第8話
「ピピピッ!ピピピッ!」
純のスマホのアラームが鳴っている。純はその音と共に目を覚ました。
(んと今日の予定はっと)
純はそう言いながらタブレットを開いてスケジュールを確認した。
だがそこには何の予定も入っていなかった。
(どういうこと⁉︎ こんなこと今まで無かったと思うけど・・・)
純は心に妙な不安を抱えながら、いつもの様に十時頃に部屋を出た。
職員室にはこの時間には珍しく全員揃っていた。
そして気付いたら数日間姿を見ていなかった朽木も、そこにいた。
純はすぐにそのただならない雰囲気に気付き、
「どうしたんですか?」と唯に尋ねた。すると唯は、
「今日朝スケジュールを確認したんだけど・・・会議が入っていなかったのよ・・・それで妙な胸騒ぎがして・・・来てみたら皆んな同じ様に来てたってわけ」と純に答えた。舞も、
「今まで・・・こんなことはなかったからな・・・皆んな何か感じたんだろうよ」
と純に話した。緑も、
「そうねえ・・・確かに蔵馬さんそこだけはいつもきちんとしてるから・・・ねえ朽木さん。何か聞いてない?」と言って朽木に尋ねた。
「そうそう。朽木さん。最近どこ行ってたんですか?何か姿見てなかった様な気がしてたんですが」
そう思い出した様に、純は朽木に尋ねた。
すると朽木はそれが合図だったかの様に、重い口を開いて皆んなに話し出した。
「そろそろ話す時が来たのかもしれませんね・・・実は先刻、蔵馬さんよりある人物の捜索を依頼されていて極秘で捜索をしていたんです。その人物というのが、実は元【希望の郷】の長である斉藤信義さんなのです。私は彼の顔を知る数少ない人物なのでね」
そう言って朽木は、自分が今まで隠していたことを皆んなに話し始めた。
するとその話しを聞いた唯が、
「まさか・・・もしかして・・・蔵馬さん昨日から帰ってないんですか⁉︎」
そう言って、昨日の夜のことを皆んなに話し出した。すると朽木が、
「そうです・・・あの後蔵馬さんから連絡がありまして、もう捜索はいいからしばらく施設の方の管理を頼むって言われまして。それで昨晩私は蔵馬さんと合流して情報だけ渡してこの施設に戻って来たってわけです」
と蔵馬との昨晩の出来事を話し出した。
そうしてみんなが蔵馬のことを気にかけている時に後ろから声がした。
「Hi! Everyone! 何をしているんデスか?」
そこにいたのはマリアだった。マリアはあまりにも職員室がただならない雰囲気なのを察して声を掛けて来たのだった。
「実は・・・」純はマリアに今までのことを全部話した。するとマリアは、
「なんだ。そんなことで集まってたんデスね」と言った後で、
「で・・・アンタらは何してんの?そうやって集まって。そんなことしてたら子供が不安になるやろ?うちらはここの職員でありそれぞれの責任者やろ?ならそんな顔してたらあかんやんか。皆んなシャンとしいや!」
と言って、そこにいた全員の不安を吹き飛ばす様に発破を掛けた。
「そうだね・・・うん・・・あの男のことだからどうせその内帰って来るに決まってます。私達はそれを信じて仕事しながら待ってましょう」
その発破に対して、純が呼応するかの様にそう言った。その言葉に、
「そうだね・・・仕事しよか」。と唯が言った。
「何かアンタに発破かけられるのは嫌だけど。でも言ってることは一理あるからな」
と舞が言った。
「確かにそれですね。そして蔵馬さんはここに帰って来ることしかないのも事実です。ならばここで普段通り仕事しながら待つというのが一番いいのでしょう」
と緑が言った。そして三人は、それぞれ自分の仕事に取り掛かった。
その姿を見たマリアはにっこりと微笑むとオペレータールームに消えていった。
純は皆んなのその姿を見た後で一人下の部屋に降りて行き、それぞれの部屋の手伝いを行い出した。
時刻は十四時を回ろうとしていた。そんな折、朽木から全員に連絡が入った。
「蔵馬さんが帰って来ました」
その知らせを受けて、純は二階の職員室に戻った。
そこにはいつもの様に蔵馬がいた。その姿に純はとりあえず一安心した。
そしてそれはそこにいた皆んな同じだった。そんな皆んなを見て蔵馬が、
「悪かったな・・・ちょっと夜通し人を探してたもんでな・・・ちょっとスケジュールの更新を忘れてた」。そう少し悪びれがら皆んなに謝った。そして、
「でも手ぶらでは帰ってないからな。影山のところにも寄って最優先で対応しないといけない案件をもらって来た。と言う訳で今から緊急ミーティングだ」
蔵馬はいつもの口調で全員にそう言った。
全員その蔵馬に従いミーティングルームに入っていった。
純はその緊急ミーティングに変な胸騒ぎがした。
「今回のターゲットは・・・」
蔵馬はそこまで言った後で、急に声高らかに笑い出した。
みんながその姿に騒然としていると蔵馬は、
「遂に・・・遂に・・・捕らえた・・・三十年待っていたターゲットだ。俺と影山が探していたターゲットだ」
と喜びに打ちひしがれながらそう言った。そのあまりの異様さに純が切り出した。
「あの〜蔵馬さん?よくわからないんで説明してもらえませんか?」
そう純が言うと蔵馬は、
「ん?ああ・・・そっかー・・・お前にはちゃんと話してなかったんだっけな・・・丁度いい機会だから話しておくか」
そう言って蔵馬は自分の過去を話し出した。
「実はこの場所・・・まー正確に言えば少し違うが・・・ここには以前、児相から保護された子供達が暮らす施設があったんだ。その施設の名前は【希望の郷】。そしてそこの長こそが俺が三十年探している人物である斉藤先生だ。」
更に蔵馬は話しを続けた。
「斎藤先生は本当の父親や母親の様に、俺達に接してくれた。俺も実は実の親からネグレクトを受けて保護された施設育ちなんだ。そして誠も涼子姉ちゃんもな。そんな俺達に斉藤先生は本当の親の様に、時に厳しく叱り、時に優しく抱き締めてくれて。だから俺は斎藤先生のことを本当の親の様に慕ってたんだ」
蔵馬は遠くを見つめながら、そして時に少し昔を懐かしみながら、皆んなに話した。
「でも、そんな日々はある日急に無くなった・・・斎藤先生が逮捕されたんだ。それも児童虐待っていうあり得ない罪で」。蔵馬は急に言葉を荒げながら、そう皆んなに話した。
「俺達は当時施設を訪れていた警察に話したよ。斎藤先生に限ってそんなことはないって。だけど警察は、一切俺達の言葉には耳を傾けてくれなかった。それどころか『怒られた時に手を出されたことは本当にないのか?』って尋問みたいに聞いてきた。俺達はその異様さに何かを察して咄嗟に嘘をついた。でもそれが良くなかったのか、どこからか真実がバレて結果斎藤先生は逮捕された。そして【希望の郷】も閉園に追い込まれてしまった」
蔵馬は、昔の辛い記憶を思い出しながら皆んなに話した。
「俺は当時自分の無力さを嘆いたよ。そして誓ったんだ。大きくなったら斎藤先生を誘って、あの頃と同じ様に児童虐待を受けている子供達が安心して暮らせる施設を一緒に作ろうと。【希望の郷】を超える施設を一緒に作ろうと。だけど斎藤先生はその後一度も俺の前に現れることはなかった・・・だから俺は先に施設を作ることを二十歳で決めたんだ」
蔵馬はそう言って、自分の昔の決意を皆んなに話した。
そこにいた純以外の皆んなはそれぞれ少しその話しを聞いてはいたが、改めて蔵馬の過去を聞いたことで少し戸惑いを見せていた。そして純が話しを切り出す。
「その蔵馬さんの過去と今回のターゲットに何の繋がりがあるのよ?」すると蔵馬は、
「ん?ああ。実はこの逮捕には裏があってな・・・実はこの逮捕はある人物によって最初から仕組まれていたんだ。その人物はどうしてもそこに預けられていた自分の隠し子を自分の元に戻したくてな・・・それでその人物が、自分のコネを使って警察を動かして、斎藤先生を逮捕させて、その園を潰すことで、隠し子を自分の元に戻そうとしたってわけだ。もちろんそこに愛なんかはない。ただ変な記者に狙われる前に、自分の手元に置いておきたいっていう身勝手な理由で・・・そんな身勝手な理由だけで・・・俺達の【希望の郷】は潰されたんだ!」
そこまで言うと怒りを抑えきれなくなったのか、机を一度強く叩いた。
そんな蔵馬の姿に戸惑いながらも純は、
「そんな・・・そんなことって・・・そんなこと普通出来るわけないじゃない!だって・・・」
そう言って次の言葉を言おうとしたところで、蔵馬がその言葉を遮って、
「出来たんだよ・・・それが出来る奴がいるんだよ・・・そういう力を持っていて、更に自分の為だけにその力を使うことに対して一切躊躇することもない本物のクズが!」
そう純に向かって言い切った。
「一体誰なんですか?そんなこと出来る人物って」
純のその当たり前の質問に対して蔵馬が答えた。
「その当時、若くして厚生労働大臣になった男さ・・・今は確か民事党幹事長だったかな」
そこまで蔵馬が言った後で純は、
「ま・・・まさか・・・その人物って・・・」。その言葉に蔵馬が答えた。
「ああ・・・藤原辰巳だ。厚生労働の重鎮として、ありとあらゆる所に顔がきいて、その圧倒的な力でいくつもの施設を全国に作ってきた。表向きの異名は確かゴッドファーザーだったかな。だが奴の裏の顔はヤバい連中と手を組んで、施設で育った男の子を裏稼業や鉄砲玉に回す手解きをしたり、施設後の面倒も見るとか言って、そこの施設で育った女の子を愛人として斡旋したりする指示を出したり、とにかく施設育ちの子供を自分の利益にする正真正銘の悪党だ。そして厄介なことに新聞社にも脅しがきくから、誰も本当の顔を暴いたことは一度もない。もしかしたら暴く前に消されたりしてるかもな。とにかくそんなヤバい人物だ」
蔵馬がそこまで言い切った後で全員沈黙した。ここまでの話しを聞いたのは皆んな初めてだったことに加えて、蔵馬が相手にしようとしている相手がとても強大だった為、誰も何も言えなくなっていた。そんな皆んなの気持ちをよそに蔵馬は話を続けた。
「俺がこの施設を立ち上げた目的は大きく分けて二つある。一つは【希望の郷】みたいな世界一の施設を作って、虐待を受けた子供達をそこで育てていこうという目的。そしてもう一つは、藤原辰巳の血縁や隠し子を見つけ出し、そこから子供を奪い取って、藤原を俺の前に引きずり出してやるという目的だ!」
蔵馬は語気を強めて皆んなにそう言った。皆んなは唖然としていた。おそらく一つ目の目的しか皆んな知らなかったんだろう。そこにいた蔵馬以外の全員が、戸惑いの表情を隠せなかった。でも蔵馬はそんなことお構いなしに話を続けた。
「そして・・・今日・・・その努力が遂に実る・・・今回のターゲットがその藤原辰巳の長男である龍平だからだ」
そこまで話を進めた後で、改めて蔵馬は今回のターゲットの説明を始めた。
「では改めて説明するぞ。今回のターゲットは藤原龍平美桜夫妻。そして子供は龍弥三歳。影山からの報告によると、夫妻は共に子供に対して愛情が無く、龍弥はただ跡取りとして育てられているという現状らしい。そして毎日、龍平から龍弥は虐待を受けており、身体にも痣があるという報告もある。もう決定的だなこれは。よってこの夫妻からターゲットを回収する。ただ住まいが今回は都内にあるとあるタワーマンションの最上階だそうだ。だから普通に考えたら侵入は不可能なんだが、今回はなんとその申告に来てくれた人物が隣の部屋の住人らしくて、そこまで案内してくれるという好条件が付いている。よって何の問題もなく今夜決行する。以上」
そう言って蔵馬は説明を終えた。純は妙な違和感を覚えて蔵馬に尋ねた。
「あの〜蔵馬さん。何か今回出来すぎてませんか?そもそも申告に来た人物が隣の部屋の住人って怪しく無いですか?」そんな純に蔵馬が、
「そんなに変か?隣に住んでいるんだからこそ思うこともあるだろ?だって隣の部屋の住人が虐待しているんだぞ?そんなの見過ごせるか?」そう返答した。その答えに対して純は、
「一番気になるのはそこなんです。そもそも何でその隣の部屋の住人は虐待に気付いたんでしょうか?少なくとも今回のターゲットがその幹事長の息子なら普通はそんなあからさまな虐待を本当にするんでしょうか?そこがどうも引っ掛かります」
そう言って自分の疑問を、蔵馬に再度ぶつけた。
その言葉に呼応するかの様に、唯が話を切り出した。
「私も・・・ちょっと今回の件は一度様子見した方がいいと思います。だって今まで私達に協力してくれた人っていなかったはずです。それでも私達は知恵を使って何とかしてきました。なので今回も何か他に手があるはずです。それがでも今見つからないなら今回は延期することも視野に入れるべきだと思います」
するとその言葉に更に呼応して、舞が話を切り出した。
「蔵馬さん。私も今回は何か危険な匂いがします。警察時代の勘みたいなもんかもしれないですが、何かこの件については関わらない方がいい気がします」
するとその言葉を聞いて、今度は緑が話を切り出した。
「私も今回は賛成出来ません。法律を知る者から言わせて貰えば、私達はある種違法に近いことをしています。それに協力する者はそれ相応の危険を伴います。なのにそんな簡単に協力するという人間はいないと思います。蔵馬さん。冷静になってもう少し考えてから結論出しませんか?」
この唯と舞と緑の嘆願にも近い反論に対して蔵馬は、
「言いたいことはわかる・・・確かに今まで俺達みたいな者に協力したいなんて言う奴はいなかった・・・それは当然だ・・・」
そこまで低いトーンで言った後で、
「だが!このターゲットは俺がずっと待っていたターゲットなんだ!だから譲る気は毛頭無い!騙し上等!罠上等!それでもやり遂げる!そこに虐待された子供がいるなら助け出さなけりゃいけない!それが俺達の仕事だ!違うか?」
そう怒りにも近い熱量で、熱く皆んなに語りかけた。
その言葉に皆んな沈黙した。その様子を見て蔵馬が、
「・・・わかった・・・もういい・・・今回は俺一人で行く・・・」
そう言った後で一人ミーティングルームを後にした。
その夜、蔵馬は一人で指定された場所に行った。
そして協力者と思われる人物と合流し、その高層マンションの最上階に向かった。
そしてその部屋の扉を開けた。その部屋は電気が全く点いていなかった。
蔵馬はその状況に少し不思議に思ったが、その部屋をどんどん進んでいった。
そして奥の部屋に辿り着くと、そこに灯りを見つけた。
その奥の部屋は電気が点いていた。蔵馬はその奥の部屋の扉を開けた。
その奥の部屋には一人の男がいた。そして一人でソファーに座っていた。
その異様な光景に蔵馬は戸惑いながらも、その男に対して、
「おい!子供はどこに隠した?全てもう分かってんだぞ!」と言った。
するとそこにいた男は蔵馬に対して、
「ん?ああ君が噂の子供攫いなんだな。しかし本当にいるんだなこんな奴」
そう飄々とした口調で、蔵馬に対してその男は話し出した。そして、
「ちなみに俺は龍平なんて名前ではない。ただ雇われただけのしがない男でしかないから」
そう蔵馬に話した。その驚愕の事実に蔵馬はただ驚いた。
そして何かを察した蔵馬に対してその男は話を続けた。
「あっそうそう。これ見せる様に言われてたんだっけ」
そう言いながら、その男はその部屋にあったプロジェクターの映像を映した。そこには藤原辰巳が映っていた。そしてそのプロジェクターの中の藤原辰巳が話を切り出した。
「初めまして。この映像を見ているということは君は私の仕掛けた罠にまんまとハマったというわけだね。全く・・・どこの何者かは知らないが・・・このクソネズミが!調子乗っているからこうなるんだ!」
「・・・まーいい君はもう終わりだ。間も無くその部屋には警察が流れ込んでくる。そしたら君は住居不法侵入で逮捕だ。せいぜい檻の中でこの私に盾ついたことを後悔するんだな」
そう言って、プロジェクターの映像の中の藤原辰巳は、大笑いをした。
そしてその映像が終わった頃に、マンションの下から警察のサイレンが聞こえた。
蔵馬が窓から下の様子を見ると、既にマンション中を警察が取り囲んでいるのが見えた。
蔵馬は今自分がとんでもない罠に掛けられていたことを、ようやく理解した。
そして肩を落としてその場に座り込んだ。
流石の蔵馬も、現在のもうどうしようも出来ない状況を理解して、観念した様に見えた。
その時だった。急に入口のドアが開いた。そして何人かの足音が聞こえるのが蔵馬にもよく分かった。蔵馬はその足音を聞いて、警察が流れ込んで来たと思った。そしてその足音が蔵馬の今いる部屋で止まってその部屋の扉が開いた。
「蔵馬さん。ここから逃げますよ。さあ立って下さい」
蔵馬はその声の主に驚いた。その声の主は純だったからだ。
そして更にそこにいたのは純だけではなく、唯と舞と緑がその横にいたからだ。
「お前達・・・どうして・・・?」
蔵馬は絶対にここには来ないだろうと思っていたその三人の姿に、ただただ驚くばかりだった。
「もうすぐここに本物の警察が来ます。影山軍団にも足止めとフォローをお願いしたので少し時間は稼げますが、でも時間はありません。さあ行きますよ」
唯がそう言って、蔵馬の片方の肩を担いで蔵馬を起こそうとした。
「流石に責任者が逮捕になったら施設の運営も出来ませんし、何より蔵馬さん、貴方はここで捕まってはいけない人です」
そう言いながら、緑は蔵馬のもう片方の肩を担いで、蔵馬を起こそうとした。
その様子を見たその部屋の住人が少し慌てた様子で、
「お・・・おい・・・姉ちゃん達⁉︎何してんだ?俺はこいつをここに留める様に指示受けてんだぞ」
そう言って蔵馬に殴りかかろうとした。その前に舞が立ち塞がり、華麗にその腕を掴んでその男を投げ飛ばし、更にみぞおちに一撃を入れた。その男は気絶した。
「蔵馬さん、あんた私達に言ったよな。その言い出しっぺがこんなとこで捕まってどうすんだ?さあ逃げるぞ!」
舞がそう言って、蔵馬に檄を飛ばした。その声で、そこにへたり込んでいて二人に肩を担がれていた蔵馬が、その手を振り解いて、自分の力で立ち上がった。そして、
「それでどうすんだ?お前達?流石に正面からは行けないぞ」
そうそこにいた四人に話した。すると、
「蔵馬さん、ここって裏側が河川なんです。そしてまさか敵も私達が逃げるなんてことは想定してないはずです。そもそも住居不法侵入程度ではそこまで警察は注ぎ込めません。そこを狙います」
そう緑が蔵馬に説明した。蔵馬はその言っている意味がよく分かっておらず、
「どういうことだ?」と聞き直した。その言葉に対して純が、
「だから〜この部屋のベランダから外に出るって言ってんのよ」
と蔵馬に再度説明した。蔵馬は益々意味がわからなくなった。そこに唯が、
「二人共慌て過ぎて大事なところ抜けてるわよ。蔵馬さん、屋上にとにかく行きます。屋上に今ヘリが止まっています。それでまずはこの場所を離れます。では行きましょう」
そう言って、とにかく戸惑う蔵馬を連れて、四人はベランダまで出た。そのベランダには既に、屋上に向かう梯子みたいなものが掛けられていた。そして上の方から、
「さあ早く!こっちはもういつでも出る準備出来てます」。という声が聞こえてきた。
しかし、もう入口付近では数人の足音が聞こえていた。
ただその音に混じって、何か妙な声も聞こえてきた。
「き・・・貴様達何者だ?邪魔すると公務執行妨害で逮捕するぞ!」
そんな警察官と思われる人物の声に対して、
「やってみろや!公僕風情が!ある人の名を受け、ここはしばらく通すなと言われてるんでね。少なくとも数分は足止めさせてもらうぜ!怪我したくなかったら大人しくしてるんだな!」
「・・・右に同じく・・・」
その声の主の一人は以前聞いた影山軍団の女性の声だった。そこにいた全員が影山軍団が時間を稼いでくれていることを察した。
「さあ行きましょう」
舞はみんなを先導する様に、その梯子に手を掛けて屋上に登り始めた。その様子を見て怖がりながらも緑が、戸惑いながらも純が、そして舞に上から声を掛けてもらいながら、唯が登った。その後で蔵馬も梯子を登り始めた。
そして全員がその屋上に辿り着いた。その屋上のヘリポートには陸軍御用達の大型のヘリが止まっていた。全員がその光景に驚いていると、さっきの声の主が、
「早く全員乗って下さい!出発しますよ!」
そう言って全員に声を掛けた。全員戸惑いながらもそのヘリに乗り込んだ。
するとそのヘリはエンジンを掛け始めてゆっくり浮上を始めた。
その屋上の異様な光景に警察も気付き、
「お・・・屋上だ!奴等・・・ヘリで逃げるぞ!」
そう言って、さっきまでその部屋に入ろうとした警察は屋上に向かったり、一階に降りたりしてその部屋の前から散った。
その様子を見て、その部屋の前で侵入を阻止していた二人もその場から移動を始めた。
「それでこれからどうするんだ?」
蔵馬がヘリの中からその場にいた全員に声を掛けた。
「とりあえずナイトフォレストに戻りましょう」。舞がそう言った。
「でもこのままこのヘリで戻ったら流石に場所特定されないかしら?警察もバカじゃないだろうし・・・」緑が心配事を口にした。すると蔵馬が携帯に電話を掛け出した。
「マリア、状況はわかっているな?」
蔵馬はマリアに電話を掛けていた。すると電話を受けたマリアは、
「はい、蔵馬さん。あれ使う時ですね」。と答えた。すると蔵馬が、
「ああ・・・緊急包囲網用ホログラムを起動してくれ」
そう言って何かの指示を出した。その指示に対してマリアは、
「イエッサー!」と言って電話を切った。
「これで大丈夫・・・さあ施設に向かってくれ」。そう言ってヘリの操縦士に声を掛けた。
ヘリは施設がある山奥まで辿り着いた。上から見るとそこは本当に山奥でしかなかった。
そしてその上空から見た全員がその光景に驚いた。そこには霧がかかっていて山林が朧げにしか見えない景色が広がっていた。すると蔵馬は携帯を見ながら操縦士に、
「もう少し右・・・うんそこぐらいかな・・・よし降下してくれ」
という意味不明な指示を出した。その真下にはどう見ても施設は見えなかった。
そこには山林しか見え無くて、このまま降りたら大事故しかしない様にしか見えなかった。
でもその操縦士も何も疑問を感じずに、そのままその位置から降下を始めた。
ヘリは霧の中に消えていった。
ただ不思議なことに、そこにあるはずの山林が一切ヘリには当たらなかった、そして気付いたら施設屋上のヘリポートにそのヘリは止まった。蔵馬以外の全員がキョトンとした顔をしていた。そんな皆んなに対して、
「ん?皆んなどうした?着いたぞ?」
蔵馬は何事も無かったかのように話して一人降りて行った。
純と唯と舞と緑は、今起きた出来事が理解できなかった。
そしてただ茫然としたままヘリを降りた三人の前にマリアが現れた。
「皆さん、無事で何よりデス。しかし本当に無茶しますね」。と声を掛けてきた。
「えっと・・・マリアさん⁉︎これはどういうことですか?」
純は素直な疑問をマリアにぶつけた。するとマリアは、
「フフフ驚いたでしょ。実はこんなこともあろうかと何人かの人間と相談してカモフラージュ装置を先に作ってたんデス」。そう鼻高々に話した。そして更に、
「仕組みはとても簡単デス。まず濃霧発生装置を起動します。これでまずこの施設自体が上空から見えなくなります。そして実はこの装置は常に起動しています。これで上空からもこの施設は全く見えなくなりマス。でもこの装置だけだと何かの弾みで発見されてしまう恐れがありマス。そこで更にホログラムを起動しました。このホログラムは本当によく出来ていてあたかもそこに山林が生えている様に見せることが出来ます。これをこの施設の壁全体に写すことでそこには山林しか無いように完全に見せることが出来るというわけデス。スゴイでしょう」
そう自信満々に話した。純も唯も舞も緑もその説明を聞いて少し納得した後で、
(だから何でそんな装置がこんな一施設で出来るんだよ)
と心に思ったが、言葉には出さずにただ少し微笑んだ。
そしてマリアと共に施設の中に入っていった。
施設の中に入った唯と舞と緑は、疲れ切ったのかそれぞれ自分の部屋に戻った。
純も部屋に戻ろうとしていたが、そこをマリアに呼び止められた。そして、
「あっ純さん。実はさっき言っていなかったのデスが・・・このホログラムシステムはここに来る道にも付けられていたんデスよ。気付いてましたか?」
そう謎な一言を掛けてきた。純はその問いに対して、
「えっ?でも私ここに迷わず来れたんですが・・・どういうことですか?確かに一本道でしたよ」。そう答えた。するとマリアは少し笑いながら、
「フフフ・・・それは住所を書いた地図を書いたのが私だからデス。私はアナタが来ることを実は知っていて、だからホログラムを外したんデスよ」
とサラッととても怖いことをマリアは言った。純はその言葉に少し恐怖を感じた。
「えっ?えっ?えっ? ど・・・どういうことですか⁉︎」
純は当たり前の疑問をマリアにぶつけた。するとマリアはまた少し笑って
「フフフ・・・その話しはまた今度にしましょう。それじゃーグッナイ純ちゃん」
そう言って、マリアは純を少し煙に巻いてその場を去った。
純は疑問と恐怖に怯えながら、部屋に戻った。
その夜。藤原の元に一本の電話が入る。
「も・・・申し訳ありません・・・賊に逃げられてしまいました・・・」
その言葉に対して藤原はキレた。
「何をわけわからんこと言ってんのだ!最上階だぞ!どうやってそこから逃げると言うのだ⁉︎」その言葉に対して電話の相手は、
「そ・・・それが・・・奴等・・・ヘリを用意してまして・・・」
その言葉に更に藤原がキレた。
「だったらそのヘリが降りた地点を探せばいいだろ!今の警察はそんなことも出来ないのか!」その藤原の言葉に対して、
「そ・・・それが・・・奴等その近くで忽然と消えまして・・・空と地上で引き続き警察官を配置して探しているのですが・・・どこにもその施設らしい施設が見当たらなくて・・・本当忽然と姿を消したというか何と言いますか・・・」
その電話の主の言葉に、更に藤原がキレる。
「施設が見当たらないだー⁉︎もういい!奴等を見つけるまでもう連絡して来るな!その付近に絶対いるのは間違い無いんだからな!」と言って電話を切った。
翌朝。急に蔵馬から呼び出しの号令が掛かった。
「全員今すぐ準備をしてミーティングルームに来い!大事な話がある」
それは今まで純がここに来て一度も無かったことだった。何より蔵馬が朝から起きることがありえないことだった。
純は昨日色々あったこともあってよく眠れなかったこともあり、寝ぼけた顔のまま、とりあえず早々に準備をしてミーティングルームに向かった。
「相変わらずお前は遅いな」
職員室の前でいつもの様に蔵馬が待ち構えていた。だが時間を考えると蔵馬がそこにいることはあり得なかった。そして蔵馬が一言、
「・・・懐かしい人が来てるぞ・・・」
と小声で言った。純はその蔵馬の言葉に首を傾げながら、ミーティングルームに入った。
そこにはいつもの様に唯と舞と緑が席に座っていた。ただいつもと違うのはそこに朽木もいて、更に見慣れない老人が背を向けて立っていた。
そのいつもと少し違う風景に戸惑いながらミーティングルームに入った純に対してその見慣れない老人が振り向いて声を掛けた。
「久しぶりだね・・・あの時出会った少女がここまで立派になってくれてワシは嬉しいよ」
と話した。純はその姿を見るなり涙が止まらなくなった。
そこにいたのは、あの日純をあの場所から救い出して、純に生きる道を示してくれた人物だったからだ。そんな純を見ながら、蔵馬はそこにいた全員に対して、
「この人だ・・・この人こそが俺が三十年探していた恩人、元【希望の郷】の里長である斉藤信義先生だ」。と言った。
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