3話【ギェス】
「とりあえ着替えようかしら。服は……そうね、あの服でも着ようかしら」
「え、あの服?!」
ミルフィエの台詞に僕、ギェスはギョッと目を見開く。
「え、ダメかしら?」
「いや、その、あのことがあってからずっとしまい込んでいたから、てっきりもう着たくないのだとばかり……」
泣きながら乱暴にクローゼットに放り込んだ姿を見たあと、ミルフィエが絶対目にしないように丁寧にしまい直した身としては、あんな顔はもう見たくないから着ないで欲しいと思ってしまう。
「ああ、あれ。大丈夫よ……だって、ギェス以外の誰も聖女である私に傷は付けられないもの。身も心も」
ゾッとするほど冷たい声でミルフィエは言う。
どこまでも『ゴミ』のことが嫌いのようだ。
僕もそれは同意見で、表立っては『国王陛下』と呼ばないと僕の場合首と胴が永久の別れを告げてしまうからそう呼んでいるけど、正直僕もミルフィエと同じくゴミと呼んでやりたい。
僕とミルフィエは生まれたその瞬間から互いの存在を頼りに生きてきたのだ。
常に相手の存在を感じ続けていた。周りに味方が居ない私たちは常に感じる存在が圧倒的な味方だと不思議と思っていた。それは今も変わらない。そんな存在が苦しみを痛みを感じていたのに僕が何も思わないわけがない。
「そっか。ミルフィエが言うならそうなんだろうね。じゃあ僕は服を出して来るから、中に入って暖かくしててね」
「ええ、そうするわ。ありがとう」
全てを飲み込み、絞り出す。
ミルフィエがソファに腰をかけたのを確認して、僕はクローゼットの方へと足を向ける。
途中、何があってもいいようにミルフィエにバレないよう、扉に防護魔法を何重にもかけておく。
女神アテシエを神と崇めないゴミたちには使えない女神の魔法だ。
こんなぼろ離れにはまともなクローゼットなどついているわけが無い。
見かけは立派だが、扉を開ければボロボロの中が見える。
「えーっと……どこだっけ」
僕がミルフィエのために一から作った質素なドレスがポールにかけられている。それをかき分けて、その奥に隠されているはずのトランクを探す。
「ああ。あった」
ミルフィエがこちらに来る時、持ってきたトランクだ。
中を開ければそこには立派な布で作られたドレスが入っていた。
「あー……やっぱり」
僕はそのドレスを見てため息をついた。
「ミルフィエ」
「あら、遅かったわね。もしかして見つからなかった?」
「ううん。見つけたよ。ただ」
そう言って、腕にかけていたドレスを広げた。
そこにあったのは、どうみても今のミルフィエには合わない小さなドレスだった。
「あらら。結構小さくなってるわね」
「そうなんだ。手持ちにある布で手直しできなくもないけど、布が安いから見劣りすると思う」
クローゼットにしまってある布たちを思い出す。
「そう。じゃぁ、仕方ないわね」
「うん。だからこれは……」
捨てようか。そういいかけた時だった。
ミルフィエの右手に魔力が集中してるのを感じた。
「何してるの?ミルフィエ」
「こうするのよっと」
ふわり。と私の手から服が離れていく。
そのまま服はミルフィエの手にわたり、ミルフィエの魔力を吸い取っていく。
「このくらいかしら」
気づけばミルフィエの手には、今の体にピッタリの大きさに変わったドレスがあった。
「え、えええ?」
「やっぱり、そうだったのね」
「やっぱりって?」
どこか自信ありげなミルフィエの姿に僕はさらに疑問を浮かべる。
「これは女神アテシエから貰ったものでしょう?その時、女神アテシエはこういったのよ。『それはそなたの味方だ。そなたが大きくなる度、それも大きくなる』って。でも、女神アテシエがただの聖女の体の成長なんてわかんないでしょ?そこで思ったの―――魔力が大きくなれば、それも大きくなるんじゃないかってね」
パチっとウィンクを決めながら説明するミルフィエ。
つづいて、「だから魔力を込めたら案の定、大きくなったのよ!」とドヤ顔で言っている。
「ほー、やっぱり女神の力はすごい」
「当たり前じゃない。さ、着替えましょ」
「ああ、そうだね。ってそこで脱がない!ミルフィエ、君って恥じらいとかないわけ?!」
その場で寝間着を脱ぎ出したミルフィエにげんこつを落とし、僕は鏡の前へとミルフィエを連れていった。
「よし、できたよ」
「やっぱりいいわね、このドレス。聖女って感じがするわ」
「確かに。よく似合ってるよ、ミルフィエ」
「ありがとう。ギェス」
鏡の前にいたのは美しいドレスを身にまとい、腰よりも長い髪を緩く一本の三つ編みにしたミルフィエがたっていた。
その姿はまるで月の静かな輝きに似たものを感じた。
「ふふふーん」
ミルフィエが上機嫌で鏡を見ていると、窓からカン!という音がした。
「なんだ」
僕は咄嗟にミルフィエの前に立つ。
「……」
怯えたようにミルフィエは僕の後ろに隠れる。
「今の音、何?」
「分からない。でも小石が当たった音に近かった気がする」
恐る恐る窓へ近づく。
「え?」
「まぁ」
そこに居たのは鳥だった。
「どうしたのかしら」
ミルフィエはそっと窓を開いて鳥に近づく。
「まぁ、珍しい鳥ね」
遠くから見ればただの白い鳥に見えたのに、近くで見るとそれは違った。
「確かこの鳥って……」
「アテシエ王国の古代鳥で女神アテシエの使いとも言われている、クシュテーね。人里に滅多に近づかず、普段は北の森で暮らしているはずだけど、迷ったのかしら」
すると、鳥がミルフィエの腕に乗った。
「ピュー! ピュー! ピュー!」
クシュテー独特の鳴き声と共にバサバサと羽を動かしている。
「びっくりした……ミルフィエ、大丈夫?」
「北」
「え?」
「北の、ウエステ公爵邸へ行きましょう」
クシュテーを見つめながらミルフィエが言う。
「クシュテーがこういっているのよ……『ウエステ!ウエステ! 砂!砂! 』って」
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