第7話

純はその部屋の前に立ち、壁から声を掛けた。

「一之瀬です。開けて下さい」。その声と共にその部屋のドアは開いた。

ドアを開けたのは緑だった。そして緑は純を部屋に招き入れて、飲み物を用意した。

そして話を始めた。

「えっと〜・・・私が蔵馬さんと出会ったのは今から約七年前。彼はその当時大手投資ファンドKKファンドのCEOだったの。純ちゃんも聞いたことないかな?十年前に話題になった投資の天才の話。彼は投資家からこう呼ばれていたわ【未来から来た投資家】ってね。それぐらい彼は、当時投資に関しては右に出る者がいないぐらいの眼力を持っていたわ。そしてその投資で莫大な金を稼いでいたわ。彼に投資していた投資家達は、彼を神様の様に崇拝していた人もいたぐらいだったし」

純はその告白にとても驚いた。確かに十年前にとても話題になった投資家がいた。その人物は投資の世界に入ってたった五年で、アメリカで莫大な成功を収めていた日本人として紹介されていた。でもまさかその人物が蔵馬だとは思ってもいなかった。

そんな純に、緑は話を続けた。

「私が蔵馬さんと出会ったのは、本当に偶然だった。その当時KKファンドを辞めた顧問弁護士が丁度いたの。そしてその弁護士は、私が当時働いていた弁護士事務所の先輩だったのよ。私の事務所は、当時その弁護士よりも経験の多いベテランの弁護士を新たに紹介しようとしていたわ。でも蔵馬さんが、『経験浅くてもいいから若い女性の弁護士をお願いしたい。それと日本人で。もう英語聞き飽きたから』って言ったの。そこで白羽の矢が立ったのが、当時アメリカで弁護士になって数年だった私だったのよ。蔵馬さんは私を見るなり『まーいいかこれで』ってね。本当失礼なのは前から変わらなかったわね(笑)」

緑は蔵馬との馴れ初めを笑いながら話した。

そして飲み物を一口飲んだ後で更に話を続けた。

「まー出会いはそんな感じで最悪だったんだけど、一緒にいて仕事をしている間に実は凄い頑張り屋できちんとしていることはわかったから、色々あったけど支えようと思ったわ。でもその当時の関係は、ただのクライアントと顧問弁護士の関係だったわね。そんな日々が数年続いた後で私の事件が起こったのよ。そこからはパートナーって感じになってったわ。そしてその事件の後でしばらくして、蔵馬さんから話があるって言われて呼び出されたわ。そこで言われたのよ」

「『実は俺はある目的の為だけに、今はただ金儲けをしている。このKKファンド自体その目的の為に設立したに過ぎない。でももうその資金も貯まってきた。だからもう少ししたらCEOを辞任して日本に戻る』」

「ってね。私はもう言っている意味がわからなかったわ。だから聞いたのよ」

「『日本に戻ってどうするんですか?』ってね。そしたら」」

「『俺はある目的の為に施設を作る。そしてそこで虐待された子供達を育てる。実は今もうその施設の施工には入っている。これから俺はその為の準備やら何やらをこれからしないといけない。だからCEOを辞任して日本に戻る』」

「ってね。私は更に意味がわからなくなったわ。でもその眼は本気だった。だから私は、

「私もそこで手助けしたいです。って言ったの。そしたら」

「『もちろん最初からそのつもりで雇っている。でもまだ早い。まだ何も出来ていない。だからお前はここで待ってろ。全ての準備が整ったらまた迎えに来るから』」

「ってね。この時、私は蔵馬さんがそこまで考えて、最初から私を指名したんだって始めて気づいたわ。その時はちょっと複雑な気持ちになったけど。とにかく私はその言葉を聞いて待つことにしたの。そして本当に蔵馬さんはその数日後にCEOを辞任したわ。もう会社の株価は落ちるし投資家も離れるし、一時期本当に大変だった。でも蔵馬さんが指名した新しいCEOと二人三脚で頑張って、何とか持ち直したわ。そしてKKファンドは普通の大手投資ファンドとして有名になってったわ」

「そんな日々を過ごしていたある日、蔵馬さんから連絡が来たの」

「『全ての準備が整った。色々整理したら日本に戻って来い』」

「ってね。それが確か今から三年前だったかな。その言葉の通りに、私はその時所属していた弁護士事務所も辞めて日本に戻って来た。そして蔵馬さんに電話したの。そしたら」

「『今から迎えに行くから待ってろ』」

「って連絡が来た後で、蔵馬さんが車で迎えに来たわ。そして私を連れて来たの。このナイトフォレストまでね。最初の反応は多分純ちゃんと同じよ(笑)」

「そして中まで案内されたわ。まだ出来て間もなかったこともあって、子供は一人もいなかったわ。いたのは金髪の女性だけ。マリアさんだけだった。そして蔵馬さんが話し出したの」

「『これから色々子供も探してくるし、従業員も増やしていくが、まずはこの三人で回していく。よろしくな』」

「それだけ言った後で、そこからは特に指示もなく。マリアさんはマリアさんで何かオペレータールームで色々確認している風だったし。最初は不安しかなかったわ。でも部屋はあったし、今と少し違うけど配送システムもあったから生活に困ることはなかった。特にお金もかからなかったし(笑)」

「それからしばらくして、朽木さんをどこかでスカウトしてきて、その後で渡辺さんがうちに来て、そこからちょっとずつ子供が増えて来たかな。どこから来たのかその時はわからなかったけど。そしてそれからしばらくして、城島さんがうちに子供を連れて来たの。その頃かな蔵馬さんが私と渡辺さんと城島さんに」

「『これからは俺が今まで秘密裏にして来た活動を、お前達にもしてもらう』」

「って言い出して、そこで始めて蔵馬さんの活動を見せてもらったの。それが今行っている子供買収だったのよ。最初はもう戸惑いしかなかったわ。私弁護士だしこれが合法かどうかばっかり考えちゃったり、渡辺さんは蔵馬さんの活動に賛成したりしなかったり、城島さんは最初は戸惑っていたかな。でも蔵馬さんは絶対自分の意見を曲げることは無かったわ。そうこうしている内に今のシステムが完成して、それぐらいから赤ちゃんポストからも赤ちゃんを持って来たりして。で今に至るのかな」

緑はそう言って、施設開始から今までの全てを話してくれた。そして、

「それで純ちゃんがうちに来たのが丁度全てが終わった後で、活動も本格的に行うことを決めたタイミングだったのよ。おそらく冴島知事が色々考えて蔵馬さんに意見を言える人物を一人この施設に置こうって画策した結果なのかもね。純ちゃんがうちにいるのわね」

そう言って緑は話すのを終えた。

「つまり・・・私が来る前は・・・こんなに毎日夜の活動はしていなかったってことですか?」

純は緑の話を聞いて、疑問に思ったことを緑に尋ねた。すると緑は、

「うん。そうだね。純ちゃんが来るまでは夜の活動は最初は月一だったかな?そして私達が慣れて来てから週一?になったかな?で毎日になったのは本当純ちゃんが来る数日前ぐらいだったと思うわ」

そう答えた。純はその事実に驚愕した。と同時に今まで感じていた疑問の答えが見つかった。この施設は大きさの割に子供が圧倒的に少ないのだ。その理由が今はっきりとわかった。闇の児童相談所としての活動が本格的になったのが、そもそもここ数日のことだったからだ。

そしてその活動が本格的になるのと同時に、自分が知事にスカウトされた事実を今はっきりと純は感じていた。

「私・・・そんなタイミングでここに来たんですね・・・全然知りませんでした」

純は困惑しながらそう呟いた。

「うん・・・そうだね・・・でも純ちゃんが来てくれて本当に良かったって思ってるよ。だってあの蔵馬さんにあそこまで言うんだもん。私達はそれぞれ恩義があるから中々言えなくてさ・・・本当に助かってるよ。これからもよろしくね。純ちゃん」

そう言って純の背中を軽く叩いた。

「あの〜ところで気になってたんですが・・・純ちゃんって?」

純は今までスルーしていたことに突っ込んでみた。

「アハハハハ。言うの遅いわよ」。緑は笑いながら、

「だって渡辺さんと城島さんとは二人きりの時は名前で呼び合ってるんでしょ?私だけのけものなのは何か嫌だもん。だから二人の時は純ちゃんって呼ぶようにしたんだよ。ね、純ちゃん」

そう純に抱きつきながら話した。純はその行動に少し照れながらも、

「は・・・はい・・・宜しくお願いします・・・緑さん」、と緑に対して返した。

「ウフフ。でも本当に純ちゃんが来てからうちの中変わったと思うわ。実は最近私達も名前で呼び合うようにしたのよ。もちろん蔵馬さんのいないところだけだけどね。それだけ打ち解けた関係になれたのは純ちゃんのおかげよ。本当に感謝してるからね」

緑は純をそう褒めちぎった。純は照れて赤い顔をしている。

「さて、そろそろ準備して行かないとね。会議始まっちゃうし。そろそろ蔵馬さんと純ちゃんの一悶着もネタつきそうだしね(笑)」

緑はそう言って飲み物を片付け出して、支度を始めた。

「あっ・・・はい・・・ありがとうございます」

純はその緑の支度を待って、一緒にその部屋を出た。


「今日は間に合ったみたいだな」

蔵馬がそう二人に話した。緑はわからない様に純に向かって小さくピースをした。

「よし、じゃー会議始めるぞ」

そう言うと蔵馬はミーティングルームに入って行った。

その蔵馬の後を追う様に、その場にいた唯と舞もミーティングルームに向かって行った。

そしてその後ろを緑と純が付いていった。

ミーティングルームに着いた全員に対して蔵馬が話を始め出した。

「今回のターゲットは・・・」

そう言うと蔵馬はなぜかその先を言うのを一度やめた。モニターにも何も映していない。

そのいつもと様子の違う蔵馬に、そこにいた全員がざわつき始めた。その様子を見て蔵馬が話を切り出した。

「今回はいつもと違う。でもこういう事例にも我々は対応していくことを今回を通して知って欲しい」

そう神妙な面持ちで全員に話をした後でモニターにターゲットを映して話を始めた。

「今回のターゲットはこいつだ。瀬戸雄也。そしてこの男には三人の娘がいる。中一の莉乃、中二の麻衣、中三の敦子だ。そして虐待は一度もない。むしろ幸せな家庭だった。数ヶ月前まではな。そして今回影山に相談に来たのは、実は父親の雄也だ」

そこまで言って、一度話すのをやめた。そこにいた全員がここまで聞いた情報のどこにもこれがうちの案件になぜなるのか、理解が出来なかった。そして辛い顔を見せながら蔵馬が話を続ける。

「その父親が言うには、数ヶ月前友達に騙されて多額の借金を負わせられた。妻も私もその借金返済の為にとにかく働いていたのだが、妻が過労で倒れて亡くなってしまいました。私は悲痛に打ちひしがられながらも必死で借金返済の為に働き続けました。でも借金は一向に減りませんでした。そんなある日、家に来た借金取りに言われたんです。『金が返せないならお前のとこの三姉妹を借金返済の為に働かせろ』って。私は当然それだけは出来ませんって言ったんです。でも借金取りは聞く耳持たずに娘に対して、『姉ちゃん達はどうしたい?うちも強引な手段は使いたくないから自主的に働いてくれると助かるんだが。もちろん年齢もあるしうちも捕まりたくはないからそこまでの酷いところには預けないつもりだが』って聞いたんです。そしたら長女の敦子が『そこに行けばもううちに取り立てには来ないですか?』ってその借金取りに言ったんです。そしたらその借金取りは『三人共きちんと逃げないで稼いでくれるんならいいよ。働くのも学校終わってからと学校休みの日だけでいいし。うちはそこまでアコギなシノギはしてないからさ』って言って来たんです。その回答に対して敦子が『わかりました』って。その敦子の姿を見て麻衣と莉乃も頷きました。」

「私は本当に駄目な父親です。娘達に対してその時絶対駄目だと言えませんでした。今も娘達は何食わぬ顔で接してくれています。でも私のせいで、彼女達は今も望まない仕事をさせられています。私はどうなっても構わないので、この環境から娘達を助け出して下さい」

「ってな。どう考えても案件としては警察案件な気もしなくもないのだが、その父親が警察にだけは知らせないで欲しいって。それをすると娘のこともバレてしまうからって。健気だよな。でもうちに相談に来た以上はうちは仕事をするだけだ」

蔵馬は今回の内容を一通り話した後で、そう締め括った。そこにいた全員が何も喋れなかった。そして今回の案件が今までと全く違うことを、全員が心で感じ取っていた。

そしてしばらく沈黙の時間が流れた。その重たい空気の中で蔵馬が切り出した。

「みんな。目を覚ませ。同情を父親にするな。事情はどうであれ、この男は娘を不幸にした張本人だ。だから俺達はこの子達をこの父親の下から救い出さないといけない」

そう全員に対して檄を飛ばした。その言葉に対して純が、

「・・・どうして・・・ねえ・・・どうして・・・他に方法はないの?ねえ。蔵馬さんがお金肩代わりしたら解決するんじゃないの?それはダメなの?」

と泣きながら蔵馬にお願いした。蔵馬は少し黙った後で、

「・・・それは・・・駄目だ・・・そういう問題ではない・・・この父親は道を誤った・・・だからその罰は受けなければならない・・・子供を成長させると言うことはそれだけ重い責任感を担う作業だから」

神妙な面持ちでそう純に言った。その言葉に対して純は反論出来なくて、悔し涙を流した。

そんな中で唯が話を切り出した。

「蔵馬さん。それで今回はどういう作戦を立てるのですか?」

唯はそう蔵馬に問いただした。その表情には吹っ切れた様な決意が見えた。

「そうだな。今回は・・・」。蔵馬がそう話し出したタイミングで緑が、

「蔵馬さん。今回は私に作戦を一任して下さい」

そう蔵馬に提案した。蔵馬も首を縦に振った。そして緑は作戦を全員に話し出した。

そしてその作戦に従い、唯と舞と純は、それぞれの娘が働いている店に向かった。


その夜、雄也の下に一本の電話が非通知で掛かって来た。雄也がその電話に出ると、

「私は今回の借金の件の全てを知っている者だ。話しがあるから今からお前が借金した会社に来い」

その電話の主はボイスチェンジャーで声を変えていてそれだけ言うと電話を切った。

雄也はよくわからなかったが、言われた通りに自身が借金している会社に向かった。

その会社のビルの入口で、雄也は見知らぬ女性から声を掛けられた。

「お待ちしていました。さあ今から貴方の借金を帳消しにしに行きましょう」

それだけ言うとその女性は、先頭を切ってどんどんそのビルの中に進んで行った。

雄也は訳がわからなかったが、その女性に付いていくことにした。

そして二人は借金取りの会社のドアを開けた。

その部屋の中には如何にもという風貌の人間が、何人かいた。

雄也はその光景にビビっていた。だがその女性は何も気にしない顔で、中をドンドン進んで行く。そしてそこの責任者と思う人物の目の前まで歩いて行った。

「これはこれは雄也さん。今日はこんな素敵な方を連れて来て一体どうしました?」

その目の前の責任者と思われる人物は、とても和かな顔で、雄也とその女性に声を掛けてきた。するとその女性は凛とした顔のまま、

「申し遅れました。私こう言う者です」

そう言って、自分の名刺をその責任者に渡した。その名刺は弁護士の名刺だった。

そしてよく見ると、その女性の胸元には弁護士バッジが付いていた。

その瞬間全てを理解した責任者の態度が一変した。

「雄也さん。それはないですよ。弁護士連れて乗り込んで来るなんて、良い根性してるよね」

そう言ったその責任者は和かな表情を崩さずに、でもその手には怒りで力が入っているのがよくわかった。そんなことは気にせずにその女性が話を進める。

「貴方のところの悪事は全てわかっています。それについては後で話しするとして、まずは雄也さんの借金についてお話しさせて下さい」。そう言って、その女性は話を進め出した。

「まずそもそもこの借金はこの方のではないですよね?なぜその人から取り立てないのでしょうか?通常保証人はその人物から取り立てれない事情がある時のみ取り立てるとなっていると思いますが」。その女性はその責任者にそう問い質した。

「だから弁護士先生。金を借りた人間が行方不明何だから仕方ないだろ?これは法律でも決まっていることだぞ。そもそも保証人の印なんか押すこいつがいけないんだよ」

その責任者はそうその女に話した。するとその女は、

「それはおかしいですね。この写真を見てもらえますか?」

と言いながら、数枚の写真を取り出した。雄也はその写真を見て驚愕した。

その写真には、その借金をした張本人である人物が写っていた。そしてその写真の場所は何とこのビルの入口だったのだ。更にその横には、その責任者が笑顔で一緒に写っていた。

「さて、これはどういうことでしょうか?なぜ貴方は債務者と一緒に写っているのですか?」

そうその女が問い質すと、今まで和かだったその責任者の表情が一変した。そして、

「姉ちゃん・・・この写真どこから手に入れた?」

と先程とは違う暗いドスの聞いた声で、その女に問い質した。するとその女は毅然とした態度で、

「そんなこと聞いてどうするつもりですか?そんなことよりもこちらの質問に答えて下さい」。そう言い切った。その言葉に、完全にその責任者は切れて急に立ち上がり、

「おいコラ。調子乗るなよ姉ちゃん!」

そう言って部下に指示を出した。その指示を受けると周りの部下は刃物を抜いた。

その瞬間だった。

【バーーーン】

その事務所のドアが蹴破られた。そして刑事と、スリムな女性と、もう一人変わった風貌の男が現れた。

「そこまでだ」刑事がそう言うと、

「何だおめえらは?おい!やっちめえ」と部下に責任者は指示を出した。その指示を受けて部下達が一斉にその三人に襲いかかった。

だが、その刑事とそのスリムな女性はその襲い掛かって来た部下達を一瞬の内に返り討ちにした。そしてその後で、その変わった風貌の男が話を切り出す。

「さーて。じゃーそろそろ出て来てもらおうかな」

と言うと、その三人はその部屋を隈なく探し出した。そしてそのスリムな女性がその部屋のソファーをどけると、そこには通路があった。そしてその通路の先に部屋があり、その中で写真に写っていた本当の債務者が、そこで何食わぬ顔で生活をしていた。スリムな女性は、そこにいた男の腕を掴んで、その部屋から引き摺り出した。部屋から出された男は、大部屋に何人もの倒れている人間の姿を見て、観念した。そして、

「あーあ。作戦失敗か」と言った。その姿に怒り心頭した雄也がその男の胸ぐらを掴み、

「お前!どう言うつもりだ!消息不明だったんじゃないのか!」

と問い質した。するとその男はその雄也に対して、

「全部演技だよ。この俺のな」

そう開き直って言った。その言葉にブチ切れた雄也はその男を思いっきり殴りつけた。

その男は吹っ飛んだ。その様子を見ていた風貌の変わった男が、

「わかったか?アンタはずっとその男に騙されていたんだ。最初からこの男とこの男はグルだったんだ」

その債務者と責任者を指差しながらそう言った。

その状況に観念した責任者が話を切り出す。

「これはこいつから持ちかけて来たんだからな。俺もそういう意味では被害者なんだからな」と開き直り話を続けた。

「この男はなうちの債務者でな、うちに一千万近く借金してたんだ。そんでいよいよクビが回らなくなってきた時に、急に提案して来たんだ。『借用書を書いて欲しい。保証人の欄を空白にして。そして俺がその借用書に保証人の印を押して持って来たら、その後で俺を秘密裏にこの部屋に隠して欲しい。そうしたら俺は誰かにこの借金を擦り付けれる。いいアイデアだと思わないか?』ってな。この男は俺達筋者よりもよっぽどタチが悪いぜ。俺達は金さえ手に入ればいいと思ったから、この作戦に乗っただけだ」

そう言って全ての顛末を話し出した。

雄也はその告白に愕然とした。そしてその保証人にされた経緯を話し出した。

「あの夜・・・お前がうちに来て・・・そして酒飲んでたら意識が朦朧として気付いた時にはお前はいなかった。そしてその数日後、うちに借金取りが見覚えのない借用書を持ってうちに来たんだ。俺は何度も俺じゃないと言ったがそこには俺のサインと印鑑が押されていた。まさか・・・全てお前が・・・なぜだ⁉︎」

そう言ってまた再度その債務者の胸ぐらを掴んで問いかけた。するとその債務者は、

「一番お前が金ありそうだったし、裕福そうだった。ただそれだけだ」

そう言い切った。その言葉に再度激怒した雄也が、

「き・・・貴様――!」

と言って、更に思いっきりその男をぶん殴った。するとその男は気絶してしまった。怒りを抑えれなくなった雄也は、更に落ちていた刃物を拾ってその男を刺そうとした。

その時だった。スリムな女性がその手を思いっきり叩いて、その刃物を手から落とさせて一言、

「もうよしな。もう終わったことだ」

と言った。その言葉に雄也は膝から崩れ落ちて号泣した。

その一悶着の後で、その風貌の悪い男が責任者に、

「とりあえずこれでもうこの借金はチャラだよな。お前が取り立てる相手はこの男なんだからな」

そう言ってその債務者を引き摺って、その責任者の下まで投げつけた。責任者は小さく頷いた。そしてその後で弁護士の女が、

「借金の方はこれで全て解決したとして、貴方はこれから裁かれないといけません。貴方は他にも未成年を成年と偽って自分の店で働かせてますね?しかもそれら全て借金のカタと言う名目で。もちろんこれは違法です」

そこまでその女が言い切った後で、後ろからその風貌の悪い男が、

「あーちなみにアンタの店、全部今ガサ入れ行われているから。ってもう終わった頃かもだから手遅れかもな。直にここにも警察が大量に流れ込んで来るだろう。もうアンタは終わりだ」

そうその責任者に言い切った後で、テレビの電源を付けた。そのテレビでは、速報でその責任者の店のガサ入れの様子が流れていた。その責任者はその画面を見て黙って項垂れた。そして一言、

「ア・・・アンタ達は何者だ?」とその風貌の悪い男に対して言った。するとその男は、

「ただの一施設長だよ」

と言い、その場から立ち去った。その様子を見て、弁護士とそのスリムな女性と刑事はへたり込んでいる雄也を抱き抱えてその部屋を後にした。

それからしばらくした後、その部屋に警察が雪崩れ込んだ。


雄也は、その弁護士とその風貌の悪い男と共に家に帰って来た。雄也が帰る途中で気付いたのだが、さっきまでいた刑事とスリムな女性だけは、雲の様にいつの間にか消えていたのだった。

そしてその家に娘達が続々と見知らぬ女性に連れ添われた状態で帰って来た。

娘達はみんな借金が無くなったことを、それぞれの連れられて来た女性達から聞いていた。

そして全員が揃った後で、その風貌の悪い男が雄也に向かって話し出した。

「さて、これでお前は晴れて借金から逃れることが出来たわけだが・・・だからと言ってお前がしたことが無くなったわけではないからな。お前は娘達を売ったんだ。その事実だけは曲げようもない事実だ」

そう言い放った。雄也は何も言えず口をただ噤んだ。そんな雄也に、更に風貌の悪い男が話を続ける。

「そして俺達は善意でお前達を助けたわけではない。これは商売だ。俺はアンタの娘を一人に対して百万で買う。もちろん買った後はもう一切会うことは出来なくなる。さーどうする?」

そう雄也に言い放った。雄也は、その風貌の悪い男の言葉に困惑しながらも、

「もし・・・私が娘を売ったとして・・・娘達は幸せになれますか?」

とその風貌の悪い男に言った。するとその男は、

「・・・なれるよ・・・少なくとも・・・今以上な・・・」

そうあまり柄にもない言葉で雄也に答えた。雄也はその答えを聞いた後で、少し黙った。そしてその後で、娘達に話を切り出した。

「莉乃、麻衣、敦子。お前達はどうしたい?三人共もう中学生だ。もうパパがいなくてもどこででもやっていけると思う。もちろんこのまま皆んなで過ごすことも出来るかもしれない。だけど俺がお前達を傷つけた事実は拭えない。そして今の生活をしている以上、お前達が受けた苦しみはずっとお前達に付きまとう。それならばここから離れて別のところで生活することも、パパは選択肢としてありだと思う」

そう三人の娘に問いかけた。その問いかけに三女の莉乃が泣きながら口を開いた。

「私・・・今でもパパのこと大好きだよ・・・そしてこの気持ちは多分これからも変わらないと思う。だけど同時にパパのこと許せない自分もいる。そしてもうここにいたくないと思っている自分もいる。もし・・・私が大人になって・・・パパのこと許せたらこの家に帰って来る・・・だから今この時だけは・・・私はパパの元を離れようかと思ってる。離れた方がいいんじゃないかと思ってる」。そう自分の今の気持ちを話し出した。

その莉乃の言葉に、そこにいた大人の女性達は涙を流し出した。

そしてその後で今度は麻衣が口を開く。

「確かに今は一緒にいない方がいいのかも・・・だって私達だけじゃなくてパパも辛いと思う・・・お互い辛い思いしたままで・・・一緒に生活して・・・今まで通りってことにはもうならないと思う・・・だから私も離れれるなら・・・今は離れた方がいいのかなと思う」

そう言って、今の自分の気持ちを言葉にした。

その二人の言葉を聞いて、最後に敦子が口を開いた。

「パパ。莉乃も麻衣もこう言ってる。長女の私だけ自分のワガママは言えないよ。それに私ももう今は元通りの関係に戻れるとは思えない。私も麻衣も莉乃も深い傷を負ってしまった。多分しばらくこの傷は癒えないと思う。でもだからと言ってパパのことが決して嫌いになったわけじゃない。それだけは信じて。そして待ってて。私達は皆んなこの家に必ず帰って来る。大人になって、全て許せるぐらいになれたら。だからそれまで・・・バイバイパパ」

そう言いながら、莉乃と麻衣の肩を抱き寄せた。もう三人共号泣している。

その姿を見て雄也は一言、

「そっかー・・・」と呟く様に言った後で、その風貌の悪い男に対して、

「私は・・・娘達の意思を尊重する・・・だから娘達を宜しくお願い致します」

と土下座をしながら頼み込んだ。その姿にその風貌の悪い男は、一度天を見上げた。涙が溢れそうになったからだ。そしてその後で一言、

「わかった」とだけ言った。その言葉を合図にして、弁護士の女とそこにいた大人の女性達は、それぞれの娘の肩を抱きながらその部屋を出て行った。

その様子を見た後でその男が一言、

「アンタの育児は途中までは間違ってなかった。アンタの娘は皆んな素敵な女性だ。だから俺達はここからはアンタの育児を引き受ける。そして、大人になったら戻してやるから。それまで俺達を信じて待っていてくれ」

そんな珍しい言葉を、その立派な父親に掛けた後で一礼してその部屋から出た。

その後でその男は一人自分の家に帰った。

もうその家にはその男一人だけしかいない。

亡くなった妻の位牌を見ながら、娘達の帰りをただ待つだけの立派な父親しか。


娘達は既に唯の車に乗って、もう施設に走り出していた。

舞も今回は余程辛かったのか、先に一人で帰ってしまっていた。

そしてそんな中、外に出た蔵馬達を影山が出迎えた。

「今回は本当にお疲れ様。こういう案件は本当に辛いよね。でもこれも僕達の仕事だから」

そう言って緑と純と蔵馬に労いの言葉を掛けた。

「誠。ありがとな。そして今回も手伝ってくれてありがとな」

蔵馬はそう言って、影山に感謝の言葉を述べた。事務所に殴り込んで来た刑事と、元スパイの女性は、何を隠そう影山軍団の一員だったのだ。

「いやうちは影の存在だから。だから健人が困っている時はいつでも協力するから」

影山は少しだけ笑顔を浮かべながら、そう言った。

「そういえば最近涼子姉ちゃんは仕事忙しいのか?ここ最近見てないけど・・・」

不意に蔵馬は影山にそう尋ねた。すると影山は、

「それが俺もよくわからないんだけど。この間電話があって、その時に一言だけ言われたんだ。しばらくは会うのを避ける様にしてるから宜しくね。って。どういう意味だろ?」

そう言って蔵馬の質問に答えた。蔵馬もその答えに不思議そうな顔を浮かべてる。

「まーいっか。その内ひょっこり顔出して来るだろ」

そう蔵馬は言って、その場を立ち去った。その後を影山も付いていった。

「じゃー私達も帰りましょうか」

緑がそう純に声を掛けた。純もそれに頷いて緑に付いて行き、車に乗り込んだ。

車は夜の中を走り出した。


その夜、涼子は官邸に呼び出されていた。

涼子を呼び出したのは、現在の与党の民事党の幹事長である藤原辰巳だった。

「君・・・なんか良くない連中と付き合ってるって聞いたんだけど」

藤原がそう幹事長室で涼子に問い掛けた。

「何のことでしょうか?」涼子はすっとぼけた振りをしてそう答えた。

すると藤原は机の上に写真を何枚かばら撒いた。そして、

「こいつらは何者だ?どういう繋がりなんだ?」。そう涼子に尋ねた。

写真には蔵馬と影山と話している涼子の姿が写っていた。

「別にただの友達ですよ。それとも彼等が何か犯罪でもしてる証拠でもありますか?」

そう毅然とした態度で藤原に問い返した。

「そうですか・・・しかし君は知事という立場です。そして我が党の期待のホープでもあります。あまりこういう奴等とつるむのは感心しませんね。もう少しその自覚を持って行動をしてもらいたいです」

藤原は憮然とした態度で涼子にそう言い返した。

「申し訳ありません・・・以後気をつけます」。涼子はそう言って藤原に頭を下げた。

「しかし・・・どうも最近妙な話しを聞きましてね。何でも子供を買収する組織が暗躍していると・・・もし本当にそんな組織がいるのなら、この国としては断固として断罪しないといけないと思いましてね」

藤原はそこまでの話しを涼子に話した後で、急に涼子を睨みつける様に下から見上げて、

「まさか君・・・そんな連中と関わりあったりなんかしないよね?」

と揺さぶりを掛けて来た。涼子は藤原のその問いに対して、

「もちろんです」。と言い切った。藤原はその涼子の眼を見てから少し笑って、

「あ〜失礼失礼。どうもね。この世界に長くいると人を疑うことが当たり前になってしまってね。関わりが無いならいいんだ」と言った後で、急に鋭い目付きになって、

「だから彼等にはその内消えてもらうことにしたから」

と、とても低いドスの聞いた声で涼子に言った。


―同時刻その夜―

「今・・・何て言った・・・?」

珍しく蔵馬が動揺している。そんな蔵馬に唯が告げた。

「だから蔵馬さん。さっき車の中で敦子さんと軽く話してたんだけどね」

「敦子さんの店に以前何か初老の男性がふらっと来て」

『この店で働いている未成年の少年少女を解放しろ!』

「っていきなり店員に詰め寄ったそうです。結局その日はそのまま警察を呼ばれて連れて行かれてそれ以来現れなくなったらしいんですが、その初老の特徴を聞いたら、以前蔵馬さんが話していた斉藤さんに凄く特徴が似てるんです。」

その唯の告白を聞いた蔵馬が一言、

「俺・・・今からその長女が働いていた店行って来る」

そう言って一人夜の闇に車を走らせた。

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