第3話 兄と妹

 アウイナイト公爵家の特徴で百年に一度、五歳の時に性別が逆転する子供が生まれ、その子供を大切にすると国の繁栄をもたらすと言われる。

 その子供――ラピスラズリとして転生したことに気付いて、一ヶ月が経った。

 紆余曲折あって、性別が逆転して女性になってしまったけど、男性として生きることになってしまったので、母の提案で、男性社会にも慣れるように週四日は男性の教養、二日は女性の教養、残りはどちらの服装でも良い休養日という日々を過ごしている。

 覚えることはたくさんあるが、なかなか面白い。

 両親や執事、家庭教師が男性貴族としてのルールと女性貴族としてのルールの両方を教えてくれるので、これを上手く使えば、乙女ゲームのヒロインのように恋愛無双みたいなことが出来るんじゃない?

 私はしませんが。

 むしろ、今世は恋愛はしないと決めた。

 理由? 考えたら分かると思う。

 私は戸籍上は男だが、実際は女だ。

 ヒロインや女性貴族に手を出す訳にはいかない。

 手を出したら最後、女性が男と思ってた女の元に嫁いでくる。

 そんな地獄絵図、辛い。

 相手の女性にも申し訳ない。

 男性貴族に手を出す訳にもいかない。

 アウイナイト公爵家の評判が悪くなる。

 長男の兄が公爵家を継ぐし、評判が悪くなれば長女の妹の結婚にも悪影響が出る。

 なので、私は考えた。

 結婚せずに、公爵領でのんびりスローライフな独身貴族な生活をすること。

 公爵家の次男だし、当主としての責任も、令嬢としての跡継ぎを作る責任もないので、身軽だ。

 私を大切にすると国の繁栄をもたらすそうだし、ひっそりと暮せば国は繁栄するんじゃない?

 というか、大切にするって誰目線でのこと?

 もちろん、私だよね?

 誰の基準なのか、はっきりしておかないといけないことが分かった。

 あとは将来のこと。恋愛しません宣言を両親に伝えておきたい。

 今はとりあえず、高熱で倒れて、親子、兄妹関係修復中なので、すぐには言い出せないけど。

 今日は週に一度の休養日だ。

 のんびりと読書をする予定だ。

 服装はゆったりとした男性物の服だ。

 私に付いてくれている侍女の、高熱を出した時に側に居てくれたルチルが選んでくれた服だ。


「やっぱり、ラピス様がお召しになると格好良くて、惚れ惚れします!」


 小豆色の目を輝かせて、両手を組んでルチルは私を見つめる。

 彼女は私より三歳上の八歳で、フルネームがルチル・パール・スカポライト。スカポライト子爵家の次女で、アウイナイト公爵家の遠縁で、将来、私の専属侍女になるために仕えてくれている見習い侍女だ。

 とても優しい女の子で、服を選ぶセンスが良い。ただし、男物の服に限る。ドレスは選んでくれない。

 私がドレスを着る姿がまだ思い浮かばないそうだ。

 何度もドレス姿を見せたと思うのだけど。


「あ、ありがとう……」


「ラピス様、休養日でも時々で構いませんので、ドレスも着て下さい。俺にもドレスを選ばせて下さい」


 胡桃色の髪、若竹色の目の男の子がルチルに負けじと訴えてくる。


「……ジャスパー、君は僕の護衛騎士見習いなんだよね? 君がドレスを選ぶ必要がある?」


 訴えてくる内容に、本を開こうとした手が思わず止まる。

 ドレスを選ばせてくれって、変態じゃないか、この人。

 この変態らしい男の子の名前は、ジャスパー・バラク・キャストライト。私の五歳上の十歳。

 ルチルと同じく、アウイナイト公爵家の遠縁のキャストライト伯爵家の三男だ。

 私の専属護衛騎士になるため、日々、鍛練という名のしごかれ中だ。

 かく言う私も男性の教養として、剣技を習っている。更には魔法も習っている。

 将来、ハイスペック氷の貴公子になるラピスラズリのこの身体は、たくさん動いてもほとんど疲れない。魔力もかなり高い。

 体力と魔力があり過ぎなので、将来、公爵領でひっそり畑とか耕したり、魔導具作ったりしながら住むのもアリだなと思っている。

 アウイナイト公爵家の事情がなければ、魔法騎士になっても良かったが、結婚の話になっても困る。結婚はやはり考えられない。したいと思わない。


「お美しいラピスラズリ様のドレス姿が俺の癒やしなんです。男性の格好のラピス様も確かに惚れ惚れしますが、可愛らしい女性の格好のラズリ様も素敵なんです。それを選ぶ栄誉を下さい」


 うわぁ~、ヤバイよ、この子!

 十歳の男の子だから、まだ、辛うじて許されると思うけど、アウト寄りのセーフだからね!

 セウト! って叫びたい。


「――へぇ、僕の大事なラズリのドレスを誰が選ぶって?」


 低く冷たい子供の声が扉の方から聞こえた。

 見ると、良い笑顔の兄が立っていた。

 青藤色の目は全く笑っていない。


「あ、セルレアイト様……」


 ジャスパーがびくりと肩を震わす。


「い、いやだなぁー。俺のような若輩者で、ただの護衛見習いがラズリ様のドレスを選ぶ訳ないじゃないですか! あはははは!」


 頭を掻いてジャスパーは誤魔化すように笑う。


「へぇ、僕の大事なラズリのドレスを選びたいと思うのは当然のことだけど、君はそうじゃないんだね?」


 尚も目が笑っていない笑顔でジャスパーを追い詰めている。

 いや、どっちだよ。

 さっきは完全に私のドレスを選ぶのは自分だけだと脅しておいて、ジャスパーが引き下がったら全員選びたいと思うのが当たり前なのに君は違うのかと非難するんかい。

 この遣り取りはこの一ヶ月でかなりの回数起きている。中身は私のドレスだったり、お菓子だったりと変わるが、大体流れは同じだ。

 見てるこちらはだんだん飽きてきた。

 だんだん面倒臭く思っている兄の名前は、セルレアイト・ラリマール・アウイナイト。

 私の二歳上の兄で、アウイナイト公爵家の次期当主様だ。

 紺碧色の髪の色、青藤色の目をしている、父の顔に似た美少年だ。

 七歳なのに、既に色気を出し始めている兄に、他家のご令嬢達に狙われるのではと、一抹の不安が残る。前世のおばちゃん魂なお節介がむくりと顔を出しそうになる。

 それはともかく、兄とジャスパーが剣呑な雰囲気になりそうだと感じ、私は話を変えることにした。


「セルレアイト兄上、今日はどうしましたか?」


「セルレアイト兄上だなんて……。ラピス、セルレって愛称で呼んでくれていいんだよ? 僕はラピスのことを愛称で呼んでいるのだから、僕のことも愛称で呼んで欲しいな」


 にこやかに微笑んで、顔をずいっと近付けて、兄は私に訴える。

 綺麗な顔が間近にあっても、私の表情筋は仕事をしない。スキル氷の貴公子は凄いな。

 普通の一般女性ならときめいているはずだ。

 ラピスラズリ、もちろん私も喜怒哀楽の感情はあるのだが、不思議なことに恋愛方面にも表情筋は仕事しない。分かったことだが、家族愛なら仕事してくれるみたいだった。

 兄がラピスラズリの元に来ることが増えたのはこの一ヶ月からだ。

 前世の記憶を思い出す前の時は、両親より来ることは多かった方ではある。

 弟が心配で気になる兄という感じだった。

 今は、それにプラス、妹になってしまった弟が可愛くて構い倒したい、という表情が見え隠れしている。

 悪い虫を近付けさせない、というよくあるシスコンに兄はなったように感じる。

 ちなみに、ジャスパーから聞いた話だが、兄のそのシスコンぶりは妹にも発揮している。


「はぁ、そうですか。では、僕もセルレ兄上と呼ばせて頂きます」


 無表情でぺこりとお辞儀をする。


「お兄様でもいいんだよ、ラピス」


 そう呼んで欲しいのか、兄はずいっとまた顔を近付け、私の手を握る。それを後ろでルチルとジャスパーが羨ましそうに見ている。


「……ラズリの時にそう呼びます」


 兄から圧力を感じ、無表情のまま頷いた。

 満足したようで、兄は満面の笑みを浮かべた。

 花を背負っても耐えられる笑顔で、嬉しそうだ。

 無表情の私には出来ない芸当だ。


「……ずるい」


 扉の方から女の子の恨みがましい声が聞こえた。

 妹だ。


「セルレお兄様ばかりずるいですわ! わたくしもラピスお兄様と手を握りたいのにっ!」


 扉を勢い良く開けて、妹が私の前までやって来る。


「アメジスト……?」


 兄から私の手を奪い、妹が握り、嬉しそうに笑う。

 何がそんなに嬉しいのか分からないが、妹は私の手をぎゅっと握っている。

 彼女の名前はアメジスト・シェル・アウイナイト。兄セルレアイトと私ラピスラズリの妹だ。

 一歳下で、父や私と同じ瑠璃色の髪、父や兄と同じ青藤色の目をした、母に似た綺麗な顔の女の子だ。

 将来、美少女、美女になるに違いない。


「わたくしもラピスお兄様と仲良くなりたいのに、セルレお兄様ばかりずるいですっ!」


 口を膨らませて、アメジストはセルレアイトに可愛く非難する。


「ごめん、ごめん。今日は僕も休養日だから、ラピスとお話がしたかったんだ。今まではこちらに来れなかったからね」


「それはわたくしもですっ。わたくしも今日は休養日だから、ラピスお兄様と姉妹のお話がしたかったんです!」


 手から今度は私の腕をアメジストはぎゅっと抱き締める。四歳の女の子の仕種は可愛いなぁ。

 ただ、彼女が言っている、お兄様なのに、姉妹の話って傍から聞いているとそれはそれで言葉がおかしい。

 まぁ、私が女性の身体になったのが原因ですが。


「え、姉妹の話? 僕は除け者?」


「セルレお兄様がどうしてもって言うなら、いいですよ! わたくしはラピスお兄様に似て優しいですから! ちなみにセルレお兄様は何だか黒いです」


 何故か、的を射た言葉だなと妙に納得してしまった。兄は確かに黒い。七歳で黒いと将来が心配だ。

 ただ、セルレアイトからしたら、心を抉る妹の一言に再起不能になるのではないだろうか。

 ちらりと、無表情のまま、セルレアイトを見る。

 胸を押さえ、少しよろけている。


「ラピスは確かに優しい子だけど、僕は黒い……? ラピスもそう思うかい?」


「どうでしょうか。今まであまりお会いしたことがなかったので……」


 無表情のまま、首を傾げる。

 前世を思い出す前の記憶では、両親よりは数は多いが、それでも兄も妹も、前世の日本の一般家庭の兄弟姉妹とのふれあいを考えると少ない。少な過ぎる。

 なので、一ヶ月頻繁に会いに来てくれても、未だに二人の性格はよく分からない。


「でも、二人共、優しいとは思います」


 感情と表情が直結しない不気味な子供に怖がる様子もなく、二人は構ってくれるのだ。こんなに優しい兄と妹はいないだろう。

 だから、嬉しく思う。

 少しだけ、表情が緩んだように感じた。


「「笑った……」」


 セルレアイトとアメジストが同時に私を見て、目を輝かせた。


「……はい?」


「セルレお兄様、見ましたか?! ラピスお兄様が少し笑いました!」


「見た、見たよ、アメリ! ラピスが僕達に笑ってくれたよ!」


 ぎゅっと、アメジストごとセルレアイトが私を抱き締める。


「初めて見た! ラピスが笑ったところ! 今まで笑ってくれたことがなかったのに」


 嬉しそうにセルレアイトが声を上げる。


「笑って下さいましたわ! ラピスお兄様のお顔、凄く綺麗だから、妹なのにドキドキしてますわっ」


 アメジストが顔を真っ赤にして、セルレアイトの言葉に同調する。


「きっと、父上も母上も見たことがないはずだよ」


「絶対そうですわっ! だって、わたくし達よりお会いする回数少ないですもの!」


 え、そんなにレアなの? 私の笑み。

 というか、妹が、無自覚だと思うが、何気に私の心を抉ってくる。

 そんなに笑ってなかったのかと、改めて思う。

 ほとんど無表情というのは自覚はあるが、一割くらいは笑っていると思っていた。

 そうか、十割無表情か……。

 我ながら表情筋、仕事してないな。仕事しなさいよ。


「ラピス、時々で良いから僕達に笑って欲しいな。あと、遠慮しないで触れ合って欲しい。僕とアメリはラピスの血を分けた兄妹なんだから」


 綺麗に笑みを浮かべ、セルレアイトが私に言う。隣でアメジストも頷いている。


「……期待に添えられるように頑張ります」


 何とか、それだけが言えた。

 嬉しいのだが、その血を分けた家族に放置された五年は幼いラピスラズリには長くて、辛くて、重かった。

 前世を思い出す前のラピスラズリがまだ怯えているように感じる。

 記憶は前世と今世で上手く混ざったように思うが、感情面はまだ上手く混ざっていない。

 だからなのか、また放置されるのではと思う部分、自分を大切にすると国の繁栄をもたらすから構ってくれるのではと思う部分、本当に改めてくれたんだと思う部分等、色々と私の中で猜疑心が渦巻いている。

 今は前世の氷の女王が前面に出ているから、今世の氷の貴公子を守れているように思う。

 何せ、氷の女王の推しは氷の貴公子だ。

 何か氷の貴公子を傷付けるようなをことがあれば、速攻、公爵家を捨てるくらいの覚悟はある。

 教養は貴族に必要なものがほとんどだけど、知識は平民でも駆使して使えばどうにか出来る。

 最悪この王国から出ればいい。

 前世の経験は今世ではかなりのアドバンテージだと思う。特に子供の間の数年間は。

 そのアドバンテージが効いている間に、見極めて自分の身の振り方を考えたらいいと思う。


「ラピス、色々起きたばかりで戸惑いや恐れがたくさんあると思う。けど、僕もアメリもラピスと仲良くなりたいんだよ」


「わたくし、大好きなラピスお兄様のずっとお側にいます。なので、離れたくないので、今日は一緒に寝ませんか?」


 ぎゅっと私の手を握って、アメジストは上目遣いで見る。一歳違いだが、身長が私より低いから自然と上目遣いになる。

 可愛い幼女の上目遣いの破壊力って凄いんだね。

 前世では結婚も子供もないけど、母性を擽ってくるな。破壊力半端ない。


「……僕で良ければ」


 無表情で言ってしまった。

 可愛いから断れないじゃないか……!

 前世も今世も開けたことのない扉を開きそうだよ、ちくしょー!

 私の推しは氷の貴公子なんだよ……!

 推し変なんかしないぞっ……!


「本当ですかっ?! やったぁ! ラピスお兄様、大好きっ!」


「あっ、アメリずるい! 僕もラピスと一緒に寝たいのに!」


「あら、セルレお兄様は男の子ではありませんか。わたくしとラピスお兄様は女の子です。何も問題は起きませんわ、おほほ」


 腕にしがみつくようにくっついて、アメジストは勝ち誇った笑みをセルレアイトに向ける。

 ……ませた四歳の幼女だな。先程から思っていたけど。

 確かに私は女性になってしまったけど、お兄様は女の子ですは何か語弊がある。幼女に言われると心が痛い。


「ぐぬぬ。ラピスが男の子だった時に無理にでも一緒に寝ておけば良かった……」


 いや、お兄さん、何で妹と張り合ってるの。

 というか、まだ兄も七歳なんだから、何も問題は起きないだろうに。多分。

 私も五歳な訳だし。


「あの、セルレ兄上も一緒に寝ますか……?」


 何となく哀れに思ってしまい、セルレアイトに声を掛けてみる。

 大人になったら無理だけど。今の年齢なら、あと二、三年はギリギリ大丈夫だと思う。


「いいの? ラピス……!」


 嬉しそうに目を輝かせて、セルレアイトはこちらに身を乗り出して聞く。


「いいも何も、セルレ兄上は元弟、現在妹に何かするおつもりですか?」


「ないよ。頭を撫でたりとかはすると思うけど、兄妹としてだし」


 成程、シスコンですね。あ、褒め言葉です。


「……それなら、いいのではないでしょうか。アメジストもいいですか?」


「ラピスお兄様、わたくしのことはアメリって呼んで下さい! セルレお兄様は愛称で呼ぶのに、妹のわたくしは愛称じゃないのは嫌です。言葉遣いも敬語はやめて下さい!」


「分かったよ、アメリ」


 口を膨らませながら、アメジストは私に上目遣いで訴えられ、頷くしかなかった。

 愛称でアメジストを呼ぶと、とても嬉しそうに微笑んだ。

 

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