽になります! 是非とも、作って頂ければ嬉しいです」


 ルチルは侍女としてコルセットを引っ張るのに力がいるし、主人である私に申し訳なかったらしい。

 ただ、常時、身体強化魔法を使っている私はそこまで踏ん張らなくていいので、母や妹に付いている侍女と違って、そこまで力を入れなくて済んでいたそうな。


「ラズリ……今、何て言いましたの……?」


 背後から、母の声が聞こえた。


「お母様……?」


 現在、女性の姿なので、母上ではなくお母様と敬称を変え、振り返る。


「ラズリ、今、コルセットが不要なドレスがあると言いましたの?!」


「はい、言いましたが……」


「それは、どうすれば手に入りますの?!」


「デザイナーや洋裁師、縫製が出来る人がいれば作れると思いますが、してくれるかどうかは……」


 珍しいことに乗ってくれる人がいれば、コルセットが不要なドレスは作れる。

 ただ、私はこのアウイナイト公爵邸から一度も出たことがない。

 更に、この無表情な氷の貴公子に臆することなく、会話をしてくれるかどうか……。


「あら、デザイナーや洋裁師、縫製が出来る人がいれば作れるの? 一人いるけど、呼んで話してみる?」


「お母様がもし宜しければ、お願いしたいです」


「すぐ確認して来るわ」


 そう言って、母は侍女に一言二言お願いして、侍女は去って行った。


「……お母様もコルセットは苦手ですか?」


「むしろ、好きな人を見てみたいわ……」


 私の対面のソファに座り、母は差し出した紅茶を優雅に飲みつつ、苦い顔をする。


「ラズリも苦手でしょう? 特に、男性の教養も学んでいるのだから、余計に辛いでしょう?」


「そうですね。男性の服はコルセットは着けませんし、騎士服を着たとしても、ここまで締め付けませんし。あ、甲冑は辛いです」


 私の場合は、素早さ重視で動く剣技が得意なので、甲冑は胸当て、篭手、肩当て、脛当てくらいしか身に着けないスタイルなのだけど、一応、フル装備の着け方も出来るようにと言われた。

 何度か、フル装備の甲冑を着たが身体強化魔法のおかげで重いとは感じないが、視界は狭まるし、素早さは落ちるし、長時間着ると蒸れて、私専用の新品の甲冑なのに臭いを感じる気がした。

 例えるなら、前世の剣道部の防具だ。中学時代に少し齧った程度だが、臭いが辛かった。


「……甲冑は確かに辛そうよね。重くない?」


「身体強化魔法を使っているので大丈夫です」


 一度、興味本位で甲冑を着けた後に、身体強化魔法を解除したら、地面に口付けをしたのはいい思い出だ。絶対に身体強化魔法は解除しないし、フル装備は着ないと決めた瞬間だった。

 まぁ、着ることがないことを願うばかりだけど。


「そう。でもあまり無茶はしないでね? ラズリはもう女の子なんだから。ところで、ドレス以外に何か良い案はない? 折角、デザイナーを呼ぶのだから、何か良い案があれば伝えてみたら?」


「そう、ですね……」


 顎に手を当て考える。顔は相変わらずの無表情だ。

 ジャージが一瞬浮かんだが、あれは私にとって怠惰の象徴だ。あくまで私にとって、だ。

 攻略対象から晴れて解放され、公爵領の隅っこに一人暮らしが決まったら、畑を耕したり、魔導具を作る時に着る用としてジャージは作ろうと思う。それまでは我慢だ。

 ジャージ以外で、何かないかと考える。

 ふと、窓の外を見遣る。

 今日は雨だ。

 外で、庭師のおじいちゃんと孫が雨に濡れながら作業をしている。

 レインコートがあると便利だよね。

 騎士や警邏隊等、あとは旅人にも重宝すると思う。

 この世界にレインコートがあるかどうか、デザイナーに聞いてみよう。

 なければ、庭師のおじいちゃんのために作ってあげたい。

 他にも、少し趣味の範囲だけど、着物が着たい。西洋風なファンタジーな乙女ゲームの世界だから、和服が恋しい。和食も恋しい。

 前世でも本当に一時期、和服にハマったことがある。

 新人社員の頃はまだブラックではなかったので、休みの時に浴衣を買って着たりしていた。

 着物を西洋風にアレンジとか、ちょっと路線が外れるけど中華服とか、母や妹なら似合うと思う。

 私は男性の着物でお願いします。


「あるにはありますが、デザイナーの方が乗って下されば提案してみたいです」


「本当?! ラズリがどんなものを提案するのか気になるから、デザイナーが来たら、一緒に居させてね?」


 笑顔で母が身を乗り出して、私に言った。








 デザイナーは明日の昼過ぎた頃にやって来るということになり、今日は女性の教養を学んだ。

 次の日は男性の教養の日で、私は男性の服だ。

 男性の服だと、父の執務室でも浮かない。

 数日前に父の報告書で、計算間違いと経理の事務員必須の計算方法を伝えてから、時々、お手伝いをするようになった。

 女性の服の時も、男性の服の時もお手伝いをしているのだけど、執務室の雰囲気や父の側近が全員男性のせいか、女性の服だと少し浮いてしまう。

 それで、父や側近の対応が変わるという訳でもなく、ただ私がそう感じているだけだ。

 いつもの如く、表情筋は働かないけど。


「いつ見ても、ラピスは計算が早いな」


 報告書の計算をしていると、感心したように父が呟いた。


「……計算は得意な方なので」


 前世の職場でラスボスや氷の女王と呼ばれた、経理の事務員だった私としては、報告書に載っている経費等の計算は得意だ。やり方さえ習えば、計算はお手の物だ。

 なので、間違いがあればすぐ父に指摘が出来る。

 そして、早速、間違いというか、まずいものを見つけた。


「父上、この報告書、不正を狙っているのではないでしょうか?」


「不正を狙っている? 不正ではなくか?」


「はい。こちらの商品購入を含む経費の書類ですが、金額を一桁減らして記載、更にもう一つの経費の書類では金額を一桁増やして記載しています。どちらも同じ署名の人物ですが、昨年、一昨年の同じ署名の人物が記載した、同じ内容の書類は正しい金額で父上に提出されています」


 分かり易いように一昨年、昨年、今年と書類を並べ、父に伝える。

 じっと父が書類を見ていると、黒色の髪、赤紫色の目をした父の執事のアイアンも背後で覗いている。

 アイアンはフルネームがアイアン・マクル・インディゴライトという。伯爵家の長男で、父の幼馴染みだ。伯爵家は姉が継ぎ、アイアンは父の執事として働いている。

 生まれた時からラピスラズリを知っていて、両親が他の兄妹にかまけていた時に、何度も両親に注意をしてくれた人だ。

 その間も、ラピスラズリを本当の子供のように接してくれたり、勉強等も家庭教師と一緒に教えてくれた。彼のお陰で、推しはグレなかったのかもしれないと思っている。

 後で聞いた話だけど、五歳の高熱と性別が逆転した時には、見舞いにも行こうとしない両親に激怒して説教をしてくれたらしく、そこで両親は自分達の過ちに気付いたそうだ。私としては頭が下がる思いだ。


「ラピス様は不正を狙っているとお思いなったのは何故ですか?」


「昨年、一昨年の書類と、今年の書類の署名や文字の筆跡が違うからです。似せてますけど、よく見ると違います。なので、今年の書類を偽装した者が、昨年、一昨年の書類を作成した者に不正の罪をなすり付けるつもりだろうと思いました」


 じっと書類を見ていた父が、私の説明を聞き、眉を寄せる。


「確かに違うな。よく気付いたな、ラピス」


「いえ……」


「アイアン、この昨年、一昨年の書類を作成した者と、その周囲の関係者で何かトラブルがないか調べてもらえないか?」


「かしこまりました。調べて参ります」


 お辞儀をして、アイアンは父の執務室を出た。


「気になるか? ラピス」


 書類を見つめる私に、父が問う。


「はい。理由が気になりますが、深入りはしたくありません」


 気になるけど、首を突っ込む気はない。面倒事に巻き込まれるのは困る。


「そうだな。ラピスはまだ子供だ。深入りはしない方がいい。理由が分かったら理由だけ教えよう」


「お願いします」


 私が頷くと、父は目を細めて微笑んだ。







 父のお手伝いが終わると、母の侍女がデザイナーが来たと私を呼んでくれた。

 侍女と一緒に向かうと、応接室に母とデザイナーらしき男性が談笑していた。


「母上、お待たせしました」


 母に声を掛けると、デザイナーらしき男性がこちらを見た。

 葡萄色の髪、青色の目をしたデザイナーらしき男性はじっと私を上から下まで何度も見つめている。

 相変わらずの無表情の私に少し驚いたのか、デザイナーらしき男性は口に手を当てた。


「……驚いたわ。私の舐め回すような視線に、お子様が動じないなんて……!」


 いや、言葉。言葉のチョイスが悪い。わざとか。

 というか、この人、オネエさんだ。

 前世でも今世でも初めて見た。

 二十代前半くらいの凛々しい顔で、程良い筋肉というか、身体つきで女性にモテそうなのに、言葉遣いがオネエさん。

 とりあえず、目の前のオネエさんをちゃんと知らないので、評価はその後ということで、母に目を向ける。


「母上、こちらの方がデザイナーの方ですか?」


「ええ、そうよ」


 笑顔で頷く母を見て、私はオネエさんの方を向く。


「初めまして。アウイナイト公爵家の次男、ラピスラズリ・シトリン・アウイナイトと申します。いつも母がお世話になっています」


 ぺこりとお辞儀をすると、オネエさんが固まった。


「……やだ。サファイア様、この子、私に動じないどころか、ちゃんと挨拶をして下さるなんて……! 何て、良い子なの!」


「私の自慢の息子だもの。ふふ」


 嬉しそうに母が言う。顔がドヤ顔だ。

 自慢の息子と言うが、五年前まで推しにしたことを私は忘れてない……と言うのは野暮だよね。

 とりあえず、無表情が標準装備で良かった。


「あ、私の名前を言ってなかったわね。私はチャロアイト・ジルコン・トリフェーンよ。宜しくお願い致しますね。チャロアイトでもいいけれど、愛称で呼んで下さいな。ラピスラズリ様」


 ……チャロアイトの愛称って何?!

 愛称でも構わないと言うなら、呼んで欲しい愛称を教えて欲しい。

 チャロ? アイト? チャーリー?

 いや、でもオネエさんだよね。

 まさかのアイ?

 間違えてもいいやという勢いで、私はオネエさんに愛称を言ってみた。


「では、アイちゃんと呼ばせて頂きます」


「……?! サファイア様……ラピスラズリ様はご聡明な方ですね。私の愛称を一発で言い当てるなんて……! 素晴らしいご子息ですね!」


 オネエ語が消えて、興奮した状態のチャロアイトが目を輝かせて、母に言う。

 母も鼻高々のようだ。尚もドヤ顔だ。

 聡明はともかく、愛称は当たったようだ。

 良かった。これで少しは服の案が私寄りの意見が通る気がする。






 それから私は、母とチャロアイトにコルセットなしのドレスの案を伝えてみた。

 とても驚いた顔でチャロアイトは私を見た。


「ラピスラズリ様……素晴らしい案ですわね!」


 テーブルの上に広げられた、数枚の服のデザイン画をチャロアイトは見る。

 私の案を元に、チャロアイトがデザインしたものだ。


「アイちゃん、このドレスを作れますか?」


「もちろんですわ、ラピスラズリ様。私に任せて下さいます?」


「宜しくお願いします。母と妹の分をお願いします」


「あら? ラピスラズリ様の分は宜しいのですか?」


 チャロアイトが私を見て、にっこりと微笑む。

 私は相変わらずの無表情だが、内心、冷や汗が出そうだ。

 女性といつ気付いたのだろうか。

 どう誤魔化そうか。

 いや、これからもしかしたら、長い付き合いになるかもしれない人に嘘をつくのはあまり宜しくはない。

 第一王子? 第一王子は面倒臭いので、これからも誤魔化すつもりだ。


「ラピス、伝えても大丈夫よ。アイちゃんは義理堅い人だから」


 母から許可をもらい、私は自分の事情をチャロアイトに説明した。

 説明し終わると、チャロアイトは手をぷるぷる震わせる。


「待って。ラピスラズリ様は辛くないの?! 男性から女性になったのよ?!」


「特には……。性別が逆転したのが元に戻る訳でもないので」


 それに、前世は女性だったので、特に問題ない。

 無表情もそのままなので、違和感はない。

 唯一あるとしたら、転生先が推しだっただけだ。


「それでも、男性から女性に変わってしまったのだから戸惑われたでしょうに……。分かりましたわ。ラピスラズリ様のドレスもしっかり作らせて頂きますわ。もちろん、筋肉を隠せて、且つ、素敵なドレスを作りますわ」


 ウインクをして、チャロアイトは微笑む。

 年頃の女性なら、その微笑みに惚れるのだろうなと思う。


「ありがとうございます。もし宜しければ、ラピスと呼んで下さい」


 無表情かなと思ったら、表情筋が仕事した。

 私の表情筋が動いて、少し微笑んだ。


「っ! ラ、ラピス様……。そこで微笑むのは反則よっ。サファイア様、ラピス様と専属デザイナーの契約をしても宜しいでしょうか?!」


 顔を真っ赤にして、チャロアイトが母に訴えた。

 え、専属デザイナー?

 何故、そういう話になってるの??


「流石、アイちゃんね。ラピスの才能に気付いたようね」


 満足気な表情で、母は微笑む。

 私は何が何やら分からない。無表情で気付かれていないけど。

 というか、私の才能って何?

 もしかして、前世の服の提案をしたことを言ってる?

 それなら才能ではなく、横流しだ。


「……あの、私に才能はありませんよ。このドレスの案も性別が逆転したことによる恩恵で、夢で見ただけで……」


 ということにしておいた。

 前世のことを話して、痛い人と思われるのは嫌なので。


「それでも他の人は知らないことでしょう? 夢を見て、忘れずに覚えているのだから、才能でいいのよ」


「そうよ、ラピス様。もう私はラピス様の案の服をデザインしたくて、うずうずしているのだから、是非とも専属契約して、私に服を作らせて下さいっ」


 ギラギラした青色の目で、チャロアイトが私の方に身を乗り出す。

 だけど、私としてはデザイナーと契約は願ってもないことだ。

 和服とかジャージとか!


「こちらこそ、私で宜しければ、お願いします」


 ぺこりとお辞儀をしたら、チャロアイトの目が輝いた。


「私の方こそ、宜しくお願いしますわっ! ラピス様!」









 それから数日後、チャロアイトはコルセット不要のドレスを母、妹、私の分を作ってくれた。

 そして、商会を作らないかという話になり、何故か父の執務室に呼ばれた。


「父上、何故、商会を作る話と私が関係しているのでしょうか?」


「ん? ああ、ラピスが考えたドレスや料理、料理を持ち運び出来る箱等、この一ヶ月くらいで色々と案を出しただろう? 公爵家が作ったとなると色々と面倒事になるから、公爵家が支援する新しい商会が作ったということにして、売り出してみてはどうかとなったんだ。どれもラピスが考えたものだから、商会を作るならラピスの了承がいるかと思って呼んだんだ。今後も、案を出す時にも商会があるとラピスも何かと便利だろう?」


 あ、成程。商品等の了承か。良かった。

 商会長になれとか言われるのかと思った。


「それは、はい、私は構いません。商会長は別の方がされるのですよね?」


「ああ、もちろん。ちょうど紹介しようと思って、来てもらった」


 父がそう言うと、アイアンが赤色の髪、赤銅色の目の青年を連れて来た。ちょうどチャロアイトと同じくらいの年代の青年だ。


「シルバー・マラカイト・クリソコーラと申します。ラピスラズリ様、この度は助けて下さって、ありがとうございました」


 シルバーという青年が私に突然、お礼を言ってきた。

 何のことか分からないが、私の表情筋は相変わらず仕事をしてくれない。


「何のことでしょうか? お礼を言われるようなことをした覚えはありませんが……」


 首を傾げていると、父が微笑んだ。


「この前、報告書の不正を見つけただろう? 昨年、一昨年の報告書を作成したのが彼だ」


「今年の報告書を作成したのは、誰だったのでしょうか?」


「彼の異母兄だそうだ。クリソコーラ侯爵家の長男で次期当主らしいのだが、私から見ても少し残念でな。弟のシルバー君が優秀なのを妬んで、長男とその母が仕組んだそうだ」


 所謂、冤罪だったのか。

 とんでもない継母と異母兄がいて、シルバーも大変だな。

 うちの公爵家は仲良くて良かったと不謹慎だけど、思ってしまった。


「その後、クリソコーラ侯爵家が揉み消そうとしたから、潰すことにしたのだが、優秀なシルバー君が他の領へ流れるのは惜しいから、潰す前にラピスの商品を売る商会の商会長はどうかと打診してみたら、良い返事をもらえたんだ」


 とても良い笑顔で父が経緯を教えてくれた。

 宰相閣下、怖っ。

 侯爵家を潰すって……。

 侯爵って、公爵の次に偉いはずだし、伯爵や子爵、男爵と比べても少ないはずなんだけど、それを簡単に潰すって。

 しかも、笑顔が兄そっくり。あ、兄が父に似たのか。

 無表情を標準装備していて良かった。

 今の父の話でも、揺るがないこの無表情。

 氷の貴公子と氷の女王のタッグは無敵だ。

 内心、震えてますが!

 父に戦々恐々したのは初めてだよ!


「そうですか。それで、新しい商会の商会長をクリソコーラ侯爵令息がされるということですか?」


「あ、ラピスラズリ様。私のことはシルバーと呼んで下さい。もう、クリソコーラ侯爵家とは縁を切りましたので。元々、貴族の生活が合わなくて家を出て、商会を作るつもりでいたので、このお話はちょうど良かったです」


 清々しい程の笑顔を浮かべ、シルバーは言う。

 ずっと公爵家にいたから分からないけど、貴族って怖いなぁ。

 やっぱり、攻略対象からドロップアウトして、早く公爵領の隅っこでひっそり暮らしたい。

 目指せ、スローライフ。

 父とシルバーを見て、心の底からそう思った。






 それから、とんとん拍子で商会は出来て、シルバーが商会長、チャロアイトがデザイナー兼幹部となった。私は表沙汰には出来ないが、オーナー的な存在になった。

 商会の名前はコスモオーラ商会という名前に決まった。

 そして、チャロアイトはシルバーと学園で同級生で友人同士ということが判明した。

 それもあって、とんとん拍子で商会が出来たのもある。

 シルバーにも私の事情を話すと、悲しげな表情を浮かべ、守ってくれると言ってくれた。

 何から守ってくれるのかは聞かないことにした。


「ラピス様。コルセットなしのドレス、サファイア様とアメジスト様が着て、パーティーに出たことで、問い合わせが多くなりましたわ!」


「良かったですね。おめでとうございます」


 無表情だが、嬉しい感情を含めた声音で伝えると、チャロアイトはにっこり笑った。


「ラピス様は素晴らしいですわね! コルセットなしでも、あのような綺麗なドレスがあるだなんて……! 女性達の長年の夢が叶いましたわ!」


「お前は女性じゃないだろう……」


 大きな溜め息を吐きながら、シルバーがチャロアイトに言う。


「シルバー。貴方、本当に無粋だわね。学園の頃から本当に変わらないわ」


「俺はお前がこんなことになってるとは思わなかった。まぁ、変わっても、友人なのは変わらないけどさ……」


「シルバー……」


 目の前で、どういう仲? と思うような友人同士の会話を見つつ、私は変わらずの無表情で紅茶を飲む。

 久々の再会がまさかの新しい商会の商会長とデザイナー兼幹部で、積もる話があるようなので、それを聞きながら、私は次の商品を考える。

 ポーションとか良いよね。

 魔物もいる世界だし、騎士や憲兵、魔術師、冒険者等もいる。

 それならポーションは必須だ。

 アウイナイト公爵領は天気も良く、雨季と乾季のバランスがちょうど良い。

 薬草を作る地域も公爵領の中にある。

 魔力が多い私が作れば、大量生産もいける。

 作り方を誰かに習おうか。

 ポーション以外だと、魔導具もいいよね。

 これも作り方を習えば、何かと便利になる。


「ちょっと、ラピス様、聞いてます?」


「あ、ごめんなさい、聞いてませんでした。何でしょうか、アイちゃん」


「次はどんな物を作ります?」


 目を輝かせて、チャロアイトが私を見る。

 次は決まっている。

 庭師のおじいちゃんのために、必要なアレだ。


「あの、レインコートはどうでしょうか?」


「レインコート? レインコートとは?」


 シルバーが首を傾げて、私を見る。

 この反応だと、レインコートはこの世界にはないようだ。


「所謂、雨具です。傘を差しながら作業って中々出来ないですよね。レインコートは傘を着るような物です。濡れない、雨を弾くように加工した布をコートのように作って、雨に濡れても作業が傘を差さなくても出来る物です」


「成程ね。面白いわ」


「需要はあります?」


「庭師の方はもちろん、雨の中、巡回する騎士や憲兵、冒険者、旅商人の方にも需要があるかなと思いますが……」


「あ……。そうですね!」


 シルバーの目が輝いた。確かに、彼は貴族より商人向けな気がする。


「それと、様々な色や柄を入れたら、貴族にも売れるかもしれません」


 そう言うと、シルバーの目がギラリと変わった。

 でも、雨の中、貴族が何をするのかって話だけど。コレクター的な貴族はいるだろうし、そういう意味ではだけどね。


「確かに、そういう初めて見る物を買って、自慢したがる貴族は多いですね。雨の中、出掛けるかといえば、あまりないでしょうけど、変な収集家の貴族はいますからね」


 貴族をディスる、侯爵家の次男。シュールだ。

 私も、公爵家の貴族だけど、前世は庶民なので。


「でも、このレインコート、雨の中で作業する人達には持ってこいだわ! 今までは濡れたまま作業していた訳だし。ラピス様、いけますわ! 作りましょう!」


 目を輝かせて、チャロアイトはグッと拳を握る。


「まずは雨に濡れない、雨を弾く布を加工出来るかですわね」


「傘の材料で服って作れませんか?」


「どうかしら? ちょっと作ってみましょう。これでもデザイナーの端くれ。意地でも作りますわ」


 嬉しそうな笑顔で、チャロアイトは言った。




 それから二日後、チャロアイトは本当にレインコートの試作品を作ってきた。

 ドヤ顔でやって来たチャロアイトに、シルバーは何とも言えない顔をしていたのが印象的だった。

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