第3話

「ピピピッ!ピピピッ!」

純のスマホのアラームが鳴っている。純はその音と共に目を覚ました。

(んと・・・今日の予定は・・・っと)

純はそう言いながらタブレットを開いてスケジュールを確認した。今日も十二時から会議があるだけとしか書いていない。

(私ここに来て仕事らしい仕事してない・・・って言うかそもそも日中何の仕事も渡されていない・・・こんなんで働いているって言えるのかな〜・・・)

純は当たり前の疑問を頭に浮かべていた。そのせいか、それとも今までの生活のせいかは解らないが、純は今でも朝早くに起きている。そして家で過ごしていた時と同じ様に今日から生活しようと思い、初日に色々頼んでいたものを使って、朝食を作り出した。今朝はトーストと目玉焼きとサラダだ。それらを一通り食べてからシャワーを浴びて着替える。それでも昼までは全然時間がある。純には朝を過ごす習慣が無いので、ここからの時間の潰し方がわからない。なので結局昨日と同じ様に、十時頃に部屋を出た。


職員室にはまだ誰もいなかった。

(ハハハ・・・昨日と同じだ・・・今度舞さんに朝何してるか聞いてみよ)

そう思っていた純の後ろからまた明るい声が聞こえてきた。

「Good morning 純さん」。昨日と同じく声を掛けて来たのはマリアだった。

「えっとー・・・おはようございますマリアさん」。そう純が言い返すとマリアは、

「ノンノン。カタイねん。もっとリラックスしていこか」

そう言って挨拶をしてきた純の肩を持つと純を後ろ向きにして肩のマッサージを始めた。

「な・・・なにしてるんですか⁉︎」

純がマリアの急な行動にとても驚き恥ずかしがりながら声を上げた。

「マッサージや。モミモミすると緊張解れるで」

そう言ってマリアは純の肩のマッサージを始めた。そしてマッサージしながら純の耳元で囁く様に、

「もうここには慣れましたか?早く慣れて欲しいデス」

と言った。さっきまでの関西弁と違うその何とも言えない色っぽい声に純は顔を赤らめた。

「は・・・はい・・・な・・・何とか・・・です・・・」

純は最早マリアの言いなりと化していた。なぜかはわからないがマリアには不思議な魅力があり、気付いたら何も出来なくなる自分がいることを純は身体で理解していた。

「ウフフ・・・純さんは可愛いですね・・・もっと虐めたくなってしまいそうです・・・」

マリアは天使の様な小悪魔の様な微笑みを浮かべて純にそう囁いた。そして、

「ここの大人の人、私と朽木さん以外皆んな朝起きて来ないです。だから私寂しいです。なので純さんとこうやって朝から戯れて私は幸せデス」

そう耳元で囁いた後で、純の眼を見て軽く微笑んだ後で、純の眼を見つめた。純はそのマリアの色気溢れる大きな眼で見つめられて、ただ照れるしか出来なかった。そんな純を無視して後ろで学生の声がした。

「マリアさん!トラブル発生です!」

そう言われると、マリアは下を向いて軽く溜め息をついた後で、以前見た様な凛とした顔に戻り、

「今行きます」、と言ってまたオペレータールームに戻っていった。

(な・・・何だったんだ・・・それに・・・マリアさんって二重人格者⁉︎)

そう困惑している純の後ろから声がした。

「おや?一之瀬さん早起きですね」

また背後から声がしたことにびっくりしてその声の方に純が振り向くと、そこには朽木が立っていた。

「お・・・おはようございます」

そう言って純は朽木に対して朝の挨拶をした。そして朽木に昨日から疑問に思っていることを伝えた。

「あの〜私って、昼の仕事は何も無いんですか?」

そう問い掛けた純に対して朽木が答えた。

「ふむ。うーん。確かに何もしないというのも違いますか。でもまだここの子供と触れ合っても無いからの〜。ふむ。まだ会議まで時間もあるし・・・まずは触れ合ってみますか・・・」

そう言って朽木は純を一階に連れて行った。


一階はいつもと変わらず賑やかだった。そしてふと純に話しかける。

「時に一之瀬さん。子供は好きかね?」その急な問いに対して、

「んと〜・・・嫌いではないかな・・・ぐらいです・・・」そう答えた純に対して、

「・・・よろしい・・・ではちょっと中に入ってみますか。とりあえず最初は小学校低学年から行きましょう・・・」

と朽木が答えた。純には今まで一つこの階で疑問があった。給仕場を除き、幾つかある子供部屋のどこにも扉が見当たらなかったからだ。そんな純を連れて、朽木は小学校低学年の部屋に辿り着いた。そしておもむろにその透明な壁に手を触れた。すると、

【ガチャ】

その音と共にその透明な壁が奥側に開いた。

(⁉︎⁉︎⁉︎ 何―――⁉︎)

純は目の前で起こったことが全然理解出来なかった。確かにそこは壁だった。それは純にもわかる。でもその壁がドアの様に開いたのだ。ノブも認証する機械もないのに。そんな困惑している純を見て朽木が、

「何を驚いているのじゃ?この施設のドアは大体全部こんな仕組みじゃよ。ほれ一之瀬さんの部屋のドアもそうじゃろ?」

と呆気らかんとした顔で答えた。確かに朽木の言う通り、この施設の扉で純が見たところは概ね掌認証だった。いや、そもそもその認証システム自体が、純が今まで見たことのない近未来のシステムだった。そして今、純の目の前で起こった出来事もそのシステムの一つでしかないと言うことを、朽木は純に話したかったのだ。

そしてそんな純をよそに、扉を開けた朽木が純を部屋に手招いた。

その扉の中は廊下から見た通り小学校の様に見えた。ただ大きく違うのは、そこには先生がいないということだ。そしてそこにある机には何人かの子供が椅子に座ってタブレットをずっと見ている。

(タブレットで勉強⁉︎それは聞いたことあるけど・・・)

そう思って子供達のタブレットを覗き込んだ純はその映像に違和感を覚えた。

(あれ?これって?どういうこと?)

そのタブレットはまるで教科書の様だった。そのタブレットには先生が授業している映像も何も無い。塾講師が何かを教えているといった映像を流している訳でもない。ただの教科書そのものだった。おそらく国語だろう。昔教科書で読んだことがある様な物語がそこには載っていた。そしてそのタブレットの下をスライドするとそこには問題集の様なものが出て来た。おそらくその物語に対してのことに関する問題なんだろう。そしてそれぞれの子供が持っていたタブレットそれぞれのアプリの構成がそうなっていた。違うのはそこにいた子供がおそらく小学一年生〜三年生であった為、その学部毎で見ていた画面が違うという点だ。つまり子供達は個々別別に見えて実際は同じ時間に同じ教科を解いているということになる。これはつまり学校と同じ集団行動を伴う教育であると言えるだろう。

「この勉強方法って・・・学校と同じですよね・・・でも何で個々でタブレットでやっているのですか?そもそもこの仕組みなら先生さえいればタブレットもいらないんじゃないんですか?」

純は普通に思っている疑問を朽木に投げかけた。すると朽木は、

「先生・・・ですか・・・昔ならそういう言葉には何の疑問も持たなかったのでしょうね・・・でも昨今の先生は最早教師と呼ぶには相応しくない人が多数います・・・」

そう純に話すと、遠くを見つめながら語り出した。

「その昔・・・先生という職業はとても崇高高いものでした。それこそ子供と先生の関係というのは一種の主従関係。絶対的存在とまで言えるかもしれません。もちろんそのせいで一部行き過ぎた暴力をしている様な方もいましたが、それも全て子供のことを想っての行動の一つでした。それが最近は子供に遠慮したり、子供を子供として見なかったり、そもそも大人にも成り切れてなかったり・・・かつて憧れの存在として存在していた先生というものは最早この世の中には存在していません。なのでこの施設では先生は作らない事にしました。ただ、学校というシステムはそれ自体は集団的行動の基本にもなり、かつ仲間と共に成長する喜びを見つけることも出来、それでいて時間に対する行動も身につくことから、低学年の間はあえて学習というスタンスではなく、学校教育というスタンスを生活習慣として組み込む事にしております。ただ高学年からはまたこのスタンスではなく、違うスタンスで生活習慣を組んでいるのですが、それはまた今度にしましょう」

その話を聞いた純は、自分の子供の頃のことを少し思い出していた。自分が施設育ちだったこともあり、自分自身はそういう経験は確かになかったが、その当時様々な問題が他の学校で起こっていたことを純は思い出していた。そうして純が色々と考えていた時だった。

【キンコーンカーンコーン】

子供達が持っていたタブレットからその音が流れて来た。純はその音で我に帰った。

そしてその音をきっかけに、その部屋にいた小学生がタブレットを机の上に置いた。おそらく休憩時間になったのだろう。子供達は思い思いに動き出した。そして不意に一人の子供が純に声を掛けて来た。服のところの名札には⦅マサト⦆って書いている。

「ねーねーお姉さんはどこから来たの?」その問いに純は、

「お姉さんはね、区役所からお願いされて、ここに来たんだよ〜」と純が答えるとマサトは、「ふーん・・・それでここに来て何してるの〜?」と聞いてきた。

そう聞かれてしまった純は、

「えっ⁉︎ えっとー・・・そのー・・・」

その不意に聞いて来た純粋な質問に答えれなくて、朽木の方に目をやった。すると朽木は、

「このお姉さんはねまだここに来たばかりだからね仕事するのはこれからなんじゃ」

そう純に助け舟を出した。

「ふーん。そうなんだ」。マサトは不思議そうな顔をしながらそう言った。

そしてそのまま、同じ学年の子が遊んでいるエリアに向かって走って行った。

その様子を見て朽木は純に語り出した。

「あの子、マサトさんはね、親を知らないんじゃ。あの子は赤子の頃からここにいるからの〜。まーそれが良かったのか、ここでは擦れてはおらず真っ直ぐに育っておる。ただ本当ならここの生活も知らない方が幸せだったのかもしれんの。じゃがこればっかりは比較のしようもない事なんじゃ」。そう遠くを見つめながら純に言った。そしてそれから一呼吸置いた後で純に向かって、

「さて、軽く子供達を紹介でもして行こうかの〜・・・えっとー向こうでマサトさんと一緒に遊んでいる男の子がユウキさんじゃ。彼は育児放棄されて施設に入っていた子での、別の施設から来た子なんじゃ。まーじゃからかは知らんが少しまだ心を開けてはおらんかもしれん。そしてその向こうで一人で遊んでいる男の子がケンジさんじゃ。彼は虐待されていたところを保護した子供での。やっぱりそういう子は中々心を開かない。いつもああして一人でいるかの。そしてその向こうにいる女の子がミウさんとエリさんじゃ。この二人は実は境遇が似ておる。どちらも親から捨てられた子供なんじゃ。まーよくある子供を置いて出ていくパターンじゃな。同じ境遇で歳も同じってこともあって、いつも二人で遊んでおるんじゃ。一年生は今のところこんな感じかの。次は二年生じゃが、向こうで三人固まって遊んでいるのがダイキさんとシンジさんとアカリさんじゃ。三人共実はここでは幼児からの仲なんじゃ。ただそれぞれ境遇が違い、ダイキさんが親が自殺、コウジさんが育児放棄、アカリさんが親が交通事故で死亡で、ここに来たんじゃっけのう。そしてあっちにおる男の子二人が三年生じゃ。ショウさんが虐待で保護、ヒロさんが親に借金の方になりそうなのを保護したんじゃ。そしてあそこでお人形遊びをしているのが三年生のミナミさんとマリさんじゃな。ミナミさんの方が確か親が犯罪を犯して身寄りないところを保護して、マリさんの方が確か育児放棄じゃったかな。やはりここの施設での生活が長くなると不思議とドンドン明るくなっていく。一年生に比べて三年生の方が若干明るく見えるのも、おそらくそのせいじゃろな」

そう淡々と遊び場で思い思いに遊んでいる子供達を見ながら、朽木は純にそれぞれの子供達の生い立ちを話した。純は驚いた。ここにいる子供だけでも様々な境遇があったからだ。そして何よりもその様々な境遇の子供達が、同じ教室である種の同じ時間を過ごしているこの環境に驚愕した。そして今その子供達は、様々な思いを抱えながらも、この同じ部屋で同じ教室同じ遊び場所で過ごしていることに、少し感動すらしていた。

その部屋は本当に学校の様であり、施設のそれでもある作りであった。部屋には仕切りこそは無いが区切られている様に見え、勉強するエリアがあるかと思えば遊び場の様に玩具が置かれているエリアがある。そしてその奥にはおそらくフリースペースと思われるだだっ広い場所がある。この子供達はここで寝食を共にしているんだと純は感じ取った。そんな子供達と一緒に過ごしていると、

「おや。そろそろ時間ですな。では上に戻りましょうか」

そう朽木は純に言った。その言葉で純は一緒に上に戻ることにした。

ただ純は、もう少しここにいてこの子達に寄り添っていたいと思っていた。


二階に戻った二人の前に蔵馬が現れた。相変わらずのボサボサ頭である。そして、

「こら!どこに行ってんだお前は!会議もう始まるだろうが!」

そういきなり純に怒鳴ってきた。

「どこって・・・一階よ!一階の低学年の部屋よ」

そう蔵馬に言い返した。そうすると蔵馬は、

「ふん。どうせそこの子供達を見て同情とかしてたんだろうがな。あいつらにとって同情が一番されたくないことだからな。寄り添うのと同情は大きく意味が違うからな。まーお前にそんなこと言っても言っている意味はわからんか」

と純に吐き捨てるように言った。純はそんな蔵馬に対して、

「あんたにはそれがわかるって言うの?誰に対しても高圧的なのに⁉︎子供には優しいって言うの?今まで子供に優しく接してるとこなんか見たことないけど!」

と言い返した。そんな様子を見ていた朽木が二人の間に入って、

「はい。そこまでです。もう皆さんミーティングルームで待ってますよ」

と言った。二人はまだお互い言い足りないことがあるのか、身体に熱を残したまま、とりあえずその場は言い合いをやめた。

そしてもう唯や舞や緑が集まっているミーティングルームに向かって歩き始めた。


「少々時間を押してしまったがそれではこれからミーティングを開始する」

蔵馬は少し憮然とした態度を出しながらも、全員にそう告げた。

「さて、今日のターゲットはこの女性だ。村上真由子。暴行歴は一切無し。というよりはネグレクトと考えていいだろう。調査の結果、この女性は一日ゲームばっかりしているゲーム廃人だということがわかっている。そして小学校三年生の長女である渚に四歳の弟、康二の面倒を押し付けている。また自身は家事を一切やらずにこれも渚に押し付けている。真由子が唯一やるのは保育園の送迎のみ。だから保育園から見たら良き母親に見えたのだろうな。そして学校に娘がきちんと行っていることからも、パッと見ではまさかネグレクトには見えないだろうな。表と裏の顔をきちんと使い分ける。今回は少し厄介な相手かもしれない」

「そして更に厄介な問題としてこういう家庭なのに金に困っていない。経緯としては元々真由子はそもそもちゃんとした母親だったんだ。そしてその頃には元旦那と一緒に育児や家事を分けてきちんと行うどちらかと言えばしっかりした母親だったんだ。でもその元旦那が愛人と一緒に家を出たことがきっかけで、真由子は一切の家事と育児の放棄を開始した。その理由は実はよくわかっていない。まー理由なんかはどうでもいいが。とにかくそういう元々のきちんとした母親だったこと、そして真由子は仕事はしていないが離婚の時に手に入れた多額の慰謝料と、そして毎月の養育費があるから世間から見てもむしろ裕福な生活をしている様に見える。おまけに何をどう仕込んだのかは知らないが、長女渚はその事実を一切誰にも喋っていない。なぜか進んで家事育児を行っている。これが一番不可解。本来であれば、こういう親に対しては不満が爆発したりして、どこかで話してしまいそうなのにそれが一切ない。だから尻尾が掴みにくい。とにかく今回は難しい案件になると思う」

そう蔵馬は厳しい面持ちで話した。そして更に話を続けた。

「もう一つ厄介事がある。住んでいる場所だ。多額のお金を有していることもあり、現在はオートロック付きの高級マンションに住んでいる。つまり家への侵入はとても困難であると言えるだろう。もちろん出来なくはないが・・・」

そう言うと口を摘むんだ。その様子を見て唯が切り出した。

「あの〜蔵馬さん。そもそも子供達はどうなんですか?今の生活に満足しているんですか?そこは影山さんからどう聞いてますか?」

その問いに蔵馬が答えた。

「誠もそこが実はよくわかっていない。実際誠も今回のケースが果たしてナイトフォレスト案件として正しいのかはよくわかっていない。今回は命の危険があるわけでも子供の人権を無視しているわけでもないから」

蔵馬はとても難しい顔をしながら唯の問いにそう答えた。今度は舞が切り出す。

「そもそも子供達の気持ちなり何なりをまずは確認した方がいいのではないでしょうか?ちょっと今回の件は特殊過ぎます。確かにこの母親には愛情は全く感じられません。でも子供達は母親とは離れたがっているようには思えません」

その舞の意見を聞いた蔵馬は、腕を組んで下を向き黙り込んでしまった。蔵馬も今回のケースに対してはまだ動くべきか自信が持てないでいるのであった。

そんな様子を見て今度は緑が切り出した。

「今回のケースは不明瞭が多過ぎます。そもそもなぜ母親はネグレクトになってしまったのでしょうか?そして旦那はなぜ愛人を作ってしまったのでしょうか?聞いている感じだととてもいい父親だった様に思えます。そして母親の方も良き母親だったと思います。そして今も養育費を払っていることからも、元旦那は子供達を今も愛しているのは間違いありません。なのに親権は放棄している。このケースだと現在の母親の様子を元旦那にバラして、元旦那に子供を引き取ってもらう様に事を進めるという方法の方が良いように思います」

その緑の意見を聞いて、蔵馬は頷きながら、そして考え事をしながら、そこにいた皆に話を切り出した。

「実は、影山の報告で一つ気になる文章があってな。まだ離婚する前に一度真由子は警察に厄介になっていることがある。その原因がどうやら育児とかではなく、元旦那の浮気を疑って真由子が包丁を持ち出して元旦那を刺そうとしたことらしいんだが、どうもその通報の時の状況が妙だったらしい。警察が見た様子だと旦那が酷く怯えていたと・・・もちろん包丁持っている相手に対して怯えることはあるかもだけど・・・警察が到着して真由子から包丁を取り上げてもまだ怯えていたと・・・もしそこに別の理由があるとしたら・・・今回のケース一筋縄では行かないかもしれない・・・」

その言葉にそこにいた純以外全員が口をつぐんだ。もしネグレクトの原因がその理由にあるんだとしたら、下手に動くことは子供達の危険になりかねない。そこにいた純以外全員がその可能性を考えたのだ。そして蔵馬が切り出す。

「今回はまず確認が先だ。緑、お前は元旦那に話を聞きに行ってくれ。但し、今の真由子の現状は話さずにな。特に何で離婚に至ったか。おそらくそこに答えがあると思う」

「そして舞、お前は康二の保育園で待機していてくれ。場合によっては以前の職権使ってもいい」

「そして唯、お前は渚が通っている小学校だ。こっちも状況によっては動くことになる」

「そして純、ちょっと不安だけどお前には場合によっては一番難しい役目を担ってもらうからな。とりあえずここで待機だ。以上」

そう全員に蔵馬は指示を出して、会議は終了した。


真由子はいつもと変わらない日常を過ごしている。ずっとテレビの前でゲームをする生活。

そして時間になると康二を迎えに行く生活。そう、これが真由子の普段の日常だった。

そしていつもの様に康二を迎える為に外に出た。時刻は十七時だった。

真由子は保育園に着いていつもの様に康二を呼んだ。しかし康二はそこにはいない。

何か異変を感じた真由子は保育士さんに尋ねた。

「あの〜康二がいないんですけど、どこに行ったか知りませんか?」

その問いにそこにいた保育士が答える。

「あれ?真由子さん⁉︎何でここに⁉︎先程警察の方が来て康二君連れて行きましたよ。ママが事件を起こして大変だから迎えに来たって」

真由子にはその言葉の意味がわからなかった。

(誰かが警察のふりをして康二を?何の為に?・・・ま・・・まさか・・・⁉︎)

一瞬真由子の頭に一抹の不安がよぎった。そして保育士に頭を下げると今度は渚の携帯に電話した。だが渚は電話に出ない。

(ま・・・まさか・・・⁉︎)

真由子がそう思っている刹那、急に真由子の携帯が鳴り出した。

真由子が慌てながらその電話に出ると、

「息子と娘は預かった。返して欲しくば指定された場所まで来い。もし警察に話したらあんたが今まで隠してきたことについてあんたの関係者全員にバラすからな」

と、その声の主はそれだけ言って電話を切って、真由子の携帯にメールで住所を送ってきた。

声の主はボイスチェンジャーを使っていて、声の特定は出来なかった。

真由子は不気味で仕方なかったが、言われた通りその場所まで行くことにした。

(大丈夫・・・絶対バレてるわけない・・・)

そう真由子は信じていた。


その場所は真由子がよく知る場所だった。昔、渚と康二を連れてよく来ていた公園だったからだ。その公園の暗闇の中から声がした。

「全く。大した奴だよあんたは。児相も誰も彼も皆完全に騙されたんだからな」

そう言いながら男が現れた。蔵馬だった。

「な・・・何のこと⁉︎・・・そ・・・そんなことより・・・私の渚と康二を返して!」

真由子はそう蔵馬に怒りながら返事した。その答えに対して蔵馬が切り出した。

「私の・・・ね・・・確かにな・・・巧妙で狡猾なあんたならそう言うんだろな。子供を完全に操っていたんだからな。薬と話術だけで。言葉通りアンタのものにして、アンタの言いなりになる様にしてな!」

そう蔵馬が言い返した。その言葉に真由子が激しく動揺しているのは誰が見てもよくわかった。

「な・・・何のこと⁉︎何の証拠があってそんなこと言うの⁉︎」

真由子は動揺しながら蔵馬にそう言い返した。

「証拠ね〜・・・緑!」

そう蔵馬が言うと、闇の中からもう一人女性が現れた。緑だ。

「はい。実はあなたの元旦那から色々話し聞いて来たのよ。そしたら興味深い話聞けたわ。元旦那はあんたの洗脳が解けて、色々怖くなったから離婚を決めたってね。最初から愛人なんかいなかった・・・そうそのシナリオはあんたが作った嘘だってね。そして元旦那はアンタが怖過ぎて逃げたけど、それでも子供達のことがずっと心配で、だから今もお金を送り続けてるってね。凄いよね。これで何で親権放棄してたかよくわかった。子供だったんだね。アンタにもう追われない様にする条件として、元旦那が提案して来たのって。アンタもそうだけど、アンタの元旦那も随分自分勝手だと思いますよ」

そう緑が吐き捨てる様に言った。その言葉に真由子が怒りを露わにした。

「何馬鹿なこと言ってんの!アンタはあの人に騙されてるんだよ!そうあの人こそ嘘つきよ!自分のことしか考えてない!だから他に女作って出て行ったのよ!騙されてるのは私!そうこの私なの!」

そう言って緑に突っかかった。その様子を見て蔵馬が切り出す。

「アイドル育成ゲーム・・・最初はそれがきっかけだったんだってな・・・ゲーム廃人の。二次元の世界にはアンタの理想があった。理想の男もいた。そういう生活を続ける内にいつしか現実に物足りなさを感じたんだろうな。だからアンタは作ろうとした。その生活を続ける為にはどうすればいいか。そのゲームをする時間を確保するためだけに、育児や家事の時間を減らそうとしたんだ。アンタはそれに反対する元旦那の意見も聞かずに」

「いつしかそれを障害と感じ出したアンタは、ネットの知識を元に見様見真似で旦那を洗脳しようとした。元薬剤師だったこともあり、薬の知識にも長けていたアンタは、そうして旦那を思い通りにすることに成功したんだ。もちろんその時は自分の気持ちをセーブしていたからゲームばっかりすることもなく、心の中にはモヤモヤしたものを抱えながらも、家事や育児をしていた。洗脳された元旦那も、アンタの言う通りに動いた」

「だが、旦那を支えたり助言をする女性が、おそらくその時偶然出来たんだろうな。アンタは旦那の洗脳が少し弱くなっていることで、それに気づき演技をしたんだ。元旦那が浮気をしているから刺そうとしたってな。まー思い通りかどうかはわからんが、結果アンタは通報されて、その構図がまんまと出来上がったわけだ」

そう言って蔵馬は事の真相を話し出した。真由子はさっきまでの怒りが嘘の様にそこに座り込み項垂れている。その姿はまるで犯行を暴かれている犯人そのものだった。そんな真由子に対して更に蔵馬が話を続けた。

「この事件がきっかけで、元旦那は更にアンタの言う通りに動く様になり、アンタは更にゲームにのめり込む事が出来る様になったが、ここで誤算が生まれる。何かのきっかけで旦那の洗脳が完全に解けてしまったんだ。そして元旦那はアンタの元を離れることを決意したんだ。アンタは相当焦ったんだろな。だから元旦那に言ったんだろ。これからの私の生活を保証しなければ息子も娘も殺すってね」

「アンタがどういう人間か知っていた元旦那はそのことに応じることにした。そしてアンタは今度はあろうことか娘の洗脳を始めたんだ。娘はアンタの言葉を信じ切った。そしてアンタの為の人形と化した。気を良くしたアンタは今度は息子に洗脳を始めた。まるで娘が実の母親であるかの様にな。おかしいと思ったんだよ。娘も息子も何も不満を言わないのは。そこで気づいたんだ。不満言わなかったんじゃなくて、言えなかったんじゃないのか。でも暴力ではないなら、洗脳しかないってな。これがアンタが作り出したシナリオだ。そうしてアンタは自分にとって都合の良い生活を手に入れたわけだ。子供も元旦那も犠牲にしてな!」

そう語気を強めて真由子に向かって言い放った。真由子はもう動けなくなっている。そんな真由子に対して、暗闇から子供の声がした。

「ママ・・・本当・・・なの・・・?今このオジさんが言ったこと・・・嘘・・だよね・・・私に早くママになって欲しいから・・・だからあえて私に全部お願いしてたんだよね?・・・だって家事や育児は毎日やらないと身につかない・・・って・・・そう・・・毎日言ってたよね?・・・渚なら出来るから・・・渚は出来る子だから・・・渚は我慢も出来るとてもいい子だから・・・だから・・・だから・・・だから・・・」

そこには泣いている子供がいた。渚だ。渚は舞に連れられてここに来ていたのだった。その渚の姿を見て真由子は絶句した。

「洗脳を解く一番の方法。それは真実を教えること。それもその本人の前で。真実だけには抗えない。誰もね。アンタは今まさに自分のその無様な姿を晒け出してしまったことで、この子の洗脳を解いてしまったんだよ」。舞がそう真由子に言い放った。

「全く。本当になかなかの酷いママだよね」

暗闇からまた声がした。唯だ。唯は康二を連れている。康二はまだ洗脳の最中にいる。

「ママ・・・ママはどこにいるの・・・?」

そう康二は寝ぼけながら言った。その様子を見て蔵馬が真由子に切り出した。

「アンタに一つチャンスをやろう。なーに簡単なことだ。実の息子が本当のママを当てればいいだけだ。もし俺が言っていることがまるっきり嘘なら、まさか息子はママを間違ったりしないもんな」

そう吐き捨てる様に真由子に向かって言った。そして唯に指示を出して康二に話しかける。

「唯。手を離していいぞ。」「康二君。ママは君の目の前にいるぞ。自分の足でママのところまで行くんだ。出来るよね?」

そう二人に言った。渚は康二とは離れた距離にいた。真由子は康二の真ん前にいた。誰がどう見ても真由子のところに寄って行くと思われた。真由子もその自信があったので、項垂れた身体をゆっくりと起こし、

「ママはあなたの目の前にいるよ」と康二に声を掛けて手を広げた。

「なんだ。ママはそこにいたんだ。ママ〜」

そう言って康二は駆け寄った。真由子の横を通り過ぎて渚のところに。

「アーハッハッハッハッハ!凄いな!アンタ。いっそ洗脳で喰ってったらどうだ?中々ないぞ?実のママを間違える息子なんてな!」

そう蔵馬は真由子に向かって言葉を吐き捨てた。真由子は茫然自失していた。

「ママ・・・嘘だよ・・・嘘だよ・・・こんなのって・・・」

渚は康二を抱き締めながら、号泣していた。そんな渚を抱き締めながら舞が切り出す。

「今まで・・・辛いのに辛いとも思えず・・・小学生らしいこともほとんど出来ず・・・それを悲しいこととも思えず・・・思えない事がこんなに辛いってようやく気付いたんだね。でももう大丈夫。これからはもう自由だよ。私達と一緒に行こう。あなた達が本当に子供として生活出来るところへ」

その言葉に更に渚は号泣した。今まで泣けなかった事が、辛いと思えなかったことが嘘の様に。今、渚の心の中は実のママに裏切られた悲しみで一杯だった。

「ママ・・・何で・・・泣いてるの?」

康二は渚が何で泣いているか理解出来ないでいた。まだ康二は洗脳の最中にいた。その様子に耐えられなくなったのか、真由子が急に、

「アッハッハッハッハッハ!」急にそう笑い出したかと思うと、康二の方に向かって、

「私がお前の本当のママだーーーーー!」と大声で言った。すると奇跡が起こったかの様に、

「マ・・・マ・・・えっ・・・?あれ?ボク何でここにいるの?あれ?渚お姉ちゃんどうしたの?あれ?」

康二は急にそう言い出した。康二の洗脳は今解けたのだった。その様子を見て、

「今解けても遅いのにね・・・ハ〜・・・でも最後ぐらいはママに戻りたかった・・・」

そう真由子は言った。そして蔵馬に対して、

「ほとんどアンタの言った通りだよ。私はゲームを取ったんだ。子供よりも旦那よりもね。そんな私にもう母親の資格なんか無いのはわかってるよ。元々邪魔だったんだ。早く連れて行ってくれ」

そう言うと真由子は立ち上がって、渚と康二を背にして歩き出した。その様子を見て蔵馬が、

「・・・最後の最後に・・・母親に戻ったな・・・でももう・・・遅すぎたんだよ・・・」

そう小声で呟きながら真由子に向かって言った。そして全員で真由子を見送った。

真由子は部屋に戻った。いつもと変わらない生活。いつもと少しだけ違う生活。その部屋には真由子しかいなくなった。真由子はいつもの様にゲームに向き合った。でもその顔には涙が溢れていた。

真由子は今まで自分がして来たことを後悔していた。もう遅い後悔だった。


号泣する渚ときょとんとしている康二を連れて、唯は公園を後にした。

「ちょ・・・ちょっと待てーーーー!」

そんな唯とは逆の方向から走って来た女性がいた。純だ。そして純は息も切れ切れの状態のまま蔵馬に対して、

「今回のやり方って犯罪だよね?だって誘拐してんじゃん!」と突っかかった。そして、

「なのに私には何の説明もなくボイスチェンジャーと紙だけ渡して母親にメールさせて。で私を施設に置いていくってどういうつもりなの⁉︎」

そう蔵馬に問いただした。すると蔵馬は、

「だってお前うるさいんだよ。何で?何で?何で?って仕事なんだから言われた通りにやるのは当然だろ!」と純に答えた。

「こんな仕事聞いた事ないわよ!私もしかして犯罪の片棒担がされたの⁉︎ちょっとー!責任取ってよね!私こんなので捕まりたくないわよ!」

そう騒ぎ続ける純に対して舞が切り出した。

「一之瀬さん。大丈夫よ。元々全ての責任はいつも蔵馬さんが取っているから。ね。それにあの女性は絶対に警察に通報は出来ないのはわかってたから」

そう純に対して諭す様に言った。

「どういうことですか?」純は当然の疑問を舞にぶつけた。すると舞は、

「今回の様なケース。実はそこまで珍しくないのよ。悲しいけどね。人って言うことを聞かす時には二種類の方法を取るの。一つは力。もう一つは言葉なのよ。そして力の最も凶悪なのが虐待なら、言葉の最も凶悪な方法が洗脳なのよ。特に子供は純粋だから洗脳しやすくてね。そして厄介なことに虐待よりも洗脳の方が対応が難しいのよ。虐待は引き剥がすだけで済むけど、洗脳の場合は普通に引き剥がすと子供の心が壊れてしまう。当然よね。引き剥がされる理由も何もわからないんだから。だからまずは先に子供に真実を見せて、一回洗脳を解く必要があるの。でもこれが中々難しくてね・・・」

そう言って純に丁寧に説明した。その言葉を聞いて純は、

「で・・・でも・・・だからと言って誘拐は・・・ダメなんじゃ・・・」

そう純が言うと舞は笑いながら、

「ウフフフフ。本当に誘拐はしてないわよ。今回のは一種の狂言誘拐ね」、と言った。

(どういうこと?)

純は当然の様な疑問を頭に浮かべた。そんな純を見て舞が話し出した。

「まず私は長男の保育園に警察の格好で行ったのよ。そして『康二君はいますか?』って聞いたのよ。向こうは私が警察の格好をしているもんだから慌ててね。何の疑いもなく康二君を渡して来たわけ。それで保育士には一言、『康二君のお母さんが事件に巻き込まれたんで康二君連れて行きます』って言ったのよ。向こうは二つ返事で康二君を渡してくれたわ。だから誘拐ではないのよ。そんで唯さんの方はもっと単純よ。学校帰りの長女に対してただ一言、『私はママの友達なんだけどママから頼まれてね。今日は遅く渚ちゃんに帰ってきて欲しいから公園でも行って来て欲しいって言われたのよ』ってね。後はさっきの公園でただ遊んでいる内にそのうち向こうが来たってだけよ。だから誘拐ではないわよ」

とあっけらかんとした顔で純に向かって言った。純はその話に少し頷いたが、

(ん?でも待って・・・何か引っ掛かる様な・・・)

純にはその違和感が良くわからなかった。そうこうしている内に舞が、

「さてじゃー私達も帰りますか」と言った。純は納得していない顔で舞に付いていった。


舞の車の中で、今日のことを純は整理し始めた。

(えっと〜・・・舞さんがまず警察の格好で・・・ん?)

そこで一つ気になることがわかった。その疑問について、純は舞に尋ねることにした。

「あの〜。舞さんってコスプレして行ったんですか?でも警察手帳って偽造したら犯罪なんじゃないですか?」そう聞いてきた純に対して舞は、

「あれ?駄目だっけ?まーでも私元警察官だし・・・ギリ大丈夫だと思うけどな〜」

そうあっけらかんとして答えた。

「えっ⁉︎元警察官なんですか⁉︎じゃーコスプレじゃなくてガチ制服?」

そう聞いた純に対して舞は、

「面白い言い方するね一之瀬さん。ん〜・・・まーたまに仕事で使ってるのはガチ制服でガチ手帳かな・・・ちょっと私も訳ありでね・・・その話はまた今度ね〜」

そう言ってこの話しを終わりにした。そして、

「そう言えば一之瀬さん今日はお手柄だったね。一之瀬さんの芝居が無かったら、今回は成功してないわよ」。そうはぐらかす様に純に話しかけた。

「お手柄って・・・まだ犯罪の片棒担がされた気分ですよ・・・何か無理矢理やらされたし・・・本当今回は今まで以上に無茶し過ぎって言うか・・・蔵馬さんって前からこんな感じ・・・こんな強引な感じなんですか?」純は舞からの話しにそう答えた。その問いに舞は、

「強引か・・・確かに私もそう思ったことは何度もあったかな・・・それこそ今の一之瀬さんみたいに突っかかったことも何度かあったわ。でもこの仕事していると思うのよ。ほら毒を持って毒を制すみたいな言葉あるじゃない?この仕事ってそういうもんなんだと思うのよ。それこそ今回なんて児相でも警察でも見抜くことは出来なかったと思うわ。でもこんな案件って恐らく特殊じゃなくて今の世の中だと一杯あると思うのよ」

そう力強く言い切った。そして舞は更に話を続けた。

「例えば洗脳って言い方をしていないだけで、子供に何か無理矢理やらせようとした時、もしくは言うことを聞かそうとした時、大抵の大人はその声にドスを効かせたり、怒りを加えたり、そういう子供がビビって言うこと聞く様に仕向けるでしょ?あれも一種の洗脳と言えばそうなのよ。でもこれも言い方を変えると躾という言い方になる。この言葉になると何かそれも仕方ないって思えるわよね。でもそれって言葉がただ違うだけなの。大事なのはその言葉の言い方ではなくて、その言葉をどういう気持ちで大人が言っているかだと思うのよ。恐らく真由子も最初はただの躾として、子供達には言ってたんじゃないかな。そしてその時にはそこには愛情があったはずなの。でも一人で家事と育児を抱え込み過ぎて、そこで気晴らしに始めた育成ゲームにハマって・・・多分きっかけはそんなとこなんだと思う・・・だから、どんな親でも一歩間違えたら、そっち側になるってことを、私達も自覚しないといけないんだと思うのよ」

そう運転しながら舞は純に言い切った。純には良くわかる様なわからない様な話しだった。純には子供がいないからなのかもしれないが、舞の話はどこか卓越した考えの様に思えた。

そんな話しをしている間に車は施設に到着した。


「今日も一日ありがとうございました。」

そう純は自分の部屋の前で舞に挨拶をした。そんな純に舞が話を切り出した。

「この施設で働いている人は皆何かしら事情があってここにいる・・・私も含めてね・・・」

そう言った後で急に、純の耳元に近づき、

「特にマリアさん・・・彼女は私が知る限り・・・元犯罪者のはずよ・・・私、昔手配書で見たことあるから・・・だから・・・気をつけた方がいいかもしれないわよ・・・」

そう小声で純に告げた後で、

「じゃーおやすみーまた明日ね」。そう言って舞は自分の部屋に戻って行った。

純はその場所でしばらく呆然としていた。

まだ舞が言った言葉について、頭の中が追いついていなかったからだ。

(えっ⁉︎どういうこと?元犯罪者が何でここで働いているの?そもそもあの蔵馬とはどこで知り合ったの?舞さんの言うことが本当なら・・・マリアさんの目的って何?)

そんな考えが純の頭の中を支配していっていた。ただ一つ、マリアが持っている怪しい魅力がもしそうだとしたなら。純はそのことだけ少し納得して布団の中に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る