第9話

純は涙を流していた。純にとっての恩師がその目の前にいたからだ。

「本当・・・お久しぶりです・・・でも・・・どうして⁉︎」

純は当然の疑問を斉藤にぶつけた。すると斉藤は、

「なあに・・・教え子が本当のピンチになったら助けるのが先生の役目だから」

そうにっこり笑いながら、純に答えた。そんな純に蔵馬が、

「実は俺もさっき詳しく聞いたばっかりなんだ・・・これまでの経緯と何で今ここに現れたのかを」。そう純に話した。話はこの一時間前のことだった。


早朝、朽木はいつもの様に管理人として仕事をしていた。そんな時に一台の車が施設の前に止まるのが見えた。朽木にはその状況が理解出来なかった。なぜなら、今はマリアの起動した装置によって、ここの施設に辿り着く道は完全に遮断されていたからだ。

そして更に、その人物の顔を監視カメラで見て、朽木は驚いた。その人物こそ、朽木が蔵馬からの名を受けてずっと一時期探していた人物だったからだ。そしてそんな朽木のタブレットにマリアからのメールが届いた。

【その人をこの施設内に案内して私のところまで連れて来て下さい】

朽木は少し疑問に思いながらも、施設の外に出てその人物を施設に招き入れた。

その人物も、その施設の中の設備に最初は驚いていたが、施設内まで入ると少し涙を浮かべながら一言、

「本当・・・凄いものを作ったね・・・健人くん・・・」

と呟いた。そしてそのまま朽木に連れられて、マリアがいるオペレータールームにその人物を連れて行った。

「マリアさん。お連れしましたよ」

朽木がそう言った後で、マリアは朽木に一言感謝を述べると、

「ご無沙汰してます。斉藤さん」

そう頭を下げてその人物に挨拶をした。朽木は最初意味がわからなかった。そんな朽木をよそに斉藤は、

「マリアちゃんも随分立派になったね・・・一時期は犯罪者だったのに・・・健人くんと巡り会えたことがよかったんだね」。そうその人物はマリアに言った。するとマリアは、

「いえ・・・全て斉藤さんのおかげです・・・でも良かったんですか?ここに来て・・・今まで会わない様にしていたはずですが・・・」そうその人物に言うとその人物は一言、

「教え子の本当のピンチに来なかったらワシはもう先生を二度と名乗れないよ」

と言いそして、

「それじゃーマリアちゃん。寝ぼすけをワシは起こして来るとするよ。どうせいつものとこにいるんじゃろ?」そうマリアに尋ねるとマリアは頷いた。するとその人物は朽木に対して、

「それじゃー行きましょうか・・・屋上に・・・」

とだけ言って朽木に蔵馬のところまでの案内をお願いした。朽木は色々疑問に思いながらもその人物を蔵馬の下まで連れて行くことを決めて屋上にその人物を案内した。


その部屋には予想通り蔵馬が眠っていた。するとその人物は寝ている蔵馬に対していきなり、

「コラ!健人!起きんかい!」

と怒鳴った。蔵馬はその声に飛び起きた。そしてその人物を寝ぼけた目で見た。そして戸惑いの表情を浮かべた。

「せ・・・先生・・・⁉︎ 斉藤・・・先生・・・⁉︎」

そう寝ぼけた声で、その人物を見ながら蔵馬は言った。その言葉に対してその人物は、

「全く・・・お前と言う奴は・・・昔からそうじゃの・・・こうと決めたら人の意見なんか全然聞かずに・・・で結局友達を巻き添えにして・・・それでワシに何回怒られたか忘れたんか!冷静に考えたらあれが敵の罠なくらい誰にでもわかるじゃろ!」

そう言ってまだ少し寝ぼけている蔵馬に対して説教を始めた。蔵馬は戸惑うことしか出来なかった。でもその懐かしい声に、なぜか怒られながらも涙が出てきた。そして少し冷静になると、

「そ・・・そうだ!斉藤先生。そもそも何でここに来れたんですか?そもそも何でそのこと知ってるんですか?」と言った。すると斉藤は呆れた様子で、

「何じゃ何も知らんのか・・・本当にお前は昔から女性に弱いというか何と言うか・・・肝心なところで鈍感と言うか何と言うか・・・」そこまで話した後で、

「マリアちゃんじゃよ・・・実はマリアちゃんから全て聞いていたんじゃ。だからお前の動きも全てわかっておったし、お前が今何をしているかも知っておったんじゃ」

そう淡々ととんでもないことを話した。その言葉に側にいた朽木は全てを悟った。

「だ・・・だから見つからなかったんですね・・・今まで・・・まさかこちらの情報が筒抜けだったとは・・・お恥ずかしい限りです」。そう言って何とも言えない表情を浮かべた。

(まったく・・・マリアめ・・・さすが元一流詐欺師だな・・・まさかこの俺まで騙していたとは・・・)

蔵馬はそう思いながら、何とも言えない表情を浮かべた。そして、

「で・・・でもどうやってここまで来れたんですか?施設までの道はマリアが導いたとしても・・・この場所ってその【希望の郷】の位置とは少し変えているのですが・・・」

そう言って蔵馬は自分が思っていた最後の疑問を、斉藤にぶつけた。すると斉藤は、

「・・・三十年経過しようがワシはこの場所は忘れないよ・・・この場所じゃもんな・・・よくお前達が遊んでいた施設の裏山は・・・ただ広いだけ・・・そして危険な崖もある・・・それでもお前達の遊び場じゃったなここは・・・姿など見えなくても・・・道などわからなくても・・・教え子の遊び場はワシは忘れたことは一度もないよ・・・そしてお前が建てたのなら、絶対元の場所ではなくてここだってことは、ワシにはわかっていたよ。どこか用心深かったお前のことだ・・・正規な道で来れる【希望の郷】の跡地ではなく、そことは違う道でないと来れない裏山側に・・・この一見何も無いところに建てることは容易にわかったよ」。そう少し微笑みながら、斉藤は蔵馬に答えた。

蔵馬はその言葉にまた涙を流した。斉藤は三十年以上経過しても、教え子のことを熟知していたのだった。その素晴らしい恩師の言葉に、ただ涙を流すことしか蔵馬には出来なかった。

そんな蔵馬を見て、

「まったく・・・そこまで用心してるのに君は・・・本当肝心なところがダメだね・・・本当仲間達にもっと感謝した方がいいよ・・・君を助け出したのは他ならない君の仲間達なんだから」

そう言って、斉藤は泣いている蔵馬にマリアから聞いた昨日のことを話し出した。

時は更に遡り、昨日の昼間に戻る。

蔵馬が後にしたミーティングルームで純と唯と舞と緑はまだいた。

そして純が皆んなに話を切り出した。

「ねえ・・・私やっぱり今回はやめた方がいいと思う・・・でもあの人言って聞く人じゃないし・・・どうしたらいいのかな・・・」少し涙目に話す純に緑が、

「純ちゃん・・・多分説得は無理だよ・・・でも・・・もしこれが罠だとしたら・・・助け出すことは出来るかもしれない・・・私達が力を合わせれば」

そう言って全員に協力を仰いだ。すると唯が、

「でも、どうやって?」と緑に質問した。すると緑は、

「まず、事の真偽を確かめないといけないわね。それは私と舞さんの方で影山さんに詳しく聞いて来ます。唯ちゃんと純ちゃんはその間ちょっと施設の方をお願い。それと純ちゃんはマリアさんにもこの事話しといて。恐らく彼女の力が必要になるはずだから」

そう言って、そこにいた全員に指示を出した。

純は緑に言われた通りに、状況をマリアに説明しに行った。マリアはその純の話しに少し頷いた。そしてその間に舞と緑は影山の元に、その時の状況の確認をしに行った。


影山の元から緑と舞が戻って来た。そして何と今回は影山も一緒に施設に来た。

そしてそのタイミングで純と唯も呼び出され、ミーティングルームに全員が集まった。

そして影山が話を切り出した。

「状況は二人から説明聞いてわかりました・・・ありえないかもしれませんが、最悪のケースを想定して私の仲間にも声を掛けておきました。一応いつでもそれぞれ出動出来る様にはしてます」。そう言って全員に今の状況を話した。そして、

「仮に、もし全てが罠だったとした場合、健人を助けに行くと、もしかしたら皆さん警察に追われる立場になるかもしれません。そして、最悪逮捕されるかもしれません。・・・それでも助けに行きますか?・・・それ程の男ですか?健人は」

そう言って全員に意思確認を行なった。すると唯がまず話し出した。

「私は、一度保育士を諦めた人間です。でも、蔵馬さんに出会って、また保育士をやらせてもらえるようになりました。これが恩返しになるとまでは言わないですが、たまには蔵馬さんを助ける役目を自分もしてみたいです」

するとその言葉を聞いて、今度は舞が話し出した。

「私は、元警察官だった。だから、犯罪者になるって聞くと何か変な感じがする。でも、それでも恩人を見捨てることはしたくない。たとえ自分が逮捕されても。それにこの施設にいれば子供達は安心だし、何より私は子供に困ってる人には手を差し伸べなさいといつも言っている。そんな私が、蔵馬さんを見捨てることはしたくない」

するとその言葉を聞いて、今度は緑が話し出した。

「私は、弁護士です。だから法に触れることをすると、下手したら弁護士資格を失うかもしれません。でも、今までも違法に近いことに手を染めて来ました。それもこれも全て、あの日蔵馬さんの為に生きると決めたからです。だからたとえどうなっても、私は後悔はしません」

最後に、唯と舞と緑の話しを聞いた純が、話し出した。

「私は、皆さんに比べたら何の取り柄もないただの一公務員に過ぎません。そして正直皆さん程の熱い気持ちも蔵馬さんには全くありません。だけどあの人がこの施設にとって、そしてこの施設にいる全員にとって、そして今虐待を受けている子供達にとって、とても大事な人だってことはわかってます。だからあの人は絶対に逮捕させちゃいけない。最悪、私が身代わりになっても。あの人は私が、私達が守ります」

その全員の意思を影山は確認した後で、

「・・・まったく・・・本当に健人が羨ましいよ・・・こんなにも思ってくれている仲間と一緒に仕事が出来て・・・」そこまで言った後で、

「今回の件は我々にも責任があります。そして、健人は絶対俺の話しも聞こうとはしないことも、古い付き合いだからよくわかっている。だから俺も、全力で健人を守りに動く。微力かもしれないけど、我々も皆んなの力になります」

そう言った後で、どこかに連絡をしたかと思うと、影山はミーティングルームを後にした。

しばらくしてから、影山から全員に作戦の指示が伝えられた。


そして現在。

「まずは皆んなに謝らないといけないな。皆んな昨日は本当にごめん。俺が間違っていた」

斉藤から昨日のことを全て聞いた蔵馬が、全員に頭を下げて謝罪した。

「顔を上げて下さい蔵馬さん。私達はある種間違いを犯している人間でしょ?その責任者が蔵馬さんです。だから私達には蔵馬さんを全力で守る義務があります。その義務に従っただけです」。緑がクールにそう蔵馬に言った。その後で舞が、

「蔵馬さん。アンタにそういう姿は似合わないよ。もっといつもみたいに堂々とした姿を見せて私達を導いて下さいよ」。そう熱く蔵馬に言った。その後で唯が、

「子供でも間違いを起こします。大人が間違いを起こさないと誰が言えますでしょうか?大事なのはそこからどうするか。それだけです」

そう優しいような厳しいような言葉を蔵馬に掛けた。最後に純が、

「別にアンタのこと助けたなんて思ってないから。こっちはこの施設に必要な人物を助けただけだから。アンタはここの責任者なんだし。助けるのが当然でしょ」

そう少しお茶らけた様ないつもの蔵馬に対する言い方で、蔵馬にそう答えた。

そんな全員からの叱咤激励を受けて、蔵馬は一筋の涙を流して、

「皆んな・・・本当に・・・ごめん・・・」と言った。その姿に斉藤が、

「ホッホッホ・・・健人くんも大人になりましたね。ちゃんと謝れる人間になってたんですね。先生はとても嬉しいです」。と言って蔵馬のことを褒めた。そして、

「さて、過去のことや思い出話はこれぐらいにして、本題に入りましょうか。もうそろそろあの子達も来ることでしょうし」

と話し出した。するとさっきまで頭を下げていた蔵馬が頭を上げて、

「あの子達?・・・先生・・・それって・・・まさか・・・」

蔵馬がそこまで言った後で、ミーティングルームの扉が開いた。そしてそこには影山と涼子がいた。二人共マリアに呼び出されてここに来たのだった。マリアは二人にも現状について話していたのだった。そして斉藤先生を見た二人は、

「本当に・・・斉藤先生だ・・・ご無沙汰してます・・・」と影山が頭を下げて挨拶をし、

「斉藤先生・・・お久しぶりです」と涼子も頭を下げて挨拶した。

二人共眼には涙を浮かべていた。二人共マリアから受けた連絡に対して半信半疑だったこともあり、目の前に本当に恩師が現れたことで、思わず涙を流したのだった。

「誠くんも涼子ちゃんも本当に立派になって。先生はとても嬉しいです」

斉藤はそう言って二人に言葉を掛けた。そんな様子を見てた蔵馬が、

「涼子姉ちゃん。そういえば大丈夫なのかよ?今藤原に目付けられてんじゃないのか?よくここに来れたな」。と涼子に声を掛けた。すると涼子は、

「それは・・・ね・・・優秀な影山軍団のフォローでね・・・しかし本当凄いね誠の軍団は。私にもたまに貸して欲しいぐらいだわ」。そう蔵馬に答えた。すると影山は、

「軍団・・・じゃなくて仲間だから・・・それと貸し出しはしてないから・・・」

と少し無粋な顔で涼子にそう答えた。涼子はそんな影山の言葉に、舌をペロっと出して、

「そうなんだー・・・ザンネン・・・」

と言った。そんなやり取りの後で斉藤が話を切り出した。

「さて。全員揃ったところで、まずは今回何があったのか話そうかのー。そもそも今回敵は児相のスキとも言えるところを突いて来たのじゃ・・・通報者の身元の確認をしないというな・・・それもそのはずじゃ。本来は児相は通報を受けると、まずはその通報先を訪問してその様子を確認するのが原則であり、通報者が誰かなどとは調べもせん。藤原はその仕組みを使って巧みに虐待の情報を操り、誠くんに接触をしてきた。もちろん向こうもまさかその人間が直接の指示をそこに与えている人物等とは知らない。それは誠くんが作ったシステムによるものだが。藤原はそこではなくその情報で罠を仕掛けて来た。そして偽の虐待案件を作り出し、誘い出して一網打尽にしようとしたのじゃ。だがそこを健人くんの仲間達が気付き、向こうの作戦は失敗に終わったわけじゃが・・・」そこまで話した後で斉藤は、

「さて・・・じゃーなんでそこまでのことを藤原が今仕掛けて来たのかのー?何でそこまでして健人くん達を捕まえたかったのか・・・なぜじゃと思う?」

そう言って蔵馬に質問した。その質問に対して蔵馬は、

「そりゃー・・・俺達のことが気に入らないからじゃないのか?」と答えた。すると斉藤は、

「やれやれ・・・・君は相変わらず物事の本質を見抜くのが下手な子じゃのー」

と蔵馬に言った。そんな様子を見ていた純が、

「もしかして・・・私達が邪魔だった?」と斉藤に言った。すると斉藤は、

「おお、君は中々鋭いのー。でもそれだと半分正解までじゃ」。と純に言った後で、

「実は藤原は三十年前のことを一度も公表していないのじゃ。そしてそれだけではない。その子のことをどこにも載せていないのじゃ。つまり、まだあの時の子供は藤原の手元にいるのじゃ」、と斉藤が皆んなに話した。すると影山が、

「それって・・・ま・・・まさか・・・藤原がまだその子供を手籠にしてるってことですか?」

と斉藤に問いただした。すると斉藤は、

「あー・・・そうじゃ・・・じゃがそれだけでも非道なのじゃがこいつはその上を更にいっておる。そもそもなぜこいつは全国に施設を作り出した?もちろん裏の顔である裏稼業の人への人物斡旋もあるが、それなら特定の場所で集中に作ればいいだけじゃ。なぜ全国で作った?」そこまで斉藤が話すと今度は涼子が、

「もしかして・・・カモフラージュ?実の隠し子の?・・・いや・・・隠し子の隠し子の⁉︎」

そう斉藤に尋ねた。すると斉藤は、

「さすがじゃな涼子ちゃん。その通りじゃ。藤原は全国各地に作った施設の中で育った子の中で愛人ネットワークを作り上げ、そして愛人を色んな権力者に斡旋するという仕事も行なっておったのじゃ。じゃが、当然そんなことをしていると、その愛人とその関係を持った男の間で様々な問題が起こってしまう。当然藤原はその問題の解決も行なっておる。そして、その問題の中で最も厄介な問題が妊娠なんじゃ。大抵の愛人を持つものは家庭を持っておる。そういう者達にとって妊娠されるということは、とても困る問題でしかないのじゃ。じゃがこの問題に対して堕胎を選択する愛人はそんなにいない。なぜなら彼女達は家庭を持ちたいと思っている子が多いからじゃ。そしてそういう子は大抵こう言う【認知だけして欲しい】【一人で育てるから援助だけして欲しい】と。じゃがそんなことをするといずれ何か問題があった時に、その隠し子は必ずバレてしまう。そこでこの問題に対して藤原は解決方法として、子供をわざと産ませた後でその子を回収して、その子供を施設に捨て子として渡す方法を編み出したのじゃ」

「そうして子供が出来た愛人に対しては、子供を違和感なく産ませた後で、その斡旋した愛人に選択を迫ると言われておる。その選択が、関係の継続か終幕かだそうじゃ。もし、ここで関係の継続を望んだ場合、今まで通りの関係の邪魔になる存在として、子供を取り上げるんじゃ、そしてここで終幕を選択した場合は、その場で手切れ金を渡して子供を奪い取るんじゃそうじゃ。もちろんそれに抵抗する女性も中にはいるじゃろ。じゃがそういう女性に対しては藤原は一言こう言うそうじゃ、

『お前の存在程度ならいくらでも罪をでっち上げて刑務所送りにすることも私には可能だ。本当に子供のことを考えるならお前は何もせず今まで通りの生活をすることだな。もっとも、この国の編集長クラスは全て私の言葉一つで動くから、お前のような存在に耳を貸すことなどあり得ないがな』。そうやって、その女性の心を折ると言われておる。こうして女性問題で一番厄介な揉め事を力と金で全て押さえ込んで来て、その功績で幹事長まで登り詰めたのが藤原辰巳という男なんじゃ」。そう言って斉藤は藤原の悪行を全員にバラした。

斉藤のその話にそこにいた全員が絶句した。藤原は、今まで蔵馬達が対峙してきた悪人の更にその上をいくクズだということをそこにいた全員が肌で感じていた。

そして更に斉藤が話を続けた。

「そしてもう一つ、藤原は自分の当時の愛人に対してもそれを行おうとしていた。まだその頃はそこまでの力も無く、全国にも施設を作る力も無かったが為に、誰の目も届かないところにその子供を連れて行くことにした。そこは山の上にある施設じゃった」

そこまで聞いて蔵馬は驚愕した表情になり、

「ま・・・まさか・・・そこって・・・」と言った。すると斉藤はその問いに答えるように、

「そう・・・それのターゲットにされたのが【希望の郷】じゃ。藤原はここを拠点として、その愛人ネットワークの基礎を作ろうとしていたのじゃった。そしてワシはそのことに気付いてしまったのじゃ。なぜならその子供こそが、健人くん達もよく知っている芽衣ちゃんじゃからじゃ」

と答えた。その名前に蔵馬と影山と涼子はただただ驚いた。薄々は三人共あの日気付いていた。その芽衣ちゃんが来た後で、斉藤が捕まったから芽衣ちゃんが何か知っていると。だから蔵馬も影山も涼子もお互い何も言わなかったが、その少女を個々で探していた。髪が金色でハーフのその少女のことを。その少女は、なぜ自分がここに連れて来られたのかわかっていなかった。そして蔵馬や影山や涼子が声を掛けても無視をする子供だった。ただ一言、口癖の様に『ママが必ず迎えに来る』とだけよく言っていて、大きな熊のぬいぐるみを手放そうとはしない六歳ぐらいの女の子だった。蔵馬はよくその子を泣かしていて、斉藤先生に怒られていたからよく覚えていた。

「まさかあの芽衣ちゃんが・・・斉藤の子供・・・⁉︎」

蔵馬は三十年越しのその斉藤の告白にただただ驚いて腰を抜かした。影山と涼子は声が出せないくらい絶句していた。そんな蔵馬達に斉藤は更に話を続けた。

「ワシは聞いてしまったのじゃ。ある日芽衣ちゃんから直接の。『急に家に変な男達が来て芽衣を攫っていったんだ』っての。そして聞いたのじゃ、その芽衣ちゃんの家に来ていた男のことをな。ワシはその名前を聞いてただ驚いたよ。ママが言っていたパパの名前がタツミって言って何かギインさんみたいな人って芽衣ちゃんが言ってたから。それに該当するのは藤原辰巳しかいなかったからの。ワシは事の真偽を確認する為に、芽衣ちゃんを連れて来たその児相の職員に電話したよ。そしたらそんな人物はいませんと児相から言われたんじゃ」

「その数日後じゃったかな。厚生労働大臣になったばかりの藤原辰巳が【希望の郷】に現れたのは、そして開口一番、『余計な詮索はしない方が身の為ですよ』って言って来たのじゃ。

そしてこの施設を安泰した施設にしたいとか言いながら、愛人ネットワークに協力する様要請して来たのじゃ。ワシはその言葉に激怒して藤原辰巳に殴りかかろうとした。残念ながらその取り巻きに阻止されてしまったがの。そして辰巳は最後に一言、『私に楯突いた事、後悔しますからね』と言い残して帰っていった。そしてその翌日じゃった。ワシが逮捕されたのは。ワシはその逮捕が藤原が仕組んだ事だとすぐに理解したよ」

そして更に斉藤は話しを続けた。

「そうして逮捕されて戻った時には、【希望の郷】は取り壊されてしまった後じゃった。ワシは全てを失ってしまい、しばらくは生きる希望を失っておった。じゃが、君達が色んなところに引き取られてからそれぞれ元気に成長している姿を人づてに聞いて、ワシはもう一度生きる希望を見出したのじゃ。じゃが、今のワシにはそんなお前達に会う資格などは無い。じゃからワシは、それからただ一人で放浪しながら、非行に走った少年少女を見つけては声を掛ける、そういうことをしておったのじゃ。マリアもその時ワシと出会った人物の一人じゃよ。そして、そんな生活を長年送っていた時に、マリアから連絡を受けたのじゃ」

「『蔵馬さんって、確か以前郷長していた施設の話しをしていた時に話していた人ですよね?縁あって今一緒に働いています。これから施設立ち上げるそうですが、この施設に来ませんか?蔵馬さんも斉藤先生のこと待っていると思います』」

「じゃがワシはその申し出を断った。今のワシが行っても何の力にもならないと思ったからじゃ。そしてマリアから藤原への復讐のことも考えていると聞いて、ワシは将来少しでも健人くんの力になれたらいいと思い、普段の生活を送りながら少しずつ藤原の身辺を調査していたのじゃ。そしてそんな時に、君達が藤原から追い詰められているとマリアから聞いて、急いでこの施設に来たというわけじゃ」

斉藤はそう言って、自分が逮捕されてからこれまでのことを全て蔵馬達に話した。

それだけ話した後で、斉藤が全員に尋ねた。

「少し思い出話で話が逸れてしまったが・・・さて・・・そこまで聞いた上であえて聞こうか・・・これから先どうしたい?いずれにしても警察が動き回っている間は当面活動は出来ないと思うが・・・」その問いに対して蔵馬が、

「・・・決まっている・・・藤原を・・・潰す!・・・これは別に復讐とかそういうんじゃなくて・・・こいつが関わった人物全てから子供を奪い取る。そして藤原の悪行を白日の元に晒してやる!そうしないと・・・この子供達が可哀想過ぎる・・・この子達の親も・・・いや関係継続を選んだクソ女はどうでもいいが・・・一緒に過ごすことを望んだのにそれが許されなかったママになろうとしていた女性は、あまりにも可愛そすぎる・・・俺はこいつだけは絶対許せない!」

と言い切った。その言葉に斉藤が少し何か言い掛けたが、そこに間髪入れずに唯が、

「この子達はまだ自分が誰の親かも知らない・・・それが幸せなのかもしれない・・・でもそれはこの子達が決めることで、わけの分からない大人が決めることではないです。だから私はこの子達の親を他ならないこの子達に教えたい。その上で言いたい。あなたはこうして産まれて来た。貴方はそんな親と一緒に暮らしたいですか?って」

そう言った。その言葉を聞いて舞が、

「つまり、子供と一緒にいたいのにそれが叶わなかった親がいるってことだよな?そんなことが許せる世の中に私はしたくない。だからそんなことを平気でする奴は捕まえないといけない。そして法の下で裁かれないといけない。だからこの男の罪は暴かないといけない」

と言った。その後で今度は緑が、

「おそらくここまでの悪行が罷り通っている以上、警察だけではなく他にも色々協力者はいると思います。それだけのことをこの男はしています。でもだからと言って見過ごすことはしたくありません。法に関わるものとして、この男は法の下で裁かれないといけません。その為にはとにかく多くの証人が必要です。だから一人でも多くの協力者を探し出す必要があります。たとえそれが犯罪行為になろうとも、私は一人でも多く助け出したいです」

と言った。その後で純が、

「私達はそこまで力があるわけでもないし、私なんて何の力も無い人間です。でもだからと言って誰も助けないってのは違うと思います。そこに救いを求める声があるのであれば、子供と一緒に暮らしたいと願う親がいるのであれば、私はその手助けをしたいです」

と言った。そして、それぞれの言葉を聞いて影山が、

「私達闇の児童相談所の役割は、虐待された子供をその親から助け出すことです。一緒に暮らしたいと願う親に対して、ましてや虐待もしていない親から子供を取り上げる様なことを今までしたことは一度もありません。よって私達はこの男のした行為を許すことは出来ません。なので今回の件は最重要対応案件として、健人達に協力したいと考えています」

と言って自身の決意を述べた。その後で涼子が、

「私は都知事の立場上表立って動くことは出来ない。でも気持ちは皆んなと同じ。藤原は許せない。だから陰ながら応援するし協力もするわ」

と言った。その全員の言葉を聞いて斉藤は、

「健人くん、誠くん、涼子ちゃん。本当に大人になったね。そして健人くんの仲間の皆さん。皆さんの気持ちはよくわかりました。それではこれを渡します」

そう言って斉藤はUSBメモリーを蔵馬に渡した。そして話を続けた。

「この中には、私が今まで調べた藤原が設立した施設にいる子供達のデータが全て入っています。それを元に調べれば、その親が誰で今どこにいるかわかるはずです。後は皆さんに託します。私は年齢的にももうそこまで動けないので」。そこまで話した後で更に一言、

「それとこれはワシの直感なんじゃが、芽衣ちゃんは多分まだどこかにいると思う・・・いや・・・おそらく芽衣ちゃんの子供がどこかの施設にいると思う・・・そして芽衣ちゃんの母親もどこかにいるはずじゃ。そしてこの三人を見つける事が必ず藤原を捕まえる為に必要になると思っておる」。それだけ付け加えて斉藤は話を終えた。そして、

「それでは私はこれで帰ります。朽木さんまた案内をお願いします」

と言ってその場から立ち去ろうとした。そこで少し立ち止まって、

「最後に一言。健人くん、動くなら今ではなくて一週間後にして下さい。そしてその間に作戦を練って下さい。藤原がどんなに力があっても、一週間何も無ければ警察としてはもう動けません。そもそもたかだか住居不法侵入では、そこまで警察も動けませんよ。警察も暇では無いですから。だからそこが狙い目です。では頼みましたよ」

と言い残して、その場を去っていった。そこにいた全員が立ち上がって斉藤の方を向いて、無言のまま頭を下げた。その後で、

「じゃー私はそろそろ帰るわね。長いこといたらそれこそ藤原に突かれてしまうもの」

と涼子が言った。そして、

「俺も涼子姉ちゃんと一緒に戻る。そして俺達の方でも作戦を練って来る。健人、今こそ俺達全員の力を結集する時だぞ。決して先走るなよ」

と、影山が蔵馬に釘を刺すように言った。その言葉に蔵馬は少し無粋な顔をしながら頷いた。

そして涼子と影山もミーティングルームから出て行った。

残った全員に対して蔵馬が、

「・・・聞いての通りだ・・・現状考えても・・・今は動かない方がいい・・・今動くことは相手の思うツボだ・・・だから・・・当面の間夜の活動は停止する。異論はないな?」

と言った。その言葉に少し全員キョトンとした。そして、

「蔵馬さん冷静になりましたね」、と唯が言い、

「元々そのつもりです」、と舞が言い

「異論なんか一切ありません」、と緑が言った。そして最後に純が、

「うん。蔵馬さん。私もそうしたい」、と言った。その全員の言葉を聞いて蔵馬が一言、

「決まりだな・・・ただミーティングはそれまでいつもの様に毎日行うからな。そして一週間後、俺達は根こそぎ回収する。大変な作業になるかもしれない。皆んな覚悟してくれ」

そう全員に締めの一言を言った。その言葉に対して全員が、

「はい!」と言った。

そして蔵馬達は、普段の施設での生活を送りながら、日々作戦を練っていった。

この蔵馬達の作戦は当たった。警察は全く動きが無くなったことで、捜索自体を諦め出した。

そして気づけば一台また一台と、その施設の山から警察はいなくなっていった。

そして一週間が経過した。


その日、午後のニュースで速報が流れた。

「今日午後二時頃、民事党幹事長藤原辰巳の家に、何者かが侵入しました。現在警察が捜査をしていますが、特に金品が取られた等の情報は何も入って来ていません・・・」

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