第2話

「ピピピッ!ピピピッ!」純のスマホのアラームが鳴っている。

純はその音と共に目を覚ました。

だがそこは今までの自分の家ではない。昨日から泊まり出したよくわからない施設だった。

純は昨日の事を思い出そうとしていた。

(えっとー・・・確かこの部屋に泊まる事になって・・・それから・・・何か書類にしたよな・・・その後施設の説明をされたんだっけ・・・)


純は昨日朽木からまず部屋に案内された。その部屋は四階にあった。純が扉を開けるとそこは想像以上に凄い部屋だった。まずその広さは一人で住むには充分過ぎる十畳サイズの1LDKだった。そしてその部屋は無機質ではあったが全ての家具や家電が揃っていた。そして電気ガス水道も全て最初から使えて風呂とトイレまでもが部屋にあった。そしてベッドまで置いてあった。まるでその部屋は一人暮らしの人がよく住むマンスリーマンションの様であった。ただ違いは部屋の壁の厚みと特殊加工された壁の違い。そして置いている家具や家電の質が断然違っていた。

「この部屋は防音になっているから多少騒いでも大丈夫なんじゃよ」

その部屋の作りに驚いていた純に朽木がそう話した。

「それと蔵馬さんの拘りでね壁に特殊加工がされているんじゃよ」

そう言って朽木はマグネットを取り出して壁に向けた。するとマグネットは壁に引っ付いた。その様子を純に見せて朽木が得意気に話し出した。

「ホッホッホ。これ凄いじゃろ。この壁ならピンを刺すこともないし、ノリも使わないでいいから壁が汚れることもないし、でも何でも壁に貼れるし、おそらく理想的な壁と言えるじゃろな」

純はただただ驚くばかりだった。その作りは確かに今まで見たことがない。特殊な作りだった。でもとても便利で部屋のデコレーションがしやすいということは純もすぐ理解した。

「それとこの部屋には自動ロボットがいるから掃除もしなくてもいいからね。」

朽木はそう言ってそのロボットを見せた。ただ、そのロボットは見た目が掃除ロボットには見えなかった。いやむしろロボットそのものだった。

「えっ⁉︎これって普通のロボットなんじゃ・・・・本物⁉︎」

純は当然の様に驚いた。そこには純の想像していた掃除ロボットではなく本物のロボットがいたからだ。

「ホッホッホ。これはまだある企業で試作開発途中のメイドロボットじゃよ。そして蔵馬さんの付き合いのある会社からの提供品なんじゃ。でも結構優秀じゃよ。声で全部操作出来るからの〜」そう言って朽木はその動きを純に見せようとした。

「部屋の掃除お願いします」。そう朽木がロボットの耳らしいところに向かって言うと

「カシコマリマシタ」

という電子音の様な声と共にロボットは掃除を開始した。動作はとても簡単で足の裏が掃除機の吸引口になっていてそこからゴミを吸っているという感じだった。

「ホッホッホ。便利じゃろ。言い方一つ変えるだけで水拭きも出来るし細かく指示出せばその通りの作業も出来る。そして指示したい時はロボットの耳元で話すだけ。普段の会話や声やテレビの音は一切拾わない。それでいてきちんと教えれば何でも出来る。更に」

そう言って朽木はロボットの頭らしいところにあったタブレットを取り出した。

「このタブレットに細かい指示。やって欲しい事の時間や作業工程もしくはやって欲しい動画の動き諸々を打ち込むだけでその通りの行動をその時間にやらせることも出来る。そしてそれを決まった時間決まった曜日に行わせることも可能。正に最強のメイドロボットなんじゃ」と朽木はとても得意気に純に説明した。

「は〜」。あまりの高性能さに純は言葉を失っていた。そして

(って言うか・・・なんでこんな施設のこんな部屋にここまでの高性能ロボットがいるの⁉︎)

純は当然の困惑した思いを抱いていた。

「後はそうじゃの。まーこれは当たり前の能力じゃがこのロボットは自家発電だから電池切れも無いぐらいかのー」。朽木は当たり前な事を話す口調で最後に純にそう言った。

(いや。それ全然当たり前の機能じゃないから!)純は心の中で朽木にツッコんだ。

「まーロボットの説明はこれくらいで。後はこれにサインと欲しい物書いて」

そう言って朽木は自分が持っていたタブレットを純に渡した。

「まずは誓約書?じゃな。まーこれは契約書みたいなもんじゃ。内容もこの間のマニュアルで見せたものとほぼ同じじゃからまーちゃちゃっとサインしてくれればいいから」

そう言って朽木は純にタブレットでのサインを要求した。純は戸惑いながらもサインをした。朽木はその純のサインを確認した後で次の画面を純に見せた。

「じゃー次はこれじゃな。今までの自分の部屋にあった物で持って来たいものあればここにその内容を細かく書いてくれ」

そう言って純に指示を出した。純は戸惑いながらもそこに元々の部屋にあった自分の小物や化粧品等の物から部屋に貼っていた好きなアーティストの写真まで、諸々欲しいものを記載した。そしてその記載したタブレットを朽木に渡した。

「よしよし。これでオッケーと」。そう言って朽木は何か操作をした。そして、

「はい。じゃーこれが君のタブレットね。初期設定までは終わっているから」

そう言って純にそのタブレットを渡した。

「エッ⁉︎どう言うことですか?」

そう当然の疑問を朽木に問いかけた。すると朽木はほ飄々とした顔で、

「ホッホッホ。さっきのサインは契約書であると共にこのタブレットの所有者を認識させる為の暗号じゃったんじゃよ。これでこのタブレットは君しか使えないオリジナルの物になった。これはな、まだ世には出回っていない筆跡認識技術で認識するタブレットなのじゃよ。じゃから今度からログインする時は自分の名前を自分で書けばログイン出来るから便利じゃよ」。そう純に話した。

(何⁉︎その技術⁉︎聞いたこともないんだけど!)

純は困惑しか出来なかった。そして当然の疑問を朽木にぶつけた。

「あのーそれでこのタブレットでは何が出来るんですか?」

その純の問いに対して朽木が答えた。

「あーこのタブレットでこの施設の中の動きが全部見えるんじゃよ。ほれこれで」

そう言って朽木は一つのアプリを開いた。すると全部屋の監視カメラ映像が出て来た。

「えっ⁉︎」純は当然の様に驚いた。

「ホッホッホ。凄いじゃろ」。朽木はまた得意気に純に話した。

「いや・・・凄いって言うか・・・これ・・・盗撮じゃないですか!」

純はその犯罪にも等しい行為に声を荒らげた。すると朽木は淡々と続けた。

「だって何かあった時に誰も見てないよりは大勢で見ていた方が連携も対処も取れるからのーそれにうちが使っているカメラはちょっと違くての」

そう言うと朽木は、純を背中にして純の部屋にある監視カメラに向かって、急に上半身に着ていた服を脱ぎ出して半裸になろうとした。

「な・・・何してるんですか⁉︎」当然の様に困惑する純に対して朽木がすかさず言った。

「ほれ。自身の監視カメラの映像を拡大して見てごらん」

朽木は淡々とそう言った。純は見るのも嫌だったがその監視カメラを拡大した。するとそこには純以外何も写っていなかった。まるでそこにいた朽木がそこから急にいなくなったかの様に。そんな困惑した純に対して朽木が話し出した。

「これがこの施設が誇る最大級の監視システム。自らにAIを搭載しており表現として不適切なものをその監視カメラから削除する。これが盗撮自主回避システムなのじゃよ」

そう言って得意気に話した朽木が服を着るとまたその監視カメラの映像に朽木が現れた。

「もちろん見えないだけで声は聞こえる。だから異常がある時はすぐにわかるし、何かそれを使って悪いことをしようとしてもそう簡単には出来ない。でも盗撮も出来ない。それでいて常に監視は出来る。これぞ未来の監視システムと呼ぶに相応しいじゃろな」

朽木はとても得意気に話した。純はその異次元のシステムにただただ驚くばかりだった。

「まーそれにこの監視カメラは人感センサーに反応するから人が通るその人に注目させる。そしてズームする。人が一杯いるところだと全体的に広くも写す。手動切り替えはコントロールセンターでしか出来ないがまーこれだけタブレットで見れたら十分じゃろ」

そう言ってこのアプリの説明を朽木は終えた。純はもう困惑しかしていない。

「後はこのアプリで何でも欲しいものが買えるから。もちろん実際には何でもではなく審査があってそれにクリアして始めて買えるんじゃがの」

そう言って今度は注文のアプリを見せた。そこはどこかで見た様な注文サイトそのものだった。ただ本当に細かい物から買えることと値段が書いていない点は普通の注文サイトとは異なっていた。

「まーこのアプリはそこまで説明いらんかのーネットショッピングの様なものと同じと思って貰えばいいから。違いはノンジャンルでどんなメーカーでも何でも買えるというとこぐらいかのー」

そう淡々と朽木は話し出した。純はそのアプリの有能さはすぐにわかった。それは本当に鉛筆一本から色んな洋服、そして家電、子供の玩具等。本当に何でも買えるサイトだったからだ。

「まー個人的には使うのはこんなもんぐらいかのー。後は業務で使うものだったり会議で使うもんだったり。まーそれはその時が来たらわかるじゃろ。基本全体的な業務で使う機能はログイン一切不要で起動する様になっておるからのー」

朽木はそう淡々と純に話した。純はアプリに集中し過ぎていて空返事の様な答えだけを朽木に返した。

「後はまー部屋の使い方はそんな難しくはないから。普通の家だと思ってまー寛いでくれていいからね。冷蔵庫もキッチンもあるし自炊してもいいし。しなくてもいいし。まーそこはこれから施設の中の案内をしながら教えるとするかのー・・・」

そう言って朽木は部屋の外に出て純を手招きで外まで呼んだ。

「あっそうそう・・・」

そう言って朽木は純の腕を取り掌をそのドアに押し付けた。

「な・・・何するんですか⁉︎」

そう言い切るか言い切らないかでドアが反応した。

【ドアロックします】

ドアからそんな声がしてその部屋は施錠された。

「これでこの部屋はもう君しか、いや君がいない時は誰も部屋には入れない状態となったわけじゃ。まーもちろんメインセキュリティーをいじれば解除は出来るがの。ほれ。試しに掌をワシがドアに付けてももう反応しない。でも君がもう一度ドアに手を触れると」

【ロック解除します】

「ほれ。な。もうこのドアは君の掌でしか開かないんじゃよ」。そう淡々と話した。

(な・・・な・・・何・・・⁉︎ まさかの指紋認証ロック⁉︎ 一体どういう仕組みなの⁉︎)

もはや困惑し疲れていた純は言われるがままもう一度掌をドアに付けた。

【ドアロックします】

そして二人は部屋を後にした。


施設の中はそこまで複雑な作りではなかった。ただそれでも普通の施設とは違っていた。

まずは一階。ここは以前見た通りおそらく産まれ立てから十二歳までの子供が中心といった感じだった。部屋割りも大体以前見てイメージした通りだった。生後間もない赤ちゃんがいるベビールーム。そこから成長してはいはいから立って歩いたりする子供がいる乳児ルーム。おそらく幼稚園を模した作りで年少から年長が一緒にいる様な幼児ルーム。学校の様な雰囲気だがそこには小学一年から小学三年までが一緒に過ごしている低学年ルーム。そして小学四年五年六年の数人がいる、高学年ルーム。ただここは出入りがとても多い。それまでの部屋に何人かそれぐらいの年齢の子供達がいることから考えると、おそらくここの部屋にいる子供達が、小さな子供達の世話をしているのだろう。そして何もしていない時は下宿みたいにこの部屋で過ごしているのだろう。後は図書室を模した部屋。それととても大きな給食センターみたいな給仕場。でも給仕場にも何人か子供の様な姿も見れる。ただ前回は気づかなかったが給仕場には大人はいた。大人というか料理長みたいな人。給食のおばさんみたいな人。保育士みたいな人。それぞれが別々の厨房で作業をしている。そんな感じだった。

次に二階。ここも前回見た通りコントロールセンターと呼ばれる場所には数人の少年と一人の金髪美女。そして向かい側では職員が仕事をする職員室。でもそこを抜けると純の部屋よりやや小さい八畳の部屋が約三十部屋並んでた。朽木の話しだと中はメイドロボットがいない以外は全く同じ作りということらしい。そしてそこは中学生の部屋だということだった。

次に三階それと四階。ここ二つは全く同じ作りだった。どちらも部屋が三十部屋近くあり一番端にコンビニの様なものがあった。ただそこでは金銭的なやり取りはしていない。というか店員がいない。どうもこの施設で金銭的なやり取りは御法度らしい。そして酒もタバコも売ってはいない。イメージとしては何でも買えるタブレットはあるがそこで買ったものはすぐには入手出来ない為、急ぎ必要なものだけを常に置いているという感じだった。おそらく先程朽木が言っていた作らなくてもいいと言っていた理由は、このコンビニの様なところがあるから特に食い物には困らないということなんだろう。そしておそらく一階の給仕場で作った残り物等で出たもので作った弁当の様なものがそこには置いてあった。その利用方法は食材を再利用しているとも解釈は出来そうであった。そして手作りのおにぎりも何個かあり、朽木はこの手作りのおにぎりが好きらしくよく買いに?来るのだそうだ。他にもお腹が空いた学生の為の急ぎ食べたい時のカップラーメンが何個か陳列していた。ジュースやお茶も常備してあり、何故か手製のデザートもある。手作り感は若干強めだがそこのシステムは紛れもなくコンビニと遜色は無かった。

そして五階。いや屋上。ここは前回見た通りだだっ広い休憩室と呼ばれる部屋だけがあった。本来は職員がちょっとした休憩で使ったり、病人が出た時に利用するところなのだが蔵馬がここを気に入ったが為に、今はほとんど蔵馬の部屋と化している。

これがこの施設の全容だった。そして一通り施設を回った後で朽木が、

「今日はもう遅いから部屋で休んでいていいからね。初日だし仕事は明日からにしましょう」

そう言って朽木は純を部屋の前まで送っていった。純は自分の部屋に先程教わった掌認証の方法で入った。

純はさっき一通り見た施設の全容をタブレットを見て確認した後、部屋にあったテレビを点けた。当たり前だがテレビは普通に起動した。そして当然の様にHDD内蔵だった。純は見たいテレビの録画をとりあえず全部設定して、その後部屋を出てコンビニに向かい、弁当とお茶を取って来て部屋で夕食を済ませた。弁当は普通に美味しかった。そうしてテレビをしばらく見た後で純はお風呂に入った。そしてお風呂から出てお酒がないことに気づいた純はタブレットで酒を注文した。まさか最初の注文がお酒になるなんて。と純も思ったがそういうもんかと思い自分を納得させて眠りにつくことにした。


その翌日となり純は目を覚ましたところだった。

純は朝の支度を一通りした後でコンビニでパンと野菜ジュースを持って来て部屋でそれを食べた。部屋を開けた時に部屋の外にあった段ボール箱はその時中に入れた。純はその段ボール箱を開けた。中には純が昨日頼んだお酒と家から持って来て欲しいと依頼したものが全て届いていた。

(さすがに・・・届くの早過ぎないかしら・・・どういう方法使ったんだろ?)

そう困惑しながらも純はその段ボールの中身を使って部屋を飾り出した。一通り飾り終わった時には無機質な部屋は二十代前半女性らしい可愛らしい部屋に変わっていた。

(よしっ!)

純は少し自分が住んでいた家に近くなった部屋を見て気合が入った。そしてばっちりとメイクもしてスーツに着替えて部屋を出た。時刻は十時になろうとしていた。

(そういえば今日何時出勤かも何の仕事をするかも何も聞かされて無かったのよね・・・朽木さん・・・そこ一番大事じゃないの⁉︎)

そんなこと思いながら部屋の扉を開けて職員室に向かった。


純は職員室に着いて驚いていた。そこには誰もいなかったからだ。

(ど・・・どういうこと⁉︎)

そんな驚いている純の背後から声が聞こえた。

「Hi! New girl ようこそnight forestへ!」

純はびっくりしてその明るい声がした方に振り返ると、そこには満面の笑みをしている金髪女性がいた。

「Nice to meet you 私はマリア累と言います。宜しくデス」

そう言いながらその女性は純にいきなり飛びつきハグをしてきた。

純は昨日とは全く雰囲気の違うその女性に驚いた。

「えっ!えーーーっ!あっ・・・私一之瀬純って言います。よ・・・宜しくです。えっとー・・・ナ・・・ナイストゥミーチュー・・・」

急に飛び付かれて純はドギマギしながらマリアに答えた。そんな純を見つめながら、少し微笑んだ後で、

「ほんまけったいなところ急に来てびっくりしてるやろ?私も最初そうやったからよーわかるんよ」

急に妙な関西弁でマリアは話し出した。そして続け様に、

「あっ!昨日はゴメンなー何か感じ悪かったやろ?無理もないねん。あの部屋に入った時は凛とした姿でいるって決めてんねん。そうしないとほんま私すぐ調子乗るやん。せやから自分で凛とした姿するって決めてん。ほんまはなめっちゃ話し好きやしもっと学生とワイワイやりながらやりたいねん。けどなーそれやってたらいざって時に動かれへんねん。そやからしょうがないねん」

そして更に続け様にマリアが話し出す。

「純ちゃんどっから来たん?何歳?前職は?蔵馬さんとはどういう知り合い方したん?」

そう矢継ぎ早に純に質問して来た。

「えっ!えっとーーーー・・・」

と純が戸惑っていると、オペレータールームから学生の声がした。

「マリアさん!トラブル発生です!」

そう言われるとマリアは下を向いて軽く溜め息をついた後で、以前見た様な凛とした顔に戻り、

「今行きます」と言ってオペレータールームに戻っていった。

(な・・・何だったんんだ・・・)

そう純が困惑していると、急に後ろから声がした。

「おや?一之瀬さん早起きですね。」

その声にびっくりした純がその声の方を向くと、そこには朽木が立っていた。

「あのー早起き・・・なんですか?・・・もうすぐ十一時ですが・・・」

そう純は当然の疑問を朽木にぶつけた。

「あーーー言い忘れてましたねそう言えばスケジュールのアプリのこと」

そう言って朽木は純に自分のタブレットを起動してもらいそのアプリのことを説明した。

「このアプリに全ての業務の日程が書いてます。緊急出動以外は主にこれを見て下さい」

そう言ってアプリの使い方を純に説明した。純はそのスケジュールのアプリを見て驚いた。

「えっ⁉︎これ・・・どういうことですか・・・?」

スケジュールには会議が十二時からある以外何も記載が無かったからだ。

「あーーうちはそのメイン業務は職員はほとんどしてなくてな。管理かもしくは夜の仕事がメインなんじゃよ。じゃから出勤も昼からなんじゃよ・・・まー状況によっては夜通し仕事とかもあるから翌日はもっと遅い出勤もあるからのー・・・それに業務全体決めてるのは蔵馬さんだから・・・あの人朝働かないんじゃ・・・」

そう淡々と朽木は話し出した。

「はい???」

純の頭にはハテナマークしか出てこなかった。そんな純をよそに朽木が話し出した。

「まーせっかくじゃしちょっと子供でも見に行くか?」

そう純に提案してきた。純は今更部屋戻ってのんびりするのも何か違うと思い朽木の提案に乗ることにした。


二人は一階に降りてきた。そして廊下を歩きながら純に朽木が話しかけた。

「さてこの施設のことは話したわけじゃが。不思議には思わんかったか?なぜ生後間もない赤ちゃんまでもがここにいるのか」

色々驚きすぎていた純だったが、その疑問は出てはいなかった。と言うよりもそれ以上に気になることが多すぎて頭にその疑問が出て来れなくなっていた。だが朽木が改めてその疑問を投げかけてきたことで、純はその疑問を初めて持った。そんな純に朽木が話し出した。

「この世の中には望まれない妊娠も数多くあり、その多くが堕胎をしたり子供を捨てたりする。ワシらはそういう命も守りたいと考え、色んな産婦人科とも提携してそういう妊婦がいたら相談してもらうことにしているんじゃ。そしてその妊婦に事情を説明し、そのまま産んでもらい子供だけを貰い受ける。そういう活動もしているんじゃよ」

朽木は凄くいいことのような、でも犯罪スレスレの様なそんな話をしてきた。そして更に、

「ワシらの考えはの物凄くシンプルなんじゃ。命あるもの全て守りたい。それだけなんじゃ。そこには親も子も関係ない。いやむしろその関係性が邪魔になることもある。だからその関係性を無くすことで命を守る。ワシらの活動はそんな活動なんじゃ」

朽木は生後間もないベビールームの前で純にそんな話をした。その横には本当に何も知らない赤ちゃんが乗ったベビーベッドが並んで陳列していた。そしてそこにいた赤ちゃんは笑ったり泣いたりしていた。

「命が無いと泣くことも笑うことも出来ない。じゃからその権利をワシらが守らないといけない」

そんな赤ちゃんを見ながら力強く朽木は純に話した。その朽木のあまりにも神に近い考え方にただただ純は驚いた。だが、その信念の強さには少し共感を覚えた。

「さて、そろそろ時間ですね。職員室に戻りましょうか」

朽木はそう言った。二人は職員室に戻ることにした。


職員室に戻るとそこには出勤してきた唯と舞と緑がいた。そして蔵馬もいた。ただ蔵馬はまだ寝起きの様な感じで髪もボサボサだった。そして純を見るなりいきなり、

「なんだ!本当に来たんだなお前!」そう怪訝そうな声で言った。

「なんですか?私は都知事から言われてあなたを見張る為に来たんです!」

そう強く純は蔵馬に言い返した。

「チッ!涼子姉・・・余計なことを・・・」

そうブツクサと蔵馬は小言で独り言みたいに言った。

「まーいい!来たならしっかり働いてもらうからな!」

そう純に向かって言った。そして、

「よし!じゃー全員ミーティングルームに集合!」

そう蔵馬が声を出すとそれを号令にするかの様に三人が立ち上がった。そして奥の部屋に向かい出した。純も戸惑いながらも彼女達に付いていき職員室のその奥にあったミーティングルームと呼ばれる部屋に向かった。


その部屋は真っ白な部屋だった。会議室というよりは隔離された施設のような。そんな雰囲気だった。そして当然の様に防音だった。

蔵馬、唯、舞、緑、朽木はそれぞれそこにあった丸い会議用の机を囲む様にそれぞれ椅子に座った。その様子を見て純も慌ててそこに余っていた椅子に座った。

その後で蔵馬が切り出した。

「さて。今夜のターゲットはこいつだ。」

そう言ってその白い空間に映像を映し出した。

「夫、伊藤雄介四十三歳。妻、伊藤穂波四十歳。そして救い出すのは長女十六歳と長男三歳。夫は普通の会社に勤める営業マン。妻は専業主婦。そして家族仲も悪くなく近所の評判もいい。当然金銭の問題もない。見たところ普通の幸せな家族。当然そして虐待は行われていない。虐待はな。」

そう何か口に含んだ言い方をした後で蔵馬が少し語気を強めて言った。

「このクソ夫はあろうことか実の娘に性暴力を行なっているらしいと誠から報告が上がって来たんだ。」

その報告にそこにいた全員が眉を顰めた。続け様に蔵馬が話し出した。

「実はこの夫婦は再婚で長女は穂波の連れ子だったんだ。そして悲劇の始まりは長男が産まれてから始まる。実は長男には産まれつき精神的な障害があり、穂波はその後長男に付きっきりになり、長女の面倒を全て雄介に託すことになった。住んでいた家が二階建ての一軒家ってこともあり、夫婦はそれぞれ別の階でそれぞれの子供の面倒を見ることになったんだ。そんなある日。長女が十四歳の時に、雄介は徐々に長女に言い寄る様になる。実は雄介は地元では有名な女ったらしで、若い女の子が好きだったんだ。でも穂波と出会い結婚したことで、誰もがもう大人しくなったと思っていたらしい。でも実は最初から雄介の狙いは長女だったんだ。そして自分にとって都合のいい状況になり、抑えられなくなった思いを爆発させたんだ。そして十四歳の長女に対して性暴力を開始する。それも毎日毎日。そんな日々が嫌になった長女は部屋に引きこもる様になった。元々気も弱かったこともあり、誰にも言えず、一人長女は塞ぎ込んでしまった。そしてそんな長女を雄介は蹂躙し続けた。声も漏れない様に細工もして。結果長女は中学も休む様になり、そのまま卒業。そして高校にも行かず、ずっと引き篭もっているらしい。そんな異変を察知した穂波が度々児相に相談してたんだが、誰が呼び掛けても長女が部屋から出てくることは無かった。そしてどんなに穂波がその状況に対して怒っても、何も変わらなかった。でもそれは当然だ。だってずっと穂波は、自分の長女が自分が愛している人に、今何をされているか何も知らないから。だからその思いが伝わることは絶対にないんだよ。」

その凄惨な内容に全員が怒りを抑えるのが難しくなっていた。

「さて聞くまでもないが当然これは買取対象だ。よって今夜決行する。そしてその作戦をこれから決めていく」

そう蔵馬が切り出すと同時に、今回の作戦の概要を話し出した。

「今回は家への侵入は何も難しくはない。問題はシラを切ると想像出来る雄介と、何も知らない穂波をどう攻略するかだが」

「証拠でっちあげるとかはどうですか?」

緑がそう提案して来た。そして緑が驚愕のシナリオを思い付く。


「今帰ったぞー」雄介は普段通り自分の家に帰って来た。

「お帰りなさいあなた」

穂波が家から出て来て雄介を迎える。何も変わらない一日の光景。

「大輔の調子はどうだ?」

「今の所落ち着いてるわ」

そんな他愛の無い夫婦の会話そして夫婦の時間。何も変わらない。どこにでもある普通の家族。穂波だけはそう感じていた。だが雄介は違う。雄介にとって今の時間はどこか偽りの

時間。そう雄介の楽しみは夜しかないのだ。そんなことを穂波は知らない。そして雄介はいつもの自分のルーティンを送りその時が来るのを二階で待っていた。そう穂波が寝る時間をただ待っていたのだった。

そしてその時間が来てから雄介は本性を現し、長女優香の部屋に向かってゆっくり歩き出した。優香の部屋は鍵が掛かっていたが雄介はその合鍵を内緒で作りいつも犯罪を犯していたのだった。そしていつもの様に鍵を開けて長女優香の部屋に侵入を開始した。

部屋は暗くとても汚れていた。そしてその中に若い少女の身体が布団にくるまって横たわっていた。雄介は長年の行為でそれが優香だとわかっていた。

「優香。今日も来たよ。さー一緒に楽しもう」

そう言って布団の中に入った時突然部屋の明かりが点いた。

「予想通りのクズだなお前」

雄介が振り向くとそこには暗がりの中に一人の男性と三人の女性がいた。蔵馬と純と舞と緑だった。雄介は当然困惑して言い返した。

「な・・・・なんだ!お前達は!警察!警察呼ぶぞ!」

そう声を荒らげた雄介に対して、蔵馬達の後ろから声が聞こえた。

「け・・・警察行くのは・・・パパの方だよ・・・」

その声に雄介はとても驚いた。そこには布団にいるはずの長女がいたからだ。

「えっ⁉︎じゃーこの布団の中にいるのは誰だ⁉︎」

その困惑している雄介に向かって、

「本当最低だよね・・・自分の妻のことすらわからないなんて」

雄介は驚愕した。そこには一階にいるはずの自分の妻がいたからだ。


―数時間前―

「証拠でっちあげるとかどうですか?」緑がそう蔵馬に提案した。

「どういうことだ?」当然の疑問を蔵馬は緑に返した。

「だから現行犯で妻にその姿を見せれば何も問題ないんじゃないんですか?」

そうあっけらかんと緑は返した。確かにそれが出来れば何も問題はない。でも夫を信じている妻がそう簡単には信じないだろうことは誰もがわかることだった。でもそれでも緑は続ける。

「まず私が穂波に全てを話します。私は弁護士なので説得力には自信あります。でもそれでも信じないだろうから実際に体験してもらいます。被害者として娘との入れ替わりをそこで提案します。後の問題は長女の方ですが、こっちは唯さん説得お願いします。唯さんならその長女の心に寄り添えるはずです」

そう力強く全員に話した。この緑の提案に最初は皆んな驚いていたが

「私が長女優香さんの心を開きます。蔵馬さんそしたらこの作戦成功しますよね?」

そう唯が蔵馬に質問した。

「うん・・・確かに・・・いけるかもな・・・よし!じゃー細かい立案は緑!お前に任せた。」

「わかりました」緑は力強く答えてすぐにシナリオを作り出した。

驚く程そのシナリオ通り事は運んだ。

まず緑は自身の本職である弁護士で穂波に近づき、ある人の頼みで長女を守って欲しいと言われたと言って穂波に全てのことを話す。最初は半信半疑で聞いていた穂波だったが、夫が性犯罪を娘にしているという疑念が払拭しきれずに、穂波の提案に乗ることになる。

そしてその穂波と一緒に、保育士である唯が、長女優香の心を開きにかかる。最初は何も反応しなかった優香も、唯のその姿勢と穂波からの説得もあり、今回の作戦に乗ることになる。

そしてこの作戦の肝となる入れ替わり作戦を実行する。この後の作戦自体はとてもシンプルだった。雄介も馬鹿ではないから妻が寝る動作をわかっている。ただわかっていなかったのはその妻がどこで入れ替わったかだ。決まった行動しかしない男には絶対にわかるわけがない。なぜなら妻は雄介が風呂に入っていた時に、既に長女の布団に入っていた。そして鍵を掛けていたのだ。そしてその間に妻役の唯が長男を寝かせる。唯にとって子供を寝かしつけることなど何よりも容易だったのだ。そうして穂波がいつも寝ていた時間に電気を消せば入れ替わりは完成する。蔵馬達は二階にある暗闇の一室にずっとスタンバイしていて部屋の鍵の音と共にその部屋に雪崩れ込んだ。これが今回の入れ替わり作戦の全容だった。


「ほ・・・穂波⁉︎ な・・・何でここに⁉︎」

雄介はとても驚いて長女の布団に入っている自分の妻の方を見た。そんないつも見慣れている自分の妻に驚いた雄介を見ながら穂波は号泣し出した。

「し・・・信じてた・・・ずっと・・・信じてたのに!弁護士さんに言われても・・・そんなこと有り得ない!有り得る訳がない!って・・・なのに・・・どういうこと!あなた!」

穂波は声にもならない声で泣きじゃくりながら雄介にそう言葉を投げかけた。

「ち・・・違う!違うんだよ!これには理由があって・・・そう・・・理由が・・・」

雄介は狼狽えながら穂波にそう弁論を述べようとした。

「じゃーどんな理由なの⁉︎どんな理由があれば実の娘を襲えるの⁉︎ねー!答えてよ!」

穂波は号泣しながらも力強く雄介にそう問いただした。

「そ・・・それは・・・」

雄介はもうしどろもどろし過ぎて言葉が出なくなっていた。そんな様子を見て蔵馬が話し出した。

「はー・・・夫婦喧嘩は後にしてくれませんかねー。ってかそもそも奥さんあんたそこまで旦那責めれるの?実の旦那が娘蹂躙している時あんた何してたの?娘のSOS何も気付かなかったの?それもどうかと俺は思うけどね」

そう号泣している穂波に対して吐き掛ける様に投げ掛けた。

「ちょ・・・ちょっと!あんた!悪いのはこのクソ男で奥さんは何も関係ないじゃん!」

その様子を見兼ねて純が蔵馬に噛み付いた。

「はーっ⁉︎ お前何言ってんの?俺からしたらこの女も同罪だぞ!だって娘見捨ててたのは事実だからな!それも何年も!それに対して何も罪が無いとかそんなことあり得ないだろ!こいつが早めに気付いていたらこの子はここまで傷つかずに済んだんだぞ!」

蔵馬はあまりにも解らず屋の純に対して自分の主張をぶつけた。そんない言い争っている二人の間から

「もうやめて!」急に声がした。

それは長女優香の声だった。優香ははそして話を続けた。

「私が・・・私が悪いの・・・最初はママに相手してもらえなくなって・・・それで寂しくてパパに抱き付いたの・・・でもそれは娘としてだったのに・・・パパは私を女として見てて・・・そこで勘違いさせて・・・ママにも何もないと嘘を付いて・・・ママを心配させたくはないから・・・でも・・・私の心は次第に壊れていく・・・もうやめてと言ってもパパはやめてくれない・・・そしてどんどん壊れていったの・・・」

優香は号泣しながらそう話し出した。実は誠の報告は少し違っていたのだった。長女の言葉でその事を知った一同は言葉を失っていた。そしてその真実を聞いた穂波は

「ゴメン・・・ゴメンね・・・許してくれとは言わない・・・でも謝ることぐらいはさせて頂戴・・・」

そう優香に向かって土下座して号泣しながら涙声で話した。

「優香ちゃん。決めるのはあなただよ。ママと今後どうしたい?」

緑が穂波の訴えを聞いて更に号泣している優香を抱き締めながら優香に語りかけた。

「私・・・私は・・・私はママと住みたい!ママとは離れたくない!」

優香は号泣しながらそう緑に答えた。

「決まりね」。緑はそう言った。

「ん?ん?ん?緑?どういうことだ?」

蔵馬はまるでドッキリにでも掛かったような顔で緑に聞いた。

「ゴメンね。蔵馬さん。実は一つ言ってなかったことあって・・・」

緑が舌をペロって出して蔵馬に話し出した。そして蔵馬に穂波と約束した事を話し出した。


「もし、もしも今回真相を知ってそれで娘がもしも貴方と暮らしたいって言ったらどうしますか?もちろんその場合は旦那とは別れてもらいますが・・・」

「もし・・・・本当に旦那がそんな酷いことをしていて・・・でもそれに気付かなかった娘が・・・もしもまだ私と暮らしたいって言ってくれたら・・・私は離婚して娘と息子と一緒に暮らします!」


「な・・・何だとー・・・⁉︎ 何でそんな勝手な約束したんだよ!緑!」

そう蔵馬は緑を叱咤した。その後ろから舞が話し出す。

「すみません。蔵馬さん。私です。私がお願いしたんです。どうしても・・・自分と同じに思えて・・・状況は違うんだけど・・・でも救いたいと思ったんです!」

そう舞が真相を打ち明けた。

「お前達―――!何を揃いも揃って勝手な事をーー!」

蔵馬は怒っていた。そんな時、階段の下の方から声がした。

「蔵馬さん。私からもお願いします。ここの息子は精神障害児で施設で見るのも少し難しいです。でもこの奥さんはそんな息子の事を第一に考え・・・いや考え過ぎたからこそ今回の事件が起こったんだと思います。だから・・・奥さんのこと許してもらえませんか?」

階段の下で唯がそう小声で懇願した。

「お前達!そんな勝手が許されると!」蔵馬は更に怒っている。そんな事態を見て純が、

「ねーあんたさ。あんたのやり方だとこの後大金をこの男にくれてやるんだろ?でもさこんな男金くれてやる価値もないわよ。それでもあんたが考え変えないならこの事知事に報告するけどそれでもいい?」

蔵馬にそう言い切った。その言葉の後で緑がゆっくり蔵馬の耳元まで近づき、

「まー今回の件は警察案件だからこの男逮捕されちゃうかもね・・・」

そう囁いた。そんな色々な声を聞いて蔵馬は頭を掻きながら、

「・・・わ・・・わかったよ・・・認めればいいんだろ?」

と言いながら、渋々全員の提案を飲むことにした。

「やったね!」純が飛び上がって喜んだ。

「よかった本当によかった」。舞は泣きながらそう歓喜の声を挙げた。

「ありがとう蔵馬さん」。緑は蔵馬に頭を下げて感謝を述べた。

「本当に良かった」。唯は階段下で静かに喜んだ。

そんな様子を見て穂波と優香は号泣しながら

「あ・・・ありがとうございます・・・」

と深々と蔵馬に頭を下げた後で二人は向かい合いお互いが抱き締め合った。

「ごめんね・・・本当にごめん・・・」「ううん・・ママ・・・もういいの・・・」

穂波はいつまでも優香に謝り続けた。優香はそれに対して何度も許し続けた。

「さて、というわけで色々あったけど子供とそれとあんたの奥さんは俺達が頂いていくから。あんたは早いとこ警察に出頭する準備しときな。娘に被害届出される前にな。それが親としてあんたが最後に出来る努めだ。じゃーな」

蔵馬は雄介にそう吐き捨てる様に言葉を投げ付けた。雄介はそれに対して項垂れながらも軽く頭を下げた。

「さて帰るとするか」

蔵馬がそう言うと二階にいた雄介以外全員が蔵馬に付いていく様に外に出た。その様子を見て唯は部屋に戻り寝ていた大輔をそっと抱えた。そして子供達と自分自身の身分証や保険証等の最低限の用意だけをする様に穂波に指示をして、それが終わるとそのまま大輔を抱いたまま外に出た。穂波もその後を付いていく様に外に出た。

「バタン」

その音と共に入口のドアの扉は閉まった。もうその家には男しかいない。今更全てを後悔している男しか。


外に出た蔵馬達を見て、

「健人。今日もお疲れ様」、と待ち伏せていたかの様に涼子が声を掛けた。

「お・・・おう・・・」

蔵馬はちょっとバツが悪そうな顔をしながら涼子にそう返した。蔵馬はさっきのやりとりの事を純がバラさないかと内心ヒヤヒヤしていた。そんな蔵馬を知ってか知らずか、

「健人。今日はなんかいっぱい回収したな」、と影山が声を掛けて来た。そんな影山を見て、

「そうだ!元はと言えばお前が間違った情報渡すから・・・」

そう言い掛けて涼子の方をチラッと見てこれ以上言うのを蔵馬はやめた。これ以上言うとさっきのやり取りがバレるからだ。

「なーに?何かあったってことなの?」

そんな蔵馬の様子を見て、涼子は蔵馬の顔を覗き込みながらそう聞いてきた。

「い・・・いや・・・何でもないよ・・・」

蔵馬は絶対バレたくないのか涼子に対して顔を背けながらそう答えた。

そんなやり取りを見ていた影山が、優香をそっと抱きしめて外に出てきた穂波を見ながら、

「健人。今回のは俺でも見抜けなかった。さすがに親を気遣う子供の気持ちのその真意は、誰にも解らないよ。それがわかればおそらくもっと児相は多くの子供を救えただろうから」

そう寂しそうに小声でポツリと呟く様に言った。その様子を見て蔵馬と涼子は影山にそっと寄り添った。そんな三人を見ながら

「本当に・・・ありがとうございました・・・」

穂波と優香は深く頭を下げた。そして唯が乗ってきた車に乗り込んだ。そして唯は車を走らせて夜の闇へと消えていった。気付いたら舞と緑ももういなくなっていた。

またも取り残された純に涼子がそっと声を掛ける。

「また置いてけぼりくらったね。じゃー乗って行く?」

純はその誘いに頷き、涼子の車に乗った。

「じゃーこの子送ってくるからね」

そう何かを話している蔵馬と影山に話した後で涼子は車を走らせた。


その運転の最中、涼子が純に尋ねた。

「どう?この仕事の意味少しはわかった?」その問いに対して純は、

「まだ・・・解らないです・・・これが本当に正しい事とは・・・まだ思えません・・・でも・・・絶対駄目とももう言えません・・・だって・・・実際に救わないといけない子供はこの世の中にいるってことが嫌って程わかりましたから・・・」

今自分が感じている思いを涼子にぶつけた。

「・・・そう・・・確かに正しいことをしているとは私も思ってないわ。でも・・・誰かがやらないといけない・・・これはおそらくそういう仕事なんだと・・・私もそうやって自分を毎回納得させているの・・・そうしないとおそらく悩んでしまうから・・・」

涼子も今の自分の気持ちを純にぶつけた。二人はその後お互い何も言えなくなり、ナイトフォレストに着くまで、お互い沈黙していた。そしてナイトフォレストに到着して、車を降りた純に対して涼子は、

「多分・・・貴方のその考え・・・それがおそらく・・・答えだから。とりあえずその気持ちで頑張ってみて。それじゃーね」

そう少し明るく、でも少し寂しく、純に話した後で車に乗り込み、夜の闇に消えていった。

純は一人になってそのままナイトフォレストの中に入った。

純が部屋に入ろうとした時にふと舞が声を掛けてきた。

「今日は・・・ありがとね・・・」そう無愛想ながら純に感謝の言葉を掛けてきた。

「こ・・・こちらこそ・・・対してお役に立ててませんが・・・今度もよろしくお願いします」

そう言って純は急に声を掛けてきた舞に対して焦りながら頭を下げて返した。その様子を見ながら舞が

「でも穂波さん・・・本当に良かった・・・」そう遠くを見つめながら言った。

「確かにそうですね」。純はそんな舞に相槌を返した。

「あっそう言えば一之瀬さん。知事とはどんな関係なの?何か今日も一緒に帰って来たみたいだけど・・・」舞はふと思い出したように純に尋ねた。

「な・・・何って程の関係でもないんですけど・・・ほら私まだ一人前ではないから一人で現場に行けなくて・・・前回は朽木さん、今回は唯さんに乗せて来てもらってたんですけど・・・何か気付いたらいなくて・・・いつも・・・」

そう舞に答えた。すると途端に舞は、

「アッハッハ・・・なるほどねー・・・」

そう言いながら大笑いすると長い髪を掻き上げながら、

「まー朽木さんはいつもは来ないし、唯はいつも誰か乗せてるからねー。あっそうだ!今度からはうちが送ってやるよ」、と純に提案してきた。

「ぜ・・・ぜひ・・・お願いします」。そう言って純は頭を下げて舞にお願いした。

「じゃー決まりね!じゃーまた明日ね」。舞は純にそう言うと自分の部屋に戻っていった。

(なんか最初は無愛想な感じだったけど・・・本当はいい人なんだな・・・)

そう純は舞の評価を心の中で見直す事にした。そんな純の背後から、

「ホッホッホ。上手くやっている様じゃの」

と急に朽木が声を掛けて来た。純は驚きながらも朽木に対して、

「はい・・・本当に・・・何とか頑張ってます」

そう答えた。その様子を見て朽木が、

「ホッホッホ。それは何よりじゃ。さーもう部屋に戻りなさい」

そう言いながら純に部屋に入る様に促した。そしてその後で、

「そういえば言ってなかったけど。別に毎晩警報音鳴る訳ではないからの。本来はあれが鳴る前に私達は仕事を行なっておる。ただ稀に緊急事態ということは起こりうる。その為の警報なんじゃよあれは。だからいつもは今日みたいな感じじゃからの。一応それだけ伝えとくからの。それじゃーおやすみ」

そう言い残し去っていった。

(はーーーーーーっ⁉︎ じゃー私が来たタイミングってレアケースだったのーーー⁉︎ )

純は何とも言えない気持ちになって布団に潜り込んだ。

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