5話 【ギェス】

 髪が揺れるくらい風が吹いているのに目の前の砂の山は微動だにしていない。他にもポツポツとそのような砂の山があり、人の気配がしないのも相まってすごく不気味に感じた。


「さ、行きましょう」


 ミルフィエはそれに動揺することも無く、むしろ笑って門をくぐり、扉を叩いた。

 数回、ゴン!ゴン!ゴン!と激しく叩いたが、返事は無い。

 それどころか、扉の前に人の気配すら感じない。


「おかしいな……流石に公爵邸だから、使用人がいないなんてことは無いだろうし」


 連絡のない、訪問だから無作法なのは承知の上だ。

 だけど、ここまで激しく叩いたのに誰一人として確認しに来ないなんてあるのだろうか?


「やっぱり、そうなのね」


 首を傾げていると、ミルフィエがつぶやき、家の扉を開けていた。


「何をしてるんだ、ミルフィエ!」

「見なさい」


 あまりに無作法がすぎるミルフィエに怒りながらまたげんこつを落とそうと近寄ると、ミルフィエは静かな声でそう言って中を指さした。

 そこにあったのは、また砂の山だった。

 それも、何十も。


「ギェス、当主の執務室って知ってる?」


 僕が驚き、固まっているとミルフィエはそう聞いてきた。


「2階の階段上がって正面のところにあったはずだ」


 僕は何がなにか全く分からず、混乱しながら聞かれたことに答えた。

 どんな状態だろうと、ミルフィエが僕の中でも最優先だ。

 僕はかがんで砂を見つめる。

 ところどころ灰色の中に明るい色で半透明の砂が混ざっている。


「ってあれ?!」


 集中していたせいで、周りを見ていなかった。気づけば、僕のそばにミルフィエがいない。見回すと、砂の間をぬうようにミルフィエは奥へと進んでいた。

 もうかなりミルフィエと離れてしまっている。


「待って、ミルフィエ」


 僕はそう叫んで、慌ててミルフィエを追いかける。


 何とか砂を踏まないよう気をつけながらミルフィエに追いつけば、ミルフィエは例の執務室の扉のところで立ち止まっていた。

 扉は開かれている。


「どうしたの?」


 部屋に入らないことを疑問に思った僕は、ミルフィエの後ろから執務室をのぞき込む。


 そこには衝撃的な光景が広がっていた。


「う、あっ……あああああああ」


 執務室に、うめき声がこだましている。

 声の主は、下半身が消えているウエステ公爵だった。

 瞬きをする間もなく、徐々に公爵の上半身も消えていく。


「これは一体」


 目の前にある、目を疑うような光景に僕は立ち尽くす。

 呪いか何かの類だろうか。僕は持つ知識を使って目の前の出来事を考える。

 ミルフィエなら何か知っているだろうか。


「ミルフィエ」


 僕が、この光景について聞こうと声をかける。

 すると突然、ミルフィエが駆け出し―――ぐしゃり。という音がした。


「……」


 口から言葉になっていない音が出る。

 ミルフィエのしたことがスローモーションで脳の中に何度もフラッシュバックする。


「ギェス」


 ミルフィエの手の上にはが握られていた。

 先ほどのぐしゃりという音は、ミルフィエが公爵の心臓を公爵の体から引きちぎった音だった。

 ミルフィエの手は不思議と血で濡れておらず、握られた心臓はミルフィエの手の中でどくどくと動いている。

 気づけば、公爵はいなかった。


「っあ。ああ、あああああ」


 僕は、扉の前から1歩も動けない。

 どくどくと鼓動が早くなっていく。

 なにが起きているのか、脳が理解を拒んでいる気がした。

 喉元まで気持ち悪い何かがせり上ってくる。


「カハッ……ハァ、ハァ、ハァ……」


 幸い、空嘔吐に終わった。

 ミルフィエに無様な所を見せなくて良かったという安心感と、ミルフィエの行動に対する形容しがたい思いとが、グルグルと渦巻く。


「ギェス」

「ミルフィエ……」


 顔を上げた僕の足元には、ウエステ公爵の心臓が放り投げられていた。


「見て、面白いわよ」


 パチン! とミルフィエが指を鳴らしたと思ったら、もう足元に心臓はなかった。

 代わりに、砂の山が築かれていた。


「…………」


 ふと頭によぎった考えが、瞬く間に脳を支配していく。


 そんな、まさか。まさかまさかまさかまさかまさか。


 否定したい気持ちと考えがせめぎあう。


「ふふふ。わかったでしょう? ギェス。そう、ここに来てから見ていた砂山はよ」


 ああ。否定したかった。

 ああ。これが、これが……


「心臓は、魔力が体で一番集まるところだもの、残ってもおかしくないわ……にしても、女神アテシエは面倒くさいことをするわねぇ。全部消してしまえばいいのに」


 女神アテシエの断罪か。


 ミルフィエの声がどこか遠くに聞こえる。


 こんなの、一体だれが想像出来ただろうか。

 こんなの、だれが止められるんだ。


 着いた瞬間に見た景色は、砂の山があちこちにあり、人気配が感じられなかった。

 色々あって人の気配に誰よりも敏感な僕でも気づかないほど、感じなかった。

 もしかしたら、もうこの街は……。


 そう考えていたら、僕の視界が暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る