7話 前編 【テルシェ】

朝。私は陽の光と一緒に目をさました。


「おはようございます。テルシェ様」

「おはよう、チュウデ」


すぐに乳母のチュウデがやってきて身支度を始めてくれる。


「テルシェ様、失礼します」


スッ水が入った桶を差し出され、腕をまくられた私は桶に手を入れ顔に水を当てる。

少し冷たい水が頬を撫でる感触が心地いい。

すぐにチュウ出に顔を拭われたから一瞬のことだったけれど。


「テルシェ様、こちらを」


次に服を着替えて、髪を結って。いつも通りの朝を過ごして、家族と朝ごはんを食べる。

いつも通りじゃなかったのは、そこからだった。


朝食を食べ、一息ついている時だった。

いつもは早くに家を出るお父様がダイニングにやってきた。


「あ、お父様! おはようございます」


すぐにお父様に駆け寄り挨拶をする。


「おはよう、テルシェ。テルシェは今日も可愛いなぁ」

「えへへ」


父は私を抱き抱え、優しく頭をなでてくれる。


「ひとりで寂しくないか?」


めいいっぱい私の頭を撫でた父は私を膝の上に座らせ、そう聞いてきた。


「えっと……お母様が家にいないのは、寂しい。でも、みんながいるから寂しくないかな」


テルシェの母は今は病院にいた。身重であるにもかかわらず、先月の始め頃から体調があまり芳しくないからだ。


私がそういうと父がそうか。と言って私と目を合わせた。


「今日は、お父様と一緒に王宮に行こうか」

「王宮?」


私はコテンと首を傾げる


「ああ。王様がいる……そうだな、王様の大きなお家とでも言おうかな。そこに実はテルシェと同い年の王女様がいるみたいでね、良ければお友達になってあげてくれないかな?」

「お友達……」

「どうだ、お父様と王宮に行ってみるかい?」


私は少し悩む。お友達なんて、今までいたことがないし、お友達は絵本の中の話だと思っていたから。

でも、それが本当にいるなら?

……すっごく、面白そう!


「うん、いく!」


私は満面の笑みで頷いた。


ガタゴトと揺れる馬車の中から外を見る。

このまえ、ウエステ公爵領からこちらへ来る時を除けば、初めての外出で、すごくドキドキする。

王都にある家から王宮までわずか数分なのがすごく悲しい。


「さあ、ついたよ」


急に馬車が止まったと思えば、もう王宮へ着いたようだ。

お父様の手を借りて、馬車から降りる。


「わぁ」


目の前には、今まで絵本でしか見たことがないようなお城があった。

首を左右に動かしても先が見えないほど横に長く、見上げれば小さな屋根がはるか高い場所にあった。


「すごいだろう? ここが王宮だよ」

「お父様は、毎日ここで働いているの? お父様、すごい!」

「ははは。ありがとう。さ、中に入ろうか」


お父様に手を引かれ私は中へ入った。


中はまるで迷路のようだった。右へ左へ何度も曲がり、気づけば今まで見てきた中で一番大きくて、立派なドアの前にいた。

お父様が大きな扉の前にいる大きな人に声をかける。


「そうか、ありがとう」

「お父様?」

「テルシェ、この前教えたご挨拶覚えてるかな?」


怖くなった私は父の服の袖をつかむと、父がふりかえってそういった。

この前の挨拶……


「失礼します。王国の降臨されし光、国王陛下にご挨拶申し上げまちゅっ」


いつもよりもはきはきと頑張っていたのに、最後の最後で噛んでしまった。


「うん。途中まではよかったから、本番は頑張ろうね」

「うん」


私は小さく頷いた。


「ウエステ公爵……」

「ああ、わかった。テルシェ、行こうか」


私は手を引かれ、中へ入った。


「「失礼いたします……王国の降臨されし光、国王陛下にご挨拶申し上げます」」


そして、跪きそう言った。


「面をあげよ」


緊張しながら俯いていると、少し低く重々しい声が聞こえた。


「よく来たなウエステ公爵令嬢。今日は我が娘をよろしく頼むよ。ビュトーデ、例の件について話がある。そのままここに残れ。令嬢ははメイドに案内させよう」

「「かしこまりたちの返事を皮切りに、周りが動き出し、私は王女様の元へ歩き出した。


「・・・・・・」


沈黙が痛い。

私は王宮のメイドと歩きながら唸っていた。

私は特に人見知りという訳でもないけど、メイドが何となく「話しかけるなオーラ」を出している気がして話しかけられないのだ。

でも、このままというのも辛い。

んー・・・・・・


「ねぇ、今から会いに行く王女様ってどんな方なのかしら」


探した結果、これだった。

朝、お父様に言われる前から同い年の王女様がいるというのは知っていた。

でも、名前や肖像画といった情報が出回っておらず、お父様からも「同い年」ということしか聞いていない。

さすがに今から会いに行くのに名前も知らないというのはちょと変だと思ったのだ。


「・・・・・・私も大して存じ上げているわけではございませんが」


そう切り出してメイドは話し始めた。

が、本当に大したことは知っていなかった。

なんと、聞けたのはミルフィエ・ゴロウト・アテシエという名前だけだった。

推測で付け加えるなら、ミドルネームがないこととほかの王子・王女様方とはお母様が違うことくらいだ。

アテシエは王の一夫多妻制が認められており、序列がある。そのため、それぞれから生まれた子供たちは誰の子か見分けるために母親の旧姓が名前に入っているらしい。

ゴロウト・・・・・・と言うと南に広大な領地がある辺境伯だったはずだ。

まだ貴族について勉強を始めたばかりの私に分かるのはそれくらいだ。


「ね、ねぇ本当にこっちなの?」


どんどん人通りが少なくなり、ギシギシ言う廊下を不審に思い、聞く。


「ミルフィエ王女殿下は・・・・・・」


メイドがそう、口を開いた時だった。


「おお、来たか」


メイドを遮る声が聞こえた。

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