第2話 飽食家たちの晩餐(食事)

『わたくし、砂糖菓子がだぁいすき。王宮一の菓子職人、ルゥジュ・ルボンのつくるものでなければ食べないわ。辺境の地に嫁いだら、洗練された砂糖菓子なんて手に入らないのでしょう? カリッとした砂糖衣のなかに香酒を効かせたシロップを閉じ込めて、軽く噛んだ途端にその香りが広がって、夢のようにうっとり幸せになれるの』


『シンヴァス王の即位二十年記念の大晩餐会の、豪勢さといったら! 二十種の鳥の詰め物焼きはすべて王の狩猟場で獲られた鳥で、冬になり始めた時期だというのに二十種の瑞々しい果実が揃えられ、汁物も、焼き菓子も、飾り細工パンも、魚料理も、葡萄酒も、すべて二十種ずつ揃えられて!』


『コーヴィルの白チーズを食べたことのない者は人生における食の喜びを知らない』


『気取った貴族どもは知らないさ! マヒ湖で取れる淡泊な白身魚をフライにして、あっつあつの状態に塩と酢だけをかけてかぶりつく、これ以上にうまい食い物があるかってんだ!』


『エツァク宮廷風の、麦の粉を練って具にした汁物は、大蒜をたっぷり効かせてあるから御婦人連中には不評だが辛口のエデール酒に素晴らしく合う』


『王妃様がお菓子入れの際に祖国より運ばせたドルマ・シュテ、あの黄金色の揚げ菓子はきっと悪魔がレシピをつくったに決まっている! あんなにおいしくて、手が止まらなくなってしまうお菓子はないわ』


『ゴール地方はまともな葡萄酒の産地じゃない、だからこそあそこの民は、酸っぱい葡萄酒にスパイスと果実をたっぷり入れて甘い味付けをする。女子供の好むような味だが、なかなかどうして、悪いものじゃあない』



 飾り棚に置かれた生首たちが口々にしゃべっているのを、すこし離れたところで椅子に腰掛け、ひとり眺めている男がいた。

 細められた両目は、うんざりしているようにも怒っているようにも見えた。彼はあきれたように、つぶやく。

「首だけになっても食い物にこんだけ執着するとはな……」

 やがて彼は立ち上がり、テーブルに手をついて猛烈な勢いで書き物をはじめた。書きつけられるのはすべて料理のメニューだった。


 ※


 のちに大胆で独創的なアイデアと豪華絢爛な手法、確かな技量によって『王の料理人』の名を冠せられた宮廷料理長リドレッドが、晩餐会のメニューの参考とするために飽食家の生首たちをコレクションしていたという事実は、彼の死後に明かされて周囲をたいそう驚かせたという。

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