6話【ミルフィエ】

ギェスが倒れた。

普段私の前に立ち、首に剣が当てられようとも怪我したり、倒れたりしなかったギェスが。

私はそっと水でぬれたタオルをギェスのおでこの上に乗せる。


「ギェス……」


そっとギェスの手を握る。

手は汗でぬれている。

手だけではない。全身で滝のように汗をかいている。


「うう……ミル……フィエ……そっちは……」


何度目になるか分からない苦しい声をあげるギェス。

何を見ているのか私には分からない。聖魔術を使えば見れるだろうけど、それはしたくない。


「はぁ」


手を離し、ベットにもたれる。

ふと、窓の外を見れば真南に太陽が覗いていた。

カタンと何かが倒れる音がして振り返れば瓶が倒れている。

中には砂が入っていて、キラキラと輝いている。


「ああ、気をつけないと」


そっと瓶を戻し、先程の位置にまた座る。

少しでも体を動かすとが割れてしまう。

中に入っている砂は、屋敷にある砂山の砂だ。砂山と言っても少量で、多くても300グラムというところ。

色がついている砂が多いほど、魔力が多いんじゃないかと私は考えている。


「さんびゃくいち、に、さん……」


暇になった私は瓶の数を数えていた。


「んー」


私は首を傾げた。もうこれで数えるのは3回目だけど、何回数えても数が合わない。

公爵邸には公爵、公爵夫人の間に2男3女の子ども、そして使用人が321人。

今、ここにある瓶の数は320個。1個足りない。


「ミル……フィ、エ……」

「ギェス?」


気づいたのかしら。

私はそっとギェスの方を向く。だが、ギェスは先ほどと変わらず、唸っているだけだった。


「なんだ……あ」


ギェスだ。

最後の瓶の1つはギェスだ。

思い出した。だ。


「もしかして、気絶したのって」


さっき、長子だったことを思い出した時、もう一つあることを思い出した。


―――ギェスは、公爵に愛されていたことを。



―数年前—


「おい、おまえに侍女をつけてやる。入ってきなさい」

「はい。国王陛下」


突然、離れにやってきたゴミこと、父親がそんなことを言い出した。

ゴミに呼ばれて入ってきたのは、波打っている黒髪をきれいに結んだ女の子だった。

その髪色ですぐに誰の家の子か、わかった。

金髪や、桃髪といった明るい髪の毛が多いアテシエ王国では珍しく、黒髪は国内には一家しかいない。ウエステ公爵家だ。


「お初御目にかからせて頂きます。ウエステ公爵家が長女、テルシェと申します」


美しいカーテシーと共に、髪の毛が肩から滑り落ちる。


「よろしく」

「二人はすぐ仲良くできそうだな。じゃあ、私は仕事に戻るからあとは二人で仲良くするんだぞ」


立ち去ろうとするゴミに私は声をかける。


「お待ちください、国王陛下」


ぎろり。とゴミは私をにらむ。


「わたくしに侍女はいりません。テルシェを連れて帰ってください。」


きっぱりと、告げる。

ゴミは、はぁ。とため息をつき、テルシェに下がるように命じる。

そして、鈍い痛みが肩に走る。


「お前に権利なんてねぇんだよ! この、出来損ないが!」


何度も、何度も、ゴミは私を蹴る。


「この、クソが。お前は親不孝者だな!父親の顔をたてないなんて、とんだ無能だな。ああ、そうか。あの母親から生まれた娘だから当然か。あいつも無能だったしなぁ!」


そして、更に強く私を蹴る、踏みつける。


痛みに意識が朦朧としてきた時だった。部屋のドアを叩く音がした。


「国王陛下、そろそろ朝議だと侍従長からの言伝です」

「はぁ」


舌打ちをしながら、扉の方をにらみ蹴るのをやめた。


「立て。あいつに、気づかれるなよ」


冷たい声でそう言い放ち、ゴミは扉の方へと向かっていく。


「いますぐいく。テルシェ、ミルフィエをたのむよ」

「はい。国王陛下」


そうして、そのまま立ち去った。


「はぁ。ようやく、ゴミが去ってくれた」


ぼそりと、そう聞こえた。


「テルシェ?どうかしたの」

「いえ、何にもありませんが……どうかなさいましたか?」

「う、ううん。なんにも」


やっぱり、テルシェがそう言うとは思わない。

だって、この子はゴミが連れてきた子。

どうせ、この子もゴミを神と崇めているに違いないだろうから―――。







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