第5話 公爵家の料理改革

 公爵家の次男ラピスラズリに転生し、前世を思い出して五年。

 私は悩んでいる。

 男性だったのに女性になり、前世を思い出した、その影響なのか、この世界の料理が合わない!

 というのも、肉料理を出されても、味付けが塩と胡椒のみ。それは素材が活かされて美味しいよねーなんだけど、他の味付けが恋しい。

 しかも、焼かれたのみで固い。

 小さな子供では噛み切れないくらい固い。なので、咀嚼回数が半端ない。

 骨格は丈夫になるし、食べる量も減るといえば減るけど、柔らかい肉料理が食べたい。

 出来れば、私が作りたい。

 蒸したり、炙ったり、炒めたり、色々作りたい。

 前世では一人暮らしだったので一応、料理はしていたし、一時期料理にハマっていた。普通の家庭の定番料理しか作れないけど、それでも食べたい。

 そして、家族や公爵家の使用人達に振る舞いたい。何だかんだで皆、ラピスラズリに優しいことが分かってきたので、御礼も込めて。

 なので、父にお願いしてみようと考え、男の服装で執務室に突撃した。

 扉を叩くと、すぐ応答の声が聞こえ、中に入る。


「父上、今、お話をしても宜しいでしょうか?」


 顔は相変わらずの無表情なので、申し訳ないことを声に乗せて、父に尋ねる。


「構わないよ、ラピス。どうした?」


 机に向かって、書類仕事中だったようで、父は書類から目を離して、私を見る。

 父がいる机に近付き、口を開く。


「父上にお願いがあります」


 無表情で父を見るついでに、机に広げられている書類に目が行く。

 ちらりと見ると、領地運営の報告書のようだ。

 文章と文章の間に、何に使ったのか金額が書かれている。

 ちらりと見ただけでも思うけど、この書類、読みにくい。

 しかも、計算が違う。


「お願い? ラピスがお願いとは珍しいな。どんなお願いだ?」


 嬉しそうに父が微笑む。美形の微笑みは良いなと前世の氷の女王がひょっこり現れて、オバサン目線でつい見てしまう。


「お願いの前に、父上。この計算違います」


 すっと指を差して、父に伝える。

 前世は経理の事務員だった血が騒いで、計算間違いを先に指摘してしまった。


「ん? 計算? あ、本当だな。よく分かったな、ラピス」


「いえ……。ただ、こちらの書類分かりにくいので、一つご提案したいのですが、宜しいでしょうか?」


 そう言って、私は机の端に置いてある、何も書かれていない紙を一枚取り、線を引き、書類に書かれている数字を並べていく。

 それを父に見せる。


「これは?」


「書類に書かれている数字だけを取り出して、計算しやすくしてみました。少し見ただけなので、子供が口を出すなと言われるかもしれませんが、計算が楽になるかと。文章と数字の報告書は不正や計算間違いが起きやすいのではと感じたので」


 経理の事務員必須の計算方法を伝える。これだけでも領地運営が楽になるはずだ。

 というか、文章の合間に金額を書くって文章を回りくどくして、更にへりくだった書き方にしたら、不正をしても気付きにくい上に、読み辛いから飛ばす可能性が高いと思う。

 領主はそれを読んで、確認しないといけないのなら、文章と金額を分ければ、かなりの時間短縮になると思う。


「よく気付いたな。確かにこの方法なら分かりやすい上に、時間短縮になる。これで試しに運営してみよう。ありがとう、ラピス」


 物凄くホッとした顔で、父は私に御礼を言う。

 父の表情を見ると、時間が掛かっていたのだろうなと感じた。


「いえ……少しでも楽になればいいのですが」


 父から御礼を言われ、少しむず痒くなるけど、私の表情筋は相変わらず仕事をしなかった。


「それで、ラピスのお願いというのは?」


「今日でも明日でもいいので、私に厨房に入る許可を頂けないでしょうか?」


「厨房? 何でまた厨房に?」


「作ってみたい料理があります。もし、上手く出来たら、食べて頂けないでしょうか?」


「ラピス、料理が作れるのか?」


「作ったことはありません。ただ、作ってみたい料理がありまして。勝手に厨房に入る訳にもいきませんので、父上に許可を頂きに参りました」


 前世では作ってたけど、とは流石に言えないので、前世は省いて正直に伝える。


「ラピスが作る料理か。気になるな。出来上がったら、私に食べさせてくれるなら構わないよ。料理長達にもラピスが行くことを伝えておこう。必要な材料も言いなさい。用意しよう」


 穏やかに微笑み、父は許可をくれた。


「ありがとうございます。上手く出来たら、お持ちします」


 ぺこりとお辞儀をして、父の執務室を後にした。






 そして、厨房に着くと、料理長や料理人達が私を興味津々に見ている。


「ラピス様、厨房に来て何をされるのですか?」


 不思議そうに護衛のジャスパーが私に聞く。


「え、料理だけど」


 料理をする以外に他にすることがあるだろうか。


「俺の記憶ではラピス様、料理をなさったことはないですよね?」


「ないけど、作れるよ。美味しく出来たら、父上達にお出しする予定だよ」


 腕をまくり、手を洗う。清潔な布巾で拭く。

 予め料理長に用意してもらった食材を見る。

 乙女ゲームの世界だからなのか、野菜や肉等、全て日本と名前も形も同じだったので、とても助かった。

 料理長に用意してもらった牛肉の塊を手に取る。


「ラピス様、何を作られるのですか?」


「ハンバーグ」


「ハン、バーグ? ですか? それは一体……」


 乙女ゲームの世界で野菜や肉等は日本と名前が同じだけど、料理は同じではないのね。

 だから、いつも料理は肉を焼くだけのステーキなのか。しかも、レア、ミディアムではなくウェルダン。とても固い。


「まぁ、少し手間だけど、美味しく作るよ。見ていてよ」


 牛肉の塊を包丁で薄く切っていく。肉を焼くだけの料理ばかりだから、この乙女ゲームの世界では挽き肉なんてない。

 肉を薄く切っていくしかない。

 脂身の部分と赤身の部分に分け、赤身の部分を薄く切っていく。

 薄く切り終え、適当に重ねて、それを縦と横に包丁を入れる。挽き肉のようにしてもいいけど、少し面倒なので、二、三センチ角くらいに切る。

 切り終えたら、ボウルに肉を入れる。

 更に大きめのボウルに水と氷を入れ、そのボウルに肉を入れたボウルを乗せる。

 冷やしながら、肉をこねると肉の脂が溶けて味が損なわれるのを防げると前世で読んだ料理の本に書いてあった。

 肉に塩、胡椒を加え、掌で肉を握り込むようにこね始める。粘りが出て来たら、全体をかき混ぜるようにこねていく。

 こねたら肉を分割して、一個ずつ成形していく。

 成形した肉を片方の掌に軽く打ち付けるのを繰り返し、空気を抜きつつ、形を整える。

 整え終わったら、中心部にくぼみをつける。

 それを家族と侍女、護衛、それと目の前でじっと見つめている料理長と料理人達の分の数のハンバーグを作る。

 フライパンを用意し、熱する。温まったら、残しておいた脂身を入れて、ハンバーグをくぼみをつけたのを上にして焼く。

 いい具合に焼けてきたので、フライ返しでひっくり返す。

 両面焼けたので、皿に移してソース作りをする。

 今回はトマトソースにする予定だ。本当はデミグラスソースにしたかったけど材料がなかったし、本格的なソースなんて私は作れない。

 家庭でも簡単に作れるデミグラスソースなら知ってるけど、作るのに必要なウスターソースや中濃ソースは流石に乙女ゲームの世界にはなかった。あるなら、用意してもらおうと思うけど。

 さくさく作っていき、トマトソースも作り終える。

 付け合せの人参とじゃがいものグラッセも作る。

 皿を人数分用意して、ハンバーグを置いていき、トマトソースをかける。

 付け合せの人参とじゃがいものグラッセも添える。

 スープも作りたいなと思うが、料理長と料理人達の興味津々な視線が辛くなってきたので、今度にしようと思う。


「ラ、ラピス様。この料理、何なんですか? 凄く美味しそうなんですけど……!」


「そうだよね、どんな味か気になるよね。味見用に残したのがあるけど、一口食べてみる?」


 父達用の皿とは別に味見用の皿を指で示すと、ジャスパーが目を輝かせた。


「頂けるのでしょうか?!」


「どうぞ」


 味見用のハンバーグを念の為、私とジャスパー、料理長、料理人達の分ともう三人分切る。三人分というのは兄と妹、ルチルだ。何となく厨房に来そうな気がする。

 ハンバーグを切り分け、フォークをジャスパーに渡す。


「え、そこはラピス様がフォークに刺して、俺に下さらないのですか?」


「何故?」


 無表情で小首を傾げると、ジャスパーは小さく息を漏らした。


「日々、護衛を頑張っている俺にご褒美を下さってもいいではないですか……」


「頑張っている、ね……」


 アウイナイト公爵家はとても平和で何か事件は起きていない。起きたとすると変な王子が来た時だけだ。

 あの一件以降は、家族と使用人総出で私を守ってくれているので、出会してはいないけど。

 まぁ、日々侵入者等に神経を張り巡らせているので、ジャスパーも頑張っていると言えば頑張っているけど。

 ただ、私も何だかんだで魔法の家庭教師から教わった魔力感知があるので、大体の侵入者なら把握出来る。

 それを言うのは野暮だよね。


「まぁ、こんな無表情な私に小さな時から付いて、護衛してくれてるからご褒美がないとやってられないよね。ご褒美になるかは知らないけど、はい、どうぞ」


 ハンバーグにざくっとフォークを刺して、ジャスパーの口に運ぶ。

 ジャスパーもハンバーグが口に来るのを開けて待つが、可哀想に邪魔が入った。

 ジャスパーは横に押され、何処からともなく現れた兄セルレアイトの口にハンバーグは消えていった。

 セルレアイトはハンバーグを口に含んで、咀嚼をすると驚いた顔をする。固いと思ったようだ。

 少ない咀嚼回数で飲み込み、嬉しそうな笑みを浮かべて、私の肩を掴んだ。


「ラピス! これ、とても美味しいよ! お肉だよね?! とても柔らかいのに、肉汁たっぷりで……作る時も手際が良かったし、何処で覚えたんだい?」


 作る時もって、最初から見ていたのか。

 作っている時に、確かに何となく気配はあったけど、最初からだったのか。兄のシスコンが酷過ぎる。ということは、妹もいるな。

 ちらりと見ると、兄の後ろにアメジストが隠れていた。


「アメリも食べる?」


 兄の後ろを覗き込み、アメジストに言うと、彼女も目を輝かせた。


「わたくしにも下さるのですか?!」


「セルレ兄上にあげて、アメリにあげないのはおかしくない? はい、どうぞ」


 食べやすいように小さめのハンバーグを選んでフォークを刺して、アメジストの口に運ぶ。

 アメジストも小さな口を開けて、ハンバーグを食べる。兄と同じで、固いと思ったようで、咀嚼すると驚きで目を見開いた。

 ハンバーグを飲み込むと、私より少し背の低い妹は上目遣いで満面の笑みを浮かべた。


「ラピスお兄様! とても、とても美味しいです! お肉なのに何でこんなにも柔らかいのですか?!」


 目を輝かせる兄と妹を見て、ジャスパーと料理長、料理人達がそわそわとし始める。

 それに気付いたので、説明する前にジャスパー達に顔を向ける。


「その話はちゃんと父上達にも説明するので、先にジャスパーや料理長達にも味見してもらってもいいですか?」


「それは、確かにそうだね。こんなに美味しい物を共有しないのは可哀想だ」


 兄が頷いたので、ジャスパーや料理長達に皿を渡すと、お辞儀をした後に我先にとハンバーグをフォークで刺していく。


「ルチルもどうぞ」


 ハンバーグを一つフォークで刺して、こっそり隠れていたルチルの口に入れる。

 ぱくりと食べたルチルも兄と妹と同様に目を輝かせた。


「ラピス様、とても、とても美味しいです! しかも、ラピス様の手料理を頂けて、口に運んで頂ける日が来るなんて……! 私は幸せです!」


「大袈裟だよ」


「ラピス様、俺には口に運んで下さらないのですか?!」


 兄に邪魔されたジャスパーが潤んだ瞳で私に訴える。


「ジャスパー、お前は駄目だ。自分で食べろ」


 兄がぴしゃりと言い放つ。

 だんだん、ジャスパーが可哀想に思えてきた。


「私は別に構いませんけど。先程、ルチルにもしましたし。ルチルはして、ジャスパーにしないのは流石に不公平で可哀想です」


 何せ二人は私が小さな時から侍女と護衛として付いてくれている。無表情な薄気味悪い子供に付いているのだから、このくらいで喜んでくれるなら別に構わない。あの変な第一王子には絶対に死んでもしないけど。

 そう言って、ジャスパーの口にハンバーグを入れる。

 ぺろりと食べたジャスパーも同じ反応だった。


「ラピス様、料理を作る前は失礼致しました。こんなに、こんなに美味しい料理は初めてです! 俺、一生、ラピス様に付いて行きます! 俺がお金を稼ぐので、そのお金で美味しい料理を俺にもっと作って下さいっ!」


「いや、だから、この前も言ったけど、一生付いて来なくていいから。ちゃんと愛する人と添い遂げて欲しい。私は自分でお金を稼ぐから」


 ジャスパーの言葉の意図は敢えて読まずに躱す。

 私は今世も恋愛も結婚もしない。ラピスラズリも同じ思いだ。


「うぅ……俺の精一杯の告白が……伝わらない」


「ラピス様」


 料理長が私に声を掛ける。


「はい、何でしょうか。料理長」


「とても美味しい料理でした。もし宜しければ、私達にこちらの料理をお教え頂けないでしょうか?」


「それは構いませんが、先に父に了解を得てからでいいでしょうか?」


「それはもちろんでございます。閣下もご了承されるとは思いますが、ご了承されましたら、是非ともご教授下さい」


 料理長がお辞儀をすると、料理人達もお辞儀をした。一糸乱れぬ動きに騎士団を連想させる。


「分かりました。あの、昼食はこの料理を出したいのですが、パンと何かスープを用意して頂けますか?」


「かしこまりました。すぐご用意致します」


「出す前に少し温めて下さい。冷めても美味しいのですが、温めた方が更に美味しいので」


 そう言って、温める時間を伝え、厨房を離れると、兄や妹、ルチル、ジャスパーが付いて来てくれた。


「あのお料理を口にしたら、もう固いお肉のお料理にわたくしは戻りたくありませんわ……」


 厨房を離れて少しして、アメジストがぽつりと呟くように言った。


「固いお肉は固いお肉で使い道があるのだけどね」


 この世界に生姜があれば、薄く切って生姜焼きだとか、厚切りにしてシチューにするとか。固い肉は煮込んだりすれば柔らかくなるし。


「ん? その言い方はまだ他にもラピスは料理が出来るとか……?」


 兄の一言に、ジャスパーが喉を鳴らす。


「そこまで多くはないですが、いくつか……」


 廊下を歩きながら答えると、兄が右肩を、妹が左手の袖を掴んだので、立ち止まる。


「また作って欲しい」


「また作って欲しいですわ」


 兄と妹が同時に言った。その後ろでルチルとジャスパーが大きく何度も頷いている。


「……機会があれば」


 四人の圧力にたじろぎながら頷いた。相変わらずの無表情だけど。

 そんなに料理に飢えていたのか。

 前世の料理の記憶を掘り起こさなければといけないなと感じた瞬間だった。








 そして、昼食。

 公爵邸のダイニングルームの長テーブルに両親、兄、妹がそれぞれ席につき、私も座る。

 上座に父、その右に母、母の対面に兄、母の右に私、兄の左に妹が座っている。


「ラピス、料理は作ったのか?」


「はい。料理長にお願いして、今日の昼食にお出しします。お口に合うといいのですが……」


 私の言葉に、兄と妹が目を輝かせている。二人には味見をしたことは黙ってもらっている。

 一応、料理が出来たら、父に食べてもらう約束をしたのに先に兄達に味見してもらったので。面倒事は避けたい。


「あら、今日の昼食はラピスが作ったの?」


「はい。作ってみたい料理があったので。母上も気に入って頂けると嬉しいのですが……」


「まぁ、それは楽しみですわ」


 にこにこと嬉しそうに母が微笑む。それを父が微笑ましく見ている。

 会話が一旦切れたタイミングで、使用人達が昼食の皿を運んでくれる。

 父から順に皿を並べられていき、全員に行き渡る。

 使用人達はダイニングルームの両端に整列している。今日は使用人達の目も輝いている。きっと、私が作った料理に対する、両親の反応を見たいのだろう。美味しかったのなら、自分達にも作って欲しいということだろうね。

 とりあえず、両親が口にハンバーグを入れるまで私は手を動かさずに見つめる。相変わらずの無表情で。

 両親がハンバーグを口に含んで、咀嚼をすると目を見開いた。二人も固いと思ったようだ。

 少ない咀嚼回数で飲み込み、嬉しそうな笑みを浮かべて、私を見た。


「ラピス。この料理、とても美味しい。ありがとう」


 何故か父にお礼を言われた。やっぱり、肉が固いのが辛かったのだろうなぁ。


「ラピス、本当に美味しいわ。こんなにお肉が柔らかいのは初めてだわ。作ってくれてありがとう」


 隣に座る母からも笑顔でお礼を言われた。

 両親の反応を見て、嬉々として兄と妹が食べ始める。両端に整列している使用人達の期待に満ちた視線が私に届く。父から了承もらったら、料理長達に教えるから待って欲しい。

 とりあえず、家族の反応も良かったので、私も安心してハンバーグを口にする。肉汁が口の中に溢れるのが懐かしい。

 うん、やっぱり柔らかいお肉も美味しいよね。味付けもトマトソースにして良かった。

 塩と胡椒の味付けからようやっと離れられる。塩と胡椒の味も良いけれどね。

 次はビーフシチューとか作りたい。そのためには、ブイヨンやコンソメ、ケチャップがいるけど、その三つなら何とかモドキが作れる。良かった、前世でハマって作り方知ってて。

 無表情で食べながら、料理のレシピを思い出していると、父に声を掛けられた。


「ラピス。何故、この料理を作れたんだい?」


 直球で聞いてきた。回りくどいのは嫌だし、良いのだけど。


「……今から話すことは公爵家の中でのみで、お願いしてもいいですか?」


 家族、使用人達も含めて、外では漏らさないで欲しいことを伝えると、父は母や兄、妹、使用人達を順に見る。全員静かに頷いてくれた。


「五年前に、私が高熱を出した時があったと思いますが、その時に夢で見ました。この料理、ハンバーグと言うのですが、その作り方や他の料理の作り方も一緒に」


 ということにした。流石に、前世の話は信じられないと思うので。

 一応、私は五歳で性別が逆転した、アウイナイト公爵家の子供なので、大切にすると国に繁栄をもたらすらしいし。

 この五年間、家族や公爵家の使用人達は皆、私に優しく、大切にしてくれた訳だし。前世を思い出す前のまま、放置され、大切にしてくれなかったら、皆に振る舞うつもりもなかった訳なので、ある意味、繁栄だよね。特にこれから公爵家は。

 私なりの前世で得たことの横流しだ。著作権はないのだけど。それは先に謝っておく。著作権を持つ人、ごめんなさい。


「本当はすぐにでも作ってみたかったのですが、教養等を覚えることが多くて、余裕がありませんでした。今は慣れてきたので、余裕も出て来ましたし、力も付いてきたので、お肉が切れるかなと」


 本当に肉が固いからね。何であんなに固いのかな。


「そうだったのか。五年前に見たとはいえ、作り方をよく覚えていたな」


「強烈だったので、覚えてました。お肉が柔らかいというイメージがなかったので」


 実際は逆ですが。固い肉しかないのが強烈でした。


「他にも料理の作り方を見たと言っていたけれど、他にはどんなものがありますの? ラピス」


 母も気になるのか、私と同じ金色の目を輝かせてこちらを見つめる。


「メインはもちろん、デザートやスープ等をいくつか……。あの、父上、もし、宜しければ、料理長達に作り方を教えても宜しいでしょうか? 公爵家で働く皆にも食べてもらいたいので」


 私の言葉を聞いた使用人達がざわめいた。中には涙を流す人がちらほらいる。そんなに食べたかったのか。


「それは構わないよ。ただ……」


 父が何故か言い淀んだ。


「ただ、何でしょうか?」


「ラピスはもう作らないのか?」


 ……はい?

 じっと父が私を見つめる。気付けば母や兄、妹までこちらを見つめている。


「……気が向けば作ろうかと思います。毎回毎回、厨房に行くのも料理長達に迷惑を掛けてしまうと思いますので」


 料理中に気が散るとうっかり包丁で怪我や火傷なんてこともあるだろうし。


「……確かにそうだな。ちっ」


 何故か父が舌打ちをした。兄も苦虫を噛み潰したような顔をしている。母と妹も、父や兄とまではいかないが、残念そうな顔をしている。

 私が作るのは嫌だったのかな。


「……父上、ご不快なら私は作りませんが……」


 相変わらずの無表情の私だが、声音は落胆が溢れててしまった。


「ち、違うぞ、ラピス。お前が作るのが嫌とかではなく、毎回作ってくれると思っていたのが、そうではなくて、つい舌打ちが出てしまったんだ。決して、ラピスに対してではないぞっ」


 慌てて、父が訂正する。

 あ、毎回作って欲しかったのね。流石に毎回は勘弁して下さい。料理長達の仕事を取る訳にはいかない。料理長達に料理を教えた方が私が作るより美味しいと思う。


「そうだったのですね。流石に毎回は料理長達の仕事を取る訳にはいかないので無理です。でも、宜しければ時々、作ります」


 私がそう言うと、両親、兄、妹が目を輝かせた。





 それから数日間、料理長達にハンバーグのレシピや他の料理のレシピを伝えると、皆驚いていた。

 更に使用人達にも、料理長達と一緒に作ってハンバーグを振る舞うと、とても喜んでくれた。

 使用人達に振る舞っている間に、何処から聞きつけて来たのか、第一王子がやって来たらしいが、父と兄が対応していた。


「まだ私達も一度しかラピスの手料理を食べたことがないのに、何故、最近公爵邸に来るようになったアレキサンドライト殿下にラピスの手料理を振る舞わないといけないんだ」


 謎の憤慨を兄がしている。

 第一王子は丁重に城へ帰って頂いた後、兄が私の部屋で紅茶を飲みながら経緯を教えてくれた。

 どうやら、宰相の父が自慢げに私が料理を作り、家族や公爵家の使用人達に振る舞っているというのを国王のみに言ったらしく、第一王子がそれをこっそり聞いたらしい。

 国王に報告のつもりが、うっかり自慢げに言ってしまったらしく、父はシスコンの兄に厳重に注意されたそうだ。

 そして、時期を見て、国王と王妃にハンバーグのレシピを私は提出することになった。


「……ところで、ラピス。例えばなんだけど、日持ちするような美味しい食べ物とか作れない?」


「何故、日持ちですか?」


「私も来年から十三歳になるから、学園に通わないといけない。公爵領は王都の隣だから、馬車でも通える距離だし良いのだけど、馬車や学園の昼食でもラピスの料理が食べられたらなって思って」


 恥ずかしそうに笑みを浮かべて、兄が言う。

 成程。所謂、お弁当か。学園に食堂があるかどうかは知らないけど、肉を出されたらもちろん固い肉だろうし、柔らかい肉に慣れてしまうと咀嚼が辛いよね。

 確かに昼食が食べ慣れた食事だと嬉しいよね。アウイナイト公爵家は筆頭貴族だから、王族に次いで毒の心配もあるし。

 そうなるとお弁当箱がいるよね。この世界にお弁当箱ってあるのかな。


「なくはないです。ただ、学園に持って行くための入れ物があるかどうかですけど」


「日持ちするような料理があるんだね! 良かった! 学園に持って行くための入れ物があるか探してみるけど、なければ作ったらいいよ。まず探してみるよ。なかったら、何か案を私に聞かせて」


 嬉しそうに兄は微笑んだ。父に似たイケメンだから、笑顔も綺麗だ。無表情の私と違って輝いて見える。


「分かりました。なかった時は、私も考えてお伝えします」


「ありがとう! 学園に行ってもラピスの知ってる料理が食べられるのは嬉しいよ。一番は作って欲しいけど、毎日は申し訳ないからね……」


「月に一、二回なら構いませんけど」


「本当?! それなら、尚更、入れ物を探さないと! ラピス、探して来るね!」


 ぐっと拳を作り、兄は私の部屋から去って行った。

 兄が去って行った扉を呆然と私は見つめ、小さく息を吐くのだった。

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