第56話 遺志
―遺志―
姫乃達は、
NSAの鷹羽から、首相官邸に行くように指示があったからだ。
羽田には鷹羽自ら迎えに来ていた。
20時00分、首相官邸の一室では、既に奈美が待っていた。立ち上がった奈美は、姫乃に駆け寄ってくる。
「みんな、お疲れ様。――よくやったわね」
「ただいま、お母さん。何だか嬉しい誤算に助けられまくったって感じよ。まだフワフワしてる」
ふふっと微笑みながら、中央の椅子に姫乃を座らせ、奈美は左隣に座る。ヒメノは奈美の隣に座り、紅鈴が姫乃の右隣、その奥に須佐ロイドが座った。
「今日はこれから、宇佐海総理、赤村官房長官、米国務省のジャック・ウィリアムス氏がお見えになります。それからリモート参加で、トーマス・ムーンリバー米大統領と李栄久華東総統が参加されます。みなさんのご活躍の様子はNSAより、随時米軍および華東軍に連携していましたが、改めて詳細を報告する場となります。よろしくお願いします」
鷹羽が5人にそう説明すると、ノックの音が響き、赤村官房長官が顔を覗かせた。
鷹羽が、みなさんお揃いです、と扉を大きく開けて招き入れると、赤村官房長官に続いて宇佐海総理、そしてウィリアムス氏とNSAイザナミが部屋に入って来た。
「みなさん、この度はお疲れ様でした。みなさんの活躍のお蔭で、我が国と華東の平和は守られました。改めてお礼を言いたい。ありがとう」
着席する前に、宇佐海総理は、5人に頭を下げた。
「そんな、宇佐海総理、もったいないです」
と、腰を浮かす奈美。
「みなさん、どうぞお掛けになって下さい」
鷹羽が席を促すと、ああ、そうだな、と宇佐美は中央にウイリアムス氏を案内して右隣に腰を降ろす。赤村官房長官は総理の隣、NSAイザナミは通訳としてウイリアムス氏の隣に座った。
「リモート回線を繋ぎます」
壁のディスプレイが2分割されて、トーマス・ムーンリバー米大統領と李栄久華東総統が映る。こちらの画像も先方に映ったのか、2人はカメラに向き直った。
「それでは始めます。まず、今回の華連による華東侵攻を食い止めた英雄達のご紹介から」
「ちょ、英雄って」
と、姫乃が反応するのを手で制して鷹羽は続ける。
「ウェットロイドの開発者であり、サポロイド日本支社の支社長を務める、白石奈美氏です」
奈美は立ち上がって一礼すると再び腰を下ろす。
「NSAの伊崎姫乃氏です」
姫乃が伺う視線で鷹羽を見ると、鷹羽が深く頷く。しかたないという風に姫乃は立ち上がると、奈美を真似て一礼し腰を下ろした。
「サポロイド日本支社のスタッフ、香春姫乃氏、伊崎鈴氏、香春ケント氏」
ヒメノ達が立ち上がり一礼して腰を下ろす。
「――こちらのお三方は、みなさんウェットロイドです」
鷹羽の紹介した名前は、アンドロイド戸籍に基づくものだ。
「沖ノ鳥島からの帰路にあり、この場にはおりませんが、伊崎研究室の伊崎大造氏、サポロイド日本支社の香春英彦氏、香春鉄男氏は、沖ノ鳥島にて潜水艦4隻、空母2隻を無力化する活躍を示しました」
ムーンリバー大統領が画面の向こうで手を挙げる。
「彼らの活躍が無ければ、我が米海軍は少なからず血を流さざるを得なかっただろう。私からも礼を言いたい。ありがとう」
ウイリアムスがこれに頷く。
「もちろん、私からもお礼を伝えたいわ。みなさん、ありがとう」
李栄久総統も笑顔と共に謝意を伝える。
「ありがとうございます。ムーンリバー大統領。そして李栄久総統」
鷹羽はカメラに向かって一礼する。
「英雄達の表彰の場は、追って設けるとして、今日お集まり頂いたのは、この華東侵攻を企てた周緑山の真意を3国間で共有し、今後の対応方針を考えるためです」
鷹羽からの視線を受けて、姫乃は表情を引き締めた。
「昨夜、伊崎姫乃氏達は、中南海の周主席の邸宅を訪問し、重大な事実を持ち帰りました」
すっと息を吸って鷹羽は続ける。
「周緑山は、2年前に死亡しており、現在の周主席はウェットロイドだということが判明したのです。そして、今回の華東侵攻は、故人である周緑山の遺志を受けて、ウェットロイドの周主席が計画した、共産党を解体し華連を民主化させるための狂言だったという事がわかりました」
『――党の全てを私の色に染め、私と共に消し去る』
壁のディスプレイがさらに分割され、画面に周緑山の真意を語るウェットロイドの映像が映された。
『――その通りだよ。周緑山は、この国に民主主義を根付かせるためには悪役が必要だ と考えていた。この国の未来を奪いかねない党の支配による過ちを演出し、その反動で、国民を民主主義に誘導する。これは、そのために必要なプロセスだと彼は考えていた』
『――国民に民主主義を説き、個性を尊重する教育を行うとともに、有能な人間を選ん で、幹部教育を行い、民主政権を作る。党はこれが根付くまで、見守っていく。今では1億を超える共産党員が、ウェットロイドなのだがね』
「タカフミは、どう考える?」
ムーンリバー大統領が宇佐海総理に意見を求める。
「周緑山が、そこまでの覚悟で、これだけの大芝居を打ってまで、民主化を望んでいたのなら、これまでのように口先だけの話では無いでしょう。我が国としては華連の民主化は大歓迎です」
宇佐海総理は、穏やかな表情で米大統領を見る。
「私達華東も、華連が真に民主化を求めるのなら、それに異を唱える理由はありません。ただし、華東にも華連の民主化プロセスを監督出来る立場を与えていただきたい」
李栄久総統も華連が民主化すること自体には賛成だが、民主化プロセスを懸念する声を上げた。
「米国としても、共産主義国家が無くなり、民主主義国家が生まれることは歓迎だ。しかし、過去にはそういった幻想を幾度も裏切られた歴史がある。――民主化プロセスを厳密に管理し、少なくとも我々3国で状況を共有しながら進めていく必要があると思う」
ムーンリバー大統領は、そう言って3国の枠組みでの合意形成を匂わせる。
赤村官房長官は、宇佐海総理に頷くと、用意していたシナリオを提示した。
「それでは、華連の民主化と共産党の段階的解体を定める構造改革プログラムは、日米および華東で吟味して取り決めませんか? 華連における民主化推進の主体、管理する組織体、それぞれの権限、民主化状況の観測方法や数値的な目標、第三者の民主化プロセスへの関与方法、それらを取り決めるのです」
「それだけでは不十分だと思います。ウェットロイドと言う技術の管理・統制も必要ではないでしょうか?」
それまで寡黙だったウイリアムスが声を上げる。
「米国にも、ウェットロイドの研究機関を設立するとともに、各国に管理組織を置き、技術の厳格な管理、適切な活用、安全保障上の運用ルールなどを取り決めるべきだと思います。華連のパープルロイド社のウェットロイド工場は1万箇所もあると言いますが、これも1箇所に削減し、厳密な管理下に置く必要があるでしょう。その他、ベースサーバーやネットワークについても相互監視が必要です」
これに対し、赤村官房長官は、構造改革プログラムのより具体的なイメージを示す。
「我が国では、ウェットロイドはアンドロイド戸籍を作って管理しています。華連も含めた4国でアンドロイド戸籍を管理し、共有するのはどうでしょうか? 新たに製造する場合も、廃棄する場合も、この戸籍で管理されます。各国にアンドロイド管理局を作り、アンドロイドの製造、運用、戸籍管理を行わせるとともに、4国共同でアンドロイド協会を作り、その監査人がアンドロイド管理局を監視する。そういう構造で考えられませんか?」
赤村官房長官の話にムーンリバー大統領は深く頷いた。
「現時点では、ウェットロイドの技術を公開するのは時期尚早だと思う。ことは各国の安全保障にも深く関わる。まずは、この技術の管理体制をしっかり決めたうえで、華連再生プログラムを推進していく必要がありそうだ。――私はそのように理解したよ」
「私もムーンリバー大統領と同意見です」
李栄久総統が頷く。
宇佐海総理も頷いて、この場を纏める。
「ありがとうございました。ムーンリバー大統領、そして李栄久総統。1ヶ月後には、事務レベルでの打ち合わせを持ちたいと思います。――赤村さん、アンドロイド管理と再生プログラムの草案を纏めておいてくれないかな」
赤村官房長官は頷いた。
鷹羽は、ひと通り面々を見回すと、リモートの2人に改めて礼を言って接続を切った。
「――そういうわけで、今後、みなさんにもいろいろとご協力頂くことが増えそうだ。是非とも、よろしくお願いしたい」
宇佐海総理は、姫乃達を見回すと、机に手を付いて頭を下げた。
* * * *
翌日の早朝、与那国島沖のスマフミンが沖ノ鳥島から戻って来た潜水艦を捉えた。
その潜水艦は華東海上警備隊の監視のもと、華東沖に浮上し、そして消えていった。作戦中止命令を受け取ったのだ。
赤村官房長官は、この日の午前中の記者会見で以下のように述べた。
「沖ノ鳥島付近の日本の領海内への空母の侵入と、尖閣諸島付近の日本の領空内へのドローンの侵入に対して、日本政府は在日華連大使を呼んで強く抗議しました。沖ノ鳥島付近に停泊していた空母2隻は、北朝共和国の弾道ミサイルの爆発で発生した大波の影響で沈没したと見られます。沖ノ鳥島付近の放射線量は、通常レベルに留まることから、弾頭は通常弾頭だったと考えられます」
また、一部の軍事評論家はテレビ番組等で以下の見解を示している。
「沖ノ鳥島への空母派遣、尖閣諸島および華東本土へのドローン侵入、華東海峡への軍艦の派遣は、華連が西太平洋進出を諦めていないことを示す示威行為でしょう。北朝共和国も足並みを揃えて弾道ミサイル実験を行いましたが、沖ノ鳥島沖で空母を沈めてしまったのは想定外の事故だったと思われます。この件で、華連から北朝共和国への抗議はなされておりません。北朝共和国が華連の示威行為に付き合ったという形でしょう」
海上自衛隊は、この2日後、沖ノ鳥島沖に残された潜水艦、沈んだ空母の調査を行った。
これには、伊崎とヒコロイドが『ふかみ丸』で同行した。残された潜水艦のハードロイドに指示を与え、タンカーごと横須賀基地に移送するためだ。潜水艦1隻あたり30人、都合120人のハードロイドは、サポロイド日本支社で修復された後、NSAに保護され、事務作業に関わることになった。
空母については、米軍の衛星画像からおよその位置が分かっていたため、フカミンとスマフミン3機を超音波通信でリレーして深海に潜らせることで状態が確認された。
白虎は沖ノ鳥島の南5キロの水深約4千メートルの海底に、青龍は沖ノ鳥島の東20キロの水深約5千メートルの海底に、それぞれ奇跡的に圧壊を免れ、ほぼそのままの形を残し横たわっていた。
※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓
https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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