第57話 再生の始まり

―再生の始まりー


 10月吉日。関内のPPP(スリーピー)ホテルのパーティ会場では、香春英彦と白石ヒメノ、伊崎大造と白石奈美の合同結婚披露宴が行われていた。


 雛壇には、ヒコロイドとヒメノ、その横には生まれたばかりの英与がベビーカーに乗せられて眠っている。そして、さらにその横には伊崎と奈美が座っていた。


 親族席は、香春家の道彦、幸子、寿美に加えて英彦の友人として加藤。白石家からは、同僚として筑紫野、絹代、姫乃、NSAの拘留が解かれた須佐の他、紅鈴、イザナミ、キヌヨ、楊黄鉄のウェットロイド達。伊崎家側は、七瀬夫妻、九条夫妻、とその子供達、そして四方、五十音、二階堂。友人という扱いで鷹羽、橿原が出席している。


 伊崎の親族は、最初の奈美との結婚時から関係が拗れており、その後も関係が修復されなかったため、今回も招待が見送られていた。


 鷹羽の乾杯で始まった宴は、現職の総理大臣からのサプライズ祝電もあり、ある種、異様な空気を纏っていた。四方ちゃんと五十音ちゃんはハーフのようなイケメン橿原を質問攻めにして困らせ、七瀬家と九条家の子供達はそこらじゅうを走り回る。香春家のテーブルでは、幸子から詰められて窮する加藤を寿美が追い込む。二階堂と九条は、紅鈴を見付けてテンションを上げ、話し込んでいる。


 司会進行は、筑紫野と絹代だ。

「はい、みなさん。一度お席に戻っていただけますか? そろそろ、ふた組の新郎と新婦に今後の抱負を語ってもらいたいと思います。英彦さんから順にお願いしますね」

 絹代はマイクをヒコロイドに手渡す。

「えー、夫になる前に父親になってしまった英彦です。先月、ヒメノちゃんに似た、かわいい女の子を授かりました。英与と言います。これからは、ヒメノちゃんと一緒に、この子を守って育てていきたいと思います」

 ぱらぱらと拍手が沸く。


 ヒメノはベビーカーから英与を抱き上げながら、マイクを受け取った。

「ヒメノです。この子が英与です。ヒコくんは、私に似てると言ってましたが、眉毛のあたりはヒコくんそっくりだなと私は思っています。赤ちゃんを抱いて、可愛いな、とか愛おしいな、って感じられるのって、すごく幸せなことだと実感しています。私を母親にしてくれてありがとう、ヒコくん。――あ、これ抱負じゃないですね」


 伊崎研究室のメンバーから、大丈夫だよヒメノンと声が飛ぶ。

 ふふふっと笑いながら、ヒメノはマイクを持って伊崎を見る。

「はい、教授、――じゃなくてお父さん!」


 伊崎は席を立って、ヒメノからマイクを受け取ると、チラリと奈美を見る。

 小さく頷く奈美。

「えっと、訳あって僕と奈美ちゃんは、一度形式上別れることになりましたが、僕は、ずっと夫婦だったと思っています。それで、形式上は2度目の結婚なのですが、今回は、香春君と同様、デキちゃった婚になってしまいました」


 ぱぁっと赤くなる顔を奈美が両手で覆った。

 一瞬、場が驚きに音を失う。


 絹代が奈美に駆け寄って肩を抱きながら声を掛ける。

「奈美、大丈夫よ、私達もデキたから。一緒に高齢出産頑張ろう!」

 驚いた奈美は、伏せていた顔を上げて絹代を見ると、腹を抱えて笑い出す。

「やだ、絹代まで」

 私も言いに行こうかな、と言う姫乃を紅鈴が首を振って押さえる。


「――えー、すいません。この場を借りて、幾つか発表したいことがあります」

 伊崎が、崩れた表情を戻してマイクを持ち直した。


「大学での研究は、研究段階を終えて運用段階に入ってきたので、会社を作ることにしました。大学の研究室は閉めることになります。ですので、研究室のみんなは、良かったら新しい会社に参加して欲しい。それから、サポロイド日本支社は事情があって閉じることになるので、今度作る会社でサポロイドの事業を引き継ぐことにしました。『ふかみ丸』も新しい会社で買い取って、七瀬さん、九条さん、二階堂君との契約も新会社で今まで通り継続する予定です。新しい社屋の手配とか、いろいろあるので、来年の春頃には形にしたいと思っています」



 この後、奈美は、顔を真っ赤にしてマイクを拒んだため、この場は歓談に移っていった。

 伊崎研究室の面々は、呆気に取られている。


「未久ちゃんどうする?」

 四方ちゃんと五十音ちゃんは来年春に卒業予定のため、新会社は安定した就職先とも言える。

「私、一応内定出てる会社あるんですけど、雇ってもらえるなら新しい会社で働きたいです。アッコ先輩もどうですか?」

「あたしも、一応内定出てるとこあるんだけどね。伊崎教授の会社って、結局ここに居る人達が殆どでしょう? 年頃の男がいないのよ。――仕事柄出会いも少なそうだし」

「確かに、それはありそうです」

「はぁ……。仕事を取るか、男を取るか、か」



 ヒメノの傍らでは、絵本を手にした姫乃が屈みこんで、目を覚ましたばかりの英与の頭を撫でていた。

「姫乃さんも手に入れたのですね。その本」

「周緑山からね、この本の翻訳依頼が来たの。自分でも出来るでしょうに。『知恵の泉のイビト』の話、気に入ったみたいよ。民主化プログラムに入れたいって言っているわ。そんなことになったら、ミリオンセラーどころか、ビリオンセラーになるんじゃないかしら」

「――まぁ、そしたら、ノシマルさん、大金持ちですね」


 ふふっ、と笑みを浮かべながら姫乃は、しみじみと絵本の表紙を撫でながら呟く。

「この本、あたし達にとって大事な本になっちゃったわね」

「ええ」

「想いを繋ぎ、魂を繋ぎ、命を繋ぐ。あなた達の存在は、あの国をどう変えていけるのかしら」


「姫乃さん、アンドロイド協会監査人の話、受けるのですか?」

「国家主席から直々の推薦なんて、もったいない話よね」

「ヒコくんは、きっと天国で応援していると思います」

「そうかな」

「もちろんです。私、思うんです。本当は、人間のヒコくんと姫乃さんが結ばれるのが運命だったのではないか、って」

「運命ねえ。あたしは今のままで充分よ」

「またまた――ヒコくん、もう1人作っとけば良かった、なんて思いません?」

「もう」

 悪戯を言うヒメノに、ちょっと怒った目をした姫乃だが、口元は緩んでいた。


 姫乃は、自分のお腹の子の姉となる英与のおでこにキスをすると、ヒメノに笑みを投げて席に戻って行った。


 伊崎のカミングアウトでガヤついた披露宴は、グダグダなまま時間を迎え、ホテルのスタッフの強制割込みで漸く終了した。



   *   *   *   *



 結婚式から1週間後、伊崎は議員会館に参議院議員の飯塚修平を訪ねていた。


 飯塚は、総理とも面と向かって議論出来る宇佐海派の古株である。拉致問題にも真摯に関わっており、16年前、姫乃が拉致された時に伊崎の相談に乗ってくれた相手でもある。伊崎にNSAの鷹羽を紹介してくれたのは飯塚だった。


「先生、ご無沙汰しております」

「そう言えば、伊崎さん、再婚されたそうで、おめでとうございます」

「ありがとうございます。漸く元鞘に収まることが出来ました」

「赤村さんから、あの時のお嬢さんも戻ったと聞いていますよ」

「紆余曲折ありましたが、戻ってまいりました。その節は大変お世話になりました」

「いえいえお世話だなんて、私は結局、何もお手伝い出来ませんでした。今でも後悔しきりですよ」

「そんな。あの時、先生が三崎造船や石立重工に繋いでいただけなければ、今の私はありません」


「あれから、もう16年も経つんですね。私は、最初、伊崎さんの海底ネットワーク構想を聞いた時は、半信半疑でしたが、実現したのは貴方の力です。国を思う力が実現した偉業だと思っています」

「はい。お陰様で、自律型深海探査艇も目途が立ちました」


「貴方も、貴方のご家族も、西太平洋の葛藤では大変なご活躍だったと聞き及んでいますよ。第七艦隊の知り合いから沖ノ鳥島での伊崎さんの活躍を聞いた時には驚きましたよ。それに、あの16年前のお嬢さんが、まさか華連の国家主席を説得して、戦争を回避した英雄になるなんて、驚きを通り越して、壮大なファンタジーを目の当たりにした気分です」

「それは大げさ過ぎますよ先生。第一、姫乃の説得以前に、周主席は民主化を実行するため、全ての罪を己自身に集めるべく、西太平洋の葛藤という大芝居を打ったのだそうですし」

 伊崎は、両手を振って照れる。


「そうなんですか?」

「姫乃と周主席が会話をしたのは事実ですが、姫乃が周主席を翻意させたわけではないんです」

「――なるほど。コジンのイシは変えようがないということですか」

 そう言って、飯塚は手元のメモ用紙に『故人』『遺志』と書いて見せた。


「飯塚先生……」

 飯塚は、その先を続けようとする伊崎を手で制して、笑顔を向ける。

「それはそうと、伊崎さん。今日は他にも用件をお持ちのようですが?」

 伊崎は、微笑む飯塚に向き直ると、背筋を正した。

「今日は、先生に企画書を見て頂きたくて参りました」


 飯塚は、手渡された企画書をパラパラと捲っていたが、ふと顔を上げると目でドアの方を示した。


「――伊崎さん、ちょっと散歩しませんか?」

「え?」

 呆気にとられながらも、立ち上がって微笑む飯塚に従う伊崎。


 飯塚は、黙ったまま議員会館の出口まで歩いてくると、受付嬢に声を掛けた。

「ちょっと奥を借りていいかな?」

「はい。ちょうど空いていますよ。飯塚先生」

 受付嬢の胸には、白石のネームプレートが着けられている。

 ありがとう、と言いながら、飯塚は受付の横から、裏手へのドアを開けて入っていく。


 伊崎は、受付嬢に軽く会釈をして飯塚に続いた。

 そこは、窓のない、ソファーとローテーブルだけの殺風景な部屋だった。


 促されて伊崎は腰を降ろす。

「ここは、議員会館の中で最も安全なんです」

「盗聴ですか?」

「私達の部屋は議員も了解の上で映像や音声が記録されるんですが、この部屋だけは例外なんですよ」

「なるほど」

「さて、話の続きと行きましょう」

 そう言って、飯塚はニヤリと笑った。




※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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