第5話

「ピピピッ!ピピピッ!」

純のスマホのアラームが鳴っている。純はその音と共に目を覚ました。

(んと今日の予定はっと)

純はそう言いながらタブレットを開いてスケジュールを確認した。今日のスケジュールは昨日とはまた違っていた。十二時からの会議の前に新たな項目が追加されていたのだ。

(んと・・・十時に一階・・・あれ?唯さん今日も行くのかな?)

少し頭を傾げながら、純はいつものルーティンを終わらせて部屋を出ると、一階に降りて行った。


一階に降りた純を待っていたのは、唯ではなくて舞だった。

「おはよう一之瀬さん。今日は私に付き合ってもらうわよ」

そう言った舞の表情は、いつもよりも張り切っている様に見えた。そして舞は、純を今まで行った場所とは違うところに案内した。そしていつもの様に透明の壁に手を当ててその部屋の扉を開けた。

その部屋は少し変わっていた。見た感じは、小学生低学年の部屋ととても似ていた。ただ違いは、部屋に机と椅子はあるが、その席には全員は座っていない。そしてタブレットを使ってはいるが、全員がバラバラの教科書の映像を見ている。問題の解く流れ等は、小学低学年のそれと似ているが、この部屋には机がある部屋の他には、フリースペースしかない。その少し見た事がある景色の、少し見たことのない、異様な光景に純は驚いてしまった。

そんな純に舞は、このエリアの説明を始めた。

「ここは小学校高学年エリア。以前低学年エリアは見たと思うけど、あれは実は三年生までのカリキュラムなの。この施設では、小学校四年生から自主性が認められるの。そして何でもここに持ち込んでもいいの。つまり勉強に励むのもよし。身体作りに励むのもよし。目一杯遊ぶのもよし。そして特にテストも無い」

舞はそう言って、このクラスの特徴を純に話した。そして更に話を続けた。

「何より、高学年からは低学年の面倒や子供や赤ちゃんの面倒を見ることが可能となるの。でもそこにもきちんとした理由があるのよ」

「まず第一に、ここに来た子供は様々な境遇を抱えているから、自分よりも小さい子供と接したことのない子供も多数いるの。ましてや、赤ちゃんなんて見たこと無いなんて子もいるわね。そういう子供に、自分よりも小さい存在を見せることで、命の大事さや大切さを感じさせる事が出来るの。そしてそういうことをこの時期から経験してもらうことで、母性の目覚めや育児への関心にも繋がるのよ」

「だから、とにかくこの時期に多くの経験をすることは、この時期に勉強をすることよりも大事だってのが、この施設の方針なのよ。もちろん強制はしない。まだ心を閉ざしている子供もいるからね。でもここの子供達は、比較的積極的にその経験を積もうとしてくれている。それはおそらく、自分が辛い境遇に合ってたからこその行動なのかもしれないわね。おそらく真っ当に生きてきた子供よりも、ここの施設にいる子供は、そういう小さい子供に寄り添いたい気持ちは強いのかもしれない。皮肉だけどね」

舞からの説明を純はただ静かに聞いていた。そして説明が終わった後、透明な壁のドアが開き、二人の女の子が中に入ってきた。

純はその内の一人を見て驚いた。その子は一昨日出会った女の子だった。名札に書いている名前はマユコ。ただその女の子は、一昨日まで母親から洗脳されていた渚だった。

ただ、渚はここではマユコと名前が変わっていた。なぜ母親の名前を名乗ることにしたのかはわからないし、そこは触れてはいけない。純は直感でそう感じていた。

そんな純の様子を知ってか知らずか、急に舞がマユコと一緒に入ってきた女の子に話し掛ける。

「カレンさんどこ行ってたの?」するとその女の子は、

「新しく入ったマユコさんを色々案内してたの」、と答えた。

そんな一連のやりとりの後、マユコと名札に書いていた女の子が、

「あっ。一之瀬さんに城島さん。お久しぶりです。あの時はありがとうございました」

そう言って純と舞に一礼した。その堂々とした姿に純はとても驚いて、

「えっと〜・・・マユコ・・・さん・・・? もう・・・大丈夫なの?」

とマユコと名前を変えた女の子に尋ねた。するとその女の子は、

「大丈夫かどうかと言われると、それはよくわからないって感じです。ただ一つ言えるのは、もう私は自由だけど、その代わりこれからは色々と自分で決めないといけないんだってことですね。良くも悪くも、今までは何も考えないで生きて来てたので。これからどう生きるか。楽しみだけど不安でもある。今はそんな感じです」

そう答えた。そして更に

「私・・・ここに来るまでは自分がこの世の中で一番不幸だと思ってました・・・でもこの施設に来て・・・色々な子達の話しを聞いて・・・正直・・・私はまだマシだったんだと思ったんです・・・だから、もうくよくよしないでここで生きていこうって思ったんです!」

そう力強く純に言った。そこにはもう洗脳されていた渚の面影は、どこにもなかった。

「そっかー!うん!何にせよ元気になって良かった!それにもう友達も出来たみたいだし。良かったじゃん」

純は、マユコのその決意表明の様な言葉にそう返した。

「はい。カレンさんはここに来た私に初めて声を掛けてくれて、自分の話をしてくれた最初の同級生で最初の友達です。ねっカレン。本当ママに似て、とてもいい子です」

そう楽しそうにマユコは純に話した。

「・・・ん?ママって・・・?」純はその言葉に引っ掛かって、マユコに聞き直した。

すると、

「あ〜・・・カレンは私の子供なんだ」。と横にいた舞が、少し照れながら純に告白した。

「えっ・・・城島さん⁉︎どういうことですか?」純は当然の様な疑問を舞にぶつけた。

すると舞は、

「あれ?言ってなかったっけ?」と言いながら、カレンの肩を抱き、

「私、実はシングルマザーなんだよ。私もちょっと訳ありでね。蔵馬さんに無理言って子供と一緒に施設に入れてもらってんの。だからまー蔵馬さんには頭上がらないわけなのよ」

と呆気らかんとした顔で嬉しそうに純に告白した。

「えっ⁉︎ え〜〜〜」。純はとても驚いた。そして、

「な・・・何があったんですか?」と舞に聞いたすると舞は、

「んー・・・長くなるからその話はまた今度ね」

そう言って純の質問をはぐらかした。そしてその後で、

「さて、じゃー一之瀬さん。今日何するかはまだ何も言ってなかったわよね?今日はここの高学年の子達と一緒に、色々な子供達の面倒を見てもらいます。まー実習みたいなもんね。じゃーヒナさん、カエデさん。宜しくね。私はここでカレンと一緒にいるから」

そう言ってそこに座っていた、ヒナとカエデに声を掛けた。その舞に対して、

「はい。わかりました」、とカエデが元気よく返事した。

「はーーーーい。任せて下さーーい」、とヒナも元気よく返事した。

この二人のことは純もよく覚えていた。低学年クラスに行った時にいた子達だったからだ。

そしてヒナとカエデは、純を連れて高学年クラスから外の廊下に出た。


「それじゃーまずはベビークラスから行きましょう」

そうカエデが純に声を掛けて、ベビールームの前の透明な壁のドアを開けた。

中に入ると、そこには何人もの赤ちゃんが、ベビーベッドの上で、起きてたり寝てたり泣いたりしていた。純は初めて見た生の赤ちゃんに興奮していた。そんな純を見て、

「えっとーじゃーまずは生後間もないこの赤ちゃんを抱いてもらえますか?」

と言いながら、カエデが一つのベビーベッドを指差した。そこには産まれて間もないぐらいの赤ちゃんが、ベビーベッドに横たわって眠ってた。

(ち・・・ちっちゃーーい・・・)

純はその無垢で可愛らしい姿に、すっかり癒されていた。

そんな赤ちゃんを徐ろにカエデは抱き上げた。そして、

「えっとーご存知かもしれませんが、産まれて間もない赤ちゃんは首がまだ座ってませんので、抱っこする時は必ずこうやって首を必ず支えて下さいね」

そう言って、カエデは抱っこの実演をしながら、純に抱き方を説明した。そしてその後で、

「では一之瀬さん。抱っこしてみて下さい」

そう言って、純にその産まれて間もない赤ちゃんを渡そうとした。

純は、とても焦りながらも、言われた通りに赤ちゃんを受け取ると、首を支えながら抱っこをした。純は産まれて初めて赤ちゃんを抱っこしたのだった。

「か・・・かわいすぎる〜〜〜」

純は、初めて抱いたその赤ちゃんのことが、とても愛おしくなってしまった。そうして抱っこしていると、スヤスヤと寝ていた赤ちゃんが突然目を覚ました。そして、

「オンギャー・・・・オンギャー・・・」と泣き出してしまった。

「えっ?えっ?な、なんで、なんで、なんで急に泣き出しちゃったの〜ど・・・どうしたら泣き止むの・・・えっ?えっ?それともこのままの方がいいの?えっ?えっ?」

純は急に赤ちゃんが泣き出したことで、パニックになってしまった。

そんな純を見て、カエデがそっと純に寄り添って、その赤ちゃんに対して一言囁く様に、

「大丈夫・・・大丈夫だからね・・・ゆっくりおやすみ」

そう言いながら、胸の辺りを優しくトントンとし始めた。

すると純が抱いていた赤ちゃんは、途端に泣き止み、またスヤスヤと眠り出した。

(凄っ・・・この子・・・本当に小学六年生なの?どうやったらこの年齢でここまで落ち着いて赤ちゃんをあやせるの?)

純は、カエデのその凄すぎる姿に、言葉を失っていた。そんな純を見て、

「赤ちゃんは、ちょっとの変化でもすぐ感じ取って、その変化に対して、防衛本能を働かせます。赤ちゃんにとっての泣きの動作は、そう言った一連の防衛本能であったり、それに伴う行動欲求だったりします。今回の場合は、急に寝ているところを抱っこされた為に、その眠りを邪魔されたことに対する、一種の防衛本能だったんでしょう。なのでこっちもそんな気は無いってことを伝えれば、そう造作も無いことです」

そう淡々とカエデは答えた。そして更に、

「ただでもそれはあくまで理論上の話です。実際はそうではなくて、何やっても泣き止まないなんてこともあります。でも大事なのは、その状況をどう考えるかの親の方の心理なのです。つまり育児とは気持ちなのです。それを苦に考えるか、楽に考えるか。おそらくそこがその先の虐待するかしないかの差なのかもしれません。なんてこれもあくまで理論の話しですが」。そう淡々と答えた。そして、

「私は、ここではちょっと恵まれた環境で育ってます。両親に愛情もたっぷり注いでもらいました。でも両親共事故で亡くなってしまって。私一人だけ生き残ってしまい。色々たらい回しされてここに来ました。私はそれまで、自分が望まれた環境で生きているという自覚は全くありませんでした。でもここに来て、ヒナさんや色々な子供と話している内に、自分はとても恵まれた環境で育ってんだなということに気付けました。なので私は、ここではもう自分の暗い過去を忘れて、今を生きている子供達の為に、精一杯出来ることをやって行こうと思ってます」

そう言いながら、自分の過去やこれからの信念について、純に話した。

そのカエデの眼は、純にはとても力強く見えた。そして人知れずに、純は今までの自分の人生を恥じるのだった。するとその話しを聞いていたヒナが、

「私は、カエデさんにだいぶ救われたよ。私は完全なる育児放棄の末に、ここに来たわけだけど、その私に最初に声掛けてくれたのは、カエデさんだからね。そして色んなこと教えてくれた。私とカエデさんは育った環境も性格も全然違うけど、ここに来れてなかったらこんな素敵なお姉ちゃんには出会えてなかったし、そう考えれるようになったから、私も色々前向ける様になったわけだし、本当人生ってわかんないよね。でもそれもこれも、全て生きていなかったら有り得なかったことだから。そう考えたらまだ私も恵まれてた方なのかもね。なんてこともここに来なかったら一生感じれなかったかもね」

そう言いながら、カエデの肩を抱き寄せた。

「あら?そんなこと思ってたの?嬉しいわ」。そうカエデが返すと、

「そうだよ。だからもっとやさしくしてよ。お姉ちゃん」。とヒナが返した。

そして二人は互いに小さく笑い合った。

純は、素直にその光景を羨ましく思った。これを運命と呼ぶのは違うのかもしれないが、少なくともこの二人は、お互いが過酷な環境になかったら、一生出会うことはなかったのだと。いや、むしろ本来出会わなかった存在に、そこまでの気を許せるお互いのことを、純は素直に羨ましく思ってしまった。

「さて、話の方が長くなってしまいました。それでは、ここからはミルクのあげ方やオムツの替え方等の、基本的な赤ちゃんに対して行うことを教えていきます」

そう言って、カエデとヒナは、純に優しく赤ちゃんへの接し方のイロハを教えていった。

そうしている内に、どんどん時間は過ぎてしまい。会議まで数分となってしまった。

「おっ。やってるね。でも一之瀬さん。そろそろ時間だよ」

舞がベビールームを訪れて来た。純を迎えに来たのだ。

「わかりました」。純は赤ちゃんの世話をしながら、舞に向かってそう返した後で、

「じゃーヒナさんカエデさん。後はお願いします」

そう言って、二人にお辞儀をして、ベビールームを後にした。


二階では、また蔵馬が二人を待っていた。

「今日も遅いじゃないか!何やってたんだ?」そう急に純に詰め寄ってきた。

「何って・・・っていうかアンタ責任者なのに従業員のスケジュールも知らないの?」

と純は蔵馬に言い返した。

「はーーーー⁉︎ 何でこの俺がそこまでしないといけないんだ!」

今度は蔵馬が、純にそう言い返した。その様子を見るに見兼ねて舞が、

「蔵馬さん!一之瀬さんはもう教育期間中ですよ。それに今日は時間間に合ってますんで」

そう静かに、ちょっとだけ怒りながら、蔵馬に対して言った。蔵馬は何も言えなくなり、

「・・・まーいいや・・・会議始めるぞ!」

そう言いながらミーティングルームに消えていった。

舞は、憮然としている純の肩をポンポンと叩いて、ミーティングルームに連れて行った。

「さて、今回のターゲットはこいつだ。杉崎美代。子供は小学四年生の長男大勢だ。こいつは実の息子を虐待している。でもそれを絶対認めない。そして、今回影山に相談して来たのもこの美代自身なんだ。その美代自身の話によると、一年前に元旦那を事故で無くして以来、ずっと精神疾患を患っていて、メンタルクリニックにも通っているそうなんだ。それで、精神が躁状態の時は特に問題は無いんだが、鬱状態になると何も出来なくなるらしい。だから美代自身は虐待してしまっていると言っているが、おそらくネグレクトだな。今回は事案としてはとても簡単だな。家も普通のアパートの二階だし。最近の案件の中だと簡単に片付くだろうな。ってことで解散」

蔵馬がそう言うと会議は終わった。おそらく開始から終了まで何の議論もなく終わったのは、ここ最近だと初めてかもしれない。

唯も緑もそういう意味では、少し安堵の表情を浮かべていた。でも舞だけは、何故かどこか哀しげな顔をしていた。純にはその意味が全くわからなかった。


美代は、大勢といつもの様に夕食を食べていた。いつもと何も変わらない生活。

そんな時にインターホンが鳴った。美代が外に出るとそこには男が一人と、女が四人立っていた。そしてその男が徐ろに切り出した。

「杉崎美代だな。闇の児童相談所だ。喜べ。子供一人につき百万で買ってやる。その代わり二度と子供に会う権利は失うがどうする?」

その男は、言い慣れたそのセリフの様な言葉を美代にぶつけた。美代は困惑している。

「な・・・何なんですか!?貴方達は警察呼びますよ!」

美代は突然の不審者達の訪問に驚いて、そうその男に向けて言った。

「しらばくれてもらったら困るな。アンタ実の子供を虐待してるんだろ?」

そうその男が美代に問うと、美代は少し黙った。そして、

「そうですか・・・そう言うことなら少し話しをした方がいいですね・・・どうぞ上がって下さい。ここだと近所迷惑にしかならないので」

そう言ってその男達を室内に案内した。

その男達はいつもと少し状況が違うその対応に、少し困惑していた。

美代はその男達を部屋に案内した。部屋は驚く程綺麗に片付けられていた。そしてその子供も普通に夕飯を食べていた。そんな中、美代がその不審者達に話を切り出した。

「おそらくナイトケージの使いの者なのですね?私の話しを聞いて、それで子供を施設に入れさせようと・・・そうなのですね?」

美代は、その不審者達にそう問いかけた。不審者達は、男以外何もピンと来ていない。そんな不審者達をよそに、美代が話を切り出した。

「確かに私はいわゆるネグレクトをしてしまいました。でももう今はそれを後悔もしています。そしてもうしないように色々気をつけようともしています。でも私の精神の弱さのせいで・・・わかってます・・・何もかも・・・わかってます・・・でも・・・」

美代子はそう言うと泣き出してしまった。その様子を見て不審者の男が、

「別にアンタの病気なんか知ったこっちゃない!でもその犠牲にその子がなるのだけは俺は許せない!」と怒りながら言った。その言葉に対して美代は、

「わかってます・・・わかってます・・・わかってます・・・」

そう頭を深く下げて泣きながら答えた。その美代の下から、

「ママをイジメるな!」

という声がしたかと思うと、その声の主はその男のスネを思いっきり蹴った。

その声の主は、長男の大勢だった。その不審者の男は少し悶絶し、

「た・・・大勢君・・・ちょっとあっち言ってて・・・今ママと大事な話ししているから・・・」

そう言う不審者の男に対して、大勢は美代の前に立ち手を広げて、

「うるさい!僕とママの二人の生活をジャマするな」。そう言ってその不審者の男を追い払おうとした。その不審者の男はもうお手上げ状態だった。

その大勢に対して、今度は不審者の女が前に立つ。大勢はまた警戒した態勢を取ったが、すぐにその警戒を解いた。その女が涙を流していたからだ。

「何で・・・お姉ちゃん泣いているの?」

大勢はその女に対してそう言った。するとその女は、

「大勢くん・・・君は本当に強い子なんだね・・・ママを守ろうとして・・・その姿見てたらちょっと思い出しちゃって・・・」

そう言いながら、大勢の頭を少し撫でた後で、美代に抱きついた。そして、

「貴方の気持ち・・・多分ここにいる誰よりも私がわかってる・・・私も同じだったから」

そう言うと、その女は自分の過去を話し出した。


― 舞の過去 回想 ―

私は昔、交番勤務の婦警だったの。そしてその当時、私には素敵な旦那様がいたの。

昔からの幼馴染でなんでも話せる人。そしてその人との間に、私は子供を授かって仲良く三人で幸せに暮らしてたの。

でも今から二年前、私はとある夜に店で喧嘩が起こっているという知らせを聞いて、その現場に向かい、ある不良少年を連行したの。そいつは未成年で過去にも暴力事件を起こしていた少年だった。でも何故か少年院に行ったことは無かったの。後でわかったんだけど、誰かがそいつの過去の事件をもみ消していたんだって。でもそんなことよくあることだって、私もわかっていたし、それに対して逆らうなんてことも、私はしようとも思わなかった。

でもそんなある日のことだった。私の旦那が通り魔に殺されたの。犯人はすぐ捕まったわ。だって犯人は、その場から一切逃げることなく、更に無抵抗だったから。

そして現行犯で逮捕されたその犯人こそ、その不良少年だったのよ。

その少年が言うには誰でも良かったんだけど、どうせなら一回捕まえられた人間の身内を殺したかったんだって。笑っちゃうよね。私の旦那は私と結婚してしまったが為に、その少年に殺されたんだって思ったらさ。もうそんな少年許せないよね。

だから私はその少年を殺そうとしたの。留置所にいる間に。事故を装って。

でも出来なかった。途中で別の警察に気付かれて止められて、私は謹慎処分を喰らった。

その時点で私の仕事に対する誇りは失われたわ。そうして復讐も出来ないことになってしまった私の精神は崩壊してしまい、何も出来なくなってしまった。今でもあの時のことはカレンに申し訳なかったって思ってる。

本当、毎日何も出来ない日々が続いたわ。ただただ無気力に過ごす日々。

そんな時だった。蔵馬さんと出会ったのは。蔵馬さんは私に言ったわ。

「喜べ!子供一人につき百万で買ってやる。その代わり二度と子供には会う権利は失うがどうする?」ってね。

私は自分のことわかってたし、もう自分が立ち直れないって思ってたからその申し出を受けようと思ってたの。でもそしたら、

「こら!ママをイジメるな!」ってカレンが私の前に立って蔵馬さんに抵抗してくれたの。私は何日も育児を放棄してたのに、カレンはそんな私のことをママだとまだ認めてくれてた。まだ見離さないでいてくれたんだって。

私は嬉しいと同時に自分がして来たことが恥ずかしくなって、思わず大号泣してしまったわ。でも蔵馬さんはそんな私に、

「誰がどうなろうが俺には興味がない。ただお前の犠牲にその子がなるのは許せない」

って言ったの。だから私はその言葉にこう答えたわ。

「私にとって、この子が生き甲斐の様に、この子にとってのママは私しかいない!それでもどうしても連れて行くと言うなら、私を倒してからにして頂戴!」

ってね。そしたら蔵馬さんは、

「・・・面白い女性だな・・・気に入った。丁度一人従業員欲しかったんだ。アンタ、元はいいママだったみたいだし、俺の理想の為に働くならお前も一緒に来ていいぞ。どうせアンタもここにいつまでもいるのは辛いだろうし。どうする?」

私は、蔵馬さんのその急な申し出に戸惑っていたわ。そして聞いたの、

「貴方の理想って何?」そう私が聞くと、蔵馬さんはこう答えたわ。

「今現在、全ての不幸な思いをしている子供が幸せになる施設の運営。そして非行をする少年少女が出ない社会の実現」ってね。私はその言葉に対して、更にこう聞いたの、

「その貴方の理想の世界だともう不幸な人は出ない?」その問いに対して蔵馬さんは、

「それはわからない。でも一つだけ言えることは、非行をする少年少女にもそれなりの理由があって、それがもし今の親によるものなら、その親から引き剥がすことで、そいつの幸せは保証される。そうすればアンタの旦那が亡くなった事件なんてものは起きなくなる。」

と言ったの。その余りにも堂々とした答えに、私はその言葉を信じることにしたの。

そして、私は自分がこれから先、前だけを向いて歩ける様に、愛していたあの人との思い出の品を全て処分して、長年住んでいたその家を出ることにしたの。


「そして今、私はアナタの目の前にいる!だから聞かせて!貴方にはその覚悟がある?辛い思いを全て捨てて前を向く覚悟は!」

舞はそう言って、美代に力強く問いかけた。美代はその舞の言葉に対して泣きながら、

「ます・・・あります・・・あります!」と力強く言い返した。

「・・・その言葉信じていいのね?・・・もし裏切ったら、次こそ本当に大勢くんを回収しに来るからね」

舞がそう言うと、美代は泣きながら力強く頷いた。その姿を見た後で、今度は舞は蔵馬に向かって土下座をして、

「蔵馬さん。差し出がましいとは思ってますが、今回だけは見逃してもらえませんでしょうか?責任は私が取ります。宜しくお願い致します」

そう蔵馬に嘆願した。蔵馬はその姿に少し困惑した表情を浮かべている。

すると、舞の過去の話を聞いて、泣いてしまった純が、舞の横にいき、同じ様に土下座をすると、

「私からもお願い・・・します・・・まだこの二人は・・・引き裂かないのが正しい判断です・・・」

言い慣れていない丁寧語で蔵馬に向けて嘆願を始めた。

蔵馬はその普段とは違う、純の態度に動揺を隠せなかった。

「蔵馬さん。今回はお願い聞いた方がいいかもですね」

そんな純を見て、唯も蔵馬に進言した。

「皆さん同じ意見の様ですし、蔵馬さん。まーまだ被害という被害もないですし。今回は警告という判断でもいいのではないでしょうか?」

周りの空気を見て、緑が蔵馬にそう提案した。

蔵馬は全員の意見と、その場の空気を察しながら、少し渋い顔をして、

「・・・わかった・・・わかったよ!今回は警告な!」

そう言って、全員の提案を飲むことにした。

「ありが・・・ありがとう・・・ございます・・・」

美代はそう言って、蔵馬に土下座をして深々と頭を下げた。

「う・・・うん・・・でも警告は警告だからな!次はないからな!」

蔵馬は最後に捨て台詞の様な言葉を言った後、

「それと俺は出した金は引っ込めることはしない!だからこの百万は大勢にやる!好きに使ってもいいが無駄遣いはするなよ!」

というちょっと訳のわからないことを言うと、その部屋を後にした。

そしてその蔵馬の姿を見て、残りの女性達もその後に付いて部屋を出て行った。

美代はさっき起こったことを心に留めた。

そして決意を新たにすると、大勢を抱き締めて一言呟く。

「もう絶対離さない。もう絶対放棄しない。ごめんなさい貴方・・・私強くなる」

そう決意した。その決意の言葉からは、さっきまでの弱さはもう無かった。


アパートの下では影山が待っていた。その影山に蔵馬が駆け寄って、

「こら!誠!中途半端なのよこすんじゃないぞ!」と怒鳴りつけた。

その言葉に対して影山は、

「あれ?そんな感じ? あら・・・おかしいなー・・・何ならもう育児放棄したいみたいなこと言ってたのに・・・」と呆気らかんとした顔で答えた。

「ふん、こんな事案そもそもお前のとこだけでいけるだろ。それとも・・・誠!お前!まさか・・・!?」と蔵馬が核心を突くようなことを言おうとしたら影山は、

「ハハハ・・・まー・・・ここまで上手くいくとは思わなかったけど・・・さすがだね・・・健人んとこのメンバーは」。そうはぐらかしながらおだてながら、蔵馬に答えた。

「ふん。当たり前だっつうの。うちんとこはお前のとこみたいに優秀ではないかもだけど、こういう事案はお手のものだからな」。そう得意気に答えた。その様子を見て影山が、

「しかし・・・それでも最近特に変わったよな。お前含めて皆んな。昔は個々の能力の高い集団って感じだったけど。なんか最近そこにまとまりが出てきてる。やっぱり一之瀬さんの影響かな?」と蔵馬に聞いた。

「ふん、あんな小娘一人でそんな変わる訳ないだろ。そもそも能力はあいつが一番低いし」

と憮然とした態度で影山に答えた。そんな蔵馬に影山が、

「とか言いながら実はお前が一番気付いてんじゃないのか?あの子の持つ天性の感受性に。あの子はとても共感力が高いよ。だから誰もが心開きやすいんじゃないかな?そしてそんな子だからこそ、皆んなも助けようとか子供までもが話したいって思えるんじゃないかな?意外とあの子この仕事合ってると思うよ。それにあの子ならお前に何かあった時でも力になってくれると思うぜ」、と言った。そんな話しをしていると純が間から現れて、

「何、何?私の話ししてなかった?」と二人に聞いた。二人は同時に、

「別に」と言ってその場を離れた。純はその二人を見て不思議そうな顔を浮かべている。

そんな純に唯が声を掛けて来た。「純ちゃーん。一緒に帰ろ?」

そう言って、唯が純を車に誘って来た。すると舞が割って入ってきて、

「渡辺さん。今日は私に一之瀬さん送らせて下さい。この間譲ったんだからいいですよね?」

って言って来た。唯はその舞の申し出に少しがっかりした顔をしながら頷くと、一人で車に乗り込んだ。そして車を走らせて夜の闇に消えていった。

「じゃー一之瀬さん。車に乗って」。そう言って舞は純を車に誘い車を走らせた。


車の中で舞が純に話を切り出した。

「さっきはなんかゴメンね。急に自分の過去話し出しちゃって」

そう言いながら舞は少し照れていた。そして、

「なんか気付いたら感情溢れ出しちゃってた。こんなこと今まで無かったのにね」

そう言った後で、

「もしかしたら一之瀬さんが来た事で、色々私達の気持ちの変化が出て来てるのかもね」

純を見ながらそう話した。

「そんな〜・・・私・・・何もしてませんよ・・・」

純はとても困惑しながら舞にそう答えた。そんな純に対して、

「ウフフ・・・なんて言うか私達のチームって今まで蔵馬さんが絶対的君主って事で誰も逆らったりなんかしなかったのよ・・・蔵馬さんの言う事が絶対だってね。でも一之瀬さんが蔵馬さんに色々言ったりしているの見て、皆んな少なからず影響は受けてるわよ。だから今日みたいな事も最近多くなってるし。良くも悪くもいいチームになって来たって、私も思ってるわよ」と舞は褒めちぎった。純はその舞の言葉に、ただ照れた。

「それに、今まではどこか皆んなお互いに一線引いていた気がするの。でもこの間、渡辺さんが自分の過去話した事もそうだし、私が今日過去話した事もそうだけど、ここ最近はその線が無くなって来てる気がするのよ。まーそう感じてるのは私だけかもしれないけどね」

そう少しはにかみながら、舞が純に話し掛けた。そして更に、

「そうそう。もう私のことは舞でいいからね」。とウインクしながら舞は純に言った。

「はい・・・えっと〜・・・舞・・・さん」

純は少し照れながら、舞にそう言った。舞は少し笑いながら軽く「はい」と言った。

そうこうしている内に、車はナイトフォレストに着いた。

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